第5話 高品質ポーション
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第5話 高品質ポーション
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私はイヘスの町の薬師ギルドで働いているミニャンです。
同僚がお花を摘みにいきたいと言うので一時的に受け付けカウンターに座っていたのですが、珍しく登録希望者がやってきました。この辺りでは見ない黒髪黒目の人です。しかも師匠がいないらしいです。そんな薬師は初めて見ました。大概は師匠について数年下積みをし、師匠の許可を得てからギルドに登録するのです。
そういった徒弟制度の弊害もあり、薬師ギルドに登録する人はあまりいません。下積み時代は給料ももらえずこき使われるため、長続きしないのです。
そんな制度があっても登録したばかりの人は、Eランクのポーションさえ普通品質になるように作れません。調薬は簡単ではないのですが、薬師は弟子に手取足取り教えないのがいけないと思います。
私は徒弟制度が薬師不足の原因であり、弊害になっているのではと思っているのですが、私のような下っ端が何を言っても昔ながらの制度が変わるものではありません。
もっとも、師匠がいなくても登録だけなら誰でもできます。ポーションが作れるかは、別の話ですけど。
「さて、そろそろ1時間になりますね」
先ほど登録されたケンヤ様の年齢は30歳らしいです。登録用紙にそう記載されていました。でも、どう見ても20歳くらいにしか見えません。なんなら15歳でも通じる容姿です。
調薬室Aの扉をノックします。返事がありません。無視ですか? フフフ。いいでしょう、私にも職員としてのプライドがあります。返事があるまで何度でもノックしてやりますよ!
何度もノックしたら、やっと返事が返ってきました。ふっ、勝ったわ。
扉を開いてもうすぐ1時間だと告げるのですが、なんですかこれは!? ポーションの瓶が大量です! しかも、全部の瓶にポーションが入っています! ありえないでしょ!? まだ1時間たってないのですよ。
ポーションの調薬は初級中の初級です。熟練の薬師なら難しくはありません。ですが、熟練の薬師でも1時間に作れるのはせいぜい20本。それなのに、その何倍ものポーションがあります。
私は薬師ギルドに就職して10年、《《まだピチピチ》》の25歳です。アイテム鑑定は持っていませんが、薬品鑑定は持っています。そんな私の目の前にあるポーションはどれも高品質だと分かります。
ポーションは緑色の液体の中に光り輝く粒子が見受けられるのです。その粒子が多ければ多いほど高品質だと言えます。
今目の前にあるポーションは、どれもまるで光輝いているように見えます。なんですか、これはっ!?
ケンヤ様の片づけを待って、私は100本に及ぶポーションを回収しました。鑑定士の方も驚いていましたが、全部高品質なポーションでした。
その結果を受け、すぐにギルマス(ギルドマスター)を呼びました。
「ミニャン君。俺はこれでもギルマスだよ? 呼びつけるってどういうこと?」
「そんな細かいことはいいじゃないですか。それよりこれを見てくださいよ!」
ギルマスの名前はハゲラース。だから、ギルド員たちは陰でハゲマス(ハゲラース・ギルドマスターの略)と呼んでいます。
ちなみに頭には焦げ茶色の髪がフサフサ……ではないけど、少しは残っています。
そんなギルマスの目の前に1本のポーションを掲げます。
「ん? ほう、えらく高品質のポーションだな。これほどのポーションを作れるのは、アリラーン婆さんくらいか。で、それがどうしたんだ?」
アリラーン様はAランク薬師です。このイヘスの町には5軒の薬品店があるのですが、そのトップに君臨している方です。
それに、Sランク薬師がこの世界にたった3人しかいないため、Aランク薬師は事実上最高の薬師と言えます。しかも、Aランク薬師はこの国に5人しかいないのです。
「はずれ! これは今日登録したばかりのEランク薬師が作りました!」
「アハハハ。ミニャン君、いつもの冗談か。だが、そんな冗談では笑えんぞ」
「私の目を見ても冗談だと思います?」
「……マジ?」
「マジです。しかもこんなに」
私は後ろに置いてあった98本ものポーションを見せました。
「なんじゃこりゃ……」
ギルマスが絶句してます。その気持ちは分かります。私も最初は目がおかしくなったのかと思いましたもの。
「全部で98本あります。これが鑑定結果です」
「……うーむ」
唸りたくなるのも分かります。私は金の卵の登録をしたのかもしれません。
「これほどのポーションを今日登録した者が作るなんてあり得ない。師匠は誰だ?」
「師匠はいないそうです」
「はぁ?」
「いません」
「マジかよ……」
「マジです」
「その薬師はまだいるのか?」
「控室で待ってもらっています」
「俺が会おう」
「失礼な態度は取らないでくださいよ」
「ミニャン君。君は俺をなんだと思っているんだ?」
「神輿のギルマスです」
「俺、泣いちゃうぞ」
「冗談です。頼りになる上司です」
揶揄い甲斐のあるハゲマスですけど(ボソ)。
「今、なんか言ったか?」
「いえ、何も言ってません」
何はともあれ、ギルマスがケンヤ様と会うことになりました。
控室に入った私とギルマスは、ケンヤ様と向かい合うように座ります。
「お待たせしました。こちらはギルドマスターのハゲラースです」
「ミニャンより紹介されたギルマスのハゲラースだ。よろしくな」
「ケンヤだ。よろしく」
「まず、これが今回のポーションの買い取り金額だ。ミニャン君、詳細を説明してくれ」
「はい。ケンヤ様がお作りになったポーションは、どれもよい品質でした。ですから、通常の買い取り額よりも割高の金額になっております」
「ほう、品質がいいと割高で買い取ってくれるのか」
「はい。その代わり、品質が悪いと買い取り価格が下がりますし、あまりにも品質が悪いと買い取り拒否の上に廃棄命令を出します」
Eランクの薬師が持ち込んだ薬の2割くらいは廃棄になります。そうならないように、皆さん切磋琢磨されるのです。
通常の品質ですと、ポーション1本で青銅貨3枚の買い取りになります。高品質ですと、その1.5倍の買取額になります。今回は青銅貨4枚と黄銅貨5枚の買い取り額です。それが98本分ですから、合計で銀貨4枚、白銅貨4枚、青銅貨1になります。
「いいものを大量に買い取らせてもらった。感謝する」
「こちらこそ、こんなにお金がもらえて感謝しているよ」
「それで、これが昇格試験を受けるための推薦状だ」
ギルマスはケンヤ様に昇格試験の推薦状を発行しました。登録した当日に推薦状を発行するなんて、かつてなかったことです。
あれだけのポーションを作れるのですから、Eランクにしておくのは勿体ないと思ったのでしょう。
「次の昇格試験は3日後だ。今日中に受付を済ませば、昇格試験を受けられる。試験の内容はポーションを10本分作ってもらうだけだ」
「いきなり昇格試験を受けさせてもらえるのか?」
「今回のポーションを作ったのが、ケンヤであるなら何の問題もない」
「なるほど。受付を済ましたら、あとは当日にここにくればいいのだな?」
「ああ、朝9時の鐘がなるまでにきてくれ。細かいことは、ミニャン君から聞いてくれ。それじゃあ、今日はありがとう」
ギルマスは私に丸投げして部屋を出ていきました。まあ、これは私の仕事ですから構いませんけどね。
私はケンヤ様に昇格試験の内容を伝えました。
1時間でポーションを10本作ってもらい、その10本全てが普通品質以上なら合格です。あれだけの品質のポーションを1時間で作れるケンヤ様なら楽勝でしょう。
ケンヤ様は昇格試験を受けると仰り、手続きと受験料の青銅貨5枚をお支払いになりました。