第九幕 復讐にも準備が必要なの。そう……ポテチは箸で食べないと手がっ! 液晶がテカテカになるの!
銀閃の踊り子ペチカ。
まずは復讐の予習としてこの女の話をするとしよう。
こやつはエルフの舞踏剣技の使い手で見目麗しき女子だ。褐色の肌に露出過多という如何にもなエロエロ踊り子である。そして当然ながらその本性はビッチであった。それはもうビッチである。ビチビチのビッチである。男を漁り金をむしりとる悪女の鑑であるな。
別に偏見ではないし、貶めている訳でもない。ただの事実である。それは旅の間でも収まらなかった。というか全開?
多分一番金持ちと思われる自称勇者に猛アタックをしてたのだ。我、ちっとも羨ましくなんかないもん。
まぁ別にそれはいい。我は見向きもされなかったが、それもいい。だが旅の間、魔物の群れに遭遇した時でさえ何もしないのは流石に呆れた。
彼女曰く『無駄働きは死んでもごめん』だそうで。
確かに滅びを止めるという予言により我らは集まった。なので魔物退治は少し違う。我も何故にー? と思いながら魔物退治してたし。
まぁ滅びを止めるという大層なお題目は確かにあった。が、実際のところ何をどうするかとか、具体的な説明は何もなかったのだ。それは旅が終わった今でも謎のまま。
ただ『滅びを防ぐ為に予言で集められた』というだけで。
旅の目的や目的地すら曖昧なまま旅に出てしまったのだ。神託というごり押しで。だから彼女の主張はおかしくない。むしろよく他の参加者が従ってたと思う。あのときはみんな人が良いんだな、と思ってた。実際はロクデナシの集まりであったのだが。
ろくに説明も無い旅。しかも先導者は『自称勇者』と来たもんだ。なので彼女はそういう態度を取ったのだろう。多分。
生来の怠け者……の可能性もあるかも知れぬ。だがエルフは基本的にのんびり屋さんだからそこは別に怒ってない。むしろよく動いていたくらいであるな。エルフはのんびり屋さんで有名ゆえ。
我が怒っているのは奴のお口に対して、である。
何かと文句を垂れるのは仕方ない。あんな旅をしていたのだから。我もぼやきたくなるくらいのいい加減な旅だったのだ。
でも人の顔を見て『うっわ、地味。土属性じゃん』とか『モブよねー』とか『フードとローブでやっと魔導師って……ぷぷ』とか!
ちょっとエロいからって調子に乗りすぎである! 我はいたく傷ついたのである!
我だって……我だって本当は土属性が良かったのに! 闇しか属性が無かったんだもん! 我のせいじゃないもん!
というわけで復讐である。
まぁこれは切っ掛けでしか無いのだが、それでも我は酷く傷ついたのである。夜こっそりとテントを抜け出して月を映す湖で号泣するくらいには。
あの夜の景色を我はきっと忘れない。湖に反射した月は滲んでいたけど綺麗だったし。
まぁそれはそれとして姉のオマケで妹のパニラも地獄に堕ちてもらう。
実は妹のパニラも姉そっくりで下衆なのである。こっちは男には興味が無くて金の亡者そのものであるが。
我はドン引きしたのだ。下着を一枚寄越すから金貨を払えとか言われたのよ? 真顔で。無表情で。
金貨一枚でどれだけの下着が買えると思ってるんだと我は固まったね。我の愛用する五枚セットのお買い得パンツなら山ほどのパンツが買えるというのに。軽く十年は戦える……それが金貨のパンツである。
勿論あの頭のおかしい聖女がしゃしゃり出てきたから我はそんな取引をせずに済んだのである。めっちゃ怒られたけど。
未遂なのに魔女も参加して我のお説教祭りになったのだ。解せぬぅ!
まぁそれは良かろう。過去の話だ。
だが我は知っている。あの自称勇者はパニラと闇取引をしていたということを!
我は大人だから一応黙って見てた。念のためにどんな下着を渡すのか確認したかったとかそんな意図はない。ないったらないのである。湖のほとりで体育座りしてしくしく泣いてたら偶然見ちゃっただけなのである。
パニラは占い師の格好をしてるのに自称勇者に手渡した下着は何故かフンドシで我は……いや、何でもないのである。旅に同行しているオークの戦士が愛用してるものとそっくり……いや、何でもないのである。闇取引の前日辺りに『俺の褌が無い!』と彼が騒いでいた気もするけど多分……何でもないわけないのである!
絶対にやっちゃったのである!
パニラは斯様に恐ろしい悪女であった。むしろ姉のペチカよりも陰険で悪辣である。なので地獄に堕ちてもらう。
こやつらに相応しき地獄へと。
あ、姉妹で名前が混ざっちゃうと思うので分かりやすい覚え方を書いておく。
姉がぺちぺちペチカちゃん。剣でペチペチ、ペチカちゃん。
妹ぱにぱにパニラちゃん。あんよぱにぱにパニラちゃん。
これで一発である!
なおパニラの足癖はすごく悪い。あんにゃろう、人のふくらはぎを足で小突いて来るからな。何度ヒザかっくんをされた事か。口を開くのが面倒だそうで基本無口なのだ。
……見た目は可愛いんだけどなぁ。ぱにぱに。
◇
思えば最初からあの男は気に食わなかった。
「ねぇねぇ、あんた本当に魔導士なの?」
「休暇中の魔導師である。おぬしこそ本当にエルフなのであるか? エルフはあまり人には肌を見せぬと聞いていた。かの協定後それは徹底されたと教わったが」
「……あんたいくつよ」
「エルフには敵わないのである。まだ……はて、いくつであったか」
「お金は持ってんの?」
「足るものを購える程度であるな」
「……うっざ」
これが私とあの男とのファーストコンタクトだった。エルフとの会話としては百点でこっちが普通にドン引きした。
まるで父親みたいな反応をする人間の男。清廉潔白、清貧を旨とするエルフそっくりな対応はあの頃を思い出させた。カビ臭い風習を未だに厳守して退屈な毎日を送るだけの意味の無い生活をしていたあの頃を。
私の中でこいつだけは許せないと思った瞬間だった。
私は事あるごとにあいつを貶した。あの存在自体が許せなかった。あそこを出て私達は自由になったのに。あの男の後ろにはいつも父親の影がちらついていた。絶対に私達を認めない、そんな父親の気配を感じてしまったのだ。
最初にモンドールに集められた時も気に食わなかった。私達はあいつが来るまで一月もあそこに居たのだから。最初は召集をごねているのだと思ってた。私もごねて報酬を跳ね上げさせたから。だからこそムカついていた。一月も他人を待たせて何様かと。どんだけ欲深いのかと。
でもようやくあいつが私達の前に現れたとき、私は別の意味でドン引きした。だってどう見ても一般人にしか見えない格好だったから。とてもじゃないけど滅びを食い止める為に呼ばれた者には思えなかった。
あの場に集まったのはどう穿って見ても世界の頂点に位置する者達ばかり。一騎当千の伝説が集められていたのだから。
予言は確かに予言であったのだろう。伝説の魔女に聖女。この二人だけでも尋常ではない事は分かりきっていた。だからこそ納得出来なかった。何故あの男が最後に来たのかと。あんなみすぼらしい凡人のような存在が。
でも私達は気付いた。気付いてしまった。モンドールご自慢の勇者様が平凡な男に取るあからさまな態度で私達はようやく悟った。
こいつ……この闇の魔導士を最初から無視してたな、と。
よっぽど自称勇者様は闇の力がお嫌いなのか、それとも別の理由なのか。私達にはその由が知らされることもなかったが、元々自分を勇者だなんて吹聴するような奴を誰も信用してなかったから、わりとどうでも良かった。
私は金払いが良かったから屋敷に残っていただけ。世界を滅ぼすとされる『終末の獣』なんて信じて無かったのだから。ただで贅沢が出来たから利用してただけ。
全ては金。金は裏切らない。それだけは信じられる。
だから予言なんて下らない話に乗っただけで私と妹は最初からやる気なんて無かった。滅びの予言なんてものを私は信じてなんかいなかったのだから。
予言に記された最後の一人が到着し、私達は獣退治に出発することになった。あの男が来なければずっと贅沢が出来たのに。旅を始めてすぐにあの男に腹が立った。地味でみすぼらしい服を着た男。顔も地味でパッとしないモブ。魔導士なのに杖すら持ち歩いていないような男。
どう見ても普通の人。でも違う。明らかに一線を越えた存在のはずなのにそれを微塵も外に出さない化け物。集められた英雄よりも異様な存在。
その超然とした姿はどうしてもかつて袂を分けた父親を彷彿とさせた。私は旅の間、ずっとあの男を見ていた。聖女とバカな事をしているのを見て更にムカついた。清廉潔白を装い、あの女の振りかざすパンツから逃げ回るあいつを見て私は……。
……いや、うちのパパはあんなのとちゃう。と思ったりもした。
あれはあの聖女がおかしいだけであいつは本気で逃げていた。むっつりだけど礼節はわきまえてた……が、そこもやっぱり気に食わなかった。他の男達は私とパニラの体を舐め回すように見てたというのに。でもあいつは……私の体をチラとも見なかった。
超ムカついた。女として見られてないって。
パニラもあの男が嫌い……だったと思う。あいつと話していると、どうしてもパパを思い出してしまうから。あの頑固で融通の効かない石頭のハゲを。エルフだからハゲると耳が長く見えるのよ。あの長耳ハゲ。
だから旅に出てすぐに私はあの男を消そうと色々した。まぁその全ては無駄に終わったけど。まさかあの頭のおかしな聖女にことごとく邪魔されるとは思わなかった。食事に毒を混ぜたら周辺のエリアごと一括で解毒されるし。パニラに作ってもらった特製呪い杖なんて秒で浄化された。まあ元が道端で拾った木の枝だから仕方無いけど。
あのパンツ女……分かりやすいぐらいにあの男に惹かれていた。常に一緒にバカ騒ぎしていたし。聖王国の聖女なのにどう考えてもあの男に惚れていた。あんなモブ顔の凡人に。あんなクソ真面目なつまらない男に。そしてそれに嫉妬するのがモンドールの勇者様という……不思議な三角関係が生まれていた。
端から見てればこれほど面白いものはなかった。でも私はこう言いたい。
……馬鹿なの? お前ら馬鹿なの、と。
聖女は勇者を何とも思ってない。そんな勇者は聖女と懇ろになりたい。モブは特に何もなし。でも聖女はモブが好き。そして勇者はモブが憎くてたまらない。
見事などろどろ三角形なのにモブがやたらと呑気だから修羅場は無かった。あれだけ聖女が好意を寄せているのにあのモブ男はちっとも反応しなかった。あいつは絶対に童貞で誰かと付き合った事もないボッチだと私は確信した。女の勘だ。
日に日に自称勇者様の笑顔が歪んでいくのは愉快の一言だった。あのパンツ女とモブは共に鈍感でむしろこっちがハラハラさせられた。まぁ良い暇潰しになったけど……。
モブは闇の魔導士と自称していたけど旅をしててもちっとも闇を感じさせなかった。むしろ勇者の方がよっぽど黒いオーラを放っていた気がする。あの勇者のどろどろとしたオーラは間違いなく闇属性だったと思う。パニラがそこのところを直接本人に聞いてみたけど勇者は自身の属性を頑として口にせず誤魔化したそうだ。
勇者なのに闇属性かー。
本当に自称なんだなー。
と、私とパニラは勇者に見切りを付けたりもした。旅に出て一月。同行する男達の値踏みは既に終わっていた。そもそも予言の面子にはろくな男が居なかった。闘いにしか興味の無いオークと胡散臭い笑顔の神官。ごろつきの盗賊にイケメンを気取る弓使い。あと御者兼雑用のジョン。こいつは本当に一般人で驚いた。
……旅の合間に死ぬんじゃね? そう思ったが気にしないことにした。だってどうでもいいことだし。
私は適当に旅をしてお金だけもらって終わるつもりだった。どうせ自称勇者の先導してるこの旅がまともな訳がないと思ってた。
……それは確かに当たった。まともな訳が無かった。だって本当に『終末の獣』と遭遇することになったのだから。
半年に渡る旅の終着点。深淵の洞窟と呼ばれる場所にたどり着いた私達は洞窟をくぐり抜け、終末の獣の住処へと侵入した。
みんな甘く見てたんだ。終末の獣を。
終末の獣に遭遇して……私達は逃げた。戦うことすら出来なかった。対峙してすぐに悟った。『これは無理だ』と。今までも魔物退治で数多くのデカブツを殺してきた。でっかい蛙や、でっかい熊とか。ドラゴンだって狩ってきた。でもそんなのとは次元が違った。
あれは正しく『終わりをもたらすもの』だったのだ。