この装備は呪われています
何気なく都会の街並みを散策して、ソルティアには1つ”欲しい物”が出来た。
その欲しい物を買うための資金を集めるため、”例の通り魔退治”に乗り出したのである。
とはいえ、ソルティアの冒険者ランクは”Dランク”。単独で討伐依頼を受けることは、本来ならば不可能である。
だがしかし、”勝てば良い”という理屈で、ソルティアは勝手に通り魔退治に参戦した。仮にも、元受付嬢とは思えない行動である。
彼女の欲しい物も、可愛らしい服などという普通のものではなく。
気になった、”新しい武器”。
通り魔退治の報酬金を得るため、修行仲間の”パンダファイター”とともに夜の住宅街に踏み込み。
そこでソルティアは、”怪物”と遭遇した。
◇
路地裏で通り魔を探すミレイたちのもとに、刀を持ったソルティアがやって来る。それだけなら、何の問題もないのだが。
彼女の持つ刀には”血液”が付着しており、その雰囲気も剣呑そのものであった。
そんな彼女の姿を見て、ミレイは最悪のパターンを予想する。
「ソルティアが、通り魔なの?」
「……ミレイさん。お願いですから、動かないでください。」
残念ながら。”手負い”のソルティアには、ミレイの問いに答える余裕はなく。
”最大の問題”に対処するため、一切の迷いなく。
全力で刀を振るった。
魔力と技によって構築された斬撃が、まっすぐとミレイに向かって飛んでいく。
その斬撃の美しさに、同じ剣士であるヘレンは瞳を奪われ。
フェイトは咄嗟に止めようとするも。
その動きを、キララが制止する。
唯一、ミレイだけは、反応すら出来ずに斬撃を待ち構え。
それが迫る、直前に。
手に持っていた”人形”が動き出し。
カラカラと音のなるおもちゃで、ソルティアの斬撃を受け止めた。
斬撃は、おもちゃによって弾かれ。
軌道が逸れたことで、周囲の建物に亀裂が入る。
「ハハ。しつこいナ、オマエ。」
人形が、言葉を発し。
それを持つミレイは、ただただ驚くのみ。
キララも、フェイトも。言葉を発するまで、その人形の存在に”気づいていなかった”。
まるで、唐突に”命が宿った”かのように。
人形が得体の知れない雰囲気を纏い出す。
「強い奴ら、集まってキタ。面白イ!」
人形は興奮した様子で。
手に持っていたおもちゃが光を発し、”切れ味の鋭い包丁”へと変形する。
紛うことなき、”殺人ドール”の誕生であった。
「ちょっとミレイ、さっさとそいつから離れなさい!」
フェイトが声を上げるも。
「は、離れない!」
「はぁ!?」
何らかの力が働いているのか。人形を持った状態でミレイの腕は固定されており、離れることが出来なかった。
『この装備は呪われています。外せません。』
「そんなぁ。」
謎の声が脳内に響き、ミレイは絶望する。
「みんな助けて! この人形、呪われてる!」
「ほんと、期待を裏切らないわね!」
フェイトは氷の塊を弾丸のように発射し、呪いの人形を狙い撃つ。
手加減しているとはいえ、かなりの威力を持つ攻撃であったが。
人形は見事な包丁さばきで、氷の弾丸を打ち砕いた。
「ああっ、こいつ意外と強い。」
人形を離せないまま、ミレイは軽いパニックに陥る。
「サフラ、剥がして!」
『……了解した。』
主のピンチを救うため、真っ白な触手がミレイの体から発生する。
「おおっト!」
呪いの人形も、流石に触手には驚いたのか。咄嗟にミレイの体から離れていく。
「バカなガキかと思ったガ、”ゲテモノ”だったカ。」
人形は身軽に飛び跳ね、器用にも壁にくっつく。
”敵がミレイから離れた”。
それを認識した瞬間、他のメンバーの動きは早かった。
キララの放つ、魔法の矢に。
続けてフェイトは、手加減なしの氷の剣を射出する。
「ハハッ。」
凄まじい精度、速度を有する攻撃であったが。人形は小さな体で壁を飛び回り、2人の攻撃を完全に回避する。
避けるだけはなく、時には包丁で軌道を逸らし。
超人的(?)な技量を見せつける。
「チッ、ゴキブリみたいに。」
この程度の攻撃では倒せない。そう判断し、フェイトはより強い力を引き出そうとするも。
それを、ソルティアが手で制す。
「住宅街です。範囲攻撃は控えてください。」
「ぐぬぬ。」
案の定、フェイトは思いっ切り”ぶっ放す”つもりであり。
渋々と、力を収めた。
他の面々が見つめる中。
キララは凄まじい量の魔法の矢を放ち。
束になったそれは、まるで虹のように輝く。
人形は、キララの攻撃を正面から受け止め、時には回避し。
美しい虹色の光が、夜空に舞う。
「……イイ、センスだ。」
キララの放つ魔力の輝きに、人形は静かに呟いた。
キララの攻撃が止み。
人形が地面に着地すると。
「わたしがやろう。」
次に、ヘレンが人形と対峙する。
激しい攻防のさなか、ミレイはみんなの元へと避難しており。
心配そうにヘレンを見つめる。
「大丈夫かな。」
「心配はないかと。彼女、”相当のやり手”です。」
未だ、動きの1つも見ていないものの。
ソルティアは、ヘレンをそう称した。
◇
その戦いは、とても熾烈なものであった。
全身に魔力を纏うヘレンの動きは、非常に洗練されており。
まっすぐ、淀みない剣撃を繰り出していく。
ひたすらに、”斬る”ことに特化したソルティアの動きとは違い。
彼女の剣技は騎士として完成されていた。
しかし、そんなヘレンの技を持ってしてなお。
人形を打倒することは叶わず。
剣と包丁、一進一退の攻防が繰り広げられる。
(ふざけた風貌だが、技の鋭さは本物か。)
刃をぶつけ合い。
戦いの中で、ヘレンは人形の強さを実感する。
繰り返し、繰り返し、技を叩き込み。
そして、嫌でも気づいてしまう。
”剣技だけでは、敵わないであろうと”。
「……癪だが、”奥の手”を使わせてもらう。」
自らの未熟さが知れるため、今まで封じていたが。
天より授けられた力、”アビリティカード”を起動する。
4つ星 『シャドウ・オブ・サドバリー』
”影の力”に、ヘレンの体が染まっていく。
黒に、塗りつぶされていくように。
周囲の闇と同化し、その姿が完全に消えてしまった。
「おおー、凄い。」
闇に紛れる、その技に。ミレイは単純に驚く。
まるで、完全に消えてしまったかのようで。
魔力に敏感な、他の面々にも察知することが出来ない。
それは、敵対する相手にも同様であり。
地面から、突如剣が現れ。
人形はそれを回避しようとするも、反応が遅れ。
左腕が、切り落とされる。
「……なるほどナ。」
飛び跳ね、壁に張り付きながら。
人形はヘレンの能力を考える。
いくら回避しても、飛び跳ねても。
暗闇から剣が現れ、先回りするように人形を襲う。
どこから現れるか分からず、感知することもできず。
”夜”という時間において、彼女の持つ力は圧倒的であった。
しかし、人形はその先を行く。
影と一体化し、こちら側からは感知できないはずの世界を、”更に上の領域”から俯瞰し。
ヘレンが攻撃するよりも速く、包丁を振り下ろす。
「ぐっ。」
包丁は、影の世界を突き破り。
鮮血が舞う。
すると、離れた場所にヘレンが再び実体化する。
剣を持つ腕からは血が流れていた。
「……面白い能力ダ。影への干渉だけでなく、異界創造すら行えるトハ。」
打ち破りながらも、人形はヘレンの持つ力を称賛する。
「一人一人に能力を与えル。”この世界の神”は、随分と――」
悠長に、何かを語る人形であったが。
その不意を突くように。
”本来の大きさに戻ったフェンリル”が、目にも留まらぬ速さで接近し。
”鋭い爪”で、人形の体に襲いかかる。
あまりの速さに、人形は反応すら出来ず。
無惨にも、”粉々に砕かれた”。
「……まじか。」
その、呆気ない幕切れに。
ミレイが唖然とする中。
フェンリルは、勝利の遠吠えを行った。
◇
「ヘレンさん、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。」
フェンリルに砕かれたことで、人形は完全に停止し、同様に魔力も消失した。
負傷したヘレンに、ミレイがキズ薬をぶっかける。
「それと、さん付けは必要ない。わたしは君と”同い年”だ。」
「え。」
ミレイとヘレンは同い年。
とはいえ、”諸々の差”が酷かった。
「ソルティアは大丈夫?」
「ええ。向こうの壁に、パンダさんが埋まっていますが。」
「……なんで?」
真夜中の路地裏で、予想以上の激戦が繰り広げられたものの。
幸いにも、大した負傷者もなく。
一同は、安心する。
しかし、そんなさなか。
破壊された人形、その真上付近に。
”何か”が、発生した。
『――少し、静かにしてもらえるか。』
耳から聞こえる声ではない。
けれども、言葉のようなものが脳内に響き渡り。
たったそれだけで、ミレイたち全員の動きが”静止”してしまう。
魔力も感じられない。
理解不能、得体の知れない力によって抑えつけられ。
体を動かすことが出来なくなる。
人形の残骸の上には、”光のような何か”が漂っていた。
肉眼では捉えることが出来ず。
魔力に敏感な彼女たちの瞳にも、薄っすらとしか認識できない。
『ふぅ。”仮初の体”とはいえ、殺されるのは堪えるな。』
光のような何かは、ゆらゆらと宙に漂い。
ミレイたちは、言葉を返すことすら叶わない。
『”神殺しの獣”が、よりにもよって”そいつ”に飼われているとは。まったくもって、世も末――』
「――ざっけんなッ!」
とはいえ、こちら側にも沸点の低い人物が1人。
怒りに任せた”フェイト”が、その力を解放する。
完全体、天使モードまでは行かないものの。
寸前まで、魔力を爆発させ。
力ずくで体の自由を取り戻す。
『……これは想定外だな。本調子ではなさそうだが、わたしよりも強そうだ。』
その光も、フェイトの力には驚いた様子で。
警戒心をあらわにしてか、ゆっくりと距離を取り始める。
すると、その背後に。
”異界の門”が出現した。
『さらばだ。いい”暇つぶし”になった。』
光は、”自力で開いた門”を通り、元いた世界へと帰っていく。
『1つ、忠告しておくが。――”ガバガバ過ぎるぞ”、この世界は。』
最後に1つ、言い残して。
光が消えると、間を置かずに異界の門も消失した。
◇
「何だったんだろ、今の。」
今度こそ、脅威が過ぎ去り。
残ったのは疑問のみ。
「そうね、話の内容から察するに。異世界から暇つぶし感覚でやって来た、”はた迷惑なバケモノ”、かしら。」
フェイトはそう予想し。
ソルティアは砕かれた人形の残骸に触れる。
「物体に憑依する、悪霊のようなものでしょうか。」
あれが何だったのか。考えようにも、誰も説明することが出来ない。
完全に、理解の外側からやって来た。
けれども、”キララの瞳”は、その本質に微かに届く。
「……多分、だけど。人間だと思う。」
「人間?」
「うん。魔法よりも、”もっと高度な力”を使ってたけど。」
人を超え、魔法使いをも超えた先にある、生命体の”到達点”。
キララ自身、”いずれ辿り着くかもしれない”未来を、ほんの少し目の当たりにした。
(……また、異界の門か。)
この一件、そもそもの要因を、ヘレンは睨みつける。
帝都だけでなく、世界中で多発する異界の門と、それを起因とする事件。
謎の存在の忠告通り、世界は着実に歪んでいた。




