そんなに見つめないで
「ねぇ、わたし達これから飲みに行くんだけど、2人もどう?」
最終日の仕事も終わり、ミレイとイーニアが人の居ないギルドでまったりとしていると。サーシャたち、他の受付嬢に飲みに誘われる。
数日間、一緒に仕事をし、普通に仲良くなったため。素直に嬉しいお誘いであったが。
ミレイには1つ、気になることがあった。
「……わたしも、お酒飲んでいいのかな?」
今までミレイは、お酒を飲んでみたいと思いつつも、イリスやカーミラによって阻まれてきた。
そして今、この街に彼女たちは居ない。
ミレイはとにかく、お酒を飲んでみたかった。
「そういえば、20歳だったわね、貴女。……見た目的には、アレだけど。飲んでもいいんじゃない?」
「いやぁ、その。」
ミレイが気にしているのは、そんな当たり前の事ではなく。
「あぁ、”例の問題”ね。」
それを思い出したイーニアは、ミレイのお酒事情をみんなに説明する。
その1、ミレイはお酒を飲んだら大きくなるらしい。
その2、大きくなったミレイは、普段の彼女とは比較にならないほど強くなる。
その3、おまけに性格が豹変し、悪魔のように凶悪になるらしい。
以上の内容を、他の面々に伝えるものの。
彼女たちにはどうしても信じられない様子。
「強くなるって、どの程度なの?」
「そうね。聞いた話が確かなら、”イリス”を一方的にボコボコにしたらしいわ。」
「「「イリス!?」」」
その具体的な名前に、受付嬢たちは驚きをあらわにする。
「イリスって、あのSランクの?」
「めちゃくちゃ強い人ですよね。」
「あの能力も態度も身体もデカい人を?」
「ちょっと、信じられないわね。」
「そうそう。逆なら全然あり得そうだけど。」
とはいえ、普段のミレイを散々見てきた彼女たちには、到底信じられることではなかった。
「まぁ確かに、初めて会った日に、デコピンで気絶させられたけど。」
ミレイは苦い記憶を思い出す。
「それで貴女は、お酒が飲めないってこと?」
「うん。でもせっかく20歳になったんだから、やっぱり飲んでみたくて。」
正確には、何度か飲んだことがあるのだが。ミレイには記憶がなかった。
お酒を飲んでみたいというミレイの主張と、イーニアから聞かされた、”例の暴走”のこと。それらを加味して、サーシャたち受付嬢は今日の飲み会について考える。
「どうする?」
「彼女がSランクをボコボコにって、正直信じられないんだけど。」
やはり気になるのは、例の暴走の信憑性について。
普段のミレイは、”触手の生えたちっこい奴”という印象であり。たとえお酒を飲んで性格が豹変したとしても、大した問題になるは思えない。
「イーニア。友達の貴女から見て、その話は本当だと思う?」
「そうね。……確かに、普段のこいつから考えて、そんな事はありえないと思うけど。」
ミレイという人間と出会って、今まで側で過ごしてきて。総合的な観点で、イーニアは判断する。
「”ポテンシャル的”には、可能性があると思う。」
「……マジ?」
普段のミレイを見ていれば、確かに人畜無害な普通の人間である。
しかし、フェイトを筆頭に。明らかに”人の手に余る能力”を、その身に宿しているのも事実であった。
◆
夜、お洒落なバーの店先にて。
「それで、わたし達が呼ばれたわけね。」
「ふふっ。」
「ええ。」
ミレイとイーニアだけでなく、フェイト、キララ、ソルティアといういつものメンバーが集まっていた。
「いや〜、飲みに誘われちゃったからさぁ。」
全ては、ミレイの暴走を抑制するため。
もし仮に、本当にミレイが豹変したとしても。これだけのメンバーが揃っていれば、大した問題にはならないであろう。という理由で集められた。
「実際に見たことあるのは、キララとソルティアよね? どうかしら。この面子なら、ミレイを止められそう?」
「……とめる?」
「どう、でしょう。フェイトさんもいるので、大丈夫だとは思いますが。」
キララもソルティアも、その問いには回答を濁らせる。
実際のところ、その問題を左右するのは2人ではなく、一番強い”フェイト”なのだから。
「……その暴走したミレイが、”ブラックヘッド”を倒したのよね?」
「はい。間違いないです。ついでに、アマルガムも真っ二つにしてました。」
「そう。」
ソルティアの証言を加味して、フェイトは考える。
(昔のわたしでも、ブラックヘッドを倒せるだけの実力はあったはず。それに、今は当時よりもずっと強い。)
「――安心しなさい。このわたしがいる限り、絶対に問題は起こらないわ!」
フェイトは力強く宣言し。
一行は、バーの中へと入っていった。
◇
客の少ない、ほぼ貸切状態のバーで。受付嬢たちと、年齢的に問題のないソルティアはお酒を飲み。他のメンバーは食事のみを楽しむ。
受付嬢も冒険者も、双方共に癖の強い連中の集まりであり。こいつらは、”遠慮する必要のない連中なんだ”、という認識になると。またたく間に打ち解けていった。
そして、ある程度食事も進んだ所で。
本日の”メインイベント”が始まる。
バーの一角、小さなステージのような場所に、グラスを持ったミレイが立つ。
他のメンバーはそれを面白そうに見つめており、ミレイは若干顔が引きつっていた。
「ほらほら、さっさと飲みなさいよ!」
「う、うっさい。見世物じゃないぞ。」
フェイトからのヤジに、ミレイは一層緊張してしまう。
「ミレイちゃん、頑張って〜」
「この店なら、最悪吐いても大丈夫だから!」
店のマスターからしたら、たまったものではない。
「……うぅ。わたしは純粋に、お酒を飲んでみたいだけなのに。」
みんなの視線を浴びながら、ミレイはゆっくりとグラスを口に近づけていく。
キララも、フェイトも。受付のメンバー達も。お気楽にそれを見つめていたが。
その中で、イーニアは唐突に頭が冷える。
脳裏に浮かぶのは、ピエタで行ったミレイの復活記念パーティでの光景。
酒を飲もうとするミレイと、それを全力で止めようとするイリスとカミーラ。
その時と今とでは、状況も何かも違い、フェイトという絶対的なストッパーも存在する。
だがしかし、実際に暴走した様子を見たことのある2人のうち、頭の緩いキララは置いておいて。
もう一人、ソルティアが。
静かに”刀”を具現化させていたのを、イーニアは見逃さなかった。
そして、ミレイがグラスに口をつけ、その中身を飲み込むと。
瞬間、光が弾けた。
「――くッ!?」
溢れ出すような、爆発的な魔力の濁流を浴びせられ。
のんきに見つめていた面々は、衝撃によって吹き飛ばされる。
唯一、すでに臨戦態勢に入っていたソルティアは、自身に向かってくる魔力の波動を切断し。
フェイトは、自身も同等の魔力を発することで衝撃を受け止めていた。
「イッたた。」
知っていながらも、キララは楽しそうに吹き飛ばされ。
イーニアと他の受付嬢たちは、突然の衝撃波に唖然となる。
衝撃を打ち消したフェイトと、斬り捨てたソルティア。
その2人が見つめる中。
”圧倒的な魔力を放つ生命体”が、この世界に降臨する。
(……冗談でしょ。)
それと、真正面から対峙しながら、フェイトは思わず冷や汗を流す。
どれだけ前情報を聞かされても、所詮は”自分よりも弱い連中の言葉”。いざ勝負になったら、自分が負けるはずがない。そんな絶対的な自信を、フェイトは持っていた。
だがしかし、実際にそれを目の当たりにして。
フェイトは初めて、明確な”危機感”を抱いた。
そこに立っていたのは、先程まで”ミレイだったモノ”。
髪の色や顔立ちなど、確かに類似性は存在するが。圧倒的に、サイズが違った。
身長は年齢相応の大きさになり、胸部の主張も激しくなっている。
カバンに入った魔導書も、今の彼女と比べては小さく見え。何らかの力が働いているのか、着ていた服まで大きくなっていた。
急激に成長した、などというものではなく。
明確な、”別の存在”への変身である。
話と何も違わない、”大人モード”のミレイを目にして。キララとソルティア以外の、ほとんどのメンバーが驚きをあらわにする。
正面に立つフェイトも、それは例外ではなく。
唯一、ソルティアのみが、最初から分かった上で、ミレイと対峙していた。
強者との”真っ向勝負”に挑むために。
「それにしても、嫌な魔力ね。」
「ええ。殺意剥き出し、ですね。」
ここは戦場ではない。目の前にいる人間も、決して敵ではない。頭ではそう理解していても。フェイトとソルティアは、臨戦態勢を解くことが出来なかった。
一瞬でも目を離せば、命を奪われかねない。本能がそう訴えている。
緊張の眼差しが、周囲から向けられ。
大きくなったミレイは、冷たい視線を送り返す。
他人に興味のない。友達とも仲間とも思っていない、孤独の瞳を。
「――あぁ。度し難い。」
周囲に対する、明確な意志を宿し。
より鋭く、”怒り”に満ちた魔力が発せられる。
単純な出力だけなら、フェイトとそう変わらない魔力量だが。
込められた感情の強さは、まさに段違い。
純粋な”悪意”が、溢れかえる。
(マズいわね。)
ただ一言発しただけ。ただそこに立っているだけ、だというのに。
魔力の強い彼女たちには、理解できてしまう。
――”この化物”は、暴れたがっている、と。
フェイトとソルティアだけでなく、他のメンバーも立ち上がり、一応の臨戦態勢に入る。
そんな彼女たちを見つめながら、ミレイは更に魔力を解放した。
「ゴミクズ共が、揃いも揃って。」
その圧は凄まじく、対峙するだけで恐怖がこみ上げてくる。
だがしかし、唯一対抗しうる存在であるフェイトは、負けじと前に出てくる。
「随分と口が悪いじゃない。身体と魔力が大きくなったからって、調子に乗るもんじゃないわよ。」
「うるさいぞ、小娘。わたしの能力の分際で、楯突こうなどと思うな!」
怒りをあらわにするミレイと、フェイトの魔力がぶつかり合う。
直接的な攻撃ではない、感情の衝突に近い現象だが。
2人から発せられる力は、すでに常識の範疇を超えており。
この店だけでなく、街全体が揺れ始める。
「……うそ。」
その魔力に当てられて。受付嬢たちだけでなく、Sランク冒険者であるイーニアすらも、戦意を失ってしまう。
これまでの人生で対峙したことのない、人の形をした悪夢。
”怒れる神”への恐怖に。
「くッ。」
あまりにも、魔力の差が大きすぎるため。
意志では負けないソルティアも、本能的に恐怖が勝る。
「ミレイちゃん。」
そして、このような状況においても。
キララだけは、そもそも戦おうという意思すら見せなかった。
”ミレイに武器は向けない”。それを貫くように。
キララ以外の、多くのメンバーが恐怖に染まる中。
「”わたしの能力の分際で”、ねぇ。まさかアンタの口から、そんな言葉が出るなんてね。」
唯一、力負けしていないフェイトが、ミレイに堂々と立ちはだかる。
「今なら許してあげるから。さっさと席に戻って、”ごめんなさい”って謝ったらどう?」
一歩も引かず。
普段通り、軽く煽るような口調で話しかけ。
それが、ミレイの逆鱗に触れた。
「――皆殺しだッ。」
その体から、爆発的な魔力が放たれ。
「「ひぃっ!?」」
何人かの悲鳴が漏れる。
「――ッ、仕方ないわねッ!!」
こうなったら、自分がどうにかするしかない。
意を決したフェイトが、同様に魔力を全開にし。
ミレイを止めるべく、持てる全ての力を覚醒させる。
ミレイが、”大人モード”なら。
対するフェイトは、”天使モード”。
魔力の濁流で、崩れ始める店の中で。
”2つの極み”が対峙する。
「急いで離れましょう。あれに混ざるのは自殺行為です。」
「ええ。」
化物連中を尻目に、他のメンバーは距離を取り。
「――みんな、逃げなきゃ死ぬぞ!!」
近隣住民たちの避難を行い始める。
得体の知れない魔力の衝突に、”帝都全域”が震える中。
一触即発のその場所へ。
”まばゆい光”が降り注ぐ。
「――脅威を検知。防衛行動に入ります。」
皇帝の懐刀である、最強の冒険者”マキナ”が参戦し。
フェイトの隣に並び立つ。
”最強を決める大会”が始まる前に。
特に理由のない、ぶっちぎりの頂上決戦が幕を開けた。




