第1話 イヘスの町
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第1話 イヘスの町
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ポッツーン……。
見渡す限りの草原。緑が目に優しい。
「俺の名前は九竜賢矢。年齢は30歳、身長180センチメートル、体重72キログラム、外資系医薬品メーカーに入社し8年、仕事は順調、両親は健在、兄弟は兄が1人、妻子なし……うん、記憶は確かだ」
なのに、草原の中ってどういうこと? 記憶にございませんが?
ランニングの途中でコンビニで買い物をして再び走り出したんだが、気づけばここにいた。
着ているのは明るいピンクが映えるランニングウェアの上下、背中にはランニング用の黒色のバックパック。これらは間違いなくランニングをしていたことを示している。
持ち物は……スマホと財布、タオル、コーラ、スナック菓子、おにぎり2個、水、携帯灰皿、タバコが吸いかけの1箱と買ったばかりの1カートン(10箱入)、あとはジッポライターか。スマホを見てみると、電波はきてない。
健康のことを気にする30歳になり、タバコを止めようと思いながら、ランニングを始めたその日だった。
いきつけのコンビニに寄っていつも対応してくれる30前半の俺好みの女性店員が、「いつものタバコですね!」と言うものだから、つい「はい、お願いします!」といい笑みで言ってしまった。おかげで止めようと思ったタバコはバックパックに入っている。しかも1カートンも。だが、彼女の笑みを観られたのだ、後悔はしていない。
10分ほど混乱したが、状況に変化はない。
そこでタバコに火をつけ、心を落ちつかせようと試みる。使い慣れたジッポライターはキーンッとよい音を奏で、俺の心を癒してくれる。
「ふー……美味いな」
俺は根っからの愛煙家だ。いけないと思いつつも、タバコに手が伸びる。禁煙しないとと思いつつ、結果として止めるタイミングを失った。はぁ、困ったものだ。
「マジで止められないっつーの!」
草原で叫んでやった。誰もいないのだ、迷惑を考えなくていいだろう。
スニーカーの裏で根本まで吸ったタバコの火を消し、携帯灰皿にポイ。おかげでかなり冷静に自分を見つめることができるようになった。
「とりあえず、唱えてみるか……ステータスオープン」
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ケンヤ・クリュウ 男
【class 錬金術師】
【level 1】
【unique skill アイテムボックス】 容量無限 時間経過なし
【unique skill 言語理解】 ありとあらゆる言語を理解し、操る
【world skill 錬金術】
・Lv1:下級魔法薬錬成
・Lv2:未開放
【ridiculous skill 息災無事】
・Lv1:病気に罹りにくくなる 回復が早くなる
・Lv2:未開放
【ridiculous skill 鑑定眼】
・Lv1:アイテムの用途を理解する 人間の詳細を表示する
・Lv2:未開放
【ridiculous skill 製作】
・Lv1:器用さ小上昇 イメージ明確化
・Lv2:未開放
【world item スマホ】 異世界の技術の塊
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「出てしまったか……」
かなり特殊なステータスだな。
classは職業だよな。錬金術師はちょっと嬉しいかも。あっちでは薬剤師だったし、その繋がりかもしれないな。
levelはそのまま器用人のレベルだな。
unique skillは固有のスキルってところか。アイテムボックスと言語理解という異世界物の物語によくあるもので、レベルがないようだ。
world skillは世界のスキルと訳すのかな。俺のclassが錬金術師だから、このスキルがあるんだろうな。今は下級魔法薬錬成しかできないようだが、レベル2が開放されたらもっといいものが作れると思う。楽しみにしておこう。
ridiculous skillってなんだ? バカげたスキル? そのネーミングがバカげているんだけどね。息災無事は肉体的な丈夫さのことか? 鑑定眼も異世界物によくあるもので、鑑定の上位といったところか。製作は俺の趣味が日曜大工だからか?
「まあ、あるものはありがたく使わせてもらうけどさ」
この世界にきてしまったものは仕方がない。帰る方法が分からないのだから、当面はここで生きていくしかない。このステータスを使って。
もっとも、帰る方法を探すかは、この世界の暮らしやすさ次第だな。
「ま、楽しければいいや」
この世界なら、健康がどうこういうヤツはいないはずだ。会社の健康診断なんてクソ喰らえ! 体調が悪くなったら魔法1発で完治だ! 魔法ってあるよな? 低級《《魔法》》薬錬成って説明にあるくらいだから、魔法あるよね!?
「それに、タバコを吸っても煙たがられないかもしれない! これ大事だからな! タバコを吸ったっていいだろ!」
今の世の中、愛煙家は肩身が狭いのよ、向こうでは。この世界は愛煙家に優しい世界ならいいな。愛煙家にだって人権があると思うんだ。あんなに弾圧しなくてもいいと思う。
「さて、一応やっておかないとな」
頬を抓る。痛い。
頬を叩く。痛い。
「現実だな」
分かっていた。ただの通過儀礼だ。
「鑑定!」
『[ヒューレ]この辺りでは一般的な雑草 食用には適さないが、食べられないものではない 錬金術によってわずかに塩を錬成できる』
なるほど、こういう風に見えるんだな。
「って、錬金術すげーじゃん!?」
雑草から塩だぜ! 異世界すげー、錬金術スゲーッ!
しかし、戦闘スキルはないのかよ? もし魔法があったら、使ってみたいものだ。
「さて、どっちにいくべきか?」
ここが異世界なら、モンスターがいるかもしれない。こんなところでまごまごしていたら、命の危機を迎えてもおかしくはない。
「全方向が草原だ、こっちへいくか」
気が向くまま足の向くまま、気分次第といういい加減さだが、地図も何もないから仕方ない。
そういえば、スマホの電波はきてないが、マップは使えないのか? GPSあるかな?
「マジか……」
マップが表示されたよ。北にいくと町があるようだ。よし、北に向かおう。
「鑑定」
『[フレイク草]葉がポーションの素材になる植物 生命力が強い植物であり、葉のみを摘むことですぐに葉が生えてくる』
『[ポーション]下級魔法薬 小規模の傷を瞬時に癒す 調薬や錬金術によって作成可能 錬金レシピはフレイク草+微小魔石+水』
雑草と違う植物があったから鑑定してみたら、いきなり当たりを引いたようだ。そういえば、雑草だけじゃなく、このフレイク草も採取しておくか。
葉を丁寧に摘み、アイテムボックスへ収納。アイテムボックスは便利だな。
再びスマホのマップを見つめ現在地を確認すると、画面に青い点があることに気づいた。何かと思い、そこへ向かうと……。
「フレイク草の場所か!?」
これはありがたい。
マップを広域に広げてみると、青い点が無数にあった。これさえあれば、効率的にフレイク草を摘むことができるぞ。
ちなみに雑草は青点がなくてもたくさん生えているので表示されないようだ。
「それはいいが、この赤い点は……?」
3キロメートルほど離れた場所に赤い点がある。
青色じゃないことから、フレイク草ではないだろう。考えられるのはモンスターだ。他の可能性もあるが、君子危うきに近寄らずということで、赤色の点は避けて進む。何せ俺は戦闘スキルを持っていないからな!
また違った植物を発見した。
『[アチル草]茎は解毒ポーションの素材になり、根は麻痺薬になる植物』
『[解毒ポーション]下級魔法薬 弱毒を瞬時に癒す 調薬や錬金術によって作成可能 錬金レシピはアチル草の茎+微小魔石+水』
『[麻痺薬]下級魔法薬 弱麻痺を瞬時に癒す 調薬や錬金術によって作成可能 錬金レシピはアチル草の根+微小魔石+水』
ほう、毒消し薬と麻痺薬か。これも採取だな。
さらに進み、フレイク草とアチル草を採取する。徐々に景色が変わり、とうとう麦畑が広がる場所までやってきた。
畑の中の畦道を進むと、第一異世界人を発見!
農作業をしている。しかも、尻尾がある!? 獣人だ!
この世界には獣人がいるのだな! ケモ耳モフモフ! ツンデレエルフ! 合法ロリドワーフ! 俺はロリ愛好家ではないが、夢が広がる!?
俺がマジマジ見ていたら、向こうも俺を見てきた。軽く会釈し、その場を離れる。
ここまでは順調。あとは町に入れるかだな。
町は防壁で囲われている。5メートルはある頑丈そうな石造りの防壁だ。
門の前では警備兵が検問をしていて、列ができている。
荷物をたくさん積んだ馬車が検問を終えて町へ入っていく。
その後ろに並んでいた俺の番になった。
「身分証を」
「ほい」
運転免許証を出してみた。
「なんだこれは?」
「身分証だけど?」
「まったく地が読めないんだが?」
「異国の文字だからな」
「これでは身分証にならん。どこかのギルドに登録しろ。それで身分証がもらえる」
「なんだよ、身分証って言うから出したのにさぁ」
「……イヘスの町には何をしにきたのだ?」
俺の文句は無視か。まあいいか。
「観光だ」
「観光? こんな辺境の地にか」
「そうだが、何か?」
異世界旅行だ。いいだろ?
「……そうか」
俺が言うのもあれだが、そんなに簡単に納得していいのか?
「その手に持っているものはなんだ?」
ビニール袋が珍しいのか、怪訝そうに中を見せろと言われる。
このビニール袋には、採取した薬草を入れている。もし門を通るのにお金が要る場合は、これで物納させてもらおうと考えてアイテムボックスから出しておいたものだ。
「薬草だけど?」
「フレイク草にアチル草か」
色々職務質問された。極めつけは水晶! 出たよ、ファンタジーなアイテム! 触ると、青色に光った!
「犯罪歴はないようだな」
「あるわけないじゃん。この人畜無害な顔を見てよ」
「胡散臭い顔だ」
「うっ……」
この警備兵、目が悪いんじゃないか? 両目の視力いくつだよ? 0.001くらいか?
「とにかく、入っていいぞ」
特に何も取られなかった。町に入るのにお金は不要なようでよかったよ。だが、無一文には変わりがない。このままでは宿に泊まれないし、食料も買えないんだよな。
「いい儲け話はないかな? ほとんど、お金を持ってないんだよ」
ほとんどじゃなく、まったくだけどな。
「お金を持ってないのか? 薬草を持っているのだから、薬師だと思っていたんだが?」
「あー、薬は作れる。と思う」
「……なんだそのわけの分からん言いぐさは?」
「あー、うん。作れる」
錬金術を使えば、作れるはずだ。
「だったら、薬師ギルドにいってみろ。薬が作れるんだったら、そこで買い取ってもらえるぞ」
「サンキュー、いってみるよ」
「さんきゅう? まあいい。この道を真っすぐいき、右手に大きな建物がある。そこは商人ギルドで、その先に商人ギルドよりは小さい建物がある。そこが薬師ギルドだ」
へー、この警備兵、優しいじゃん。
こんなに優しくされたら、おいら泣いちゃうよ。などとバカなことを考えていると、怪訝な目で見られた。
警備兵にお礼を言い、町中へと歩きだす。親切にはお礼を、悪意には報復を。それが俺のモットーだ。今はお金がないから、感謝の気持ちを受け取ってくれ。
汚職まみれのクズ警備兵だったら町中に入れなかったかもしれなかったが、職務に忠実な警備兵でよかった。
あんたのことは覚えておくよ、1日くらいは。