ロマンティックは似合わない
「来たな、海。」
「うん! きたー!!」
白銀の竜、ミーティアの背中に乗って。ミレイとキララは、ピエタから東に位置する浜辺へと到着した。
頭上には青い空と太陽と、最高のコンディションである。
他に人がいる様子もないため、2人はテンションが上がっていた。
海にやって来るのは久しぶりだが。いつ来ても変わらない美しさに、ミレイは海風を感じ取る。
「ありがと、ミーティア。少なくとも、今日すぐに帰るってことはないから、しばらく好きにしてていいよ。」
「ピー!」
ミレイに自由を言い渡されると、ミーティアは真っ直ぐ空へと昇っていった。
肉眼では捉えられないほどに加速し、雲の向こう側へと消えていく。
「はっや。」
次元の違うスピードに、ミレイは唖然とした。
ミレイは懐から、1枚の紙を取り出す。
Cランク グローバルクエスト
『虹色の魚を求めて』
最近、内海にて”虹色に輝く魚”の目撃例が発生しています。まだ見ぬ新種、もしくは異世界由来の生物の可能性があるため、ぜひとも生きたままの捕獲をお願いします。1匹につき200G、最大で5匹まで報酬を支払います。
報酬金 200G〜1000G
サルモアイン魔獣研究学会 エギルン・アズーラ
これこそが、今回2人が海に来た”一応の目的”である。
珍しい魚を、出来れば5匹捕まえる。
とはいえ、ミレイは依頼票を懐にしまい込む。
「とりあえず、今日は遊ぼうか。」
「そうだね〜」
所詮こんなものは、海に行く口実に過ぎない。クエストは明日に後回し。
ミレイたちは水着に着替えることに。
◇
「ふぅ。」
つつがなく、ミレイは水着に着替え終わる。フリフリとした、水色の水着に。
このレベルの肌面積で屋外に出るのは久しぶり。というよりほとんど皆無なため、流石に恥ずかしさが顔に出る。他に人が居ないのが救いであった。
「あっ、ミレイちゃん可愛い〜!」
キララもすでに着替え済み。
ミレイとお揃いの水着である。
「そ、そうかな?」
可愛いと褒められれば、流石に顔も赤くなる。
「キララのほうが似合ってるよ。」
「ううん。そんなことないよ。」
「いやいや! 絶対にキララだよ。」
「違うよ! ミレイちゃんだって。」
しばらく、不毛な口論が続いた。
ミレイはカードの力を使い、浜辺に”デラックスワゴン”を召喚する。
「おお〜」
久々の愛車に、ミレイは抱きついた。
着替えなどの荷物は、全て車に積んでおくことに。
夜は座席を倒せば、2人で車中泊も可能である。
どんな世界でも、ワゴン車は非常に便利であった。
「さてさて。」
カードの入った魔導書も、当然ながら車に置いておくつもりだが。その前に、ミレイは何枚かを見繕う。
せっかくの海なのだから、”動物たち”にも羽根を伸ばしてもらいたい。
カードを起動し。
巨大な狼、フェンリルと。尻尾の燃える猫、ヒニャータを召喚する。
「よーし! みんな遊んでいいぞ〜!」
ミレイが、そんな声を上げるものの。召喚された2匹は、あまり仲がよろしくないのか。
フェンリルは海へと向かっていき、ヒニャータは車の中へと入っていった。
(まっ、犬と猫だしな。)
ミレイは気にしない。
どうせなら、パンダファイターも召喚しようと思ったが。パンダは謎に独自行動が多いため、”急に召喚したら悪い”と思って、選択肢から外した。
とりあえず、これで自宅に置いてきたペットは召喚し終わる。
しかし、魔導書を車にしまう前に、ミレイは1枚のカードに注目する。
3つ星 『チキンハンター』
人間に食われ続けた怨念が蓄積し、顕現したモンスター。一番近くにいる人間を襲う。
説明文からして、地雷臭がハンパないため。ミレイが一度も起動していないカードである。
とはいえ、”凶暴な魔獣っぽい”フェンリルも、普段は犬のように振る舞っている。ならばこのチキンハンターも、いざ召喚してみれば素直にいうことを聞くかも知れない。
そんな思いのもと、ミレイは思い切って召喚してみる。
「さてと。」
一体、どんな奴が出てくるのか。
それなりに経験も積んできたため、ある程度の余裕で見つめるミレイであったが。
召喚されたのは、予想に反して”人型”の魔獣であった。
痩せこけた人間のような身体に、鋭くとがった爪。全体的に体の色は黒く、首から上は完全にニワトリである。
そしてその瞳は、ドス黒い狂気に染まっていた。
「……おぅ。」
その瞬間、ミレイは全てを察した。
チキンハンターの特性、”一番近くにいる人間を襲う”。
「――うわぁぁ!!」
「キシャァァアアッ!!」
全力疾走で逃げるミレイを、チキンハンターが追いかける。
その後、すぐにフェンリルの”お手”によって倒されたが、ミレイの心には明確な”追われる恐怖”が植え付けられた。
世の中には、相容れない生き物もいるのだと。悲しくも実感した。
◇
気を取り直して、ミレイたちは遊び始める。
「ざっばーん!」
「うはー!」
キララが魔法で海水をまとめ上げ。
ミレイはそれに思いっきり飲み込まれる。
「あはは。」
まるで渦潮に巻き込まれるダイバーのようだが。キララの魔法に包まれているため、何も不安に思わない。
ただひたすら、プカプカと海に浮かんでいるだけでも面白い。
「おおー!」
浜辺を散策していると、ミレイは手のひらほどの”大きな貝”を発見する。
「これ、食えるかな?」
拾い上げて、キララに見せる。
「そうだね。ちょっと、”お腹がチクチクする”かも知れないけど、食べれると思うよ。」
「……そっか。」
ミレイは、変わらず笑顔のまま。
元いた場所に、そっと貝を戻した。
「う〜ん。なにか食えるもんないかなぁ。」
「ピエタで、なにか買ってくればよかったね。」
浜辺に座って、海を眺めながら。2人はそんなことを口にする。
”気づいたら、お腹が減っていた”。人生とは不思議なものである。
魚を釣って食べればいい、食い物くらい普通に見つかるだろう。さっきまでそう思っていたものの、いざお腹が減ると”釣りをする気力”すら無くなってしまう。
そもそも、釣り竿だって持っていない。仮に釣れたとしても、調理に時間がかかる。
お腹は、今減っているのである。
1つ星 『キャプテン・バーガー』
仕方がないので、昼食は”カードの能力”で済ませることに。
海で食べるハンバーガーは、また格別であった。
(晩飯はどうしよう。)
指をぺろりと舐めながら、ミレイは考える。
残る食べ物系カードは、”爆弾おにぎり”と”ペロペロキャンディ”、”ポテトチップス”くらいである。せっかくの海で、それを晩飯にはしたくない。
長考の末、ミレイは神頼みをすることに。
黒のカードを起動し、新しい食べ物系カードを引き寄せる。
2つ星『寒がりスノーマン』
氷の国からやって来た風来坊。寒さが苦手らしい。
手に入ったカードを、その場で召喚し。
”厚着をした雪だるま”、のような生き物が浜辺に出現する。
ミレイよりも更に低身長で、フォルムも可愛らしい。
まるで、マスコットキャラクターのような見た目だが。
「こいつは、食えんな。」
「そだね。」
召喚されて、まさかの第一声に。
スノーマンは戦慄した。
その後、新しく仲間になったスノーマンも交えて、ミレイとキララは海を遊び尽くした。
スノーマンは海が大好きなのか。言葉こそ話せないものの、とても楽しそうであった。
身体が溶けたりしないのか、ミレイは気が気でなかったが。
食料に関しては、帰ってきたミーティアが”やたらと大きな鳥”を捕まえてきたため、それを晩飯にすることに。
執事ロボットのバーバックを召喚し、全自動で調理をしてもらった。
そして、静かな夜が訪れる。
◆
デラックスワゴンの屋根に寝転んで、ミレイとキララは星を見る。
とても、美しい空である。かつての世界、地球ではきっと見られないほどに。
遥かな上空では、ミーティアが優雅に空を舞い。流れ星のように煌めいている。
これ以上なく、最高のひと時を過ごしていた。
しかし、
「ねぇ、ミレイちゃん。」
「んー?」
キララは、ずっと気になっていたことを口にする。
「なにか、あった?」
「なにかって?」
「む〜、悲しいこと?」
「……ないよ、そんなの。」
「ほんと?」
「ほんと。」
「絶対?」
「絶対ほんと。」
「そっか。じゃあ、信じる。」
「……うん。」
また、空を見つめても。
同じ星空には見えなかった。
「ねぇ、キララ。」
「なーに?」
「手、繋いでいい?」
「……うん、もちろん。」
車の屋根に寝転びながら、2人は手を繋ぎ。
しばらくの間、無言で夜空を見上げた。
「少し前にね、エドワードに言われたんだけど。」
ミレイはゆっくりと話し始める。
「元の世界に戻れるなら、戻りたいかって。」
「……ミレイちゃんは、戻りたいの?」
キララの口から、不安そうな声が漏れる。
繋いだ手からも、それが伝わってくる。
「ううん。わたしは今が一番楽しくて、一番幸せだから。出来ればずっと、この世界に居たいかな。」
「ほんとう?」
「うん、本当。」
ギュッと手を握る。
そこには、嘘偽りは存在しない。
「……でもね。わたしがこうやって楽しんでる間に、”お父さんとお母さん”は、どうしてるのかって思っちゃって。」
それが、ミレイの抱いた疑問であった。
自分は当然、異世界にやって来たことを知っているが、向こうはそうではない。きっと何の前触れもなく、”娘が行方不明になった”と思っているはず。
娘が行方不明になって、平気な親など存在しない。
「キララや、みんなと一緒にいるとさ。毎日楽しくて、すっごく幸せなんだけど。もしかしたらその間も、向こうじゃわたしを探してるのかもって。」
ピエタの上空で、あの美しい光景を見た際に。その考えが、ミレイの脳裏をよぎった。
向こうじゃ、両親が必死に探してるのかも知れないのに。自分はのうのうと楽しんでも良いのか、笑っても良いのか。
一度それを考えてしまうと、胸が苦しくてたまらなくなる。
「楽しくて嬉しいと、向こうのことなんて忘れちゃうから。本当に、”ずるい”なって。」
当たり前。
当たり前のことである。
親の愛情を受けて育った子供なら、当たり前に抱く感情。
ただ一言、自分が無事だということを伝えられれば、この苦しみからも解放されるのに。
「……ミレイちゃん。」
手の熱と、震えから。悲しみが伝わってくる。
魔法じゃ解決できない、心の痛み。
「ねぇ。ミレイちゃんのご両親って、どういう人なの?」
キララに、そう尋ねられ。
「……えっと。」
ミレイはゆっくりと話し始める。
自分の両親について。
タイプは違うけど、どっちも優しい両親であること。
2人とも言葉数は少ないが、別に仲は悪くない。
普段の言葉使いはお母さんのほうが荒いが、ちゃんと怒るのはお父さんの方。
お母さんはお笑い番組が好きだけど、まったく笑わずに見てて、ちょっと変わってる。
お父さんはドラマが好き。
お母さんはニュースに興味がないから、時々会話が通じない。
お父さんがDIYに興味を持って、色々買って頑張ってたけど。下手くそで全然出来なくて。
器用なお母さんが代わりにやって、わたしもそれを手伝わされたり。
つい昨日のことのように、思い出話が止まらない。
涙も、止まらない。
「優しそうだね、ミレイちゃんのご両親って。」
「……ううん。普通だよ、これくらい。」
ミレイにとっては、これが普通のこと。これが自分の両親なのだから、それ以外のことは分からない。
愛情を注がれて、大事に育てられて。
普通に大人になったのだから。
普通に涙だって流す。
「わたしもいつか、会いたいなぁ。」
ギュッと、手を握る。
「もしも、ミレイちゃんの世界に行けることになったら、わたしも一緒に行きたい。」
「……うん。わたしも、会って欲しいな。」
不思議と、胸の痛みが引いていく。
不安や悲しみは消えないけど、もっと温かいものがそこにある。
寂しいけど、一人じゃない。
ミレイは1つ、心に決めた。
自分が生きる上での、”明確な目的”を。
――とりあえず家に帰って、死ぬ気で親に謝る。
それまでは、絶対に。
そして、その先もずっと。
”この繋いだ手は離さない”。
美しい星空を見上げながら、ミレイは”ある言葉”を思い浮かべる。
とても安易な言葉だが。
どうしても、口に出してみたくなった。
「……ねぇ、キララ。”月が、綺麗じゃない”?」
「ん? そうだね。お空がとっても綺麗。」
ちょっと特別な言葉だが。
残念なことに、キララはその意味を知らない。
文化も世界も違うのだから、仕方がない。
そして自分も、知ったかぶりに過ぎない。
「ごめん。」
やはり、ロマンティックは似合わない。
「――”大好き”って、言おうとしただけ。」
その言葉に、キララは目を見開き。
それでも言葉はなく。
空には、流星が煌めいていた。