第3話 日向の椅子
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第3話 日向の椅子
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イヘスの町を歩きまわって、色々買い込んだ。
なんとタバコ店まであり、色々な葉が売られていた。そう、この世界ではタバコは自分で調合するのだ! タバコ店は材料である紙や葉、フィルターなどを売っている場所である。
もちろん、買いました!
そして、チャロに勧められた宿へとやってきた。雰囲気のよい佇まいの宿だ。
「ここが『日向の椅子』、か」
日向の椅子に入る。
「いらっしゃい。泊まりですか? 食事ですか?」
紺色の髪の犬獣人の女将だ。チャロよりさらに大きな胸をしてらっしゃる……。
おっと、見とれてしまった。
「泊まりで頼むよ」
「はい。素泊まりは1泊青銅貨5枚で、朝晩の2食つきだと青銅貨6枚です。どっちにしますか?」
「うーん……食事つきのほうで」
青銅貨6枚を差し出す。
「毎度あり。朝食は朝5時から8時までで、大皿から好きなものを取ってもらうスタイルよ。夕食は5時から9時までで、セットメニューから選んでもらうわ」
食事用の札を2枚受け取る。食事の時に札を出せということだな。
「お湯が必要なら黄銅貨1枚と鉄貨5枚で、部屋まで持っていきますよ」
「お湯?」
「体を拭く用です。井戸でよければ、その扉から出た先にありますから自由に使ってください」
あー、そうか。風呂がないんだな。風呂に入りたいが、ないものは仕方がない。お湯を頼もう。
「それじゃあ、お湯を頼む」
お金を支払う。
「今案内の者を呼ぶから待ってくださいね。シュラー、お客さんだよー」
「はーい」
パタパタと足音が聞こえ、奥からこれまた紺色の髪の犬獣人の少女が現れた。13歳くらいだろうか、エプロン姿がとても可愛い。
「205号室に案内してちょうだい。それと後からお湯もお願いね」
「はーい。こっちでーす」
チャロよりも太くてフサフサの尻尾が揺れている。
触ったらダメなんだろうな……。警備兵を呼ばれる事案になるかな? それは嫌だから、グッと我慢する。
「ここですよ。外出する時は鍵をカウンターに返してくださいね」
「ああ、了解だ」
部屋は8畳ほどで、窓にはガラスはなく観音開きの板の戸がある。セミダブルサイズのベッド、丸テーブル、椅子があるだけの簡素な部屋だ。
ベッドに腰を下ろし、大きく息を吐く。激動ではないが、十分に刺激的な異世界1日目だった。
そんなことを考えていると、ノック音がした。
「ほーい」
「お湯を持ってきましたー」
「どーぞー」
カウンターのお姉さんから、シュラーと呼ばれていた少女だ。さきほど案内してくれた犬耳ちゃんだな。
彼女は結構大きな桶を持ってきた。華奢な体に見えるが、軽々と運んでいる。力持ちだな……。
「桶は後から取りにきますね」
「ありがとうな」
彼女はパタパタと軽快な足音を残して出ていった。
桶から立ち昇る湯気は、異世界でも同じだ。先ほど買ったタオルを濡らして絞り、体を拭く。丁度いい温度だ。
体を拭いたら少しスッキリした。
明日は薬師ギルドにいき、登録しよう。
レシピは買ったほうがいいのかな? 鑑定眼が錬金レシピを教えてくれるから、要らないか。とりあえず、鑑定眼が教えてくれるようにやってみて駄目ならレシピを買おう。錬金用かは分からないが、参考になるかもしれないからな。
ポーションを作って生計が立てられるといいんだが。
ゴーン、ゴーンと鐘の音が聞こえた。
鐘の音は朝3時から夜9時まで1時間おきに鳴らされるとチャロに教えてもらった。
俺はスマホで確認できるが、この世界の時計はかなり大きいため持ち歩けないし高額だ。主要な施設だと時計はあるが、一般人が時計を持っていることは滅多にないらしい。
だから、鐘の音で時刻を知らせているのだ。朝の3時は1回、4時は2回、5時は3回、そして6時は1回に戻り、また1回ずつ増えていく。3時間おきに鐘の音の回数がリセットされるのだ。
今の鐘は3回だったから、午後5時だと分かる。その時、俺の腹がグーと鳴った。今日は色々あったし、昼食を摂ってなかったのを思い出す。
「異世界の食事を味わいにいきますか」
部屋を出て階段を降り、食堂へと向かう。食堂の前には木の板のメニューがあった。セットメニューは肉、魚、腸詰の3種類から選ぶタイプだ。
肉はステーキかな? 腸詰はフランクフルトのようなものなのか? 食堂の中を見たが、客はまだいない。
魚よりは肉の気分だが、腸詰も捨てがたい。どっちにするか。
「いらっしゃい。今日は腸詰を出しているわ。美味しいわよ」
シュラーがいい笑みで腸詰を進めてきた。ならば、腸詰を食べないといけないだろ。俺はそういう流れに逆らわない男なのだ!(意味不明のドヤ顔)
「それじゃあ、腸詰をもらおうかな」
「別料金だけど、エールは要る?」
異世界のエールか。味わってみようか。
「いくら?」
「常温のものが黄銅貨5枚で、冷たいのが黄銅貨6枚よ」
温度によって違うのか。冷やすのにもコストがかかるというわけだな。
「冷たいほうで」
黄銅貨を7枚渡すと、シュラーは多いと言う。
「少ないけど、それはチップだよ」
「ありがとー♪」
さらに札を渡すと「席について待っていて」と言い残し、彼女は軽やかな動きで食堂へ入っていった。
「お父さん、腸詰セット1つねー」
「あいよ」
どうやら料理をしているのは、シュラーの父親のようだ。美人姉妹の父親だ、さぞイケメンなんだろうな。畜生め。
腸詰はグルグル巻きのフランクフルトだった。直径30センチメートルは軽くある。結構な大きさである。
しかも、茹で野菜とパンとスープの他にデザートの果物までついていて、食べ応えがある量だ。
「いただきます」
いざ、実食。
腸詰をナイフで切ろうとするとほどよい弾力に押し返され、パキッといい音を立てナイフが入る。
咀嚼すると塩気が絶妙で、ハーブのような爽やかな香りがする。素直に美味いと舌鼓を打つ。
「エールはどうかな」
木の大きなジョッキに入ったエールを口にする。確かに冷たい。やや軽い喉越しで炭酸は弱めだが、悪くはない。さすがに前の世界のビールほどではないが、美味しいと思える。
俺が食事をしていると、続々と人々が入ってくる。このイヘスの町では、俺のようなヒューマンと獣人が半々くらいが暮らしている。他にもドワーフやエルフなどがいるらしいが、この町ではヒューマンと獣人が多いらしい。食堂内も2つの種族が入り混じって食事をしている。
食堂が混み出した頃、俺は食べ終わった。シュラーに美味しかったと言い残し、部屋へと向かった。量が多かったので、腹が張ちきれそうだ。