お友達の家
誤字報告等、ありがとうございます。
「なるほど、深海にモノリスか。」
冒険者ギルド、上層の塔にて。
皇帝セラフィムが窓枠に身を乗り出し、外の景色を眺めている。
セラフィムの話し相手は、塔で唯一の居住者であるギルドマスター。
魔水晶を操作して、部下からの報告を閲覧していた。
「今まで確認されたものと合わせて、”14個目”。立地的に、人の踏み入れない領域には、まだ見ぬ個体があるかも知れん。」
「……あぁ、そうだな。」
ギルドマスターの話を聞きながら、セラフィムは街を見る。
平穏で、いつもと変わらぬ街並みを。
彼女の目には、何か”別のもの”が見えていた。
「報告によれば。モノリスから音声が流れ、”No.23”、と言ったらしい。」
「となれば、随分と数がズレるな。」
「あぁ、頭痛がする話だ。」
そのナンバーが、モノリスを識別するものならば。”最低でも”、23個存在することになる。
目に見えない場所、思いもよらない場所に、未発見のモノリスがあると。
「もう一つ、まぁ真偽は不明だが。海底で見つかったモノリスの近くに、”数百メートルを超える”規格外の異界の門があったらしい。」
「……なに?」
「だが、発見者が”黒いカード”だかをモノリスに突き刺した結果、その巨大な門も消滅したらしい。まったく、ふざけた報告だ。」
部下からの報告書を、ギルドマスターは信じてはいない様子。
しかし、その話にセレフィムは微笑む。
(……どれだけ魔法が上達したか、一度会いに行ってみるか。)
その頭には、”不出来な弟子”の姿が思い浮かんでいた。
皇帝と、ギルドマスター。
2人はモノリスの話を終え、別の話題へ。
「あぁ、例の武道大会の話だが。」
「進捗はどうだ?」
「概ね順調だ。他の街では、すでに予選会が始まっている。」
「それは結構。」
武道大会の本戦は、帝都で行われる。移動などのスケジュールもあるため、帝都以外の場所ではすでに大会が始まっていた。
「帝都でも、来週予選を行う予定だが。」
「だが?」
「”イカれた連中”が暴れたせいで、かなり参加者が少ないらしい。」
「それは不味いな。」
そもそもこの大会は、この世界にどれだけの”強者”がいるのか、それを確かめるためのイベントである。
その可能性を探るために、参加者は多ければ多いほど良い。
「……”参加賞”でも作るか。」
セラフィムは、そんな解決策を思いついた。
◆◇
「ふんふ〜ん♪」
その日、ミレイは機嫌が良かった。
サフラいわく。
海の底で”未知なる力”を開放した結果、ミレイの中で魔力の流れが変わったらしい。
つまりは、暴走をした翌日と同じような状況。
ゆえに、”寝起き”がとても良かった。
清々しい朝を迎え、ギルドに”捕獲した魚”を納品し終わり。
ミレイは鼻歌交じりに道を歩く。
サフラに道を案内されながら、ミレイが辿り着いたのは大きめの一軒家であった。
「……ここか。」
玄関のドアノッカーを鳴らしてみる。
「”イーニア”、いるー?」
大きな声で家主を呼び。
しばらくすると、玄関の扉が開いた。
「来たわね。」
家主、イーニアに出迎えられ。
ミレイは家に上がる。
「で、仕事はどうだったの?」
「結構、楽しかったよ。」
「……そういう意味じゃないんだけど。」
イーニアに連れられて、廊下を進む。
「まぁ、コツコツと積み重ねるのが、上を目指す唯一の道だから。精進なさい。」
「ふふっ。はーい、先輩。」
リビングルームに入り、ミレイは部屋の様子を観察する。
とても、綺麗なお部屋であった。
最近入ったフェイトの部屋が”化け物”だっため、若干拍子抜けしてしまう。
まぁ、1~2週間程度であれだけ汚くなる方が異常なのだが。
ミレイはふかふかそうなソファを見つけ、座ってみる。
座ると、想像以上のふかふかであった。
ミレイがソファで寛いでいると、イーニアがティーセットを持ってやって来る。
「ちなみに、Sランク冒険者になると”固定給”も出るのよ。つまり、仕事も一切しなくても、遊んで暮らせるだけのお金がもらえるの。」
「へぇ〜」
初耳の情報である。
「まぁ、その代わり。いざという時に街と国を守る義務があるんだけど。」
2人揃って、ソファに座り。
優雅なお茶の時間を過ごす。
「――でね、天井からパンツが降ってきてさ。」
話の内容は、あまり優雅ではないが。
2人は、くだらない話に花を咲かせる。
今日。
ミレイには一つ、絶対に話さなければならない内容があった。
イーニアに託された、”例のブツ”。それが、どのような結果をもたらしたのかを。
しかし、ミレイがそれについて話そうとすると。
「いいえ、結構よ。」
イーニアに突っぱねられる。
「だって、想像ができちゃうもの、”大成功”だって。」
「へー」
「貴女の、その”明るい表情”を見れば、一目瞭然だわ。」
単純に、今日のミレイは機嫌が良いだけである。
「あぁ、ピエタに帰還した時、民衆に讃えられるのが目に浮かぶわ。」
恍惚とした表情で、イーニアは妄想に突入する。
「あぁ、そうね。帰るのは数年我慢して、わたしの成長した姿で驚かすのも悪くないわね。」
森の跡地に、”グリーンスフィア”を投下した結果。
美しい植物の楽園を想像するのではなく。
それを成した自分が、ピエタの人々に称賛される光景を妄想していた。
ちょっぴりナルシスト。
そんなイーニアを、ミレイは微笑ましく見つめていた。
イーニアの妄想も終わり。
話の内容は、帝都で開催される武道大会について。
「で、ミレイは参加するの?」
「うーん。どっかなぁ。」
心地の良いソファで、2人はゆったりと過ごす。
久々に感じる、”友達の家っぽさ”に、ミレイは不思議と安心を感じていた。
「わたしは参加資格がないから、そもそもあれなんだけど。もしもあったとしても、正直参加はしたくないわね。」
「そうなの?」
「ええ。だって、この街には”フェイト”が居るのよ? それに”周りの連中”も、全体的にレベルが高いし。」
イーニアは自分の強さを理解していた。
Sランク冒険者として、格下相手に絶対に負けない自信はある。
しかし、実際に”覚醒の瞬間”を目の当たりにして。
フェイト相手には、自分は手も足も出ないであろうと考えていた。
そして、キララやソルティアなども、本気で戦った場合、”どの程度強い”のかが予想できない。
(――それに、負けたら悔しいもの。)
その本音は、胸の内に秘めたまま。
「怪我したくなかったら、貴女も大人しく観戦に回ることね。」
イーニアはミレイに忠告した。
だが、しかし。
「ふっふっふ。それはどうかな!」
ミレイは、不敵に笑いながら立ち上がる。
「カードの力に頼りっぱなしな、今までのわたしとは違うのさ。」
「はぁ?」
イーニアの前に立つと、ミレイは堂々とした様子で胸を張る。
そして、その手に”聖女殺し”を起動した。
「行くぞ、――”仲良しフォーム”!!」
心を一つにする感じで、ぐっと力を込める。
RYNOとも、一度微かに繋がり。そして昨日、ようやく自覚することが出来た。
”アビリティカードとの融合現象”。
名付けて、仲良しフォームを披露する――はずであったが。
何一つ、ミレイの体に変化はなく。
特別な現象も起こらない。
イーニアは、ぽかーんとした表情で見つめていた。
「……あの、アクメラさん?」
ミレイは、恐る恐る聖女殺しに呼びかける。
すると、
『――ざんね〜ん、安売りはしない主義なの。』
中の人に、丁重にお断りされてしまった。
仲良しフォーム(仮)は、双方の心を一つにすることで発動する現象である。
つまりは、”必要でもないのに呼び出すな”、ということ。
「……で、何なの?」
格好良く、聖女殺しを構えた姿勢で、イーニアにそう尋ねられ。
これ以上ない羞恥心に、ミレイは震えた。
◇ 今日のカード召喚 68日目
1つ星『ペーパーナイフ』
ステンレス製のペーパーナイフ。安物である。
「……安物、か。」
イーニア家のトイレの中で、ミレイはそう呟いたとか。




