ほんとのちから
感想等、ありがとうございます。
『市民の皆様へお知らせします。現在、緊急事態発生のため、都市防衛機能が発動しました。”非常に大規模な戦闘”が予想されるため、市民の皆様は該当地域からの避難、及び屋内での待機をお願いします。』
帝都全域で警報が鳴り響き。防衛機能の1つなのか、帝都を覆うような形で”分厚い金属製の壁”が出現する。
魔法というよりかは、機械的にも見えるその防壁。他国だけでなく、”異世界の技術”をも取り入れて開発された最強の防壁であった。
この防壁の存在により、帝都は外部からの脅威には非常に高い防御力を持つ。
しかし、”今回発生した脅威”に関しては、防壁程度でどうにかなるような問題ではなかった。
『事態への対処は”マキナ”によって行われているため、他の冒険者の方々は決して手を出さないようにしてください。また、陛下の安全確保のため、騎士団の方々は宮殿へ集結してください。』
波乱の夜の幕開け。
帝都全域がパニックに包まれる中。
崩れかけのバーで、フェイトとマキナという世界最強クラスの2人が、”恐怖の体現者”と対峙する。
ミレイの体からは、怒りに満ちた”どす黒い魔力”が溢れ出す。
それと、真っ向から立ち向かえる存在は、世界広しと言えど彼女たちくらいなもの。
「フェイトさん。出来れば戦場を、街の外へ移したいのですが。」
「分かってるわよ、それくらい。」
この場で戦闘を始めれば、確実に膨大な数の死人が出る。
知らない人間がどれだけ死のうが、フェイトにはどうでもいい。
だが、もしもミレイが元の姿に戻って、”自分の起こした惨劇”を知ってしまったら。
そんな未来だけは、絶対に避けなければならない。
ミレイを街の外に連れ出すため、
「――この”ちび女”!! 悔しかったら、かかってきなさい!」
フェイトは挑発を行うと。
翼をはためかせ、超スピードでその場から離脱する。
マキナは、一瞬唖然としていたが。
すぐさま光を纏い、フェイトに追従した。
夜空の下を、フェイトとマキナが飛翔する。
「フェイトさん、もっと挑発に相応しい言葉があったのでは?」
「うっさい! そんくらいしか思い浮かばなかったのよ!」
ちび女。敵を誘い出すための言葉としては、あまりにも幼稚なワードであったが。
”沸点の低い彼女”には、それだけで十分だったのか。
「貴様ら、全身を引き裂いてやるッ!!」
機械の翼を展開したミレイが、鬼のような形相で追いかけてくる。
とりあえず、誘導には成功した。
「……なるほど。」
追いかけてくるミレイに、マキナはなんとも言えない表情をする。
「服装と髪の色からして、まさかとは思いますが。あれは、ミレイさんですか?」
「そうよ。酒を飲んだら強くなるとか、暴走するとか言ってて。まぁどうせ、大したことないんでしょって、思ってたんだけど。」
フェイトは、先程までの慢心をひどく後悔する。
「とんだ”化け物”だわ。」
「ですね。」
まさか、夢にも思わない出来事である。
小さくて、人畜無害にしか見えないミレイが、酒1つでこうも変わってしまうとは。
何かが、おかしかった。
世界の理に触れるような、致命的な”バグ”のように。
「とりあえず、あいつは翼が無いと飛べないから、優先して――」
「――ごちゃごちゃと、やかましいッ!!」
2人を追いかけるミレイが、その手に”聖女殺し”を展開し。
巨大な漆黒の斬撃を放つ。
「ここはわたしが。」
”光の剣”を生み出し。
マキナが漆黒の斬撃を迎え撃つものの。
「ぐっ。」
今のミレイが放つ一撃は、込められた力が尋常ではなく。
マキナは斬撃を受け止めきれず。
凄まじい勢いで、地面の方向へと吹き飛ばされる。
落下地点には川があり。
マキナの墜落と共に、激しく水しぶきが舞った。
そして、ミレイの攻撃はそれだけに留まらず。
落下地点の上空で停止し、その右腕に真っ赤なガントレット、”RYNO”を展開。
下に向かって、砲撃を放つ体勢で魔力をチャージし始める。
「させるかっての!」
当然ながら、フェイトはそれを黙って見ているわけもなく。
RYNOに対抗するべく、右手に冷気を凝縮。
急接近して殴りかかり。
それに対してミレイも、炎の砲撃を解き放つ。
RYNOの火炎と、フェイトの冷気がぶつかり合う。
双方ともに、尋常ならざる力が込められていたが。
「チッ。」
やはり、4つ星のRYNOと、5つ星のフェイトでは根本的な能力差があり。
攻撃がぶつかり合う中、徐々にミレイのガントレットが凍りついてく。
そのまま、押し切れるかと思われたが。
ミレイの怒りに呼応する、いや、引っ張られるように。
ガントレットが、その形状を変化させていき。
”真っ赤な装甲”が、ミレイの肩付近まで覆っていく。
すると、放出される火炎の勢いが更に上昇し。
『ガアアアアアァァァッッ!!』
RYNOの悲鳴が上がる中。
火炎と冷気。
拮抗する両者の力が、互いを打ち消し合った。
「嘘でしょ。」
まさか、力が拮抗するとは思わず。
驚きつつも、フェイトはミレイとの距離を取る。
そのまま、睨み合う両者であったが。
「――腕の一本、我慢してください。」
目にも留まらぬ速さで、光り輝くマキナがミレイの背後を取り。
聖女殺しを持つ左腕に、光の斬撃を叩きつける。
命さえ無事なら、いくらでも治療はできる。
それを前提にした、覚悟の一撃であったが。
光の斬撃がミレイの肌に触れた瞬間。
剣を構築していた”光の魔力”が、ものの見事に散ってしまう。
「なっ。」
「忘れたのか? ”こいつ”を。」
ミレイの体から、無数の”真っ白な触手”が伸び。
拘束するように、マキナの体に巻き付く。
「ぐっ。」
フェイトとマキナ。彼女たちの意識からは、その存在が完全に抜け落ちていたが。
ミレイと一つになっているサフラは、あの”緑の巨獣”とも融合していた過去があり。
”光と冷気への耐性”をも、そのまま受け継いでいた。
「ふっ、そのまま首を落としてやる。」
右腕のRYNOでフェイトを牽制したまま、ミレイは聖女殺しを構えると。
マキナの首をはねるため、漆黒の斬撃を生み出し。
その腕が、止められる。
他でもない、”白い触手”によって。
「なに?」
マキナを拘束していた触手が解け。
その代わりに、ミレイの体に巻き付いていく。
彼女の暴走を止めるために。
その気になれば、サフラは巨大な化け物をも制御可能である。
しかし今のミレイは、それよりも遥かに強く。
「どいつもこいつも、わたしの邪魔をするな!!」
自分の体からサフラを無理矢理に引き剥がし。
無造作に放り投げる。
「ったく。」
落下していく触手の塊を、フェイトが受け止めた。
「アンタ、ほっといたら死んじゃうんでしょ? 今だけ特別、わたしにくっついてなさい。」
サフラがフェイトの腕に絡みつく。
『すまない、止めようとはしたが。』
「ええ。ほんっと、とんだじゃじゃ馬だわ。」
滞空状態で、ミレイの動きを見つつ。
そこにマキナも合流する。
「これは、一筋縄では行きませんね。」
「ええ、どういう理屈か知らないけど。カードの能力も、あいつが普段使ってるときより強化されてる。少なくとも、あのガントレットをどうにかしないと。」
ミレイの肩まで覆うほど、形状変化をしたRYNOのガントレット。
その威力は、平常時よりも数段上がっており。
明らかに、4つ星の域を超えていた。
「なるほど。ではやはり、腕の一本、我慢してもらうしかないですね。」
マキナは能力を起動し。
体から、光の魔力が溢れ出す。
フェイトの相性が悪いのなら、などという理由ではなく。
”最強の冒険者”として、自分自身の手で問題を解決するために。
「アンタの能力って、”光を操る力”、でいいのよね?」
「いいえ、正確に言えば。4つ星カード、聖剣IV=ミューラーの、……”残骸”です。」
自分の中に残る、聖剣の力を呼び覚まし。
”その体は剣のように硬く、光を放つ特性を得た”。
「アンタまさか、自分のアビリティカードと?」
「はい。これが、”最も愚かな冒険者”の末路です。」
マキナは、人間でありながら、同時に剣でもある。
敬愛する皇帝セラフィムと、帝国を守るための”武器”。
ゆえにこそ、これほどまでの力を手に入れた。
「彼女を止めましょう。」
その身を光に変えながら。
ミレイを止めるべく、マキナは”加速”する。
◆
「隊長、陛下の姿が見えません!」
「またかっ!」
ハートレイ宮殿にて、騎士たちが混乱する中。
出現した防壁の上では。
飛行可能なキララと、彼女に連れられたイーニアが、遥か遠方の戦いを見つめていた。
「……何よ、あれ。」
目に映る風景に、イーニアは言葉を失う。
炎と氷。
巨大な力は形を変え、2体の竜となり、激しい衝突を繰り返す。
人の身では抗えない、天災のように。
そんな、巨大な力の渦の中を。
確かな輝きを放つ、1つの”流星”が駆け巡る。
力の大きさでは敵わなくとも、より速く、より鋭く。
2つの巨大な力に食らいついていく。
”炎と氷と、一筋の光”。
その光景は、とても恐ろしくもあり。
同時に、美しかった。
「――まったく、驚きだな。」
突如、すぐ近くから聞こえた声に、キララとイーニアは驚くと。
そこには、映像でもよく見た白髪の美女、”皇帝セラフィム”が立っていた。
目の付近には魔法陣が展開されており、遠方の戦いをより詳細に見つめている。
「陛下!? お、お久しぶりです!」
腐っても、相手は国のトップ。
イーニアはささっと姿勢を正すも。
「ん?」
初対面であるキララは、不思議そうに首を傾げる。
「そうかしこまる必要はない。気軽に、”セラフィム・アルバ・ボルケーノ皇帝陛下”と呼ぶがいい。」
「……あ、はい。」
よく分からない冗談に、イーニアも緊張が解けた。
「それにしても、久しぶりだなイーニア。そっちの少女は、”初めまして”か。」
「えっと、わたしは……」
田舎暮らしのキララには、本当に縁のなかった、皇帝陛下との遭遇。
失礼にならないよう、自己紹介をしようとするも。
やはりキララには、何かが引っかかり。
「……もしかして、”師匠”?」
自分の直感に従って、セラフィムにそう呼びかける。
イーニアからしてみれば、またいつもの天然かと、呆れ果てるも。
セラフィムは、驚きに目を見開いていた。
「ふっ。相変わらず、異常なほどに勘が良いな、キララ。」
「あー、やっぱり!」
見た目も雰囲気も立場も、何もかも違うものの。
自分たちに魔法を教えてくれた師匠、”パーシヴァル”との再開に、キララは喜びをあらわにした。
「”異世界からの脅威”。それに対抗するための戦士を育てるために、武道大会の開催を決めたが。まさか身近に、あれ程の存在がいたとはな。」
皇帝セラフィムと共に、キララとイーニアは超越者たちの戦いを見つめる。
「わたしの知る限り、最強は間違いなくマキナだったが。あの2つの存在の前では、奴ですら霞んで見える。」
セラフィムとイーニアに関しては、とても真剣な眼差しで見つめていたが。
「師匠! お婆ちゃんの姿が本当なんですか? それとも、今の姿が本当ですか?」
「……あの変身は、かつての”わたしの師”を模したものだ。ゆえに、今の姿が本当だ。」
久方ぶりの師匠との再会に、キララはテンションが上っていた。
「すっごく綺麗で若いけど、それも魔法の力なんですか?」
「強い魔力の持ち主は、老化が遅いだけだ。」
戦闘をそっちのけで、セラフィムに質問攻めをする。
「すっごく偉い人なのに、どうしてあちこち旅してたんですか?」
「……おい。」
あまりの質問攻めに、流石の皇帝陛下も呆れ果てる。
「キララ。貴様はあれが恐ろしくはないのか?」
まるで、”これまでの常識を破壊するかのように”。
最強の冒険者をも凌駕する、異世界からの来訪者たち。
もしも、あれが真に”敵”だったとしたら。
全てのSランクを集めた所で、果たして対処が可能なのか。
セラフィムも、イーニアも。
それを真剣に考えながら見つめていた。
しかしそれは、守護者としての責務。
未だ、世間知らずのキララには分からない。
「……確かに、すっごく強いけど。あれはミレイちゃんだから。」
その瞳には、他人とは違うものが見えている。
「ちゃんと、”そこに居るから”。大丈夫です。」
初めから何一つ、キララは心配せずに。
事の顛末を見つめていた
◆
巨大な力の渦の中心で、炎を放ち続けるミレイであったが。
視界の中で、縦横無尽に飛び回る”閃光”に、度々妨害を受け。
苛立ちを募らせる。
「ちょろちょろと、鬱陶しいッ!」
閃光を撃ち落とすべく、聖女殺しを振り回し。
大量に放たれた漆黒の斬撃が、閃光を、マキナを追尾する。
マキナは斬撃の雨に晒されながらも。
それでも必死に、ただ一点を見つめ続け。
一瞬の隙間を縫って、ミレイの右腕、ガントレットに攻撃を届かせる。
「貴様ッ。」
「わたしにも、プライドがありますのでッ。」
カウンターとして振るわれた、”聖女殺しの刃を身体に受けながらも”。
剣と化したマキナの腕が、ガントレットに深々と突き刺さり。
完全に、その能力を打ち砕く。
「くっ、役立たずめ。」
「ふっ。」
砕けたRYNOに向かって、悪態をつくミレイを見つめながら。
深いダメージを負ったマキナは、そのまま地面へと落下してく。
けれども、その表情は柔らかかった。
炎が消えたことで、”ようやく本領を発揮できる味方”が、視界の端に見えたがゆえに。
「――さっ、終わらせるわよ!」
荒れ狂う炎の嵐が消失し、自身を阻むものがなくなり。
フェイトはその手に、持ち得る全ての力を集中させる。
冷気という単純な力、単純な概念。
彼女の魂に刻まれた、たった1つの”理想”を凝縮させ。
力強く握られた、”右の拳”に纏わせる。
「死なない程度に、ぶっ飛ばす!」
終わりの一撃を放つため。
フェイトは翼をはためかせ、ミレイの元へと飛翔する。
それを、睨みつけながらも、ミレイには対抗する手段がなかった。
RYNOは砕かれ、聖女殺しも刃が欠けている。
「チッ。」
それでも、ミレイの往生際は悪く。
とっさの判断で、その手に”黒のカード”を出現させる。
より強い運命を引き当てるために。
「来い、”全てを破壊する力”を、このわたしに。」
真っ黒な怒りと念を、カードに込めると。
”その願望を拒絶するような”、甲高い音がカードから鳴り響き。
同時に発生した光の輪から、新たなるアビリティカードが出現する。
ミレイはそれを、迷わず具現化し。
「なっ!?」
”現れたモノ”に、言葉を失う。
1つ星 『ふわふわボーン』
骨の形をした犬用のおもちゃ。ぬいぐるみのような柔らかい素材で、飼い主も安心。
ミレイの手に握られたのは、白くてふわふわとした犬のおもちゃ。
どうひっくり返っても、武器になるような代物ではない。
「……この、クズがッ。」
手に入った能力と、それを生み出した黒のカードに、ミレイは悪態をつく。
”全てを破壊する力”。
どれだけ強く願ったとしても、黒のカードは決して”その願い”を叶えはしない。
60日前、ミレイの手によって初めて起動した時から。
このカードの”在り方”は、すでに決まっていた。
「クズなんかじゃない。」
翼を広げ、フェイトが迫る。
「――アンタのそれは、”守るための力”でしょうがッ!!」
「ぐっ。」
フェイトの言葉を受け。
今のミレイを構築していた、”何か”がひび割れた。
揺らぐ、赤い瞳のまま。
強烈な一撃を、ミレイはその身に浴びる。
誰も死なず、誰も悲しまず。
彼女の暴走は、そうして幕を閉じた。




