サバ1.5『黒歴史の回顧、ゾーノゴッドの懺悔』
俺――神園晶磨の人生は、クソまみれだ。
文字通りの意味である。
黒歴史の始点、それは小学2年の頃、友達とはじめたユーチューブ配信に他ならない。
俺の父は、映像制作会社で、制作から叩き上げのディレクターをしていた。
だから同年代の子どもに比べて、動画編集の知識もあったし、そのための機材やツールも家にはたんまりとあった。
小学生男子特有の悪ふざけをネットに上げ、身内でワイワイと騒ぐのが、とにかく楽しかった。
でも半年も経たずに友達は飽きて、1人、また1人と消えていった。
最後に残ったのは、俺だけだった。
彼らには単なる遊びの延長線でしかなかったのだろう。
しかし俺には、それ以上の価値が生まれていた。
ネットのあちら側の世界に、年齢は関係ない。大人も子どもも、平等に評価される。
「もし俺が、普段偉そうにしてる大人たちに勝てたら……。それ、最高にカッコいいな!」
とにかく、成功したい。
とにかく、有名になりたい。
そのためには、目立つ必要がある。
他と同じような企画をやっても、スルーされてしまうだろう。
「なんだ、簡単なことじゃん。他のヤツらが真似しないようなことをすればいいだけだろ?」
小学生迷惑系ユーチューバー『ゾーノゴッド』の誕生だ。
コツコツと動画を上げ続けていると、結果が出た。
『コンビニの前で野○ソをしてみた』シリーズが、大バズりした。
俺は馬鹿だった。
再生回数だけが、俺の世界の全てであり、絶対的な正義だった。
再生回数が増えれば増えるほど、自分が世界に選ばれた特別な人間であるという錯覚に陥った。
小学3年からは、ついに学校にも通わなくなり、日夜、迷惑系の動画制作にのめり込んだ。
グングンと再生回数は増え、それに比例して企画はさらに過激になっていった。
――だから、当然の報いだったのだろう。
ある日を境に、俺はネットで叩かれまくった。
これでもかというほど、完膚なきまでボコボコに。
他の迷惑系ユーチューバーが、自宅に突撃してきたこともあった。
これには、さすがに両親も参っていた。
保護責任者として、俺の代わりに頭を下げ続ける父。
勝ち気だった母の涙を見たのは、あのときが初めてだったかもしれない。
ようやく俺は、自分のしでかしたことのデカさと馬鹿さ加減に気づき、激しく後悔した。
そして、小学5年――とはいえ、学校には通っていなかったが――の夏頃……。
ゾーノゴッドを引退して、引きこもった。
「ブゴホォッ!? ゴホッ、ゴホッ、ゴボボォ!!」
その頃から俺は、発作に襲われるようになっていた。
起こるのは決まって、ゾーノゴッドだった俺を思い出したときだ。
俺は……思考すらシャットダウンした。
取り憑かれたように24時間起動していたPCのスイッチには一切触れなくなり、部屋の電気を消し、遮光カーテンも締め切った。
光が、怖かったのだ。
いや、誰かに、俺の存在を知られるのが怖かったのだ。
叶うなら、このまま消えてしまいたいとさえ思った。
――けれど、それは叶えられなかった。
ドォーン!!
そいつは前触れなく、俺の部屋の扉を蹴飛ばして入ってきた。
「晶磨、行くぞ!」
「い、いちか……?」
俺が学校に通わなくなって、かれこれ3年ほど会っていなかった幼なじみ。
髪も身長も伸びて、ずいぶん女の子らしい見た目になっていたけど、確かに俺の知っている犬星いちかだった。
ボーイッシュで、ちょっと暴力的だけど、すごく頼りになった『ちーちゃん』だ。
「今日から6年! 1日目から遅刻すんな、馬鹿!」
「でも俺……ずっと学校に行ってなかったし、外に出たくないんだ」
「じゃあずっと、そこでじっと丸まってんの!? 大人になっても!? おじいちゃんになっても!?」
「それは……」
「……――くじなし」
「え?」
「うるああああああああああッッ!!」
「ぶええーッ!?」
いちかの鉄拳が、俺の左頬を抉った。
床に倒れ伏した俺を、両腕を組んだいちかが、仁王立ちで見下ろしている。
「いくじなしって言ったの! あんたは、バカでアホでマヌケでクズでウンチでウンチでウンチだけど……!」
「ひどい……」
「絶対無理ってことも、ずっとずっと努力して、前向きにがんばるところだけは、カッコいいって思ってたのに! あたしの期待を裏切んなぁーーーッ!!」
「いちか……」
「今回は、努力の方向をちょっと間違えただけじゃん……。いつまでもクヨクヨすんなよ、ウンチ晶磨ぁ……」
いちかの双眸には、微かに涙が滲んでいた。
俺は――両親以外にも、傷つけている人がいたことを知った。
そして、これほどまで俺を想ってくれていることが、素直に嬉しかった。
「今からでも、間に合うと思うか?」
「間に合うに決まってるだろ! 晶磨はいつも考えすぎなんだ! そんなこと考えてる暇があったら、学校に行くぞ!」
乱暴な言葉とは裏腹に……。
優しく差し出してくれたいちかの手を、俺は握り返したのだった。
……まあ、当然といえば当然。
復帰した学校での俺のあだ名は、『野○ソゴッド』だ。
安直で何のひねりもない分、受けるダメージもストレートにデカかった。
「うるああああああああああッッ!!」
「ギャーッ!?」
「晶磨をウンチ呼ばわりしていいのは、あたしだけだッ!」
でも、いちかがぶん殴ってくれた。すべてを粉々にしてくれた。
俺の身から出た錆だというのに。
いちかのおかげか、小学校を卒業する頃には、俺へのイジリはなくなっていた。
いちかが俺に、人生をやり直すチャンスをくれたんだと思った。
これからは、真っ当に生きよう。
誰にも迷惑をかけないように、誰かの役に立てるように。
――誰よりも、秩序を重んじて。
☆
時は流れ、高校に入学した俺は、廃部寸前の生活部に入った。
「おはようございます」
誰よりも早く登校し、吸い込まれるように校門へと入っていく生徒たちに挨拶する。
1人1人と目を合わせ、朝の空気感に相応しい、やり過ぎでない笑みを浮かべるのがポイントだ。
たまに話しかけてくれる人たちにも丁寧に対応し、敬語で話す。
顔見知りやそうでない人、年上や年下も関係なく、敬語で話す。
それが、ゾーノゴッドでなくなった俺の証……。
今の俺……。
神園晶磨である。