異世界講座とお寿司
極度の緊張感から、ミレイは空気を飲み込む。
震える手には、一丁の”拳銃”が握られており、表情は強張っていた。
緊張のさなか、引き金を引き。
連続して、3発の銃弾が放たれる。
おもちゃではない、正真正銘の実弾。
殺傷能力を有する、それを。
フェアリーの受付嬢、シャナが魔法で受け止める。
特殊な力場が空間に作用し、弾丸の速度が目に見える速さにまで低下。
やがて停止し、3発の弾丸は地面に落ちた。
「これが、多くの世界で使われる武器、”鉄砲”です。ご覧の通り、ある程度の魔力障壁、緩衝を用意することで防ぐことが出来ますが、予備動作も少ないので非常に危険です。頭部に当たったら”イチコロ”なので、最優先で無力化してください。」
シャナが鉄砲についての説明を行い。
(……て、手が痺れた。)
何故か実銃を撃たされたミレイは、涙目になっていた。
冒険者ギルドの一室にて。大勢の冒険者、魔法使いが集められ、緊急の”異世界講座”が開かれていた。
ここ最近になって、異世界、異界の門絡みの事件が多発しているために。
ギルド側が主導となり、異世界人の使う武器への対処法や、知っておくべき情報を共有する。
そのため、”身近な異世界人枠”ということでミレイが実演をさせられていた。
しかし当然ながら、ミレイは拳銃とは無縁の人種である。
もっと、適切な人材が居たのではないかと、疑問に思うも。ギルドの諸先輩方には逆らえなかった。
「ちなみに、鉄砲にもかなりの種類があり、これはその中でも弱いほうです。」
ミレイの持っていた拳銃を片付けて、続けてシャナは別の銃を用意する。
魔法の力で持ち上げられ、運び込まれたのは、”ミレイの身長とほぼ同等の大きさ”を持つ巨大な銃。
SFチックな、キャノン砲である。
「え。」
運び込まれたそれに、ミレイは唖然とする。
「ミレイさん、次はこれをお願いします。」
「いや、その。」
貴女ならこれを使えるはず、的な視線をシャナが送ってくるも。
残念ながら、ミレイとはそもそもの世界観が違っていた。
「……撃てません。」
結局、ミレイはトライしてみるも、銃を持ち上げることすら出来ず。
先輩受付嬢のナナリーが、代わりにキャノン砲を撃ったのだが。
諸々あって、部屋の壁が吹き飛んだ。
◇
異世界講座も進んでいき。
続いて、陰陽師ユリカによる”異界の門対策”のコーナーに入る。
ユリカは1枚の御札を起動し、異界の門を模した”光の輪のレプリカ”を出現させる。
「これはあくまでも再現ですが、本物と似たような性質を持たせてあります。わたしが実際に閉じてみるので、皆さんも参考にしてください。」
異界の門の閉じ方を教えるため。
あえて御札は使わずに、その場で構築した術式のみで門に干渉する。
特定の術式を組み込まれた魔力が、門の全体に作用し。
徐々に光の輪が小さくなっていく。
仕組みを理解できる魔法使いたちは、感心した様子でそれを見つめていた。
「いくつかレプリカを作るので、皆さんもぜひ練習してみてください。」
ユリカは門のレプリカを複数生み出し。
魔法使いたちは、こぞって練習をし始めた。
ギルドの受付連中も、それに参加する。
和気あいあいとした雰囲気で。
一見すると、楽しいお菓子作り体験のようにも見える。
それでも、ミレイは参加せず。
なんとも言えない表情で、それを見つめていた。
そこに、ユリカの付き添いでやって来た、シュラマルが近づいてくる。
「おや、ミレイちゃんは練習しないのかい?」
「う〜ん。そもそも、さっきの実演を見ても、ちんぷんかんぷんで。」
ミレイは、魔力を見ることが出来るものの。
術式の意味や、仕組みに関しては毛ほども理解ができない。
「分かるなぁ。僕も基本的に脳筋だから、魔力を刀に纏わせるのが精一杯だよ。」
「……ですね。」
そう言いつつも、ミレイは知っていた。
シュラマルやソルティアなどの武闘派も、実は細かな魔法を使えること。
ミレイが1人で扱えない、魔水晶の利用も可能なことを。
なんとなく、ミレイは練習の様子を見つめるものの。
やはり、自分だけ何も出来ないのは納得がいかず。
”黒のカード”を取り出しつつ、門のレプリカへと近付いてく。
どこにも繋がっていない、異界の門のレプリカ。
それと正面から向き合い。
「ふん! ふん!」
黒のカードを突き刺したり、振り回したり。何とか門を閉じられないかと、ありったけ試してみる。
けれどもやはり、うんともすんとも言わず。
「うわぁ。」
それを間近で見ていた、受付嬢のサーシャが。
とても残念そうな表情を向けていた。
哀れみ、もしくはかわいそう。
「……先輩。うわぁは、酷いです。」
流石のミレイも、それには傷ついた。
「ごめんなさい。単純に、”何やってんだろこの子”って思っちゃって。」
「うぐ。」
情け容赦ない言葉が、心に突き刺さる。
「前にちょっと、これで門が閉じたことがあって。でも、仕組みが分かんないんです。」
不思議ちゃんイメージを払拭するため、ミレイは理由を説明する。
「あー。そういえば、その黒いのが貴女のカードだったわね。どうやって門を閉じたの?」
「えっと。今まで機能したのは2回だけで、異常検知?みたいなことを言って、門が勝手に閉じ始めたんです。」
花の都での件と、ピエタ付近のダンジョン最深部での件を思い出す。
「カードが喋ったってこと?」
「どちらかと言うと、機械的な音声です。」
「いや、そこはどうでもいいんだけど。」
おもむろに、サーシャも自身のアビリティカードを具現化する。
その手に出現したのは、3つ星を示す”銀色のカード”。
「先輩のカードって、どういう能力です?」
「乗り物を召喚する能力よ。”バイク”って言うんだけど。」
「あっ、分かります! わたしの世界にもあったので。」
「そう。まぁ、機会があれば乗せてあげるわ。」
と、サーシャは言うものの。
「死にたくなかったら止めとけよ〜」
同僚である、タバサから忠告が入った。
「ふん。」
そんなことは気にせず。
サーシャは具現化したカードを門のレプリカへと通してみる。
(……干渉する気配はなし。)
僅かに動かしてみるも、カードと門は干渉しない。
(それ以前に、カードが喋るってどういうこと? ……この子はかなり”特殊”だから、別に不思議じゃないけど。)
大人しく、カードを引っ込める。
「考えるだけ無駄ね。」
無駄な行為をしてしまったと。
そう実感すると、サーシャは深くため息を吐く。
「ねぇ、お腹空かない?」
「すきました。」
ミレイは即答する。
「貴女、何か好きな食べ物とかあったかしら。」
「えっと、”お寿司”とか。」
「オスシ?」
知らない単語に、サーシャは首を傾げる。
「まぁ、今日は講座に付き合ってもらったから、お昼奢ってあげる。そのオスシって、どこか店で食べれるの?」
「……そう、ですね。一応、それらしき店はあったような。」
帝都は、様々な文化が入り乱れる街である。
それっぽいお店の存在を、ミレイの脳は記憶していた。
「なら、そこに行きましょ。」
「はい!」
気だるげな先輩に連れられて。
ミレイは、お昼ごはんを奢ってもらえることになった。
記憶を辿り、2人は街中にある寿司屋に。
「おお! 意外と本格的〜。」
異世界由来の文化なのか、それとも武蔵ノ国から来た文化なのか。
お店の中は、ミレイの知る寿司屋とそう変わらず。
提供されたお寿司に、ミレイは興奮する。
だがしかし、
「え。」
サーシャは凍りついていた。
(白いのは分かる。米よね、食べたことあるもの。でも上に乗ってる”これ”って、まさか。)
本当に、これをこのまま食べるのか。
知らない文化に、体が拒絶反応を示す。
「大将、これってなんの魚ですか?」
「アトランティス産の”グルゥ”だよ。」
「グルゥ! 知らん魚だ。」
好奇心そのままに。
サーシャが見つめる中、ミレイは未知なる寿司を口に運んだ。
「うまい!」
お寿司大好き、ミレイには好評の様子。
(魚を、生で食べてる。)
サーシャは、すでに得体の知れない恐怖を感じていた。
とても、気軽に食べられるような食品ではない。
「……あの、ちょっといいかしら。」
「はい?」
店主に、声をかけ。
「わたしの方には、ちゃんと火を通してちょうだい。」
若干怒り気味に、サーシャは要求した。
◇ 今日のカード召喚 62日目
寿司屋にて。
ミレイはトイレに行き、サーシャはカウンターでげんなり中。
何かしらの力が使われたのか。
トイレの中から、若干の光が漏れていた。
「貴女、トイレでカード使ってた?」
戻ってきたミレイに、サーシャが尋ねる。
「……すみません、つい癖で。」
トイレから光が漏れるなど、事情を知らなければ驚きである。
「で、どういうカードが手に入ったの?」
「えっと。」
何もといえない表情で、ミレイは新しいカードを具現化する。
1つ星 『ジャイロウィングの模型』
大人気のロボット戦士、ジャイロウィングの模型。定価7500円。
「……ジャイロウィングってなに?」
「……さぁ。」
きっとそれは、永遠の謎である。