第6話 実技訓練での一幕
探索実習が明日に迫ったこの日、演習場に集まっていた。
「うッ、くッ! このっ……えいッ!」
目の前でショートボブのメガネの背の低い少年が可愛らしい掛け声とともに、「銃剣付き機関銃(略して銃剣)」を突き出してくる。
俺は、同じく右手で持った銃剣でいなす。
少年の胴体ががら空きになったので、俺は銃剣の先っぽで小突いた。
「隙あり」
「……きゃぁ!」
その少年、高杉くんは可愛い声を出しながら、すってんころりんと尻もちをつく。
銃剣といえば近世かと思わせるが、しっかりフルオートライフルである。
銃刀法違反はすでに撤廃されて久しいので、俺達のような子どもにも普通に配備される。
「痛たたた……」
「動き自体は悪くないが、まだまだ改善の余地は多いな」
「円城寺くん、容赦さすぎじゃない?」
高杉くんは尻もちを付きながら、俺に抗議の視線を向けてくる。
租界の外に出れば、異形が闊歩する世界が広がっているので、射撃だけではなくこうした白兵戦も必要である。
「実践じゃ十回は死んでる。それにゴムナイフなんだから、大丈夫だろう?」
俺は銃剣の先のナイフ部分を指でグネグネさせる。
「……むぅ。それにしてもちょっとは手加減してくれないと、ついていけないよ」
「すまない。高杉くんの吸収が早いものだからつい、無理をさせてしまった」
「えっ、本当?!」
「……あ、ああ」
高杉くんが目を輝かせて俺に迫る。
まるで尻尾を振るように近づいてくる犬のようだ。
「でも、円城寺くんがこんなに武術に長けてるなんて知らなかったよ。片腕一本なのに全然敵う気がしない。どこでこんな技術を手に入れたの?」
「……詮索はなしだと言っただろう」
「あ、ごめん。そうだったね」
俺は高杉くんと協力関係を結んだ。
高杉くんは、身体能力もなかなか良い素質を兼ね備えていることがわかったので、詮索しないという条件で、強化することにしたのだ。
少し正義感が強すぎるところが気がかりだが、ゆくゆくは俺のために動いてくれるように調教していくつもりだ。
「でも、こんな対人訓練が『探索実習』で役に立つの?」
周囲を見てみれば、クラスメイト達が気だるそうに銃剣を振り回している。
探索実習とは、租界の外に出て、地形の調査やマッピング、様々な物資を回収するという任務である。
異形が跋扈する世界に足を踏み入れるというのにこれでは、危機管理意識の低さに落胆せざるを得ない。
「役に立つかどうかじゃないよ……俺がやれって言ったらやるんだよ」
「ひゃ、ひゃい!」
少し恫喝しすぎてしまったかもしれない。
高杉くんには、見込みがあるので甘やかして育てたくはなかった。
諦めるならそれまでだが、高杉くんなら耐えられると思っている。
「……これはとある筋から入手した情報なんだが……摩天楼の"上の連中"が、今度の探索実習に向けて何やら動いているらしい」
「上の連中って……千菊家?」
「ああ。なぜ探索実習に目をつけたかはわからない。ただ何かしら目的があるのは間違いないだろう」
「……それは、警戒したほうがいいかもね」
高杉くんは神妙に頷き、考える仕草をした。
以前、おばさん教諭に色々と質問していたこともあるし、俺達の扱いについて何か違和感を感じていたのだろう。
「……神田さん! サボってないで、訓練に参加するザマス!」
突然、争い合うような声が演習場に響き渡った。
俺達は何事かと思い、そちらに目をやる。
「先生、私は具合が悪いので見学するよ」
「あーた、昨日も一昨日もそう言って訓練をサボっていたザマしょう? いい加減にするザマスよ!」
争っているのはおばさん教諭と神田という少女。
――神田莉央奈。
真っ白な髪と長いまつげが特徴の、一際異質な雰囲気を醸し出す少女。
クラスの中でも問題児として知られ、授業をサボっては摩天楼を徘徊していることが多い。
「神田さん、少しは真面目に練習したらどうザマス?! 明日は探索実習ザマスよ!」
「えー、でも先生言ってたじゃん。私達は努力したって無駄だって。この訓練することになんの意味があるの?」
「あれは……! 皆さんのためを思って言ったんザマス、将来に希望を持ったら皆さんは後で悲しいことになるザマしょう! この訓練は別ザマスよ! さっさと訓練に取り組みなさい!」
おばさん教諭はガミガミとつばを飛ばしながらヒステリックに叫んだ。
「えー、だるい」
「あーたねぇ、ただでさえクラスでも特に成績の悪い問題児ザマスよ!? このまま地下の強制労働所に放り込まれてもいいザマスか?」
「えー、それはやだなぁ」
「じゃあ、さっさと訓練の相手を選ぶザマス!」
「……んー、じゃあ円城寺で」
いきなり俺の名前を出されてたじろぐ。
「は?」
「まぁいいザマショウ……。円城寺くんこっちに来るザマス!」
おばさん教諭が俺を見て手招きする。
神田は美少女たしかに誰もが認めるような儚い美少女ではあるが、正直何を考えているかわからないところがあるので、素直に対戦を受けたくない。
「先生、円城寺くんはまだ病み上がりです。彼女の相手は私にさせてください」
どう乗り切ろうか頭を働かせていると、一人の少女が前に出る。
先日、俺にカッターナイフを向けてきたメンヘラ疑惑のある美少女、月乃瑠奈だった。
「ええ!? 月乃さんは卒業後はハーレム入りの可能性が高いザマス! ここで怪我をされては……」
「大丈夫です先生、私が負けることはありませんから」
黒髪の美少女は自信に満ちた表情で言う。
「悪いな月乃……」
「ふんっ」
月乃は一瞬俺を見て、すぐに視線をそらした。
その仕草は少し可愛らしかった。
この間はなんだかんだ見舞いに来てくれたし、意外と義理堅い性格をしているのだろうか。
「えぇ……まぁいいけどー。片腕の円城寺じゃフェアじゃないしね」
神田はそう言って、新しい獲物を見つけたかのようにぺろりと唇を舐めた。
二人の美少女の衝突にクラス中が注目する。
「はぁ、わかったザマス。それじゃあ……始めるザマス!」
おばさん教諭が気だるそうに言うと、誰が合図するでもなく模擬戦が始まった。
先に飛び出したのは月乃だ。
銃剣を両手で抱え、弾丸のように見を低くして走り出す。
「ハァッ!」
長く美しい黒髪をふわっとなびかせながら、銃剣を突き出した。
「ほっ! 結構いい動きするねェ、月乃ん」
神田は軽やかにジャンプし、月乃を飛び越える。
驚くべき身体能力だ。
「チィッ……!」
月乃は苛立ち混じりに、銃剣をまるでバトンのようにくるくると回し、ストック部分で打撃を繰り出していく。
その動きは無駄がなくしなやかだった。
さすがは優等生、敬遠しがちなこの科目に対しても、しっかりと研鑽を重ねていたのだろう。
「わっ……ほっ……それっ」
「……ちょこまかと!」
神田はまるで後ろに目がついているかのように、不意打ちにも対応して見せる。
月乃の攻撃を銃剣で受けるでもなく、軽やかに全てかわしてみせた。
「ハァ……ハァ……」
「月乃ん、なんか迷いがあるみたいだねぇ」
「……っ」
「もしかして卒業後のことで悩んでるのかなぁ?」
「ッ! うるさい!」
月乃の動きが一瞬鈍ったが、それを振り払うように銃剣を横薙ぎに振るった。
いつもの月乃と比べて少し、精彩を欠いているように見える。
「――だめだよ月乃ん、しっかり目の前のことに集中しなきゃ」
神田は月乃の耳元で、囁いた。
それも――月乃の振り払った銃剣の上に乗った状態で。
「くっ……!」
背後を取られた月乃は慌てて銃剣を引き寄せる。
そして、剣先を向けようとしたが、そこで手が止まった。
「っ……」
「はい、私の勝ちだね」
「……負けました」
神田の銃剣の先が、すでに月乃の首元に当てられていたからだ。
クラスの全員がその結果に息を呑んだ。
月乃が負けたことよりも、神田の戦闘技術が圧倒的に優れていたことに驚いたからだ。
「月乃んの動き、悪くなかったよ。でもまぁ――《《アナクロにしては》》だけどね」
神田は最後に意味深な言葉をかける。
残された月乃は、悔しさをにじませ、唇を噛み締めた。