― 憑依融合 ―
感想等、ありがとうございます。
(とりあえず、門をどうにかしないと。)
ミレイとキララが深海で目にしたのは、20を超える大量の”異界の門”。
目眩がしそうになる光景だが、キララはそれに近付いていく。
(えっと、ギルドに連絡する?)
(ううん。”閉じ方”を習ったから、頑張ってみる。)
ミレイからしてみれば、とても手に負えるような状況に見えないが。
キララはそれを、自分の手で解決する”自信”があった。
(結構、多いけど。)
(まっかせて!)
ギルドで行われた”異世界講座”、それを活かす時がやって来る。
見込み無しであるミレイは、当然のように補助に回った。
◇
魔法とは、訓練次第で誰もが使えるようになる力だが。誰もが同じ工程で、同じ”結果”を起こせるわけではない。
5+5という術式があるとして、ある者が使えば結果は10になり、また別の者が使えば結果は8になる。
非常に単純な術式でもこれほどの差が出るのだから、術式が複雑になればなるほどその差も大きくなっていく。
”門を閉じる”、という結果を魔法で生み出す場合。陰陽師、ユリカの用いる術式を他の魔法使いが真似しても、その効力は10%にも満たないものになる。
だからこそ、講座に参加した魔法使いたちは、あくまでもユリカの術式を参考程度に考え、自分なりに”結果”に至る術式を構築する必要があった。
”異界の門”は、時間や空間に干渉する超常現象の1つと考えられ。それに故に、門に干渉し、あまつさえ綺麗に閉じるともなれば、非常に高度な魔法構築が必要となる。
ユリカの術式に匹敵する程の魔法ともなれば、ある程度の才能を持つ魔法使いでも、構築にかなりの時間がかかる。
現に、大陸でもトップクラスの実力を誇る”5人の受付嬢”でさえも、未だに完全再現には至っていない。
しかし、”ある天才”に関しては別である。
高度な治癒魔法を、一度見ただけで覚え。空間を蹴るという、独自の飛行方法すら編み出した彼女は。
(――えいっ!)
”その場で”、改良した術式を構築し。20個もの異界の門を、まとめて閉じようという荒業を行っていた。
全長1kmの綱渡りをするように、無謀とも言える滅茶苦茶な行為だが。
異界の門は、確かに縮小を始めていた。
キララがそんな異常行為を行っているとは、まったくもって知らずに。ミレイはモササウルスとメガロドンを連れて、周囲の警戒に当たる。
外敵がキララに危害を加えないように、真っ暗な周囲に目を向けていると。
後ろからスーッと、綺麗な”虹色の魚”が通り過ぎていく。
(へ?)
その姿に、ミレイが唖然としていると。
1匹だけでなく、2匹、3匹と、同種の魚がミレイの隣を通り過ぎていく。
忘れていた、クエスト目標である。
(まじか。)
魚を捕獲したいが、キララのことも心配である。
どうしようかと、ミレイが振り返ると。
キララは、自信に満ちた表情をしていた。
(そっちは任せたよ。)
(了解!)
キララの護衛は2匹の怪物に任せて。
ミレイは1人、虹色の魚を追いかけた。
◇
(待てこら!)
蠱惑の魔眼を発動しながら、ミレイは必死で魚たちを追いかける。
どんな相手も虜にする魔眼だが、相手が後ろ向きでは効果がない。
謎の人魚に追いかけられて、魚たちも必死に逃げる。
(ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから、こっち向いて!)
そんなミレイの願いも通じず。
人魚と魚の追いかけっこは続き。
根性で追い回した結果、魚たちが後ろを確認するように少しだけ角度を変え。
ようやく、蠱惑の魔眼が発動した。
(よしよし、ストップ! カモン!)
命令に従い、支配下に置かれた3匹の魚がミレイの側にやって来る。
近くで見れば、ただ色が鮮やかなだけでなく、確かに”虹色に発光”していた。
紛れもなく、依頼対象の魚である。
というより、これじゃなかったらどうすればいいのか。
(……はぁ、はぁ。もう限界。)
全力で泳いだせいで、ミレイはすでに疲労困憊であった。
それに加えて、空腹感によってお腹が鳴る。
軽く思考停止した状態で、ミレイは虹色の魚を見つめた。
(……美味いのかな。)
お寿司好き、ミレイの頭にそんな考えがよぎる。
しかし、これは依頼対象だと振り払い、空腹を我慢する。
3匹の魚を確保するために、捕獲用のアイテムを召喚した。
3つ星『モンスターボックス』
近未来の技術で生み出された猛獣用の檻。どんな大きさの獲物にも対応できる。
ルービックキューブほどの大きさをした、手のひらサイズの四角い箱が出現する。純粋な、機械の塊といった見た目である。
(これ、どうやって使うんだろ。)
ボックスを適当に触っていると。
何かしらのスイッチに触れたのか、ボックスがみるみる変形していき、魚たちがまとめて入るような大きさに変わった。
おまけに、見た目が半透明になり、水槽のようにも見える。
魚の捕獲に、最適な形状であった。
(よしよし、入って入って。)
モンスターボックスが開き、中に魚たちが入っていく。
(捕獲完了っと。)
半透明なボックスの中で、魚たちが泳ぎ。
ミレイは、目的を見事に達成した。
(さてと、キララのところに戻らないと。)
虹色の魚たちと負いかけっこをして、ミレイは当初の場所からかなり離れてしまった。
幸いにも、ボックスに入った魚たちが明かりになってくれているため、完全なる暗闇状態ではない。それでも、多少の恐怖は感じるが。
(右か左、どっちに行くべきか。)
ミレイは完全に迷子になっていた。
しかし、なんとかしようと周辺を散策し。
(……へぁ?)
目の前に存在する、”巨大な何か”。
それが一体何なのか、確かめるためにボックスの明かりを近づけると。
そこにあったのは、”巨大なドラゴン”の顔。
よく見渡してみると、そのドラゴンの体は蛇のように長く。
それでいて、”絶命”していた。
◆
(ミレイちゃん!)
ミレイが魚たちと追いかけっこをしている間に、キララは異界の門を閉じ終わり。
2匹の怪物を連れて、ミレイと合流する。
ミレイは、巨大な竜の死骸に目を奪われていた。
(キララ、これって。)
(うそ、”リヴァイアサン”?)
リヴァイアサン。それはこの世界に古くから存在する、”海の王”である。
水中最強の魔獣と呼ばれ、あのクラーケンを主食とする絶対的な捕食者。
おとぎ話などで、その存在は広く知れ渡っていた。
そのリヴァイアサンが、死んでいる。
流石のキララも、それには動揺を隠せない。
2人が、リヴァイアサンの死骸を見つめていると。
グラグラと、地響きが発生する。
ただの地震か、それとも。
(ッ!?)
まるで、海全体が揺れているような。
揺れがどんどん激しくなっていく。
(か、海底地震?)
突然の揺れに、ミレイは恐怖を抱くも。
その隣で。
キララは、より”深刻”そうな表情をしていた。
恐怖の対象は、揺れではない。
それを引き起こしている”モノ”である。
(……そんな。こんなのが、いるなんて。)
魔力を張り巡らせ。
キララは、”海底で蠢く存在”を認識する。
(ミレイちゃん、急いで逃げよう。)
(えっ?)
(早くっ!!)
非常に焦った、キララの様子に。
何かを理解する前に、ミレイは動き出した。
2人揃って、全速力で海面を目指していく。その手には、ボックスを忘れずに持ったまま。
(いやいや、キララがこんな反応するなんて。)
キララは、非常に勘の鋭い人間である。
ミレイはそれを誰よりも知っていた。
故に、欠片たりとも疑わず、一心不乱に浮上していく。
しかし、突如として、2人の背後が明るくなる。
何かしらの”光源”が、ミレイたちの後方に出現していた。
凄まじく、嫌な予感がしつつも。
ミレイは後ろを振り返り。
(――いっ!?)
絶句する。
そこには、巨大な顔があった。
フォルムからして、ドラゴンの顔のようにも見える。
しかし、モササウルスやリヴァイアサンなどと比べても、その大きさは段違いであり。
その巨大な顔が口を広げ、”強烈な光”が集まっていた。
(あれって、まさか。)
(くっ。)
ミレイが絶句する中で、キララもそれを察知し。
敵の攻撃を迎撃するべく、弓を構えて魔力をチャージする。
弓矢に込めるのは、生半可な力ではない。自分の出し得る、全ての魔力を集束させる。
むしろ、一撃で終わらせるつもりで。
全力の一撃を解き放った。
それと同時に巨大なドラゴンも、口に溜めたエネルギーをビームとして放つ。
両者の攻撃は、正面から衝突し。
しばしの間、拮抗するも。
キララの放った魔法が押し負け。
極太のビームが迫ってくる。
しかし、そこにミレイが割って入り。
(――フォトンバリア!!)
キララを守る形で、光り輝く魔法の盾を出現させる。
そして、キララもそれを黙って見ているはずもなく。
背後から手を重ね合わせ、バリアに魔力を注ぎ込む。
ビームと、バリアが衝突し。
過剰な魔力で術式が焼き切れ、バリアにヒビが入りつつも。
それでも、正面から受け止め。
フォトンバリアは、ミレイとキララを守り切った。
効力を失ったバリアが、水中に拡散していき。
ミレイは、その手に聖女殺しを。
キララは弓を構える。
(……なんだよ、あいつ。)
周囲に拡散した、魔力の残滓に照らされて。
その姿が明らかになる。
形状からして、モササウルスのような”海竜”に分類される生き物だろうか。
しかし、その大きさは生物の域を越え、山にも等しく感じられる。
口からはビームを吐き。
もはや、”怪獣”と呼ぶに相応しい存在であった。
そして怪獣は、明らかに2人を敵視していた。
(なんで、攻撃してくるんだ?)
(……多分、遊んでるんだと思う。)
それは、人が害虫を殺そうとするのと”同じ感情”。
巨大な怪獣。その存在の強さゆえに、”知能”もまた高度なものを有していた。
そんな怪獣にとって、ミレイとキララは駆除すべき害虫にも等しい。
(なら、やるしかないか。)
ミレイは聖女殺しを構え、ここで戦う覚悟を決める。
(こんな場所じゃ、フェイトも呼べないし。)
今現在、どこで何をしているのかは不明だが。
少なくとも、こんな深海のど真ん中で召喚されては、フェイトもパニックになるはずである。
水中で、彼女の能力がどう作用するのかも分からない。
(モッサ、これ持ってて。)
戦いの邪魔になるため、魚の入ったボックスをモササウルスに渡す。
(――2匹とも、離れててよ!!)
両手で、聖女殺しを構え。
巨大な怪獣めがけて、思いっ切り振り払った。
大鎌から、”漆黒の斬撃”が放たれる。
それはまっすぐに、怪獣の顔に飛んでいき。
その巨大な顔に、小さな”かすり傷”を付けた。
(……あれ、効いた?)
4つ星、聖女殺し。
確かにその威力は強大で、怪獣にも傷を与えるだけの力を有している。
しかし今回は、あまりにも大きさが違いすぎた。
そして、
――ギャアァァァアアア!!
かすり傷とはいえ、血を流したことにより怪獣は激昂。
ミレイとキララを、本格的な敵と認識した。
その巨体から、強烈なプレッシャーが放たれ。
鼓動に、海全体が揺れ動く。
人が対峙するには、あまりにも強大すぎる生き物であった。
(くっ。)
敵が放つエネルギーに、キララは思わず尻込みしてしまう。
姿形は、まるで違うものの。
かつてモノリス周辺で対峙した、”黒き竜”にも匹敵する力が感じられた。
だが、”それほどの相手”だというのに。
(――よしっ。)
なぜか、ミレイは闘志に満ち溢れていた。
キララですら、尻込みするような相手。
それなのになぜ、ミレイは恐怖を感じていないのか。
サメや暗闇相手には、あれほどビビっていたにも拘わらず。
聖女殺しを握るその手が、黒く染まっていく。
まるで、”同化”していくように。
『――ふーん、面白いじゃない。』
ミレイの頭の中で、声がする。
サフラではなく、聞き覚えのない女性の声が。
しかし、不思議と”信頼”が出来る。
『随分と甘っちょろいけど、無理やり使われるよりはマシね。』
歯車は、すでに動き出している。
心の深い部分で、”2つの魂”が重なり合う。
『――さぁ、ついてきなさい。』
ミレイの体が、”黒”に染まっていく。
なぜ、恐怖を抱かなかったのか。
なぜ、戦おうと思えたのか。
変わっていく自分の中で、ミレイは静かに理解する。
(”わたし達”のほうが、強い。)
真っ白だった髪の毛は、黒に染まり。
その身は漆黒のドレスに包まれる。
手には巨大な大鎌を。
背中には、悪魔のような翼を。
人魚への変身は解け、真っ白い素足が晒される。
そして、その身体は。
大人でも子供でもなく。
キララと同じ、”少女”と呼ぶに相応しい姿へと。
確かに成長していた。
――”憑依融合” Ver.聖女殺し――




