《ピンクの悪魔》ですが婚約破棄されたので《黒の狂戦士》に嫁入りすることになりました!
私の名前はセリーナ。
ローズ侯爵家の末っ子として生まれ、光栄なことに王太子であるクレイル様の婚約者だった女だ。
どうして過去形なのかというと、絶賛修羅場中の光景を見てほしい。
「お前のような悪魔と結婚なんてごめんだ!」
王城で開かれたダンスパーティー。
同年代の貴族の子達が親睦を深めるための場で私はクレイル様に強く突き飛ばされた。
慣れないヒールで踏ん張りがきかずに床に倒れてドレスに埃がついてしまった。
げっ、これがバレたらお母様に怒られちゃう……。
「はっ、今更そんな顔をしても騙されんぞ」
お説教を受けたくないと焦る私を見てクレイル様は婚約者に捨てられるのを悲しんでいると勘違いしたみたい。
「クレイル様。いったい私の何がお気に召さなかったのですか」
あまりにも急な話なのでひとまず理由を聞く。
「そんなの決まっているだろ。お前が《ピンクの悪魔》と呼ばれているからだ!」
私がそう呼ばれているのはこのピンク色の髪と、ある趣味のせいだ。
私の実家であるローズ侯爵家の領地にはよく魔物が出現する。
体内に魔石を宿した魔物は家畜や人を襲うとても凶暴な生き物だ。元は何かの動物や植物だったのが魔力の影響を受けて突然変異したものらしい。詳しい原因は未だ解明されていない。
魔物から領地を守るために魔法使いとしてうちの家系は人一倍鍛えられるのだが、私は貴族の義務とは別に己の欲のために魔物と戦っていた。
「魔物を喰らうなんて人間のやることではない!!」
クレイル様は声を張り上げながら私を指差した。
彼の言う通り、突然変異で体内に魔石を宿した魔物というのは鎧や武器の材料にしたり、取り出した魔石を燃料として消費するのが常識だが、私は誰も見向きしない魔物の肉や臓腑を好んで食べている。
周囲の人間にはそれが常識外れで気味が悪かったようで、私は魔物喰らいの悪魔の娘だと呼ばれるようになった。
「美味しいですよ魔物の肉。食べないなんて勿体無い」
「そんなわけがあるか! 魔物の肉といえば瘴気に汚染された毒だぞ。それを食べるなんておぞましい……」
自分の肩を抱いて顔を青くするクレイル様。
過去に彼の前で魔物の肉を笑顔で頬張り、お裾分けをして食べさせようとしたのがトラウマになっているようだ。
「それにだ! お前はこのミリア嬢をいじめていたらしいじゃないか! か弱い彼女を傷つけたことも許さんからな」
ミリアと呼ばれた栗色の長い髪をした少女がクレイル様の隣に立つ。
彼女は男爵家の娘であり、クレイル様の浮気相手だ。
「わたしはセリーナさまにいつもいじめられていました」
顔を覆って泣き出す彼女に同情的な視線が集まるけれど、私の位置からだと少し笑う口元が見えた。
愛らしい容姿と演技力を利用してクレイル様の懐に潜り込んで懐柔したのが彼女だ。
今日だって婚約者である私を放置して彼女と楽しく踊っていたのである。
「いじめなんて誤解です」
「黙れ。調べはついているんだぞ」
クレイル様は懐から折りたたまれた紙を取り出して広げるとみんなに聞こえるように読み上げる。
私がミリアを魔物のいる危険な場所に連れていったこと、魔物の肉を食べさせようとしたこと、嫌がる彼女を図書館に長時間拘束したことなどだ。
全く、とんでもない誤解だ。
「クレイル様。ミリアさんの学園での成績が悪いのはご存知でしたよね? 私はその手伝いをしただけです」
彼女は男性を虜にする以外の才能がまるでなかった。
サボり癖が酷く、課題も他人にやらせていたのである。
そこで私は教師から頼まれて彼女の面倒を見ることになり、成績向上のためローズ侯爵家式スパルタトレーニングを叩き込んだのだ。
「未来の王妃として、不真面目な彼女を放置しておくわけにはいきません。それをいじめだなんてとんでもない!」
「魔物の肉を食わせようとしたのは間違いなくいじめだろう」
「いえ、食事を共にして親睦を深めるためです」
同じ釜の飯を食えば仲良くなれると兄達から教わって実践したまでだ。
まぁ、彼女の前で解体作業をしたら気絶されて未遂に終わったけど。
「魔物の肉……うっ……」
「かわいそうに。こんなに怯えて」
青ざめて震える彼女の背中を優しく撫でるクレイル様。
私にはそんな気遣いをしてくれたことなんて無かった。
美味しい魔物肉も食べずに捨てられたの今でも忘れてませんからね。
「ミリアを守るためにもお前との婚約なんて破棄だ」
「いきなり言われてもそんなの困ります!」
婚約破棄されたとなればこの婚約を大喜びしていたお母様を怒らせてしまう。
優秀な軍人を多く輩出している我が家をまとめ上げる女傑というのはその辺の魔物より恐ろしいのだ。
一喝でお父様や兄達を黙らせる迫力ある声に長時間叱られるなんてたまったもんじゃない!
私はなりふり構わずクレイル様の足に縋りついた。
「離せ!」
「婚約破棄を破棄してもらうまで絶対離しませんからね!」
「衛兵! さっさとこの女を摘み出せ! ……いたたたたたたたっ!!」
無理矢理に私を剥がそうとするクレイル様の足にこれでもかと全力でしがみく。
騒ぎを聞きつけたやる気のない衛兵が数人がかりで私を引っ張るが抵抗してやった。
「何やら騒がしいな」
綱引きのロープ状態になったクレイル様が半泣きした頃、私達の元に一人の男性が近づいてきた。
漆黒の髪に真紅の瞳が特徴の恐ろしく整った顔立ちの男性の登場に外野がどよめいた。
「誰だお前!」
「クレイル様ストップ! その方、皇国のヴィクトル様ですよ」
男性を睨みつけるクレイル様を私は慌てて呼び止めた。
なんでこんな有名人の顔を知らないんですか! と私は焦る。
目の前にいる人物が誰なのか遅れて気づいたクレイル様はさっきの比じゃないくらいに顔を青くしていく。
「《黒の狂戦士》ヴィクトル……」
私が住むこの王国より遥かに大きな隣国の第三皇子で周辺国にも異名が轟く人物である。
曰く、殺戮を好む冷酷で残忍な規格外の戦士だと。
少し前に王国に訪れていたことは聞いていたけれど、まさかこのパーティーに参加していたなんて。
「その呼び名は好かんな」
「うぐっ……申し訳ない」
自尊心の高いクレイル様があっさりと謝罪した。
ヴィクトル様の放つ圧倒的な強者のオーラを感じたからだろう。
機嫌を損ねれば首を跳ねられると錯覚してしまうそんな鋭く重い覇気である。
それぞれ国王と皇帝の息子という立場だがどちらが上かハッキリした。
「君がセリーナ・ローズか?」
「あっ、はい」
重く低い声で急に名前を呼ばれて私は背筋を伸ばして正座する。
どうしてこの人が私の名前を知ってるのだろうど疑問に思ったけれど他国の皇子の機嫌を損ねるのが怖くて聞けなかった。
「話は聞かせてもらったが、彼女を捨てるというならオレが貰ってもいいよな?」
彼女と彼が目を向けた場所には正座したピンク髪の女が馬鹿みたいに口をぽかーんと開けていた。私のことである。
「「「えぇぇええええええええっ!?」」」
「セリーナ。オレと一緒に皇国に来てもらうぞ」
パーティー会場に驚きの声が響く中、差し伸べられるゴツゴツとした大きくて逞しい手。
わけもわからず思考がぼーっとしていた私は反射的にその手を掴んでしまう。
申し出を受け入れたと判断したヴィクトル様の吸い込まれそうなくらい美しい紅の瞳が細められる。
新しいおもちゃを見つけた子どものような無邪気な笑みだった。
こうして私は王太子から婚約破棄をされたその日に皇国へと嫁ぐことが決まってしまった。
♦︎
衝撃的過ぎてあの夜の後のことをあまり覚えていない。
気づいたらヴィクトル様と一緒に実家の屋敷に戻っていて、両親に報告をした。
兄達は皇子と私を失礼なほど何度も見比べていたし、お父様は驚き過ぎて昇天しかけていた。
お母様は最初こそ婚約破棄された私を怒っていたが、そのうち一方的に婚約破棄を宣言した王家への愚痴に変わっていった。
最終的には他国の皇族と強い繋がりができたことを大喜びしていたので大した人だと思う。
そしてあっという間に旅立ちの時は訪れて、私は今皇国にいる。
「流石だな。馬を簡単に乗りこなしている」
「親の教育の賜物ですよ。いざって時に馬車だと逃げ遅れますしね」
なんでか知らないけど、私とヴィクトル様は彼の部下を数人引き連れて魔物の住む森へとやってきていた。
「あの、私はどうしてここにいるんでしたっけ?」
「説明を聞いていなかったのか? 魔物の討伐だ」
しばらく夢を見ているような展開が続いていたので忘れていた。
そうだった。私は魔物を討伐しに来たのだ。
魔物は非常に厄介な強さで一般人では対応出来ずに魔法が使える者が駆除にあたる。
ただし、魔法が使えるのは先祖代々魔法使いの血を引く貴族の生まれのものだけだ。ごく稀に平民からも魔法使いが生まれるが、家系図を遡ればどこかで貴族にたどり着く。
元々、魔物を退治して成り上がった魔法使いが貴族になり国を建てたのだから当然だ。
「でも、皇子自らが魔物狩りに出るのは大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫ではありませんよ。セリーナ様」
私の疑問に答えてくれたのは隣を馬で並走していたヴィクトル皇子の副官だった。
眼鏡をかけた彼は不機嫌そうに口を開く。
「魔物の相手は騎士団の人間がすることです。普通であれば皇族が直々に対処する案件ではありませんが、殿下はその……」
副官が肝心なところを言い淀んだ直後、森の中から何かが木々を薙ぎ倒しながら勢いよく飛び出してきた。
「コケーッ!!」
一軒家と同じくらいのサイズの巨大な雄鶏のような体。お尻から伸びた長い尻尾の先端には鋭い牙の蛇の頭があった。
「コカトリスですわ!」
「全員武器を構えろ! 開けた場所まで奴を誘導するぞ」
ヴィクトル様の号令で私達は一斉に馬を引き返す。
この場でそのまま戦わないのは少しでも確実に獲物を狩れるよう有利な場所を選びたいからだ。
こちらの想定通りに縄張りに侵入されて怒り狂ったコカトリスは土煙をあげながら走って追ってきた。
「セリーナ。コカトリスについてだが、」
「素晴らしいですよね! 胴体は鶏なのに尻尾が蛇だなんて一体で二度美味しくいただけますから!」
私は馬を巧みに操作しながらチラチラと迫ってくるご馳走に目を向ける。
王国ではお目にかかれなかったレア魔物に遭遇するなんて流石は魔物大国の皇国だ。
どの魔物も異常なくらい成長しているという噂は本当だった。
「ふふっ。そうだな、それでこそオレの妻に相応しい女だ」
「笑ってる場合ですか殿下! セリーナ様、奴の嘴にはご注意ください。猛毒がありますので」
涎を出しそうになった私を見て何故か笑うヴィクトル様。
冷酷で残忍って聞いていたのに意外だ。
一方で部下達は現れた魔物が厄介な毒持ちだったことに怯えていた。
王国の基準でいえばあの巨体の魔物が現れたら騎士団を総動員して挑むのだが、この場には私を含めて十人にも満たない。
「間も無く平原に出ます!」
副官の合図で森から飛び出した私達は少し距離を取ってから馬を降りた。
コカトリスは自分がまんまと誘き出されたことに気づいたのかその場で立ち止まってこちらを威嚇する。
「ははは! 一番槍はオレが貰う!」
皇国流の狩りの仕方を知らないのでどう動くのか指示を待っていると真っ先にヴィクトル様が雄叫びを上げながら飛び出した。
ちょ、大将が先陣切るなんてありですか!?
「コケッ!?」
獰猛な笑みを浮かべながら魔法を使って自身の体を強化しているヴィクトル様は疾風の如くコカトリスに接近すると喉元を斬りつけた。
斬る直前に剣が光るのも見えたので、魔法が付与された魔剣なのだろう。
流石は皇族なだけあって装備品は超一流だ。
「おぉ! 流石は殿下だ」
「いいえ、まだです」
ヴィクトル様の一撃は確かにコカトリスに大きなダメージを与えた。真っ先に喉元を狙ったのは厄介な嘴でつつけなくするためなのだろう。
実際にコカトリスはふらついているし、部下達が勝利を期待する気持ちもわかる。
だが、それだけじゃコカトリスが厄介だと図鑑に記載される理由にはならない。
「シャー!」
尾から伸びた蛇の頭が本体を傷つけたヴィクトル様へと狙いを定める。
この魔物の面倒なところは考える意思を持った頭が二つあるということだ。
オマケにこの蛇頭の方も毒持ちなのだから戦うのは大変なのだ。
「ヴィクトル様! 避けてください」
私は大きな声で叫びながら懐から取り出した魔法使い用の杖を構える。
剣も弓も槍も人並みには使いこなせるが、やっぱり魔法使いならばその強みを活かすべきだ。
魔力を体内で練り上げながら選ぶのは最も得意とする魔法。
ヴィクトル皇子は私を一瞥すると躊躇いなくバックステップでその場から離脱した。
当然、コカトリスの蛇頭の方は逃げる彼をターゲットに首を長く伸ばした。
「《穿て稲妻よ》!」
魔法を詠唱すると同時に必殺技の閃光がコカトリスの蛇頭を消し飛ばした。
遅れて雷鳴が轟き頭を一つ潰され、喉を斬られる致命傷を負ったコカトリスはそのままピクリとも動かなくなって地面に倒れ込むのだった。
「見事な魔法だったな」
返り血のついた剣を布で拭きながら満足したような顔をしたヴィクトル様が私を褒めてくれた。
「お褒めいただき光栄です。あの雷魔法はなるべく魔物の体を傷つけずに狩るために頑張って取得したので」
私は兄達と違って素手で熊と相撲したり、海で人間サイズの魚を掴み取りしたりするような優れた身体能力は持ち合わせていない。
なので自然と攻撃用の魔法を鍛えることにした。
幸いにも魔法の腕前だけで下級貴族の家から格上貴族に嫁いできたお母様がいたので師には困らなかった。
「ヴィクトル様も凄まじかったですよ。まるで風みたいでした」
自分の体に強化の魔法を使うのは難しく、更に強化状態で自由に動くとなると難易度はもっと高くなる。
脚力を強化して素早く動いても思考が追いつかないとぶつかったりして事故が起こるし、体のどこを強化して動かすのか細かい調整が必要なので注意力が桁外れに要求される。
「殿下は百年に一度の天才ですからね。戦神の生まれ変わりだなんて噂されてますよ」
馬の回収と周囲の警戒を終わらせた副官が得意気に皇子の凄さを語る。
道中もそうだったが、ヴィクトル様は彼等からかなり慕われているみたいだ。
「普段は冷静で威厳がある方なのですが、こういう時はもっと命を大事に慎重な行動をして欲しいですね」
「オレは一刻も早く民を安心させるために働いているだけだ」
「殿下、本音は?」
「強い敵を他人に横取りされたくない。命がけの戦いは心躍るだろ?」
「貴方って人はですねぇ!!」
部下と気軽なやりとりをしながらヴィクトル様は子どもみたいにニヤリと歯を出して笑う。
こういうところは私の兄達にそっくりで皇子様とはいえ男の子なんだと思って親しみが持てた。
「心中お察ししますわ」
「セリーナ様……。どうか殿下をよろしくお願いします」
こんな彼に振り回される副官の心労を気にしてやりたいが、多分私もあちら側の人間なので曖昧に微笑んで誤魔化すとしよう。
「よし、さっさとコカトリスを解体して帰るぞ」
安全の確認も取れたのでヴィクトル様の指示に従って部下達が剥ぎ取りを始めようとした。
羽根は矢の材料や衣類に使えるし、蛇の部分は皮を剥ぎ取って服や鎧に加工できる。鋭い爪はそのまま置物にすれば話のネタになることだろう。
そして必要な素材を剥ぎ取り終わった後の死体を燃やすか穴に埋めるかする。
その理由は放置したままだと新たな魔物を呼び寄せる可能性があるからだ。
「あの!」
想像しただけで我慢ならずに待ったをかけた。
私がいるからにはそんな勿体無いことはさせたくない。
「どうされましたかセリーナ様?」
ヴィクトル皇子を除くみんなが首を傾げる。
この中で王国での私の異名を知る彼だけが意味深な顔をしていた。
「コカトリスの解体は私に任せてください」
「何を言うんですか。セリーナ様は殿下と一緒にお休みください。汚れ作業は我々で行いますので」
「いいえ。私に捌かせてください」
気を遣ってくれるのはありがたいと思うが、ここは譲れない。
魔物を素材としか見ていない彼等はきっとコカトリスの肉を雑に扱うだろう。それこそ無価値なゴミのように。
「いいだろう。好きにしてみろ」
ヴィクトル様の許可が出たので部下達が困惑する中で解体作業は始まった。
血抜きについてはヴィクトル様のおかげで不要になっていたので、まずは羽根をむしり取る。
それから皮を剥いだり、内臓を傷つけないようにナイフで解体していく。
「凄い。刃物使いが上手いし、剥ぎ取りが丁寧だ」
「我々の倍以上の手早さだな。見習わなくては」
興味津々な様子の部下達に見守られながら作業を進める。
もも肉、むね肉、手羽元、手羽先と部位ごとに肉を分ける。
途中で心臓にあたる部分の近くから人の頭サイズの魔石が出てきた。
「ほぉ、立派な魔石だな」
「私には不要なので欲しければどうぞ」
私には不必要なのでポイっとヴィクトル様に投げ渡す。
男子達は大きな魔石に盛り上がるが、私からすれば魔石付近の肉は汚染が酷くてどうしても食べられないので泣く泣く捨てるしか無い。
山岳地帯に生息する怪鳥のロックバードなら毒は持たないので内臓まで美味しくいただくが、コカトリスは内臓に毒があるのでそちらも今回は無しだ。
鶏肉としての可食部位は減ってしまうのが残念だけどコカトリスにはお得なポイントがある。それが尻尾の蛇の部分だ。
「この尻尾の皮もいらないのでどうぞ」
「えぇ〜。コカトリスといえばこの皮が貴重な素材になるのですが……」
本当にいらないのかと心配する副官だけど、私が欲しいのは別の部分なのでどうぞ持って帰って欲しい。
蛇皮の財布やバッグがマダム達に人気なのは知っているけど、私はあまり着飾らないので装飾品なんかは最低限でいい。
服なんて解体作業すればすぐ返り血で汚れるからだ。
そんなこんなでコカトリスの解体は予想より早く終わった。
「雄鶏の部分はわかるが、蛇の方はどうする」
「食べますよ。蛇の肉って魚ととり肉の中間くらいの味がするんです。以前にトリプルヘッドスネークを食べた時はかば焼きにしました」
「「「食べる!?」」」
ここまでようやく部下達の目の色が変わった。
丁寧にコカトリスを捌いているのは上質な素材を傷つけないようにするためだと思い込んでいたのだろう。
残念ながらそっちは二の次で今から本命のお昼ご飯の調理スタートです。
「セリーナ様、正気ですか!?」
「はい。魔物のお肉は適切な処理さえすれば立派な食材ですよ」
「ですがその、魔物の肉は毒だと……」
「正しい知識と手順を踏めば食べられます。そもそも人間というのはこれまで数多くの毒がある食材を食べられるように処理したり加工したりしてきました」
他の生き物が食べたら死ぬような毒にも適合出来るように進化してきたのが人間だ。
魚のフグだって食べるし、芋だって芽を取って食べたり、とても食べれたものじゃない木の実だって砕いて煮詰めて食べる。
「美味しいご飯を食べたい探究心こそ私達人間が繁栄できてる理由です。たかだか魔物の毒くらいで諦められませんよ」
別に私は世界で初めて魔物を食べた人間じゃない。
魔物の肉を食べるなという話が広く知られているのはそれだけ大勢の人間が食べようとしたからだ。
でも、人は美味しいもの求めて食べようとする。私もそんな人間の一人だ。
お転婆だった私は兄達と悪ふざけの度胸試しのつもりで魔物の肉をひと口食べてその美味しさに魅了された。
それから文献を漁り、先達の解体や調理の経験を参考にして技術を磨いてきた。
「全くもってセリーナの言う通りだ。先人達には感謝しかない。それに魔物の肉を食べられるようになるのはこれからの皇国にとって必要になってくる」
「そうなんですか?」
「あぁ。我が国は大国として栄えているが増える人口に畜産業が追いついていない。魔物も家畜を狙ったりするからな。食糧の確保のためにも山程いる魔物達には今以上に役立ってもらわなければならない」
皇国は珍しい魔物の種類が多く、数も沢山いる。優秀な魔法使い達が倒した希少な素材が高値で取引されてきて今の発展があったが年々食糧の輸入による負担が増えているとか。
魔物なんてしばらく放置したら勝手にポンポン増えるし、あとは魔物の調理法を確立して普及すれば国民の生活は安定して豊かになるのだと彼は言う。
「……あれ? もしかしてそのつもりで私を連れて来たりしました?」
話を聞いて途中で気づいた。
両親には優秀な軍人を輩出する名門貴族と繋がりを持つことで国交の強化をしたいと言ってたけど、実は最初から魔物を食糧にするための技術を欲していた?
「風の噂で魔物喰らいの令嬢がいると聞いてな。わざわざ王国に出向いたのだ。詳しく話を聞こうとあの場に参加したら丁度良い機会で、これを逃すまいと強引に連れて来た」
どうして他国の重要人物があの場に都合良く現れて私なんかの名前まで知っていたのかがはっきりした。
私は狩って食べる側ではなく、飼われて食べられてしまう側だったようだ。
「だがまぁ、今はそれだけじゃない。魔物狩りの腕前も知識も一流でオレも知らない魔物の食べ方を教えてくれる。こんなの興味が湧かないわけがないだろう。オレは逞しくて強い女が好きだからな」
本当に心の底から楽しそうに笑うヴィクトル様。
その眩しい笑顔に照れてしまう。
私はお転婆で、王国じゃみんなに呆れられていたし、微塵も恋心はなかったクレイル様には拒絶されて自分はそういう恋愛とは無関係だと思っていた。
「セリーナがオレの手をとってくれて本当に良かった。これからは絶対に手離さないからな」
熱い視線を向けられるのに慣れていなくて彼の顔を直視できなくなった私は俯く。
そんな私の行動に何を思ったのかヴィクトル様は目の前で片膝をつくと私の手をとってこう言った。
「セリーナ。オレはこの通り戦いに飢えてる戦闘狂だ。これからも強い敵を求めて魔物を狩り続ける。そんな野蛮なオレに着いて来てくれるか?」
こんな強くて頼もしい人が上目遣いで捨てられそうな子犬みたいな顔するなんてズルい。
さっきの戦闘で見せた獣みたいな獰猛な笑みは何処に消えたのだろう。
「……一人じゃ狩れない魔物もいますし、ヴィクトル様が一緒なら心強いとは思います」
「決まりだな。ならば今度は皇国最大の山脈に住んでるドラゴン退治といこうか」
「ドラゴンですか!? ……じゅる」
きっと私にも想像がつかない味がするに違いない。
だってドラゴンといえば魔物の中でも知性が高くて討伐した例がこれまでほぼ無い伝説の存在だ。
肉を食べるならやっぱりステーキがいいかも。骨付きを塩胡椒でさっと焼き上げたレアで食べるのもありだ。
「くくっ、見たか? あれがオレの嫁だ」
「殿下に相応しいお方ですね。こりゃあ、我々全員気を引き締めて鍛えないとですね……」
将来の美味しいご馳走達に夢を見ながらコカトリスを串焼きにして振る舞う私だが、部下達は怯えていた。
とはいえ、この場のトップ二人が食べるので拒否権はない。
そんな彼らを見ながらヴィクトル様はイタズラを成功させた子供みたいに笑っていたので事前に説明はしていなかったようだ。
「では、いただくとするか」
焼き上がった串焼きは塩と日頃持ち歩いていた特製ソースをかけただけの簡単な味付けだ。
部下達が躊躇う中、ヴィクトル様は大きく口を開けて肉に噛みついた。
「……ん、かなりイケるな」
「「「美味い!!」」」
どうやら魔物の肉は彼等の舌を満足させられるだけの味だったようで安心した。
「串焼きもいいですけどまだまだこんなものじゃありませんよ。宮殿に帰ったらもっともっと美味しい料理をご馳走しますからね!」
「それは楽しみだ」
「「「おかわりお願いします!」」」
男所帯だったこともあり、次から次へと肉が腹の中に収められていく。
調理が追いつかなくなりそうで大変だったが、美味しそうに食べてくれるのが嬉しくて頑張って肉を焼き続けた。
この日、みんなで囲んで食べたご飯はこれまでの私の人生で一番幸せな食事になった。
自分の好きな料理を一緒に食べて好きを共有できるっていうのは今までの私にはなかった経験だ。
きっとこれからはもっともっと美味しいご馳走を沢山食べられると考えると婚約破棄されたのも悪くなかったかもしれない。
次に里帰りをしたら王国にいるクレイル様とミリアさんに山盛りの魔獣の肉を分けてあげよう。
流石に皇国の皇子夫婦から勧められた料理に手をつけないわけにはいかないよね? ……ふふふっ。
♦︎
魔獣狩りの夫婦の物語は後世では大人気の冒険譚となって子供達に親しまれるようになった。
勇敢な皇子と料理上手な妻が数々の強敵を調理し、伝説のドラゴンまで食べてしまう物語である。
のちに皇子は災害級の魔物を討伐した功績を認められて皇帝になり、妻も皇后になった。
夫婦が残した魔物のレシピ本は多くの人々を救うのだった。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
誤字脱字報告をいつでもお待ちしてます。すぐに修正しますので。
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いいね!等は作者の励みになりますのでよろしければどうぞ。
それから他作品ではありますが、以前書いた短編小説の【婚約破棄された悪役令嬢はヤケ酒に逃げる。】がコミカライズ化しました。
悪役令嬢にハッピーエンドの祝福を!アンソロジーコミック③に収録されてます。
紙の本、電子書籍共に発売中です。
詳しくは活動報告や作者Twitter(X)でお知らせしています。