オバケなんてないさ
ギルドの提供する、女子寮の中庭にて。
3つのハンモックが張られ、そこで、ミレイ、キララ、フェイトの3人が横になっている。
天気のいい真っ昼間、木陰で風に揺られつつ。
真ん中で眠るミレイは、魔導書を抱き締めながら熟睡していた。
とはいえ、無条件で寝られるほど、全員の神経は図太くはなく。
「ねぇ、キララ。」
「なーに? フェイトちゃん。」
フェイトとキララは、未だに起きていた。
「ちょっと、気になったんだけど。ピエタでの戦いの時、もしもミレイが、”あの力”を使ってたら。どうなってたかしら。」
「うーん。」
フェイトが、ふと気になったこと。
全員の力を合わせ、異世界から来た巨大な植物に立ち向かった、あの戦いのさなか。
サフラが自死を選び、それをフェイトが止めた時。
もしもミレイが、あの力を行使していたなら。結末はどうなっていたのか。
「そうだね。”止めることは出来ても、助けることは出来なかったかも”。」
「それってつまり、サフラを殺してたってこと?」
「うん。そうなる、かな。」
ミレイが熟睡する中、2人はちょっと真面目な話をする。
「……どっちが、本当なのかしら。あっちのミレイと、こっちのミレイ。」
フェイトは、不安そうにミレイを見つめる。
「わたしも、そうなんだけど。こいつの持ってる力って、どちらかというと”悪寄り”が多いでしょ?」
かつて、生前のフェイトも正義と呼べるような人間ではなかった。むしろ、その対極に位置していたとも言える。
RYNOに封じ込められているのは、”悪しき竜王”の魂。
聖女殺しは、見るからに真っ当な力ではない。
フェンリルも、その根底は人類に仇なす”怪物”である。
黒のカードから呼び出された、それらの力。何の法則性もない、ランダムと言ってしまえば、その通りではあるが。
あまりにも、”偏り”が過ぎるような気がした。
ミレイとの間に、何の関連性もないとは思えない。
それについて、真面目に悩むフェイトであったが。
話を聞くキララは、優しく微笑んでいた。
「ちょっと、なに笑ってんのよ。」
「えー、笑ってないよ〜」
そう言いつつも、やはりキララは笑っている。
「まったく。」
真面目に話す自分が馬鹿だと、フェイトはため息を吐く。
「大丈夫だよ、フェイトちゃん。」
「あんたの言う”大丈夫”って、なんか根拠でもあんの?」
フェイトから見て、キララは掴みどころのない人物である。
ミレイと同じくらい、平常時はヘラヘラと笑っていて。何が、そんなに愉快なのかは分からない。
しかし、ある種の”感覚”という部分では、フェイトをも凌ぐ勘の鋭さを持っていた。
まるで、心を見透かすように。
「わたしもね、良くは分からないんだけど。」
”それ”を、言葉にして表すのは難しい。
けれども、言葉では説明できない何かを、キララは知っている。
「ミレイちゃんは、ミレイちゃんだから。どっちも本当だから、信じてあげて。」
「……意味わかんない。」
”彼女たちの物語は、まだ始まったばかり”。
いつか遠い日に、全てが理解できるだろう。
きっと、何よりも強い。
しかし目覚めは、まだ遠く。
◆◇
「さてと、頑張ろっか。」
「うん!」
夜の帳が下り、冷たい風の吹く住宅街。
道のど真ん中に、ミレイとキララは堂々と立っていた。
昨日の傷の影響で、未だ本調子ではないため。フェイトは魔導書の中で待機し、いざという時のために備えている。
意気揚々と、2人は歩き出した。
「……ねぇ、キララ。」
「なーに?」
「通り魔っていうくらいだから、相手は刃物を持ってるんだよね。」
「そうだろうねぇ。」
「もし目の前に現れたら、どうする?」
「うーん。とりあえず、撃っちゃうかな〜」
中々に恐ろしい言葉だが、この場においては正論である。
戦う準備の完了しているキララを見習って。
自分も武器で固めようと、ミレイは魔導書を開いてみるも。
「……あ。」
主力である、RYNOも聖女殺しも”破損”しており、今現在修復中であった。
(そっか。昨日、わたしが暴れたから。)
記憶にはないものの、自分がカードを使ったのだと理解する。
仕方がないので、別の手段を探ることに。
(相手が普通の奴なら、”蠱惑の魔眼”でどうにかなる。いざという時のために、”フォトンバリア”を腕にセットして、”フェンリル”も呼んでおこう。)
瞳と左手に、魔法の力を宿し。
すぐ側に、子犬モードのフェンリルを召喚する。
本来のサイズでは、大抵の人間がビックリしてしまうため。戦闘時以外は、ずっと子犬モードであった。
「……犬の散歩みたいだ。」
冒険者としての仕事というよりも、日常的な犬の散歩にしか見えない。
それでも、しっかりとやる気を出して。
ミレイたちは住宅街の巡回を始めた。
◇
鼻が効くのか、定かではないが。
警察犬のように臭いを嗅ぎ、フェンリルがなにかに反応する。
「わふ!」
「おっ、なんか見つけた?」
フェンリルが反応したのは、光の届かない真っ暗な路地裏。
音の1つもない、正真正銘の”闇”である。
「……おぅ。」
怖すぎて、ミレイはあらゆるやる気が失せてしまう。
とはいえ、やるしかないため。
キララにくっつきながら、一緒に路地裏へと入っていく。
恐怖に震えまくるミレイとは対象的に、キララは何一つとして恐怖を感じていない。
暗闇等に、恐怖を感じるタイプではなかった。
静寂と暗闇に、ゆっくりと歩みを進め。
「――こらっ!!」
突如聞こえた、大きな声に。
ミレイは心臓が止まりかける。
気を抜いたら、何かが漏れそうな。
大惨事一歩手前の状態で、後ろに振り向く。
するとそこには、白い鎧を身にまとう、”騎士のような女性”が立っていた。
美しく、長い金髪をなびかせ。
どことなく、”マキナ”と似たような雰囲気を纏っている。
「子どもが出歩くような時間じゃないぞ。最近、通り魔が出没すると聞いてないのか?」
「あ、いやー。わたしたち、これでも冒険者でして。」
「ちょうど、その通り魔を探してるんです!」
ミレイたちが事情を説明するものの。
金髪の女騎士は難色を示す。
「お前たち、歳はいくつだ?」
「15です。」
「……は、20歳です。」
毎回、思うが。
なぜ年齢を言うだけで、こうも恥ずかしい思いをしなければならないのか。
「なに、20歳だと?」
女騎士は、ミレイの顔をじっと見つめる。
どう見ても、20歳には見えないその顔を。
「……随分と、童顔だな。」
しかし、彼女は普通に信じた。
「わたしは帝国騎士団、第5部隊隊長の”ヘレン”だ。」
「キララです。」
「ミレイです。」
互いに、自己紹介を行い。
2人が本当に冒険者なのかを知るために、ヘレンは彼女たちの登録証を確認する。
「Cランクと、Eランク。確かに本物か。」
「……Cランク?」
記憶よりも高い、キララの冒険者ランクに。ミレイは戦慄する。
隠し事がバレてしまい、キララは苦笑いを浮かべた。
「とはいえ、お前たちだけでは心配だな。ここはわたしも同行しよう。」
「えっと、いいんですか?」
「ああ。実を言うと、わたしも通り魔退治のためにここに来ている。相手は、Aランク冒険者をも容易く蹴散らす手練れだからな。人は多いほうが良いだろう。」
「へぇ……」
話は、順調に進んでいくものの。
ミレイには、気になることが1つ。
「……ねぇ、通り魔がそんなに強いって、聞いてた?」
「ううん。サーシャさん、言ってなかったと思う。」
肝心なことを伝えない。
それが、帝都の受付嬢クオリティである。
見た目的に、かなり強そうな、ヘレンという強力な仲間を得て。
ミレイたちは、共に通り魔を探すことになった。
◆
”カラカラ”と、音が鳴る。
金属同士のぶつかる、激しい音が響き。
怒号と、悲鳴が聞こえる。
武器を持った冒険者達が、次々と地に伏せ。
その中心では。
鋭い”刀”を持つ、1人の女が立っていた。
「聞こえたか?」
「は、はい。」
遠方から聞こえた、戦いの音に。
ミレイたちも気づく。
「行くぞ。」
急いで、音のした方へと向かった。
とある、路地裏へと到着し。
そこに広がる光景に、ミレイたちは言葉を失う。
「……うそ。」
数にして、10名ほどだろうか。
武装した男女の集団、冒険者たちが”血まみれ”で地面に倒れていた。
至るところに血が飛び散り。
その凄惨さに、ミレイは思わず口元を覆う。
「死ん、でるの?」
人が大勢倒れ、周囲は血の海。
ミレイには衝撃が大きかった。
「……いや、違うな。」
周囲を警戒しつつ、ヘレンは路地裏へと入っていく。
それに続いて、キララも行く。
「まだ息がある。それに、傷もそう深くはないだろう。」
「うん。他の人達も、見た目ほど酷くないと思う。」
大量の血が流れていたが。
”奇跡的に”、冒険者たちは無事であった。
「いっぱい斬られてるけど、どれも急所は外れてる。運が良かったのかな?」
冒険者たちの容態を見ながら、キララがそう呟くも。
ヘレンは、何かを訝しんでいた。
「まだ近くにいるかも知れん。警戒を怠るなよ。」
通り魔への警戒をしつつ、ミレイたちは倒れた冒険者たちの治療を行うことに。
キララは治癒魔法を行使し。
ミレイは2つ星カード”即効性キズ薬”を召喚し、けが人たちにかけまくった。
そして、ある程度の治療が終わり、けが人たちをまとめて寝かせたところで。
まばゆい光と共に、魔導書の中から”フェイト”が具現化する。
「ッ、なんだ、こいつは。」
唐突に現れたフェイトに、ヘレンは驚く。
「えっと、この子は味方なので、大丈夫です。」
「すっごい強いので、頼りになりますよ。」
「……なるほど。」
多少は警戒しつつも、ヘレンはその言葉に納得する。
「話は全部聞いてたわ。わたしも、魔力で周囲を探ってみる。」
「うん。あんまり無理はしないでね。」
少なくとも、この場所に”何か”がいたのは確かである。
フェイトも加わり、ミレイたちは本格的な探索を行うことに。
フェンリルも、狼の嗅覚をもって痕跡を探す。
だが、しかし。
フェイトの魔力、フェンリルの嗅覚をもってしても、何の痕跡も見当たらず。
捜索に難航するミレイたちであったが。
”カラカラ”、と。
見知らぬ音が耳に入り。
ミレイはビックリして振り向くものの。
他のメンバーは、それに気づかない。
不自然さに、気づかぬまま。
ミレイは真っ暗な道の先を見つめ。
横たわる、1体の”人形”の存在に気づく。
(……あれ。さっきまで、こんなの。)
暗闇に、見知らぬ人形。
嫌な予感と、恐怖に慄きつつも。
ミレイは人形に近づいていき。
両手で、優しく持ち上げる。
落ちていた人形は、頭身が低めの子供用の人形であった。
茶色い髪の毛に、可愛らしいドレス。
手には、カラカラと音のなる”棒のようなおもちゃ”が握られている。
「……これが鳴ったのか。」
音の出処がはっきりとし。
一安心するミレイであったが。
その場に現れた、”新たな人影”に。
路地裏の空気は一変する。
「――誰だッ。」
ヘレンは腰に挿した剣を握り。
他のメンバーも、”現れた人物”に警戒する。
人形に気を取られたせいで、反応の遅れたミレイも、そちらに目を向け。
刀を持つ女性。
ミレイもよく知っている彼女。
”ソルティア”と顔を合わせる。
「あー、えっと。彼女も仲間なんで、大丈夫ですよ?」
ミレイが弁解するものの。
ヘレンは警戒を解かない。
「本当に、そうか?」
ソルティアの持つ刀から、僅かに”血”が垂れる。
彼女はそのまま、ゆっくりと刀を構え。
こちらを、睨みつけた。
「……と、通り魔って、まさか。」
ミレイが最悪のパターンを想像する中。
その手に抱かれた人形の目が、妖しく輝いていた。




