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第3話 執行官

 十二時を告げる鐘の音が鳴った。


「皆さん、今日の授業は終わりザマス。……近々、卒業試験を兼ねた、『《《探索実習》》』が予定されてるザマスからしっかりと準備しておくように」


 おばさん教諭が教室をあとにすると同時に、全員が席を立ち、移動を開始する。

 食堂は俺達と同じような生徒や、摩天楼の従業員で溢れていた。

 ――首にチョーカー、おそらくは位置情報を知るためのものだろうと思う。

 チョーカーをつけた大人たちは、皆一様に表情が暗い。


(まさに、ディストピアって感じだな)


 俺はお盆を手に取り、食事の配膳口に設置する。

 ボタンを押せばプレートが出てきてうにゅぅぅと卵のようなペーストがトグロを巻くようにプレートのくぼみの一つに収まる。

 続いて、圧縮されたポテトサラダの塊、氷なし食物繊維たっぷりの野菜スムージー、デンプンと水分を練り込んだ粘土が順番に排出される。


「……」


 この間約五秒、この時間ばかりは顔をしかめてしまう。

 お世辞にも美味しそうとは言えない。

 栄養的には問題ないのかもしれないが、やはり「料理は見た目から」なのだと再認識させられる。

 俺は空いている席を見つけ、そこへ座った。


「いただきます(南無三)!」


 不味くても食料は食料。

 俺は手を合わせて礼を取ると、思い切ってかきこんでいった。


(ん? 誰か来るな)


 そうしているうちに、俺に近づいてくる存在を感知した。

 ……なんとなく思い当たる人物が一人いる。


「円城寺くん」

「もぐもぐ……んぐ?」


 斜め横から予想した通りのハスキーな少女のような声がかかる。

 声のする方見ると、そこにはキノコ頭にメガネの少年――高杉晋咲が立っていた。


「あの、お昼一緒してもいいかな?」

「もぐ……」


 俺はもちろん、彼の問いかけに頷く。

 すると、高杉くんは俺の正面ではなく隣に座った。


「……っ」


 隣りに座ったはいいものの、一向に食事には手を付ける様子はない。

 俺と高杉くんの距離は恋人同士のごとく近く、隣でずっともじもじしている。

 内容の検討はついていたのだが、このままでは埒が明かないので俺から話を振ることにした。


「もぐもぐ……ゴクン……どうした高杉くん?」

「あ、えっと、あの……円城寺くん、今朝僕とぶつかったでしょう? あの時、一冊回収し忘れたかもしれなくて……その……円城寺くん、持ってたりしないかな?」


 高杉くんは言い出しづらそうに俺に問いかけた。

 俺はズボンの中から、古い本を取り出して高杉くんに見せる。


「それはもしかして――これのことか?」

「っ……!」


 高杉くんは慌てて、俺から取り戻そうと手を伸ばす。

 俺は反射的に引っ込めると、高杉くんの出した手は空を切った。


「……」


 基本的に優等生の高杉くんが、突然フィジカルな手段を取ってきたことには驚いたが、冷静にその動きを観察する。

 高杉くんは、むうっと頬を膨らませ、恨みがましい目を俺に向けていた。


「返してよ……」

「こちらの質問が先だ。高杉くん――なんで"禁書"なんて持ってるわけ?」

「っ! ……それは、その」


 高杉くんは言葉を濁した。


「言えないのなら、これは落としものとして報告することになるけど?」

「だ、だめッ……!」


 もちろん報告なんてするつもりはないが、高杉くんの反応から何か並々ならぬ思いを持っているように見える。


「高杉くん、一応さっきは君のことをかばったつもりなんだけど、理由も聞けなんじゃ俺としては不安なんだが」

「……うぅ、わかったよ。その本は――僕の両親の形見なんだ」


 高杉くんは渋々といった具合に白状した。


「高杉くんの両親って……?」

「僕の両親は、ダンジョン黎明期から地方で細々と暮らす一族だった。山奥で田畑を耕し、家畜を育てながらひっそりと。生活は苦しかったけど、それでも幸せだった」


 ダンジョンが出来てから、この世界は異形の生物で溢れた。

 しかし異形は人口の多いところに向かう性質があったため、都市部は壊滅的な被害を受け、むしろ山間部のような人のいない地域のほうが被害は少なかったという。

 高杉くんたちはそうやって難を逃れたのだろう。


「でも……ある日、総統府の連中がやってきたんだ。『《《ダーウィンズ=ロウ》》』の隠れ里なんじゃないかって疑われて……いきなり僕達は捕らえられた。村や田畑には火を放たれ、僕達は住処を追われ、強制的にこの千菊租界につれてこられたんだ」

「……それは辛かったな」

「こんな話はそこら中に溢れているよ。皆だってそうやって集められた子たちだよ。円城寺くんもそうなんでしょ」

「……まぁ、な」


 年若い少年少女にこんな言葉を言わせるような社会というのは、どうしても閉塞感を感じてしまう。

 俺の大人としての精神が、子どもには未来があってほしいと願っているのだ。


「でもさっきの持ち物検査の時、どうして見つからなかったの?」

「ああ、尻の間に挟んでいたんだ。こうやってな」


 俺の立派な尻筋で、高杉くんの禁書を挟んで見せる。


「うぇぇ……実演しないでよ」


 高杉くんはばっちいものを見るような目を禁書に向けた。

 せっかく禁書を匿ってあげたのに。


「それにしても……ダーウィンズ=ロウだったか。確か反血統者を掲げる過激なテロ組織と聞いているが、話を聞く限り、アナクロ自体の評価を貶めているだけの迷惑極まりない連中としか思えんな」

「ッ! ダーウィンズ=ロウは、テロ組織じゃない……!」


 高杉くんは珍しく声を荒げた。

 そのせいか、周囲からの注目を集めてしまう。


「ちょっ……高杉くん落ち着いて……」

「ダーウィンズ=ロウは、僕達アナクロの未来のために戦ってくれているんだ。そんな言い方はあんまりじゃないか!」


 うーむ、困った、どうやら俺は高杉くんの地雷を踏んでしまったらしい。

 不満をもつ気持ちはわかるが、流石に体制批判は不味い。


(ああ、気づかれたかなぁ……)


 俺は背後で、大きな気配が動くのを感じた。

 しかしながら高杉くんの演説は止まらない。


「……このままじゃアナクロ……いや、"本来の人類"は絶滅してしまう。それなのに皆、それを当然のことと受け入れようとしてる。……でも、そんなの絶対に間違ってるよ……!」


 高杉くんは感極まったように、声を震わせる。

 流石にこれ以上高杉くんに喋らせるわけにはいかないな。


「だが、はた迷惑な連中なのは変わりない。そいつらのせいで高杉くんや他の皆も、強制的に連れてこられたんだからな」

「うっ……、そ、それは……」


 来てほしくない連中が近づいてくるのを感じる。

 おそらく誰かが通報したのだろう。……覚悟を決めるか。


「……もっともダーウィンズ=ロウなんて言う組織の存在自体疑わしいがな。総統府がでっち上げた虚像の可能性だって十分ある。"アナクロ生殖禁止法"を施行してから、アナクロの人口増加は止まった。単純に労働力人口が減少して、その穴埋めをするために総統府が人攫いのような真似をしていると言われても不思議じゃない」


 総統府に対する批判だ。

 俺はそれを周囲に聞こえるように言ってみせる。

 体制側の人間に聞かれてしまえば、子どもだろうと容赦なく粛清の対象となる。

 ……死神の足音が聞こえた。



「――先程、総統府への批判があったと通報があった。……どうやらお前達のようだな」



 見覚えのある白の軍服を身にまとった男。

 視線は鋭く、俺達を射竦めるその冷たい瞳は、やはりアナクロとは何かが本質的に違う。

 腰に佩いた、金の装飾が施された立派な刀は強烈な威圧感を放っていた。


「……け、血統者……! それも執行官?! どうしてここに……」


 高杉くんが尻もちをつく。

 彼もまた、目の前の男が纏う異質な力に圧倒されたらしい。


 執行官――その白の軍服は東京の中央、"総統府"に所属する官吏。

 血統者の中でも上位の存在が就くことのできる役職だったはず。


(なぜ中央の連中が千菊租界に……それもアナクロ教育棟にいる……?)


 何かしらの厄介事の予感に頭をフル回転させ用としたが、男の背後から黒髪の美少女がひょっこり顔を出す。

 月乃瑠奈がこちらを見てニヤリと笑みを浮かべ、ベッと舌を出していた。


(……通報したのはアイツか、全く……仕方のない女だ)


 月乃も悪気はなかったのだと思いたい。

 この共産主義的な体制の下では、不正を報告しなければ逆に罰せられてしまうことも往々にしてあり得るからな。


「申し訳ありません執行官殿、可能性の話をしておりました。しかしどうやら行き過ぎた発言が誤解を生んでしまったようです。現体制を批判するような意図はございませんが、私の発言はすべて、撤回させていただきます」

「……そちらの少年は?」


 高杉くんは、ビクりと反応し、股からチョロチョロと黄色い液体を流していた。

 怖いなら余計なことを言わなければいいのに。


「そこの彼には、無理やり私の話を聞かせていたのです。この通り人畜無害なか弱い少年ですので、罰は私のみでご容赦いただければと」

「え、円城寺くん……?」


 俺はあくまで自分一人だと主張する。


「ふむアナクロにしては潔いな。まぁいいだろう……反逆者は粛清の対象となる。――"禁錮"か"制裁"か、選べ」

「……制裁を」


 俺は即答する。

 何年も牢屋に幽閉されてはたまらないからな。


「ほう……? まさか制裁を選ぶとは思わなかった。根性が座っていると言うかなんというか……」


 執行官の男の言葉が突然止まった。


「……お前、俺と何処かで会ったことがあるか?」

「いいえ」


 俺は、視線をそらすことなくその執行官の目を見据えた。

 血統者という者は感覚が鋭敏だ。もしかしたら何かに気づいたかもしれない。


(危ないなぁ。善良なアナクロを装わないと……ね)


 ――決して悟られてはいけない。


 俺の目的、俺という存在。

 そして――


 ――俺が目の前の男を、知っているということを……。



「気のせいか……? では一級血統・執行官、"菊川蓮司"の名において、刑を執行する」



 菊川と名乗った執行官の男は、腰の刀を柄ごと引き抜き真横に振りかぶる。

 ふと、菊川の表情を窺うと、先程までの執行官然とした仏頂面は消え失せていた。

 口角を釣り上げ、醜悪な笑みを貼り付けている。

 まるで、おもちゃを見つけた子どものように。



「ハハッ――死んでも、文句を言うんじゃねぇぞ」



 菊川は、勢いよく俺の胴体に向けて振り抜く。

 俺が動き出すその時までは……クラスメイトの仕打ちも、この痛みもすべて――


 ――――甘んじて受け入れよう。

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