波乱の兆し
帝都の朝、冒険者ギルドにて。
仕事が始まる前の受付嬢たちが、ギルドの奥の部屋に集められる。本日が”最終日”である、ミレイとイーニアも一緒である。
彼女たちを集めたのは、ギルドマスターであるギルバート。
ミレイとイーニアは、初日に怒られて以来の対面であり、自然と表情が強張っていた。しかし、ギルバートからしてみれば、すでに子供の失敗と割り切っており、特に怒っている様子もなかった。
受付嬢たちも、なぜここに呼ばれたのかを知らず。
テーブルの上には、魔水晶が1つ置かれている。
若干、緊張した様子で見つめていると。
魔水晶が光を発し、立体映像だろうか、半透明な女性の姿が現れる。
ミレイはその女性の存在を知らなかったが、他のメンバーは見覚えがあるのか、少々驚いたような顔をしていた。
彼女たちが見つめる中、立体映像の女性が話し始める。
『――世界中の人々よ。わたしはボルケーノ帝国皇帝、”セラフィム”だ。今日は諸君らに1つ知らせがある。特に、”戦いを好む者たち”にとっては朗報だろう。』
(……皇帝? お知らせ?)
セラフィムの発する言葉を、ミレイは頭の中で回転させる。
そして、彼女の話は続く。
『わたしは日頃から、ある疑問を抱いていた。単純な疑問だ。”この世界で一番強いのは誰か”、というな。』
『諸君らの知っての通り、我がボルケーノ帝国には”Sランク冒険者”という最上級の精鋭が揃っている。その中でも、聖剣使いの”マキナ”が頂点ということは、知っている者も多いだろう。』
『ならば、最強はマキナか? ”メビウスの竜王”など、比肩しうる可能性は他にもあるが。こと”人間”に限って言えば、マキナが最強でいいのか?』
『わたしはどうしても気になってしまってな。それ故に、”ある催し”を開くことにした。』
映像の中で、セラフィムは1枚の横断幕を取り出し、それを自信ありげに掲げる。
横断幕には、ひどく汚い文字が書かれていた。
なぜ、その字の汚さで自信ありげなのか。
なぜ、”撮影者”はそれを修正しなかったのか。
『――”帝都最強決定戦”。世界中の強者を帝都に集め、誰が一番強いかを決めようではないか。』
横断幕を掲げたまま、セラフィムはその大会についての説明をする。
参加可能資格は、”Sランク冒険者以外の全ての生命体”。
フェアリーだろうとゴブリンだろうと、種族は不問とする。この世界出身ではない、異世界人の参加も可能である。
意思疎通が出来るのであれば、魔獣や機械の類の参加も認められる。
世界各地、20箇所のギルドで予選を行い、勝ち上がった”上位40名”が本戦に出場可能。
本戦は帝都で行われ、激戦を制した優勝者には、賞金として”1000万G”が。
また、エキシビションとして、優勝者にはマキナとの対戦資格と、Sランク冒険者への無条件の昇格資格も与えられる。
『賞金に興味がなくとも、この大会を制せば”最強”の称号に手が届く。我こそはという強者は、ぜひとも参加をしてくれ。――話は以上だ。』
国も種族も関係ない、正真正銘、世界規模での武道大会の開催。
立体映像のセラフィムが、以上の内容を説明し終わるも。
なぜか映像は終わらずに、横断幕を見つめながら微笑む彼女の姿が流れ続ける。
『……おい、まだ撮っているのか?』
カメラに気づき、セラフィムが近づいてくる。
そこで、映像が終わった。
朝イチで、このような映像を見せられ。ミレイを筆頭に、受付嬢たちは言葉を失う。
とはいえ、ギルバートにはお構いなしである。
「というわけだ。色々と面倒なことにはなるだろうが、ひとまずこの映像を全てのギルド支部に送ってくれ。」
「あー、はい。……了解です。」
それで、用事も済んだのか。ギルバートは部屋を退出し、上の塔へと戻っていく。
受付嬢たちは、ギルバートの指示に従い。各々、仕事に取り掛かり始めた。
ミレイとイーニアは、残って今の映像について話し合う。
「皇帝陛下? 綺麗な人だったね。」
「そうね。見た目も特徴的だけど、実物はもっと凄いわ。」
「イーニア、会ったことあるんだっけ?」
「Sランクに上がった時、一度だけね。背は大きいし、喋りも高圧的だし、なんか魔力も強いし。正直、あんまり会いたくはないわね。」
「ほーん。」
イーニアは皇帝セラフィムのことが苦手だった。
「それにしても、上からこんな”面倒な仕事”が舞い込んでくるなんて、ギルドも大変ね。」
「うん。」
「仕事も今日で終わりだけど、ちょっと同情しちゃうわ。」
なにはともあれ、ミレイとイーニアの仕事は今日で終わり。
ギルドの受付嬢として過ごす、最後の一日が始まる。
◆
ギルドのど真ん中で、セラフィムの映像が絶え間なく流れ続け。それを多くの冒険者たちが見ていた。
最強を決める武道大会。
賞金は1000万G。
また、Sランクへの昇格も約束される。
上を目指す冒険者たちにとっては、決して無視の出来ないイベントであった。
『……おい、まだ撮っているのか?』
最後のシーンまで、何度も繰り返し流される。
なぜ、その部分をカットしなかったのか。ギルドマスターの意地の悪さが窺えた。
そんな様子を、横目にしつつ。
1番窓口のミレイは、暇を持て余し、やって来たキララとおしゃべりをしていた。
「みんな、あの映像見てるね〜」
「キララは、どうすんの?」
「え? 大会に参加するかってこと?」
「そうそう。まぁ、あんまりバトルには興味ないか。」
ソルティアはともかくとして、キララに武を追求するようなイメージはない。
「んー、どうかなぁ。ミレイちゃんが出るなら、わたしも出よっかな〜」
「いや、タッグマッチとかじゃないから。普通に敵同士だから。」
残念なことに、仲良しこよしで参加できるタイプの大会ではなかった。
不用意に手を伸ばしたら、そのままふっ飛ばされかねないイベントである。
「あっ、そうだ! ミレイちゃん、明日からもう暇だよね?」
「ん? そうだけど。」
「さっき面白い依頼を見つけたんだけど、一緒に行かない?」
そう言って、キララは1枚の依頼票をミレイに手渡した。
Cランク グローバルクエスト
『虹色の魚を求めて』
最近、内海にて”虹色に輝く魚”の目撃例が発生しています。まだ見ぬ新種、もしくは異世界由来の生物の可能性があるため、ぜひとも生きたままの捕獲をお願いします。1匹につき200G、最大で5匹まで報酬を支払います。
報酬金 200G〜1000G
サルモアイン魔獣研究学会 エギルン・アズーラ
「……海?」
「うん、海!」
キララは笑顔で肯定する。
「いや、ちょっと。キララって、地図見たことある?」
「ん? あるけど。」
「ここって、”大陸のど真ん中”だよ? 海、めっちゃ遠いよ?」
依頼票にあった、”内海”まで。馬車で移動しようと思えば、2週間はかかる距離である。
「大丈夫だよ! ほら、わたしも飛べるから。」
「えっ、海まで飛んでいくってこと?」
「うん!」
「えぇ……」
ミレイには機械の翼があり、キララにも飛行魔法がある。この2人に限って言えば、単独での世界旅行も夢ではない。
「ちょっと、依頼票見せて。」
キララから依頼票を受け取り、ミレイはじっくりと考える。
「とはいえ海か。確かに行きたいな。」
「でしょでしょ!」
「前に、ちょろっとだけ海に行ったけど、あの時は散々だったもんな。」
それは、花の都を出たばかりの頃。
初めての海に、キララとソルティアは感動し、とても微笑ましい体験になるはずであった。
しかしながら、浜辺にはクラーケンの死骸が打ち上げられ、ユリカとの”芳しき出会い”が待ち構えていた。
あの時の臭いは、今でも強烈なトラウマとして刻まれている。
具体的に、ユリカを見たらあの臭いがフラッシュバックする程度には。
「捕獲の依頼。役に立つ能力もあるし、確かに悪くないかも。」
「でしょ〜」
この世界に来て、ちょうど2ヶ月程度。カードの能力も順調に増えている。
生物の捕獲には、”モンスターBOX”。海での活動には、人魚への変身能力、海賊船など。もはや死角はない。
見れば見るほど、ミレイにはうってつけの依頼である。
だがしかし、
「あっ、でもゴメン。」
ミレイはあることを思い出す。
「諸事情があって、フェイトに1週間、部屋の掃除を頼まれてるから。来週とかでもいい?」
「……あー、うん。いいよ。」
素直に了承したものの。僅かながら、キララは残念そうにしていた。
そんな彼女の機微を、ミレイは見逃さない。
「――久しぶりに、さ。今度は”2人だけ”で行ってみる?」
「っ!? うん!!」
ミレイからの提案を受け、キララは完全に元気を取り戻した。
「今度、せっかくだから水着買いに行こうよ!」
「えっ、水着? まぁ、帝都ならあるのか。」
そんな話を終えて。
2人は一緒に、海に行く約束を交わした。
◇
恐怖でしかない、薄い1枚のプレートに乗って。
魔水晶を抱えたミレイと、受付嬢のサーシャが、共にギルド上部の塔へと向かう。
プレートでの移動は、壁のないエレベーターのようなものであり。落ちても大丈夫なミレイでも、恐怖で足がすくんでしまう。
対して、サーシャは特に気にする様子もなかった。
「これって、落ちたりしないんですか?」
「大丈夫よ。……基本的に、わたしたち受付嬢は飛べるから。」
落ちるかどうかの答えにはなっていない。
「じゃあ、飛べない人は――」
「飛べるから。」
「……はい。」
恐ろしいことに、落ちた場合のことは考えられていなかった。
若干の恐怖体験をしつつ、ミレイとサーシャは塔の中へと入っていき。
魔水晶の部屋へとやって来る。
ミレイの見た最後の記憶は、粉々に砕け散った魔水晶の山だが。すでに修理も清掃も終わり、大量の魔水晶も全て元通りになっていた。
しかも、一つ一つがガラス張りのケースに入れられており、落下対策も施されている。
「どう? これで万が一にも破損は有り得ないわ。」
「へぇ。……でも、もしもパリンって割れたら?」
「これは強固な魔力障壁よ。そんじゃそこらの衝撃じゃ壊れない。」
「なるほど。」
一度壊されたことにより、対策は万全であった。
「じゃあ、引き継ぎ作業をお願いできるかしら。」
「了解です。……サフラ?」
『了解した。』
ミレイの体から触手が伸び、抱えられた魔水晶と、部屋の魔水晶とを繋げ始める。
サフラの担当していた業務を、部屋の自動処理システムへと移管するために。
そしてミレイは、立ち続ける係である。
「そういえば、貴女も冒険者よね? 例の大会には出場するの?」
「いやぁ、どうしよっかなって。」
「一応、殺しは厳禁だし、相手も多少は手加減してくれるでしょうけど。貴女がひどい目に合うのは、正直見たくないわね。」
サーシャの中では、ミレイが負けるのが確定していた。
「こう見えて、実は結構強かったりして。」
「ふっ、貴女が?」
鼻で笑われてしまい。
ミレイは反論する気力を失った。
「こっちとしては、仕事が増えて災難だわ。参加者、2~3人で終わらないかしら。」
「あー、全部ギルドでやるんですよね。」
自動処理システムも復旧し、ギルドも平常運転に戻る。とは、残念ながらいかず。
皇帝の気まぐれイベントの運営を任されることに。
「正直、貴女たちが魔水晶を砕いた時、”終わった”って思ったけど。何とかなって良かったわ。」
「あはは。……全部、サフラのおかげですよ。」
「その触手も、最初はかなりエグかったけど。慣れればなんてことないわね。」
少女と触手、本来なら共存不可の属性である。
「ギルドの仕事はどうだった? やっぱりキツかった?」
「いやいや、わたしはもう、サフラに任せっぱなしで、そんなに大変でもなかったので。仕事を始めた理由が、”あんなの”じゃなかったら、とっても良い職場でした。」
「ふーん。……なら、明日から正式採用?」
「結構です。」
ギルドの仕事も今日で終わり。
ミレイは笑顔で断った。