この星の深淵で
深い深い海の底。
日の光の届かず、淡い魔力の輝きに照らされた地にて。
悪魔の力を宿した少女と、怒れる怪獣が対峙する。
その様子を、後方からキララが見守っていた。
『マスター。一応聞くけど、今の状況は理解できてる?』
(あー、うん。多分だけど。わたしと聖女殺しが、”一つ”になってるんだよね。)
ミレイは、脳内でイマジナリーフレンドと会話をする。
『ビンゴ! それと、わたしのことは”アクメラ”って呼んで。』
(……アクメラ?)
『あんたが聖女殺しって呼んでる武器の、”大本”の存在よ。』
(なるほど。つまり、中の人ってことか。)
『……中の人?』
聖女殺し、その中の人と会話をするミレイであったが。
『それはそうと。あんた、”呼吸”は平気なの?』
(へ!?)
ミレイは聖女殺しと融合した結果、人魚への変身魔法が解けてしまっていた。
つまり、今のミレイは生身の人間に近く。
とりあえず、口をふさいでみる。
だが、そんな事をせずとも。
『――ミレイ。生命維持はわたしが行おう。』
脳内に別の声、サフラの声が聞こえる。
一時ではあるが、人魚に変身していたことでサフラはその生体機能を学習。水中でも活動できるように、ミレイの身体構造を変化させていた。
そして、聖女殺しと一体化している間は、その強大な魔力によって水圧も無効化している。
”多くの力”に支えられながら、今のミレイは存在していた。
『いい? 今まであんたが使ってたのは、わたしの力の”ほんの一部”に過ぎないの。でも、こうして一つになった以上、本物の”悪魔”としての力をあんたに――』
ミレイが、アクメラの話を聞いていると。
様子見をしていた怪獣が、再び口を開き。
先程と同じように、ビームの第二射を発射する。
(やっば。)
『鬱陶しい。ブッタ斬りなさい!!』
敵の攻撃に驚きつつも、ミレイは脳内の声に従い。
聖女殺しを、思いっ切り振り下ろした。
すると、今までの比にならないサイズの斬撃が放たれる。
斬撃はビームを真っ向から引き裂き、そのまま怪獣めがけて直進し。
怪獣の顔に、大きな傷を付けた。
――ギャァァァ!?
先程のかすり傷とは違う明確なダメージに、怪獣は叫び声を上げる。
今までずっと、絶対的な捕食者として生きてきた怪獣である。
ここまでのダメージを負ったのは、生まれて初めての経験であろう。
(すっご。)
『これが本来の出力よ。普段のあんたは、敵への攻撃衝動が弱すぎね。』
(へぇ……)
聖女殺し、その本来の威力に。ミレイは驚くばかり。
『あと、わたしは”悪魔”なのよ? 大鎌を振るうだけじゃなくて、もっと多彩な攻撃をしたら?』
(……例えば?)
今のこの状況で、ミレイは多彩な攻撃が思い浮かばない。
『”使い魔”を生み出しなさい! 敵を滅ぼすことを目的とした、無慈悲な殺戮マシーンを生み出すのよ!』
(えぇ!?)
アクメラからの無茶振りに、ミレイは動揺する。
だがしかし、何となく逆らえない雰囲気なので。
ミレイはそれっぽく念じてみる。
(来い、使い魔!)
すると、ミレイの体から魔力が溢れ。彼女の周囲に、無数の存在が発生する。
それらは、みな真っ黒な体を持ち。それでいて、とても小さく。
自身よりも、大きなフォークを持っていた。
完全に、悪魔というより”虫歯菌”である。
『なんてお粗末!』
(すみません!)
ミレイの想像力の乏しさに、アクメラも呆れ果てる。
『まぁでも、込められた魔力は本物よ。敵に突っ込ませれば、ある程度の働きはするはず。』
(了解。――お前ら、突撃だ!)
ミレイの指示に従って、使い魔たちが怪獣めがけて泳いでいく。
とても小さな体で、泳いでいる姿も可愛らしい。
だが、その体に込められた魔力は洒落にならない。
一生懸命、使い魔たちは怪獣に向かっていくも。
パクリと。
何かをする前に、怪獣によって食べられてしまう。
(ああっ、そんなぁ!)
『……いや、まだ分からないわよ。』
パックリといかれた使い魔たちに、ミレイは悲しむ。
しかし、しばらく怪獣を見つめていると。
重い、衝撃とともに、怪獣の体が僅かに膨らみ。
その直後、”大量の血液”を口からぶち撒けた。
(……うっわ。)
大怪獣の口から出た、大量の血液。
その地獄絵図に、ミレイは完全に引いてしまう。
『あいつら、自爆したっぽいわね。』
いわば、超強力な爆弾である。
それが体内で爆発しては、流石の怪獣もダメージが甚大であった。
怪獣は、その一撃で”戦意を喪失”し。
身を翻して逃げていく。
(やった!)
怪獣逃げる=こっちの勝ち。
ミレイはぐっと拳を握り、勝利の余韻に浸る。
だが脳内ボイスは、そうは思わないらしく。
『何してるわけ? さっさと追いかけて、引導を渡しなさい!』
(えぇ……)
アクメラの言葉に、ミレイは流石に気が引ける。
『中途半端が一番ダメよ。地の底まで追いかけて、息の根を止めるのよ!』
(いやいや、それは流石に。)
『なに甘っちょろいこと言ってんの?』
(いやだって、別にあいつを殺すのが仕事じゃないし。)
『あれはどう見たって害獣よ! 死んで悲しむ友達だって居ないわ!』
(それは分かんないじゃん!)
ミレイとアクメラが、無益な言い争いを続けていると。
魂の”同調率”が下がったのか、融合していた力が解けそうになる。
『――っ、マズっ。』
(ふぇ?)
流石にそれは不味いと。
アクメラ側の”根性”で、なんとか変身を維持する。
『めんごめんご。今変身解けたら、あんた死んじゃうものね。』
(ひぇ。)
人魚でもなければ、強大な悪魔でもない。
普通の人間に戻った時点で、ミレイはお陀仏である。
『仲良くしましょ。』
(そ、そうしましょう。)
今のこの状態は、2人の信頼関係によって生み出された”奇跡”ようなものである。
その奇跡を長引かせるため、ミレイが内なる戦いを行っていると。
(ミレイちゃん。)
そこに、キララが合流する。
(どうよ、キララ。これぞわたしの新しい力、名付けて”仲良しフォーム”。)
(すっごーい!)
何とも頭の悪い名前だが、キララは純粋に褒める。
(この服とか、黒くてカッコよくない?)
(うん! すっごく似合ってる。)
怪獣の血液が漂う、地獄のような環境で。
新衣装のお披露目会が行われる。
(”背もおっきく”なってるし、ほんとに凄いよ〜!)
(……へ?)
キララの言葉を聞いて、ミレイはおもむろに自分の体に触れてみる。
手から腕へ、そして脇腹へ。
最後には、一番気になる”胸元”へ。
(なっ、なんじゃこりゃ!)
ミレイは、激しい衝撃を受ける。
”触った感覚”が、全くもって違っていた。
(ちょっと、鏡! 鏡とかない?)
”今の自分”を、確かめたくて仕方がない。
予想外の成長に、ミレイは興奮を隠し切れず。
そんなミレイのために、キララは魔法で鏡を作ろうとしていた。
だが、しかし。
『――ちょっと、自分の胸を揉むのは結構だけど、気づいてないの?』
(へ?)
アクメラの声に、ミレイは停止する。
『”敵の反応が消えたわ”。』
◆
(確かに、魔力を感じないかも。)
敵の反応が消えた。アクメラだけでなく、キララもそれを感じ取り。
不思議に思ったミレイたちは、怪獣の逃げた方向へと向かうことに。
より深く、より暗い。
この星の深淵へと潜っていく。
(死んじゃったとか?)
『どうかしら。それにしては、かなり不自然だけど。』
魔力の残滓、血液の跡を追って。
ミレイたちは、”そこ”へ到達する。
(……はっ。)
そこを見た瞬間、ミレイは完全に思考が停止してしまった。
それが、一体何なのか。
理解ができない、したくない。
だが、今までの経験から、その答えが導けてしまう。
ミレイたちの見下ろす先には、”光り輝く領域”があった。
おそらく性質は、異界の門と同様のものであろう。
しかし、あれがあくまでも”門”だとしたら、こちらは”領域”。
”海底一帯”が、他の世界と繋がっていた。
広さにして、数百メートルか。いや、それ以上かも知れない。
領域を覆う光は、すでに門としての形を成しておらず、とても歪に広がっている。
確かに、これだけの広さがあれば、”巨大な怪獣”でも出入りは可能であろう。
(……これって、どうしたら。)
それはもはや、人の手でどうにか出来る次元ではなかった。
魔法や能力では届かない、致命的なダメージ。
”世界そのもの”に、重大な欠陥が発生していた。
(ギルドに報告しないと。)
(うん。こんなのがあったら、いくらでも化物が来ちゃうかも。)
流石のキララも、これをどうにかできるとは思わなかった。
とても、自分たちだけで解決できる問題ではない。
ギルドに報告して、大規模な調査を必要とする案件である。
そう結論付け、2人がこの場を立ち去ろうとすると。
『ターミナルに不具合を検知。遠隔操作による停止を試みます。』
突如として、黒のカードが起動し。
今まで何度か聞いた、謎の機械音声が発生する。
『接続失敗、ターミナルにアクセスできません。応急処置のため、該当箇所の修正を行います。』
(……これって。)
花の都ジータンでも、ダンジョンの最深部でも起きた現象。
黒のカードの”謎機能”によって、今回も異界の門が閉じられる。
ミレイは、そう考えるも。
『”修正失敗”、該当箇所が大き過ぎます。』
(へ?)
『解決策として、”ターミナル”の直接操作をオススメします。』
問題が大きすぎたのか、黒のカードはその機能を停止した。
予想外の展開に、ミレイは唖然とする。
(……ターミナル? ターミナルの直接操作って、なに?)
機械音声の最後の言葉に、ミレイが困惑していると。
『”マスターキー”を、ターミナルの差込口に挿入してください。そうすれば、自動で修正が始まります。』
(えっ。)
黒のカードから、疑問への回答がなされる。
ミレイも、まさか返事が来るとは思わなかった。
(えっと、その”差込口”って、どこにあるの?)
『ターミナルの座標は、マスターの”真後ろ”です。』
まるで、ホラー映画のように。
真後ろと言われ、ミレイはゆっくりと振り向くも。
そこには、何もない。
ひたすら真っ暗に、”崖”が存在するのみ。
だが、キララが魔法で明かりを灯すと。
その”異常さ”が明らかになる。
単なる崖だと思っていたそれは、あまりにも黒すぎた。
どう見ても、岩の色ではない。
それに加え、一切の凹凸が存在せず。
まるで人工物のようである。
真っ黒で、それでいて巨大。
ミレイとキララには、それに見覚えがあった。
(まさか、”モノリス”?)
かつて、イリスと共に調査をしに行った、巨大な建造物、モノリス。
それと全く同じものが、海底にも存在した。
地上に存在していた物とは違い、バリアに覆われてはいない。
”差込口”とやらを探すため。
ミレイとキララは、モノリスのてっぺんを目指すことに。
(モノリスって、いくつもあるんだね。)
(う〜ん。世界中に、何個かあるって話だよ?)
数百メートルほど浮上すると、ようやく2人はモノリスのてっぺんへと到着する。
真っ黒な平面が広がり、一見すると何もないように見えるも。
中央部分に、その場所はあった。
他と同じく、真っ黒な”台座”。
何をするための場所なのかは不明だが。
真ん中に、”カードの差込口”のような物が存在した。
(……”マスターキー”を、差込口に。)
これが正解なのか、確証はないものの。
ミレイは、”黒のカード”を差込口に挿入する。
すると、モノリス全体に光が走り。
何かが、起動した。
『ようこそ、管理者さま。』
どこからか、機械音声が聞こえる。
『システムの修正を行っています。しばらくお待ちください。』
モノリス、ターミナルの力が起動したのか。
海底で発生していた”歪み”が、徐々に消えていく。
文字通り、不具合を修正するように。
『――修正完了。”ターミナル/No.23”は正常に稼働しています。』
やがて、歪みは完全に消え去った。
◇
(凄いよミレイちゃん! 見に行ったら、全部消えてた!)
キララは先ほど歪みの発生していた地点へ向かい、綺麗サッパリ消失していたことを確認した。
(まじでか。)
それに驚きつつ、ミレイは差し込んでいた黒のカードを抜き取る。
このカードとモノリスに、どのような関係があるのかは不明だが。
少なくとも、巨大な時空の歪みを修正することには成功した。
(何でわたしのカードで、こんなこと出来るんだろ。)
その理由を知るのは、ミレイをこの世界に呼んだ”一人の少女”のみ。
再会の時は、着実と近付いている。
『マスター、そろそろ変身も限界よ。浮上してちょうだい。』
(……うん、分かった。)
遠くの方から、ボックスを咥えたモササウルスが近付いてくる。
ギルドに報告することが、山ほど出来てしまったが。
これにて、”虹色の魚”の捕獲依頼は完了した。




