暑ぃー…
あーちゃんを家に迎えてもうどれだけ時間が経ったのか、おそらくご飯を三百回は食べたはずだった。
つまり、つまり。
「暑ぃー」
夏だった。
窓の外の枝に縋ってゆらゆらと、風に合わせて体を動かすと涼しくなるのか思ってやってみたけど全然涼しくなんてない。暑くなるばかり。
「くっつかないのー」
あーちゃんは暑くもないのか、さっきからずっとずっと私に体をくっつかせようとしていた。
「ぅえー」
体が溶けちゃいそうだ。今年はどうしてこんなに暑いのだ。歳を重ねると身体が熱くなるのか。それとも、あーちゃんがくっつくから?
くっつくあーちゃんを引き剥がす方法はあるのだろうか。力強いから無理矢理でやると負けるし。私も力は強い方なのにな。完敗なんだよな。
狼って強いのかなぁ。
「トイレ」
トイレ行きたいって言ったら見逃してくれるかも。
「ん、んん……どけぃっ」
ちょっと冗談っぽく、あーちゃんを蹴飛ばした。この程度で動くはずがないけど、トイレって言葉に応じて退いてくれる。
賢い子なんだよなー。
そのままのろのろと部屋を出て、トイレには行かず、そっと家の中を歩いた。
お母さんが休んでる部屋や、お父さんの書斎や、お二人の寝室や。
てくてく歩いても暑さは消えず、増すばかりだ。
「暑ぃーのぉ」
外に出れば少しは涼しいかも知れない。
そうだ。外に出よう。
靴を履くと足が熱くなるだろうから、素足のまま玄関を出た。ぽかぽかの土が足に触れて、気持ちいい。
「ふぁー」
涼しくはないけど。でも、あーちゃんとくっついてる時よりは涼しい。
「わー……」
テンションを上げようと両手を上げても、あまり乗り気にはなれなかった。やっぱ暑いもんね。
だらーんと垂れたまま、特に行く宛てもなく歩く。
「こんちゃー」
「あらこんにちわ」
街並みを歩いても涼しくはなく。
「こんばんわー」
「もうそんな時間だっけ?」
「まだなの」
お店の中に入っても涼しさはない。
これはよくない。このままだと汗だくになっちゃうに違いない。つまり、外に出た理由がなくなるのだ。
このまま帰った方がいいのかもしれない。
「ぉ?」
その時、涼しい風が吹いた。右頬を撫でる秋の風。まだ夏なのに、不思議。
この風の向こうには秋が待っているのだろうか。
ならば、行かぬ理由なんていないだろう。
「いくぞーっ」
だっだっだっ。
足が土を蹴る音と、体で切り裂く秋の風。この先には確かに、夏ではない涼しさがある。秋の涼しさが漂っているのだ。
走るにつれだんだん冷たさは増していくばかり。
「わっ」
涼しさに身を任せて走り抜いていると、石ころに足が引っかかって、ころころ。
転んだ。
「ぁ、ぇ、わ、え、だれ?」
転んだ先には知らない人が。
「子供だぁ」
「むっ」
ようやく子供って呼べるくらいに育った子が心配そうに私を見ていた。人によっては赤ちゃんって呼ぶかも知れない。
「こんにちゃー」
「わわっ」
ぱっと横転して立ち上がると、背も私より小さい子供が見えた。
確かに子供だな。赤ちゃんだな。
「若いのう」
「むむっ」
私の胸元くらいしか来ない背丈を見ると、なんだか自分が大人になったみたいでつい微笑んでしまう。
「貴方なんて名前?」
「……ミリウですよ」
「ミリウ、ちゃん」
「むぅッ」
子供扱いすると嫌がるのも確かに子供やなー。
「私アイラだよー」
「そうですか」
でも、大人しい子だな。
私がこの子くらい小さい頃はあちこち歩き回ってて忙しかったのに、この子は大人しく状況把握の為に頭を巡らせている。
「なにものですか?」
「んー…旅人!」
「うそつけ」
ちゃんと嘘と本当を見分ける。
「大人やなー」
「ま、こんなとしですもの」
大人扱いすると嬉しそうなの子供みたいー。
「とにかく、暑くて来たのよ。ミリウちゃん」
「なれなれしくしないでちょうだい。ミリウ『さん』ってよんで」
「ミリウさん」
「えぇ、なんでしょう」
なんかめんど…。
「秋の風を追い求めてたら、ここに辿り着いたのよ私。貴方は知ってる?秋の風」
早く用件だけ済ませて帰っちゃお。
「なに言ってるんですか」
「ように、涼しい風探してるの」
「さがして手に入れるもんですかそれ」
「案外手に入れるかも?」
知らないみたいだな。
「ていうか、さがすひつようありますか?魔法でなんとかなるのに」
「!」
確かに、その通りだっ。
「おバカさんですね、アイラさんは」
「お姉ちゃんなんだよ私」
「みためだけで人をみわけるなんて、ガキンチョのやるべきことなんですよ」
「でもミリウちゃん、体ちっちゃいし」
「うぐぐ……」
よーし、帰ったら魔法で涼しくなろ。
お母さんも暑くて動きたくないって言ってたから、お母さんとあーちゃんと三人でひやひやしちゃおー。
「ちょっとどこ行くんですか」
「お家。ばいばいー」
「へ?」
たったったっ。
来た時と同じように走って戻った。




