第八幕 人生にはお休みも大切なのよ。週休四日が妥当なの。働いたら負けなのよ?
クラウザーがモンドールの野良ワンコをうちに連れ帰った。
それはまぁ良い。我もあのまま進化したワンコ達を街中に放置するのはまずいと思っていたから。でもなー、これは……。
「わふーん」
「わふわふわふわふ」
「へっへっへっへ」
「きゃんきゃん」
「ふんふんふんふん」
「……ぷしっ」
封印の洞窟が犬祭りである! ビバワンコフェェェスティバァァル! 犬祭りでワッショイ! せいや! そいや! そんな天国であった。
……しかし呑気にテンションを上げている場合でもなし。
「クラウザー!」
我も怒るときは怒るのである。自然に出来た鍾乳洞を基礎にしたこの洞窟が我とクラウザー以外の存在に満ちているなど……ちょっとまずくね? いやほら、ここはクラウザーを封印するための空間で色々と物理法則が捻曲がっているゆえに。
あれよ、魔王の部屋にウサギが沢山居るようなものであるな。
……魔王、絶対にイイ人や。ウサギって結構臭いからケモノ臭が凄そうであるが。ま、そんな妄想はさておき。
「……きゃう~ん」
我の怒号にクラウザーは……床に伏せての上目使いであった。目がウルウルである。尻尾なんて、へにょんである。
「よし、許す!」
我も許すときは許すのである。
この封印の洞窟……この名称は我が勝手に名付けたものなのだが元々はクラウザー、終末をもたらす獣が居ただけのごく普通な鍾乳洞なのである。
地上から地底へと続く長く狭い鍾乳窟を越えて辿りつく広大な地底世界。それはロマンの塊であったのだ。
無論洞窟はゴツゴツしまくりの天然洞窟である。鍾乳石が上から槍のごとく突き出している人を拒む洞窟であった。
うん、過去形なのである。
みんなで討伐に来たとき、進むに当たって邪魔なものを全て壊して行ったから鍾乳石は木っ端微塵なのである。
環境に優しくない討伐であるよ、全く。
まぁクラウザーが居た最奥部辺りはクラウザー自身が住みやすいように洞窟内部を加工してたので洞窟というよりは古代神殿のような造りとなっていた。
自然洞窟の奥に広がる謎の人工的建造物。洞窟の壁や天井からちょろりと顔を覗く魔晶石が光を放ち、荘厳な雰囲気をそりゃもうこれでもかー! とぷんぷんさせていたのである。
我も思わず少年心がときめいた。だって地下に神殿であるよ。そりゃもうテンションを上げない訳がない。だって我、男の子だもん。
……テンションは上がったけど、間違いなく桁違いの存在がそこにいる、という証明でもあったので我も心中複雑ではあったがな。ま、その辺は良い。大事なのはここが洞窟であること。そして今は我の封印術で隔離されているという事が重要なのである。
……今現在ワンコ祭りでワッショイなのであるけどな。
さて、そんなワンコ洞窟になりつつある封印の洞窟最奥部は大きく分けて三つのエリアがある。ひとつは大広間、ぶっちゃけ玄関であるな。ドラゴンモードのクラウザーがのびのび出来るだけの広さを持つ大きな空間で巨大なドームのような形をしている。ドラゴンクラウザーが後ろ足で立っても頭が当たらないというとんでもない天井の高さである。翼の生えたトカゲが二本足で立つのは割りと可愛いのだが……クラウザーの場合ちょっと大きすぎて恐怖の大王であったな。
我もちょぴりチビったし。ま、それはさておく。
この大広間、洞窟内であるが地面は石板のように綺麗に加工されていた。まさにツルツル。小石ひとつ落ちてないのである。しかも壁や天井には魔晶石が所々顔を出していて、かなり明るい。まさにクラウザードームと言えよう。これを基準にして広さを表現出来るかも知れぬな。クラウザードーム何杯分、みたいにな。
今は反省中でめんこいクラウザーは……実は匠なのである。つるつるの石床にぺたーんとしてる上目使いの匠である。
なにこの可愛いクラウザー。たまらんよ!?
げふん、まあ、クラウザーが可愛いのはいつもの事であるな。うむ。
他のエリアの説明もしておこう。
この大広間には通路が二本あってそれがそれぞれ生活区と寝室に繋がっている。通路といっても大広間自体が巨大なのでそれと比べると小さな通路に見える。だが人にとっては十分巨大な通路である。今もワンコ達が通路に整列して走り回って遊べるくらいに、であるな。
小さい頃にやった雑巾掛けの修行を思い出すのである。あとで床拭かないと。
まぁ掃除はあとで良いとしてこの通路は我とクラウザーで共に作った物である。……まぁ我らにも色々あったのである。
最初は互いにぶつかり合っていたのである。その結果として道が出来たのである。互いに弾かれ勢いよく壁を破壊しながらめり込んだ……というのが多分一番適当な表現になるだろう。最初の殺し合いスタートからここまで来るとは……我もクラウザーも予想外であったな。
そんな感じで生まれたこの巨大な通路の先には『生活区』……水場があってクラウザーの体を洗ったりする……まぁぶっちゃけるとただの地底湖に繋がっている。生活してないのに『生活区』とはこれいかに。
ここもかなりの広さの空間で最初から丸いドームのような形をしていた。恐らく自然に侵食されて出来たものだろう。大自然の神秘である。我が洞窟の壁を突き抜けなければ発見されることも無かっただろう。あれは死ぬかと思ったがな。
ここは荒い岩石の岸に囲まれた深い地底湖なのだが、この地底湖の底には眩しいほどの光を放つ巨大な魔晶石が幾つも沈んでおり、この空間全体の明かりとなっている。湖全体が光を放つ一番明るいエリアでもあるのだ。
地底なのに日光浴出来るレベルである。やんないけど。
なんとも幻想的な空間である。きっとデートスポットってこういうのを指すのであるな。我も疲れるとここでまったりするのである。クラウザーもよくここで泳いで遊んでいる。我にはちょっと水が冷たすぎてハードルが高い。人間にはちょっと厳しいプールなのである。
基本的に水はここで調達することになっている。我もクラウザーも普通の生き物として排泄や食事をしないので水は綺麗なものである。
……ワンコ達が増えたから何とかしないと。トイレも作らないと不味いのである。これは急務である。復讐をしている場合ではないのである!
あとでプランを練るとしよう。
あ、ワンコ達のご飯も考えなきゃ。
……やることは沢山であるな。
こうなると寝室にも大改築が必要になりそうである。
大広間から地底湖とは別の通路を行くと我の寝所がある『寝室』がある。クラウザーの寝床もここにある。我の本体も安置されてる場所で一番封印の力が強い場所なのだがクラウザーは特に気にしていない。
この『寝室』は我の肉体が入っている巨大な魔晶石が照明代わりというちょっと小洒落た部屋になっている。部屋というか巣であるな。床一面にクラウザーの抜け毛を敷き詰めたフカフカな巣なのである。クラウザーの毛は無限に生えてくるようでグルーミングすると山のように取れるのだ。
ここは2LDKくらいの広さである。クラウザーと我の巣であるからな。そこまでの広さはない。我の本体が入ってる魔晶石もクラウザーパンチで天井にめり込んでるし。横になると嫌でも見えてその度に複雑な気持ちになったが最近は慣れた。
最初こそ殺し合いで始まった関係ではあったが今では仲良く一緒に寝るような仲良しさんだ。クラウザー布団はいつもフカフカで幸せたっぷり。たまに潰されて死にそうになるけどそれもまた良し!
ここも改築が必要になるのだろう。クラウザー……抜け毛大丈夫かな。
ひとまず諸々の面倒事は明日の自分に丸投げである。
とりあえず今は目の前のもふもふクラウザーに集中しようと思う。
今も床に伏せて反省の態度を取るもふもふなクラウザーであるが、その正体は間違いなく『終末の獣』である。
今の我は生死の狭間をたゆたう存在。境目をちゃぷんちゃぷんである。いずれ我の力が尽きたとき我の全てが溶けていき……我はこの世界から消滅するだろう。そしてこの空間に施した封印が解かれ世界は滅ぶ。
今のクラウザーは温厚な巨大ワンコの姿をしているが、それはこの空間限定の姿なのだ。外界との繋がりを閉じているからクラウザーはもふもふのワンコなのである。我が死ねば……クラウザーはドラゴンモードになり今度こそ世界を……この洞窟を飛び出して世界に終わりをもたらすだろう。
それはクラウザーの意思ではなくクラウザーの存在理由に掛かっている。クラウザーは世界の産み出した自浄作用なのだ。それこそが『終末の獣』という防衛機構……星の免疫なのだから。
半年も一緒に暮らしていたのである。そのくらいは我でも分かったのだ。何せ考える時間は沢山あった故。
クラウザーにも直接聞いて確認したから間違いあるまい。我よりも遥かにインテリでめっちゃビビったがな。
クラウザー曰く……
この星は……この星の意思は人を有害な存在と認定してしまった。
森を焼き、地を掘り返し土地を枯らす。多くの生き物を欲望のままに殺し尽くす『人』をこの星は見限った。星が自らを助けるために作り出した対人に特化した殲滅生命体……それが自分……『終末の獣』なのだと。
「……わふん?」
「うむ、もう怒ってないけど次はダメであるぞ?」
「わふわふわふ!」
今、我の顔をご機嫌でベロンベロンしてるけど星の免疫なのであるよ? いや、マジで。
お座りの状態で優に三メートル近くある巨大なもふもふワンコなクラウザー。この星が産み出した免疫であり粛清者。その本質は悪でも善でもない。ただ思うがままに生きるだけの究極生命体なのだ。
それを滅びの使者と捉えるか、愛すべき隣人と捉えるかは見るものによって変わるだろう。
それが人間の選択。
『人類』の出す答えとなるだろう。
「わふんわふん」
クラウザーの選択は『べろんべろん』であるがな。あ、別に本人は滅ぼす意図とかはまるで無いようである。
手を出されなければなにもしないというスタンスだったらしい。
……既に手遅れであったなぁ。うむ。