あたたかなちから
帝都から、遠く北西に離れた地点。自然も少ない荒野の真っ只中に、その場所はあった。
人為的に掘られた巨大な穴。穴の中には建築物らしきものがあり、多くの人々が集まって、それを地面から掘り起こそうとしている。
謎に包まれた、巨大な”古代遺跡”の発掘現場。その中心部で。
”氷のドリル”が稼働し、凄まじい速度で穴を掘り進めている。
ドリルを操るのは、”新進気鋭の冒険者フェイト”。完全復活したその力で、遺跡の発掘作業を手伝っていた。
そんなフェイトの様子を、他の人々は感心した様子で眺めている。
「凄い力だな。」
「ああ。流石は、Sランクの紹介だ。」
自室の張り紙にも書いてあった、”日帰りで穴掘り”。遺跡の発掘作業をフェイトはクエストとして手伝っていた。
彼女の力の規模は非常に大きく、他の人々はみな距離を取っている。
まさに、フェイトの独壇場であった。
護衛の冒険者であろうか。無骨な大剣を背負った、真っ赤なフルプレートアーマーの大男も、フェイトの様子を見つめている。
その力に感心するように。
フェイトの力によって、発掘はあっという間に終わるかと思われたが。
鎧の男が、違和感に気づく。
「……何だ、あれは。」
地面、そして壁から。”透明な手足”のようなものが飛び出ている。
先程までは、存在していなかったはず。そう思った矢先。
手足が動き出し。
壁の中から、透明な”クリスタル製の巨人”が現れた。
「皆、下がるんだ!」
突如現れた、得体の知れない存在。
鎧の男の声に従い、学者や作業員たちは一目散に逃げ始める。
クリスタルの巨人は、逃げ惑う人々を敵と認識しており。
その前に、鎧の男が立ちはだかる。
無骨な大剣を構えながら。
「古代文明の遺産。衝撃で目覚めたのか。」
男を敵と認識し、クリスタルの巨人が襲いかかる。
だが男は冷静に、凄まじい速度で大剣を振り払い。
巨人を、一刀両断に斬り伏せた。
「意外と硬いな。」
一撃で、容易く倒しながらも。男は決して敵を侮らない。
そして、敵は一体だけではなく。壁や地面から、次々と湧き出てくる。
巨人だけでなく、中には小さな獣のようなタイプも存在した。
「防衛機構か、面白い。」
それでも臆することなく、鎧の男は立ち向かう。護衛としての仕事を果たすため、決して背を向けることなく。
すると、地面が激しく揺れ始める。
「ッ、何だ。」
激しい揺れで、地面が大きく割れ。
そこから、巨大な体を持つ”クリスタル製のドラゴン”が出現する。
明らかに、他の敵とは次元の違う存在であった。
「まさか、こんなものが眠っていたとは。」
衝撃を受けながらも、やはり男は背を向けない。
むしろ困難に直面し、気力をみなぎらせていた。
「そこの君も、作業を中断して避難するんだ! 敵は俺が食い止める。」
鎧の男が、フェイトに声をかける。
しかし、聞こえていないのか、フェイトはドリルを止めようとしない。
ただ、愉快そうに笑うのみ。
「この程度で? 冗談ッ!!」
敵の出現に、フェイトは気分を上げ。
正真正銘のフルパワー、天使モードへと変化した。
◆
帝都、ナナリーの武器屋にて。
ソルティアが漆黒のブーツを身に着け。履き心地を確かめるように、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「良いフィット感です。」
履き心地には満足した様子。
「つま先からナイフが飛び出るような、ありきたりな仕込み靴とは違うわ。試しに、回路に魔力を流してみて。」
「はい。」
片足を軽く上げた状態で、ソルティアはブーツに魔力を通す。
すると、靴底から鋭利な刃が出現した。
例えるなら、スケート靴のような形状である。
「どうかしら。」
「良いですね。蹴り技が映えそうです。」
「もちろん、血がいっぱい出るはずよ。」
笑顔で、そんな物騒な会話した後。
ソルティアはブーツを購入した。
すらりとした足に漆黒のブーツと、とても似合っていたが。
物が物だけに、ミレイは羨ましいとは思わなかった。
そして、ミレイたちの帰りの際に、ナナリーはあることを思い出す。
「そういえば。あの金髪の、”氷使いの子”って、貴女たちの友達よね?」
「……そう、ですけど。」
金髪の氷使い、該当者はフェイトしかいない。
「フェイトがどうかしたんですか?」
「いや、まぁ。どうかしたと言うよりも、実は最近、”街の気温”が急激に下がってて――」
ちょうど、そんな話をしていた時に。
帝都から離れた、遥かな遠方から。
”強烈な魔力”の波動が発生する。
その力に、ミレイ以外の面子は気づいた。
「……この力って。」
一体、何が起こっているのか。確かめるべく、一同は外に出る。
あまりにも遠い場所なため、帝都からでは状況が把握できない。
それでも確かなのは、”見知った存在”がフルパワーの魔力を出しているということ。
「……さむ。」
魔力に鈍感なミレイでも、気温の変化には敏感であり。
口から、”真っ白な吐息”が漏れた。
その日、フェイトが遺跡の発掘現場で”本気”を出した結果。
翌日、大陸の一部では雪が降った。
◆◇
「えぇっと。」
冒険者ギルドの3番窓口。
とある冒険者を前にして、受付のナナリーは顔を引き攣らせる。
「遺跡の全体部分の発掘に加え、作業員の護衛に、敵対勢力の殲滅。若干氷漬けではあるものの、遺跡の保存も完了。諸々の功績を加味して、報酬は上乗せしておくわ。」
「ええ、どうも。」
自らの功績を読み上げられ、冒険者フェイトは上機嫌に。
ほくほく顔で、クエストの報酬金を受け取った。
このお金で何を買おうか、考えるだけで楽しくなってしまう。
そのままギルドを出ようとするフェイトであったが。
彼女の前に、主であるミレイが立ち塞がる。
わざとらしく、腕を組んだ状態で。
「……なによ。」
フェイトもいつもと違う空気を感じ取る。
「ちょっと、お話があります。」
ギルド内の端っこのテーブルで、ミレイとフェイトが向かい合う。
ミレイは真剣そうな顔をしており、フェイトはそっぽを向いている。
「で、何のよう?」
今この状況について、フェイトはまるで見当もつかなかった。
「寒いん、だよね。」
「寒い?」
「うん。」
呼び止めた理由を、ミレイは説明する。
「ギルドの先輩に言われたんだけど。ここ1週間で、街中の気温が下がってるんだって。」
「……それが何だって言うのよ。」
感の鋭いフェイトは、話の流れが読めてしまい。わざと不機嫌そうに聞き返す。
「先輩が言うにはね、”強烈な冷気を帯びた魔力”が街中に漂ってて、気温が一向に上がらないんだって。」
「うぐ。」
そこまで言われては、フェイトも言い逃れが出来なかった。
「だからね、その。ちょ〜と、力を抑えられないかなぁって。」
「……わたしだって、わざとやってるわけじゃないのよ?」
「うん。それはもちろん、わかってるよ。」
ミレイもフェイトが悪いとは1ミリも思っていない。身体から冷気が漏れているのは、召喚した当初から分かっている事である。
フェイトの体質は困ったもので。女子寮の大浴場も、彼女が入った後には水風呂になってしまう。そんなことですら、ミレイは”可愛い”と思っていた。
自分だけなら、どれだけ寒くても問題はない。だが、その規模が街全体ともなれば、流石に話は別である。
「だからわたしは、折衷案を用意しました!」
「はぁ?」
どすん、と。
テーブルの上に、”真っ赤なガントレット”。RYNOが置かれる。
『ヘイヘイヘイッ!! 俺様参上ってなぁ!!』
「冗談でしょ。」
フェイトにとって、RYNOは大嫌いな存在である。
「これから力を使うときは、こいつを腕にはめて欲しいんだけど。」
「嫌よ!!」
フェイトは断固拒否する。
「そうかな? 意外といい案だと思うんだけど。」
「絶対に嫌。こんな”格下ガントレット”、装備なんかしたくないわ!」
『格下だとぉ!? テメェ、俺様が本来の姿だったら、一瞬で消し炭になってるぜ!?』
「やってみなさいよ! 口すら無いくせに、よく吠えるガントレットだわ。」
何が気に入らないのか。フェイトとRYNOは、とにかく仲が悪かった。
まさに正反対の属性である。
「だめなの?」
「もっちろんよ。というより、あんたが自分で使って、わたしの力を中和すればいいじゃない。」
「えぇ〜、そんなの無理じゃない?」
ミレイ自身、RYNOを使ってきた経験があるものの。どういう使い方をしても、フェイトに匹敵するほどの火力を出せるとは思えなかった。
フェイトは5つ星、RYNOは4つ星なのだから。
「頑張んなさいよ。元を辿れば、わたしの力は全部、”あんたの力”なのよ?」
「うっ。」
そう言われてしまえば、ミレイは反論が出来なくなる。フェイトに何の制限も付けず、野放しにしているのは紛れもない自分なのだから。
フェイトの力は自分の力。その責任も、自分の責任であると。
うなだれながらも、ミレイはRYNOを手に取った。
◆
冒険者ギルドの屋根の上にて、ミレイとフェイトは帝都の街並みを見下ろす。
空からは微かに雪が降り、街行く人々は白い吐息を吐いていた。
フェイトは空中を指でなぞり、そこに漂う力の残滓を感じ取る。
「確かに、わたしの力が残ってるわね。」
物を冷たく、寒くするのはフェイトの専売特許である。それに関しては、他の追従を許さない。
しかし、その逆となれば話は別。冷え切った街の異常を正すことは、フェイトには難しかった。
「わたしの魔力の残滓が、街の気温を下げてるなら。あんたのそれで、中和するのも不可能じゃないはずよ。」
ミレイの右腕には、強力なRYNOガントレットが装着されている。
「どうやってやるの?」
「さぁ?」
残念ながら、フェイトにも魔力の詳しい理屈は分からない。
ここに居るのは、ド素人の集まりであった。
「とりあえず、ぶっ放したら?」
「うん。」
ミレイは、RYNOガントレットを上空へと向けて。
魔力をチャージする。
「――えっと、ドラゴンファイア!!」
ミレイの掛け声と共に。
ガントレットから、竜の形をした”巨大な炎”が放たれる。
炎は勢いそのままに上空まで飛んでいき。
雲に大きな穴をあけた。
とはいえ、起きた現象はそれだけであり。どうひっくり返っても、街の気候を左右するほどの火力ではない。
「……なに? そのダサい名前。」
「え? いや、技の名前みたいのがあった気がして。」
ミレイは何となく思い出す。
「ねっ、ライノ。」
『……技の名前は、”覇竜滅来砲だ。』
「だってさ。」
「ぜんぜん違うじゃない。」
いい加減な”コンビ”に、フェイトは呆れ果てる。
何だかんだ言いながらも、RYNOは”一級品の武器”であり。
それを扱うミレイは、”平和に浸ったお花畑”。
これ以上なく、”猫に小判”である。
「もっと力を引き出せないわけ? ”暴走した時のあんた”は、更に桁違いの火力を出してたわよ。」
「えぇ……」
暴走していた時の自分。
それに対し、ミレイは複雑な気持ちを抱いていた。
周囲の人間に散々言われて、自分にそういった力がある事自体は知っている。
だが、あくまでも知っているだけであり、その時の記憶すら持っていない。
(……ほんと、何なんだろ。)
酒を起因として姿を現す、”自分のもう1つの一面”。
暴走した自分、”年相応に大きくなった自分”。
友達を蔑ろにするなど、”本来なら絶対にあり得ない”行動をするものの。
普段のミレイが持っていない、”あらゆる才能”をその身に宿している。
大人びた姿になり、魔法の力も扱える。そういう意味であれば、まさに”理想的”な存在ではある。
しかしミレイは、それを自分の本当の姿とは認めたくなかった。
大切な友達を傷つける可能性があるのなら、”そんな力は必要ない”。
微かに震える手で、ミレイはガントレットに触れる。
「ねぇ、ライノ。わたしが暴走した時のことって、覚えてる?」
『ああ、そりゃ覚えてるぜ。メッチャクチャに力を引き出しやがってよ。』
「……そう。」
その言葉に、ミレイは気落ちする。
「やっぱ嫌だよね、そういうのって。」
ただの道具ではない。RYNOもミレイの大切な”仲間”である。
カードの能力であろうと、その所有者であろうと。そこに存在するのは、主従関係などではなく。
”絆”であると、信じたい。
ミレイは、両手を重ね合わせる。
真っ赤なガントレットと、彼女自身の素肌を。
『どうした? マスター』
「……決めたよ、わたし。」
真剣な顔で、今この瞬間。
この先の”未来”を左右する、1つの決断を下す。
「もう絶対にお酒は飲まないし、暴走もしない。自分以外の意志に、わたしの体も力も使わせない。」
「そんな力に頼らなくたって、わたしが頑張るから。わたしが、強くなるから。」
「だからお願い、一緒に――」
『ッ!?』
まるで、錆びついた歯車が、ゆっくりと動き出すように。
”目覚めるはずのない力”が、覚醒した。
それは、人の領域を超えた、”神秘の光”。
魔力ではない、強烈な光が溢れ出る。
一体どこから、それだけの力が湧き出るのか。燃えるようなエネルギーが発生し。
帝都全域に満ちる冷気を、一瞬のうちに掻き消した。
「何よ、それ。」
変異したミレイの、その”衝撃的な姿”に、フェイトは驚きを隠せない。
だが、しかし。
集中力が切れたのか、はたまた別の要因か。
「わわっ、なんだこれ。」
力はあっという間に拡散してしまい。同時に、ミレイも普段通りの姿に戻ってしまう。
子どもにしか見えない姿に、右腕にはガントレット。
(気のせい、だった?)
その目に映った光景は、真実だったのか。それとも幻だったのか。思わずフェイトは、自身の目を疑ってしまう。
それでも、”何らかの力”が覚醒したは確かであり。
ミレイが意識したのかは不明だが、街中に満ちていた魔力の残滓は消えていた。
「でも、暖かくなったんじゃない?」
「本当?」
何が起こったのか、よく分からないまま。
ミレイとフェイトは街の様子に目を向ける。
見た感じは特に変わっていないが、冷たい風は完全に消え失せていた。
「……やるじゃん。」
確かに目覚めた、”その力”。
真に必要とされるのは、まだ少し先の話。
◇ 今日のカード召喚 64日目
少し、暖かくなったギルドの屋上にて、ミレイは黒のカードを起動する。
1つ星 『T字カミソリ』
男女問わず、使用者の多いカミソリ。刃の当てすぎに注意。
「昨日はドラゴンで、今日はカミソリか。」
毎度毎度のことながら、手に入るカードは想像通りにはいかなかった。
「良いじゃない。ムダ毛処理とかに使えるし。」
「……うん。」
実は生まれてこの方、ムダ毛の処理など必要とすらしていないのだが。
恥ずかしいので、ミレイは黙っていることにした。




