【短編】近衛騎士隊長エナサ・フィガータは吸血鬼女帝様の食料係でもある【GL】
短編です!
作品情報の通りガールズラブ要素が多分に含まれています
ジリリリ。目覚まし時計の音がする。ということはつまり現在時刻は朝の6時。
ここは宛がわれた宮殿の自室。早起きは比較的得意である。寝坊や遅刻なんて今まで一度もしたことがないのがちょっとした自慢。
ベッドからすっくと起き上がってまず洗顔。
肩までのショートカット、紅色の髪とほぼ同じ色合いの虹彩が鏡に映る。
次は歯磨き。
口の周囲を鏡に映してまで注意深く磨くのは左右の尖った犬歯。
歯磨きの後は冷蔵庫からパックを取り出し、赤色の液体を飲む。
それから寝巻きから隊服に着替え、然るべき場所へと移動。
この世界には私のような(端くれだけど)吸血鬼だけが住まう国と、人間だけの国がある。
これでもフィガータ伯爵家の長女で周囲からの期待通りかそれ以上に鍛錬し勉学に励んできた。その結果。
「エナサ隊長、おはようございます」
「おはよう、チェシー」
女帝様を護衛する騎士団の隊長に拝命された。ちなみに私の名はエナサ・フィガータ。
「隊長はパック飲まないんですか?」
副隊長のチェシ―・キャス。
どうという関係は特にないが、信頼できる部下だ。
「私は自室で飲んだから大丈夫。いい加減、いかにも生じゃないパックにも慣れましたよ。不味くもないし、特別美味くもない」
騎士各位に支給されている養殖パックが縮みきるまで飲み干し、チェシーは苦笑いする。
味わいを改善して欲しいとの声もあるらしいけど、ぶっちゃけ好きだ。慣れてくれば段々とわずかにだけれど生の味を見出せるようになってくる。
騎士だけじゃなく、吸血鬼ならば民であっても基本的に人間から直接吸ってはいけないことになっている。過去に吸い過ぎて惨事を起こした騎士がいるからだ。
そういったわけで、直に吸えるのは何らかの功績を挙げたときだけ。人によっちゃ勲章そのものよりそれを望むのも珍しくはない。それは隊長である自分も変わらない。
などと沈思黙考に耽る場合ではない。私は護衛騎士の隊長だ。
一刻も早く我らが女帝様の身許へ、ご挨拶に向かわなければ。
「隊長として行ってくるよ。引き続きよろしく、チェシー」
「行ってらっしゃい」
女帝様のお気に入りの場所はおおよそ知り尽くしている。誰が作ったのかは知らないけれど、温室だ。
……咲き誇るバラの中にその姿がある。
白金のごとく透き通り流れるホワイトブロンドの髪。ほんのひと束すらシルクのよう。
プラチナのティアラが装飾品としての役目を果たしている。
髪と同色の長い睫毛は伏せ目がちで、緋色の双眸からは隠しきれない気品がそこから見い出せる。
目の色なんてほとんど同じだと思っていた私の固定概念を打ち砕いてくれたそれは。
――私達の苦手な陽光の下でも、我らの好む月光であっても変わらず輝いている。
トップから袖まで複数層で重ねられ、下段が薄紅色で染められたティアードスカートの素敵なシルクのドレス。まるで着るケーキみたいだと錯覚してしまう。
「おはようございます、女帝様」
「おはよう。いつも早いわねエナ。どうして、私がここにいると分かったの?」
「あの、この位なら分かります。私は女帝様の側付き騎士隊長ですから。女帝様ほどの絶大な気配を探るのは容易にして当然です」
月のカケラが降り立ってくるような音色。これは最早聞き慣れた女帝様のお声だ。
女帝様は二人きりの時だけ私のことをエナ、と愛称で呼んでもらえる。
短い名前に愛称なんていらないと思っていたのに、これでは特別扱い……自信過剰すぎるか。
「そうなの、エナは頼もしい限りね。ところでもうしばらくここに居たいの。それぐらいは構わないでしょう? 公務に差し支えのない程度にするから」
「女帝様がそうお望みとあらば、そのように。自分も護衛致します……あの、女帝様? いかがなさいました?」
「――吸いたくなった。貴方なら分かるでしょう? このどうしようもない渇き」
女帝様の動きがそこで止まる。私は黙って頷く。
これは女帝様へのご機嫌伺いでもなければ、単なる同情でもない。自分がどれだけの数のパックを消費してきたか正確に数えきれない程まで。
一時も疾くあの喉の渇きをどうにかしたい。してほしい。
水もそうだが、単なる飲み物では決して癒せない。
「それではすぐに女帝様用の血を持参致しますので——」
「ダメ。今は貴女の血が欲しいの。ねぇ、早く頂戴?」
「我等絶対にして唯一無二の主の為ならこの身に流れる血潮、御身に捧げます」
走ろうとした踵を戻し、女帝ラーナディアル・ローヴィエンド様の足許に拝跪する。
「庭園に零さないようにするから……」
女帝様は温室で咲き誇る花壇から視線を外し、私の血の味わいを想起しているのだろう。色とりどりの花が咲き誇る庭園の中で、自己の首筋のみに視線が集中しているのが感じ取れた。
急いでジャケットをずらしてはシャツのボタンを数個外し、噛みやすく準備する。
「いただくわ」
——つぷッ。
そんな、騎士への就任以来、もはや生活音並みに聞き慣れつつある音がするのが聞こえた。皮膚に触れた牙の先が突き立てられた瞬間だ。
……ところで吸血鬼の牙の先には洩れなくほんの小さな、針先の如きサイズの穴が空いているのをご存知だろうか? それは女帝様も、騎士である私も変わらない不変の事実でありその穴から血を吸い上げ、口内に届いた血液を飲んでいるのだ。
とはいえ、牙を使うのは人間に噛みつくとき以外は無用の長物。
それにしても、どのような状況下にあっても致命的までに大量の血を吸うことはかなり厳しく法律で禁じられている。
そして吸われた人間に食料品や水などを提供する、そんな相互関係が成り立っている。
だが、吸血鬼同士の吸血は例外で法に触れない。問題なく合法である。
何せたくさん吸っても生命はつつがなく維持されるのだ。死すら訪れないそれは、半ば嗜好品のように珍しくもないものである。
そういった条件の合う私は女帝様から食料係として扱われているのであった。
——けれども、騎士隊長としての役職を拝命するまで同族から血を吸われた経験はそこまでなかった。
何せ会ってきた同輩、先輩、後輩、友人達からは私の血を味見しても口を揃えて「あまりおいしくない」「パックの方がまだ贅沢品に思える」と散々な評価をされてきた。血族? あまり思い出したくないレビューを、受けたのは覚えている。
だからこそ騎士の就任試験の最後に待ち構えている女帝様との面接では、血がまずいという評価をされてきた件の話を正直に話した。
女帝様は私の自虐話を一しきり静かに聞いてくれたと思えば口を開き、
「そこまでの酷評ならば尚更気になって仕方ないわ。この場で貴女の血を飲ませて」と提案された。
正直言ってあまりにも意外すぎるそれは、断りにくい。
何せ、面接の相手は私達吸血鬼の絶対君主たる女帝様。伯爵家の生まれだからこそ大人しく従うしか出来ないのだ。
承諾いたし、丁寧に指先を差し出して吸血していただく。
また、不味いって言われるに決まっている。聞き慣れた悲惨な評価が下されるに決まってーー
「こく……あら、美味しいじゃない。私はこの味大好きよ。また飲みたいからエナサ・フィガータは合格よ」
「そんな……いえ、よければ是非とも飲んでください」
なんてくだりで、私は騎士団に所属し瞬く間に隊長となった。
冗談ではない。本気で脚色なしでそういう流れだ。
…
……
………
じゅる。ちゅー。
吸血していただいている今の私に戻る。
痛みは全く感じない。これは同族同士で吸う際の更なる特権と言ってもいい。
人間相手の場合だったら痛みを和らげる魔法を使う。何かと病に悩まされる人間が作り出した技術でいうところの注射より痛くない。
でも、我慢できない感覚はある。
「っあ、……んぅ……ぁ」
吸血されるのがとにかく気持ちいいのだ。声を出すなというのもムリ。
女帝様にしかこの血を捧げないと決めている。それは確固たる誓いだ。
だから、この声を知っているのもこの尊きお方だけ。
<エナ、今は何を考えているの? 心配せずとも、貴女の血は相変わらず芳しい……本当はね、侍女が淹れてくれる紅茶よりもずっと好き。かといって血を紅茶に混ぜるのも何だか無粋な感じがするの。エナからこうして直に吸うのが一番美味よ>
簡単な魔法による心の声での会話。吸血しながら話すことは出来ないので、これが正解。
賛辞が続いているけれど、侍女の皆さんが淹れる紅茶より美味しいってどういうことだろう。
<あ、あの……こう、吸っていただけて光栄です……紅茶に混ぜるのはその……やめていただければ>
<そうね。それでエナ、本当に貴女は嬉しいの? 光栄なんて言葉じゃなくてもっと感情的な言葉を頂戴?>
<そ、それは……吸っていただけて、褒めていただけてとても嬉しいです。私の血は女帝様のものですから。これは私の誇りです>
柔和な笑みが届いた。女帝様だけが私の血を好まれて、こうして誉めて下さる。
牙が完全に肌から離れたのを確認し、シャツとジャケットを着なおす。結構吸われたとはいえ同族同士だ、めまいのような失血症状なんて微塵もない。
「御馳走さま。さあ公務に行きましょう」
「はい! お供します」
いい返事ねと庭園を出られて執務室に向かっていく女帝様に追従していく。
この、一連のやり取りは私にとっての特別な日常だ。
——これでようやく、朝が始まった。
人間達の言う、太陽の光に弱くて消えるとかそういう弱点はない。それはただの迷信。種族としての特性上、単に月光を好みやすいだけだ。
え?月光も本をただせば陽光にたどり着くっていう研究が人間達の国で確立されている?
えっと、月光はそれ単体で大事なものなのです。
…
……
………
あぁ……やっぱりエナサの血はいつ飲んでも実に美味しい。
人間の血より同胞の血がここまでいいなんてエナサに会うまで考えもしなかったわ。
彼女から初めて血を吸ったあの最終面談の日。
吸血鬼の女帝たるもの吸血する量を自分で制御するなんて出来て当然。今まで吸ってきた血の量なんてそこら辺の湖沼にも劣らないくらいと自負していた。
——けれども、エナサの血は格が違った。フィガータ家の皆さんはエナサのことを慣習通り騎士団員候補として私の許に送り出したみたいだけれど。
エナの血の価値を分かっているのはこの世で私だけ。他の誰にも味わわせるものですか。
それに、エナサは血が美味なだけではない。目鼻立ちのはっきりしている飛びっきりの美少女(吸血鬼基準でとっくに成人しているけれど)。
勿論、女帝直属の近衛騎士団長としても申し分ない強さも持ち合わせている。
性格は素直……とは言い切れないところがあるわね。なんていうか、謙遜が過ぎるというべきか。
身分の差を弁えているなんて表現では説明がつかないくらい、ところどころ卑屈なのよね。
お茶会に誘っても護衛として側に控えなければならないのですとか。
フィガータ家は伯爵家の中でも飛びぬけて名門で、エナサはその直系令嬢だというのに。
吸血鬼は長命種……寿命なんてものも特に気にしなくていい。その辺りは数百年かけてでも私自らきっちり教育して、距離感を少しずつ縮めていきたいところね……ふふふ。
…
……
………
女帝様はこの世界で最も見目麗しいお方。プラチナブロンドのロングヘアはどんな金細工より繊細。あまり声を大にして口にするべき事柄でもないが、人間の国の美女はいずれ見劣り老いて皺だらけになってしまう。そこそこ美しいのは一瞬だけ。
そして聡明で私のような下々の者にも態度が柔和だ。
公務にあたっても素早くあっという間にこなしてしまう。市街地への視察も最低限に抑えている。
人間の国では視察の名を借りた観光が横行しているのだが、そのような汚点があるはずもない。
そしてあまり物欲をお持ちではないようなので、人間の国の貴族のように宝石をはじめとした貴金属、いわゆるブランド品などをお求めになる機会がほとんどない。女帝様が在位されて500年は経つが、調度品を変えたいなどのご要望にお応えすることもあまりない。
いや弁明しておくと、別に人間は嫌いではないですよ。
ただ、中途半端な富や身分を持つ者がその富を無駄に肥やし民へ有効に使うなんてちゃんとした上流階級が少ないなぁって話。その他の一般国民は真面目だと、思う。
我が国において護衛用に騎士なんていうのを念のために着けているが、女帝様の方が圧倒的にお強い。
女帝様に信頼していただいているというのは鈍感と言われる私でも実感している。
立場上では騎士団長とはなっているが、副隊長の方が剣の腕前がいい。実際、副隊長に何度も模擬とはいえ、負けかけている。
このままでは役立たずだと判断されかねない。他に何かやるべきではないかと自室で悶々としている。 しかし、公務に付き従うのは書記官の業務。私は執務室にて無言で立ち控えるのみ。
助言など女帝様には必要ない。
……いっそのこと、侍女にでもなるべきか?
そうすればよりお仕えできるというもの……そういえば昔、宮殿で侍女修行もしたかな。
しかし騎士として叙勲されたからには今のところ現状維持でいいのかな?
——私はもっと、女帝様のお役に立ちたい。
給与なんて十分すぎるほどいただいているので、これ以上の報酬を求めるなど身の丈に合っていない。烏滸がましいにもほどがある。
司法などの知識詰め込みも随分とやった気がするが、足りないのだろうか。
私は、女帝様をお慕いしている。いわゆる敬慕っていう感情だ。決して敬愛など、恐縮過ぎて表に出しても持ってもいけない感情である。もし万が一持ってしまったら蓋をして開けてはならない、封じ込めるか、あるいはいっそのこと、どこかに放り投げるべきもの。
騎士隊長たるもの、敬意を払って感謝の気持ちを忘れず日々の任務をこなすべき。何があっても決して好いてはいけない。ただ頭を垂れて拝受するのみ。
それらが私の、持つことを許された感情だ。
私の、エナサのやることは女帝様へ早朝、そして夜に血を提供、ではなく献上することがほとんど。
お求めになられるまま女帝様へ血を献上する限り、私はこの宮殿仕えが出来るのだから……。
お読みいただきありがとうございます!
追記:加筆しました