第七幕 まずはレベル上げが先だったの。なにこのショボい主人公。ホネホネしすぎなのよ。プンプン!
どえらい目に遭ったのである。あのエセ聖女は我が宣戦布告するや否や我に飛びかかり、ホネホネボディを聖なる力で粉砕しおったのだ。あと少しでも影を引くのが遅れていたら大ダメージを食らうところであった。
あの小娘め! 別に闇属性だから光に弱いとか無いけど、あのディバインタックルは普通に死ぬ。
特にあれは墓場で寝ていた古の聖人の骨ゆえ恐らく木っ端微塵であろう。多分二百年ほど前の女性であるが、モンドールの聖堂深くに安置されて居たので拝借した。聖人の骨は結界を基本的にスルーできる。とても便利なのである。まぁ聖人の骨でなくても骨なら大体の結界をスルーできるので多分聖なる力とかは関係無い。
でも残留思念とか怖いから乗り移る場合は浄化されてる骨がベターなのである。
そして聖女に木っ端微塵にされた今の我はというと……。
「わふ?」
「うむ、クラウザーよ。いい子にしてまちたか~。もふもふタイムでしゅよ~」
依り代が破壊されたので封印の洞窟に戻って来ていたのである。
「へふへふへふ」
「おっふ! クラウザーよ落ち着くのだ。そんなに顔を舐められても……」
べろんべろんである。それはもうべろんべろんであった。
「さて、クラウザーよ。またしても我は行かねばならぬ」
もふもふタイムが終わり、クラウザーのテンションもやや落ち着いた。我も顔を魔法で綺麗にした。
ある意味あの聖女に完全撃退されたが我は復讐を諦めた訳ではない。むしろ必ず復讐してやろうという気持ちが増した。あの小娘め! 絶対にケチョンケチョンのギッタンギッタンにしてくれる! そして黒いパンツはどうかと思う。
「わふ?」
クラウザーが首を傾げて『もっと撫でる? 撫でる?』と我を見下ろす。胸毛がもふもふであるな。
「うむ、腹を空かせたワンコ達が肉を待っているのだ。モンドールの地下墓地を漁れば多少のゴールドも手に入ろう」
完全に墓泥棒ではあるが死人に金は必要無いのである。ワンコの為に使う方がきっと骨も喜ぶのである。むしろ金があるからモンスター化しちゃうのである。執念というか執着が魂を縛ってしまうゆえ。
「……わふ」
「そんな寂しそうな顔をするのではない。あのワンコ達も巡り巡ってこの世界を支える柱となるもの。助けるのはクラウザーの為でもあるのだ」
「わふぅ」
しょげてる。耳が垂れてるのである。もっと構って欲しいのであるな。愛い奴め。
「大丈夫である。ちょくちょく帰ってくるのである。とりあえずは肉を配ったらまた帰ってくるのである」
「……わふぅ……」
くっ、なんて瞳で我を見下ろすのか!? そんな瞳されても……。
「……クラウザーも行くであるか?」
「わふ!」
……ほら、我はクラウザーを抑える役目があるゆえ。離れるのも良くないかな~って。クラウザーの尻尾が喜びですごい勢いで振られてて……辺りに旋風が巻き起こってたりしたけど……まぁなんとかなるか?
我は己の影とクラウザーの影をモンドールへと飛ばすことにした。既にモンドールの墓地にマーキングしてあるので、今度はここからのスタートである。もう馬車でゴトゴトしなくても良いのである。
墓場に飛んだ我はやっぱり骨に憑依したのであるが、流石にクラウザーは何かに憑依しなくても実体と遜色無い姿であった。我ドン引き。しかも影であるはずの特大サイズもふもふワンコなクラウザーが墓地に現れた途端、墓地に漂っていた迷える霊魂達が全て吹き飛んだ。
これには我も更にびっくり。やっぱり終末の獣だけの事はあるということか。ちょっと後悔したけど多分平気と思うことにして地下墓地をクラウザーと散歩することにしたのである。
……テンション上がりまくったクラウザーが地下を走り抜けたので地下も大変な事になったけど、我……知らないもん。
クラウザーがハッスルしているのを横目に我は金目の物を回収した。軽く呪われてるゴールドばかりであったが、金は金である。染み付いた思念はクラウザーの存在感でも中々落ちないということであるな。人の欲はすごいのである。
まぁこの呪いは最終的に屋台の店主が受けるので我は困らないのである。
そんなこんなでお金を調達した我はクラウザーを墓地に残して肉を扱う屋台で買い物しまくることになったのである。
しかし我はそこで復讐相手を見つける事になった。
エルフの踊り子ペチカとその妹パニラ……我と共に旅に出た選ばれし者であり我を裏切った者。その二人を。
でも今重要なのは肉とワンコなのである。屋台で買い物する二人をちらっと見掛けたけどスルーしたのである。ボロボロのローブを羽織る我を訝しげに見る店主どもにゴールドをぶん投げて我は肉を買い集めた。真夜中というのにモンドールの喧騒は続いていた。どの店も人で溢れていた。酒場からは大声と歌が響き、酔っ払い達の喧嘩の音もあちこちから聞こえていた。
……いいのかなぁ。終末の獣が街中に居るというのにこんな暢気で。まぁいいや。我は知らぬ。
陰険な店主達にかなりぼったくられもしたが、我は大量の肉を手に入れ墓地へと戻った。両手に抱える感じで肉祭りである。
ワンコ達への肉なので地下墓地ではなく、その入り口である墓地庭園に持っていったのである。広大な地下墓地へと続く寂れた人気の無い広場。ここは流石に真っ暗で静寂に満ちていた。
そして静寂と暗闇に支配された庭園、そこには整然と整列する野良ワンコ達の姿があった。勿論クラウザーもそこの先頭に並んでいて……涎を垂らしていた。
……我はすぐに覚悟を決めた。
その後、我は太陽が出てくるまで延々と地下墓地と屋台とのピストンマラソンをすることになった。クラウザー……影なのにすごい食べたのである。影なのに。我、意味分かんない。
でもガリガリなワンコ達も幸せそうに肉にかじりついていたので我は満足である。一晩中マラソンをしてたけど、満足であるとも。
払暁、柔らかな朝日の光を浴びて我の依り代が風化を始めていたが、そんな事はどうでもいいのである。
最終的に墓地庭園へと集まったすごい数のワンコに我もちょっとたじろいだけど、それもどうでもいいのである。
多分三桁いってるけど……いいのである!
「わふ!」
「「わふ!」」
クラウザーにみんなかしずいてる気もするけど多分大丈夫である……かなぁ。影とはいえクラウザーは終末をもたらす獣である。何かしらの影響は出る……よなぁ、やっぱり。見ない振りもここまでであるし。
既にガリガリなワンコはここには存在しない。
ムキムキで凛々しいワンコ達が巨大なクラウザーを囲み家臣のようにクラウザーを崇めてるのである。朝日の中、まるでおとぎ話のような光景であった。
朝日を受けるクラウザー。お座りしててもその巨体はやはりデカイ。そんな王の貫禄たっぷりなクラウザーを取り囲むのは伏せをしてキラキラおめめで見上げる野良のワンコ達である。
……みんな変わったなぁ。出来ればムキムキではなくて、もふもふになって欲しかったのであるが。肋骨が浮き出て毛並みがぼさぼさであったワンコも今や精悍な猟犬の佇まいである。毛皮は艶々、おめめがキリリとしてて格好良いのである。
……やっちゃった。間違いなくやっちゃった。まぁいいや。我、知らない。クラウザーのパワーだもん。我はノータッチゆえ。
「う~……わふ!」
「「わふ!」」
和む。ただひたすらに和む。人間よりもはるかに大きなもふもふワンコであるクラウザーとその精悍なるお供達。まさにワンコの集会である。みんな尻尾がパタパタしてて……我の心はウッキウキである。
「わふ」
ザシュ!
「え、クラウザーちょっと待ちなさい。空間を切り裂いて時空を繋げるのは流石にやり過ぎゆえ」
クラウザーのもふもふなる巨腕ワンコパンチでサクッと空間が切り裂かれた。我びっくり。切り裂かれた空間は丸く広がり黒い穴となった。ブラックホール……いやいや、流石にそれはあるまい。
「……わふ!」
「「わふー!」」
クラウザーの少しばつの悪そうな号令を受け、見違えるように溌剌としたワンコ達が立ち上がり走り出す。我先に黒い穴へと飛び込んで行った。
「あ、ちょっと君達も何故にそんな喜んで時空の裂け目に飛び込んで……」
もはやここはワンコの運動会である。黒いもやもやしたものに続々とワンコジャンプでダイブしていくワンコ達。まさに圧巻。ビバワンコである。
「わふ!」
そしてワンコ達の群れの後に続いてクラウザーも割れ目へと逃げた。逃げていったのである。
「……」
そして残されたのは沈黙する我とブラックホールのみとなった。
「…………うむ。まぁ……良しとするか」
我は考えるのを止めた。きっとクラウザーの住処はワンコ達で溢れている事だろう。我の肉体……無事だと良いなぁ。
「さて、我も復讐の続きといくか」
我はポジティブなのである。ポジティブに復讐のこなすのである。そして爽やかな朝日の中、我は足を踏み出していく。爽やかな復讐の始まりである。
ポキッ。
「あっ」
カッシャーン!
……我の依り代は既に限界であった事をつい失念していた。結局その日はいつもの封印の洞窟へと我も戻ることになった。洞窟内はやっぱりワンコ達で溢れていた。
もはや封印の効果無しであるな。ワンコ地下帝国とか我もワクワクであるから止めないけど。