サバ2『サバ読みアイドルだけど、プロデュースしてくれる?』その2
「もしかしてビスガの依凜ちゃん!? え、ホンモノ!? マジ!? テンション爆上がりなんだけどぉぉぉ!」
鼻息荒く詰め寄り、両手をギュッと握ってきたいちかの勢いに押されて、菜々月さんがたじろぐ。
ゼロパーソナルスペースをモットーとするいちかの距離の詰め方は異常だ。
初対面の人はそのフレンドリーっぷりに、大抵戸惑う。
なおも高ぶりを抑えきれないいちかは、早口でまくし立てる。
「うわ、うわー! 肌きれ~! ホンモノもめっちゃ可愛いじゃ~ん! ガチの依凜ちゃん推しです!」
「いつも応援、ありがとう」
菜々月さんはにこやかにスマイルをプレゼントして、いちかの手をそっとほどいて押し戻す。
さすがアイドルというべきか、この手のファンのあしらい方を心得ているのだろう。
いちかの興奮は、わからないでもない。
彼女もまた、俺と同様にビスガの熱狂的なファンだった。
この学校の、しかも俺のクラスに菜々月依凜がいると知ったときは、ひどく羨まれたものだ。
次にいちかが水を向けたのは、俺だった。
「晶磨、依凜ちゃんと仲良かったの!? 教えてよー! ってか、いつから!? 晶磨、友達作るの下手じゃん!」
「下手じゃない。俺は1人1人の友人を大切にするタイプなんだ」
「え~それってなにげに、あたしをディスってない?」
「いや、俺にはいちかほどの友達付き合いの器量がないってだけだ」
友達が少ないのは事実なので、否定のしようがない。
軽く雑談をする相手には困らないが、「連絡先を知ってる人は?」と問われれば、両手で数えて足りてしまう。
それに引き換えいちかは、尊敬するレベルでマメだ。
誰とでも仲良くなるといっても、決して適当に付き合っているわけじゃない。
いつも笑顔の誰かがいちかの傍にいるのが、その証だろう。
「それならいいけどぉ~……」
と、微妙に納得していないいちかと俺を、菜々月さんがマジマジと見比べて、口を開く。
「で、神園くん。私、まだその子との関係を聞いてないんだけど?」
「この子は犬星いちか。ただの幼なじみです」
余計なことは言わず、シンプルに紹介した。
「ひっどー! ただのってなにそれ! ありえないんだけどー!?」
だというのに、なぜかいちかは憤慨している。
「じゃあ、どう説明しろと……」
「もはや、あたしが晶磨で、晶磨があたし、みたいな?」
「意味わからん」
「それくらい、親しくて切り離せない間柄ってことを言いたいんじゃない?」
「そうそう! 依凜ちゃんわかってる~!」
菜々月さんの言葉に同意して、いちかが勢いよく頷く。
長い付き合いだが、こうした要領を得ない発言をされることが度々ある。
俺の察しが悪いだけなんでしょうか……?
「じゃあ、付き合ってるわけじゃないんだ?」
「ないない。あたしと晶磨がとか、ありえないし」
いちかの答えに、ホッと胸をなで下ろしたように微笑む菜々月さん。
そんな顔されたら、勘違いしちゃいますよ?
……いや、菜々月さんのことです。何か狙いがあるに違いありません。
そもそも、わざわざこんな辺鄙なところまでやって来た理由も額面通りではないでしょうし……。
「依凜ちゃんこそ、いつ晶磨と友達になったの?」
「ん~……友達とは、ちょっと違うかなぁ?」
今度は、意味ありげに、ニンマリとした笑みを浮かべて俺を見る。
なんでそんなに思わせぶりなんですか。
秘密じゃなかったんですか。
いまいち、菜々月さんの思考が読めない。
「え~、まさか晶磨と付き合ってたり? ってそれはないかー」
「どうして?」
「だって、晶磨とアイドルの依凜ちゃんだよ? 釣り合うはずないじゃん」
「あれれ、もしかして私、警戒されちゃってる?」
「は、はい!? なんでそうなるの!?」
素っ頓狂な声を上げ、両手を振って否定の仕草を見せるいちかを、菜々月さんが追撃する。
「せっかくの二人の空間に私がお邪魔しちゃったでしょ? 付き合ってなくても、そうなのかなーって」
「や、やだなーもー。こんな汚い部室、誰も来たがらないだけで、いつでも誰でもウェルカムだし。依凜ちゃんだったら、いつ来てくれても大歓迎。マジ、いつでも来てーって感じ」
「ふふー、ありがと。じゃあお言葉に甘えて、時間あるときに来させてもらおうかなー」
「…………」
何というか、ものすごく会話に入りづらいですね……。
いちかが俺に恋愛感情がないことくらい、火を見るより明らかなのに……。
それにしても、菜々月さんもいちかに負けず劣らず、初対面でグイグイいきますね。
アイドルもギャルも、コミュ力おばけってことでしょうか。
「ところで、今日はまだ部活かな? もし終わりだったら、神園くんを借りていってもいい?」
「どぞどぞ~。好きに持ってっちゃって」
「人を勝手に貸し出すな。標語がまだ決まってないだろ」
とはいえ、取り立てて今日決めなければいけないこともないのだが。
「標語ってなに?」
「風紀標語です。月替わりで、各階の掲示板に貼ってあるの、見たことありませんか?」
「あ~、あれかぁ」
菜々月さんの素っ気ない反応で、学校での認知度は知れているというもの。
たとえ大多数の生徒の目に触れていないとしても、生活部の大切な仕事であることに変わりはない。
「はいはーい! 依凜ちゃんにも考えてもらうってどう!?」
妙案を思いついたとばかりに手を挙げて、ピョンピョンと跳びはねるいちか。
同時に胸も上下に揺れて、非常に眼福――もとい、目をさまよわせる。
「部員でもないのに、迷惑だろ」
「えー、三人寄ればなんとかって言うじゃん!」
「標語って、五七五だっけ?」
あれ、菜々月さん、わりと乗り気……?
「絶対のルールはありませんが、語呂が良くて覚えやすいので、五七五にすることが多いですね」
「見てもらえなきゃ意味ないけどね~」
「それは言うな」
いちかにツッコミを入れながら菜々月さんに視線を向けると、真剣に考えてくれているようだった。
その可憐な唇が、静かに動き出す。
「『二股は しないさせない 許さない』」
「あ、それいい! 採用けってーい!」
「……しないぞ?」
同調するいちかを、速攻で却下する。
菜々月さんの『許さない』がやけに強調されていたように思うが、きっと気のせいだろう。