洗濯って知ってる?
超越者たちの衝突から一夜が明け。帝都ヨシュアはいつも通りの一日を迎える。
帝都から南に行った地点には、巨大なクレーターが出来ており。
昨日の戦いの大きさを物語っていた。
街を覆っていた防壁は再び地面の中へと収納され。
しかしながら、そのうちの一部分は、未だに展開されたまま。
防壁の上では、タマにゃんが鼻歌交じりに作業を行っていた。
「にゃにゃにゃにゃ〜ん。」
防壁はかなりの高さであり、タマにゃんは完全に1人モードで作業をしている。
するとそこに、1人の訪問者が。
「精が出るな。」
「にゃにゃん! これはこれは、”陛下”にゃん。なにか用にゃん?」
訪問者の正体は、フットワークの軽いこの国の最高権力者、皇帝セラフィム。
タマにゃんとは知り合いなのか、普通に会話をし始める。
「昨日、防壁が起動するのを見た。街を一瞬で覆い、素晴らしい出来映えだった。」
「にゃは〜ん。照れるにゃん。」
タマにゃんは照れくさそうに頭をかき。
”付け耳”が若干ずれるも、すぐに元に戻す。
「それで、防衛機能の開発はどうなっている?」
「まだまだにゃん。完成度は30%、防壁内部に搭載予定の兵器も、試作機がやっと出来た程度にゃん。」
「”例の兵器”か。」
「ちょっと、見てみるにゃん?」
都市防衛のために、タマにゃんが開発している”兵器”。
それを見るために、セラフィムは彼女の研究室へと向かうことにした。
「……これが、そうなのか。」
そこにあったものを、セラフィムは感心した様子で見つめる。
明らかにこの世界の技術ではない、”人型の機械人形”。
ピカピカの”黄色の塗料”でカラーリングされ、右腕だけが存在しない。
そんなロボット。
体育座りをした、”ブラスターボーイ”と見つめ合う。
「やあ、人間さん。」
「おお。言葉を話すとは。」
ブラスターボーイとの邂逅に、感動するセラフィムであったが。
「にゃん! そっちは単なるお隣さんにゃん。ミーの研究室はこっちにゃん。」
全くの見当違いであり。
隣の建屋にある、タマにゃんの研究室へと向かう。
「ほぅ、これか。」
そこにあったのは、1体の”蜘蛛”だった。
鋼鉄のボディを持ち、手足は刃物のように鋭い。
大きさは先程のブラスターボーイと同等程度か。
しかし、あくまでも人間型、生命体としての色を持つ彼とは違い。
その蜘蛛は、”完全なる兵器”であった。
「自律型魔導兵器、”スキュラ”にゃん。」
開発者であるタマにゃんが、蜘蛛型ロボットを紹介する。
「動くのか?」
「にゃー。実はまだ、動力源が出来てないから起動は無理にゃん。」
まだ、動くことは無いものの。
スキュラはすでに大部分が出来上がっていた。
「強さは?」
「もしも、100%のパーフォマンスが発揮できるなら、”Sランク冒険者”とも渡り合えるにゃん。」
「それほどか。」
感心した様子で、セラフィムはスキュラの足に触れる。
「確かに、これが”4つ星の能力”と言われれば、納得はできるか。」
とても鋭く、美しく。
恐ろしい力を秘めた、最強の魔導兵器であった。
「量産は可能だな?」
「にゃん。要望通り、”50機”ほど造る予定にゃん」
「ああ、それで頼む。」
自律型魔導兵器、スキュラ。
もしも完成すれば、Sランク冒険者にも匹敵するという兵器を、50機も量産する。
セラフィムは、本気でそれを求めていた。
「……にゃん。」
これを50機も製造しては、世界のパワーバランスが崩壊してしまう。
たとえ、世界を守るためとはいえ。
”こんなもの”が、本当に必要なのか。
タマにゃんには分からなかった。
◆◇
驚くほど、軽やかに。
ミレイは目を覚ます。
ベッドの上に寝たまま、目をぱっちりと開き。自らの覚醒を自覚する。
それがどれほど久しぶりか、ミレイには分からない。
ゆっくりと、ベッドから起き上がると。
隣の部屋で朝食を作る、キララと顔を合わせた。
「わっ、ミレイちゃんが起きてる。」
「んー、おはよう。」
何気ない朝の挨拶だが、キララは少し驚いた様子。
しかし、ミレイは気にした素振りもなく。
指を咥えたまま、料理をするキララを見つめる。
「あっ、そうだ。朝ごはん食べ終わったら、お風呂に行こうよ。」
「へ?」
一瞬、言葉の意味が理解できず、ミレイは固まる。
「く、臭い?」
「ううん! ミレイちゃんは臭くないよ!」
キララの否定は早かった。
「そう?」
「うん。なんだったら、2~3日は全然オッケーだと思う。」
「いや、オッケーじゃないと思う。」
よく分からない会話をする2人であったが。
キララの口から、ミレイが昨日お酒を飲んで暴走したこと、それをフェイトとマキナが止めたこと。
戦いが終わった後、そのままミレイは眠ってしまい、お風呂に入っていないことを説明される。
「お風呂終わったら、フェイトちゃんの部屋に行ったほうが良いよ?」
「おぅ。」
起きて早々、ミレイは絶望した。
◇
寮の大浴場にて、ミレイは朝風呂を満喫する。
”当然のように、キララも一緒である”。
「昨日、入ってなかったの?」
「え? 入ったけど……」
首を傾げるキララを見て。
自分がおかしいのだろうかと、ミレイは混乱する。
「「ふぃ〜」」
とはいえ、やはり朝風呂にはいつもと違う良さがあり。
2人は心地良くまったりする。
そんな中、ミレイは何となく黒のカードを起動した。
久々のお風呂召喚。
面白いおもちゃでも出てこないかと、期待してみるものの。
1つ星 『クロゴキブリ』
家の中で見かけるタイプのゴキブリ。1匹いたら、100匹はいる。
「ひぃ。」
あまりの恐怖に、ミレイは召喚したカードを湯船に落とした。
おそらく、もう2度と見ることはないであろう。
◇
「ふぅ。」
朝風呂に入った後。
ミレイは1人で、寮にあるフェイトの部屋の前にやって来る。
キララから聞いた、昨日の戦いの話を思い出しながら。
恐る恐る、ドアをノックする。
「……あの、清掃業者の者ですけど。」
それで、態度が軟化するとでも思ったのか。
清掃業者を名乗るミレイであったが。
「――っ、ちょ、ちょっと待ってなさい!」
不思議と、部屋の主は慌てていた。
「おぅ。」
フェイトに招き入れられ、部屋に一歩踏み込んだ瞬間。
ミレイは言葉を失った。
「なっ、何よ。」
部屋のど真ん中では、腕に包帯を巻いたフェイトが顔を赤らめている。
それはそれで、中々に衝撃的だが。
それ以上に、”汚い部屋”に目を奪われる。
流石に、入居して5日程度。カミーラのゴミ屋敷ほどではないものの。
大量のゴミが床に散乱し、どこから持ってきたのか分厚い本が、無造作に積み上げられていた。
「汚いなら汚いって、そう言えばいいじゃない。」
「いや、まぁ。もっと酷いのも知ってるし。」
僅か数日でこれなら、大したものだが。ゴミ屋敷に比べれば可愛いものである。
ちゃちゃっと掃除をしようと、意気込むミレイであったが。
頭の上に、”真っ白なパンツ”が落ちてくる。
「……なんで?」
フェイトの物と思われる、その下着を握りしめながら。
ミレイは、ゆっくりと顔を上げ。
「嘘、だろ。」
天井には、”もう一つの汚部屋”があった。
魔法で維持されているのか。
重力に逆らって、大量のゴミや衣類が天井に張り付いている。
部屋の汚さを半分に見せ、”見栄を張るために”。
フェイトは、魔法で隠蔽工作を行っていた。
「ちっちゃいから、気づかないと思ったのに。」
「流石におこだよ。」
そんなこんなで、フェイトの部屋の掃除を行うことになった。
右腕に包帯を巻いたフェイトは、ベッドに座ったまま。
ミレイは鼻歌交じりにゴミを片付けていくも、流石に量に圧倒される。
「ねぇ、”ゴミ捨て場”って知ってる?」
「ええ。ゴミがいっぱい置いてある場所でしょ。」
フェイトは本気でそう思っている。
「ゴミはかごに入れてさ。いっぱいになったら、ゴミ捨て場に持っていこうよ。」
「それって、わたしがやるの?」
それも、もちろん本気である。
「フェイトさんや。明らかに、数日で着る量の服じゃないんだけど、どういうこと?」
「試着して、気に入らなかった服よ。」
「……買ってから試着してるの?」
フェイトの生態に、ミレイは驚きが止まらない。
「洗濯って、普段はどうやってやってるの?」
「センタク?」
残念ながら、フェイトの辞書には無い言葉であった。
かわいい年下の世話をする。
考えようによっては、微笑ましい作業ではあるが。
フェイトに対しては、なにか根本的な教育が必要なのかも知れない。
そんな様々な発見もありつつ。
ミレイは順調にフェイトの部屋を片付けていく。
そして、積み上げられた大量の本に着手し始め。
「これって、絵本?」
まさかの大量の絵本に手が止まる。
「フェイト、こういうの好きなの?」
「好きじゃないわ。勉強のために借りてるだけ。」
「へぇ。」
借りているのなら、もっとしっかりと管理するべきである。
「こんなので勉強になるの?」
「まぁ、初歩的な部分には丁度いいわ。いきなり難しい文章じゃ、単語も覚えられないし。」
「それな。」
何となく、ミレイは分かった感じで返事をするものの。
彼女たちの間には、根本的な勘違いがあった。
「そういえばあんた、ギルドに貼ってあった注意書きも読めてたわね。じゃあ、依頼票とかも読めるの?」
「依頼票? いや、まぁ。依頼票は別に、最初っから読めてたけど。」
「最初っからってどういう意味よ。あんただって、この世界の文字は初めてだったでしょ?」
「……え。」
そして、ミレイは思い出す。
この世界に来たばかりの時、花の都のギルドで初めて依頼票を見て。
知らない文字だと思いつつも、何故か最初から読めていたことを。
”読めるなら良いや”と、完全にほったらかしにしていた。
「もしかしてわたし、”文字の天才”なんじゃ。」
「なわけないでしょ。」
何故か、この世界の文字が読める。
その理由も、ミレイの記憶にはなかった。
◇
「ちょっと、言い忘れてたんだけど。」
ある程度、部屋の片付けも終わり。
ミレイは改まって、フェイトに向かい合う。
「その腕、ごめんね。」
昨日の戦い、ミレイの暴走がもたらしたフェイトの傷。
それに対して謝罪をする。
「別に、気にしなくていいわ。そもそも、あんたが暴走したのだって、わたし達が”乗せすぎたせい”だし。」
多少強くなった程度、何の問題もない。
そう慢心した結果、フェイトは手痛い火傷をした。
「それに、わたしなんて軽いほうよ。マキナなんて、”腹に聖女殺し”がぶっ刺さってたわ。」
「えぇ……」
どう謝れば良いのか。
そもそも、どこに行けば謝れるのか。
ミレイは悩んだ。




