君の始まり、世界の終わり
この世界は、アヴァンテリア。
君にとってこの世界は、眩しくて温かくて、とても居心地の良い世界。
鋼鉄の男にとってこの世界は、事故によって迷い込んだ、仮初の居場所。
黄金の少女にとってこの世界は、未知なる戦いの待ち受ける、最強への登竜門。
機械戦士にとってこの世界は、流浪の果てに辿り着いた、新しい故郷。
悪魔にとってこの世界は、誰もが日の光を享受できる、夢のような楽園。
思えば、疑問があった。
なぜわたしが、わたし達が、この世界にやって来たのか。
多発する、異界の門を起因とする異世界との接続現象。これが全ての元凶だと、全ての理由だというのなら、そう納得するしかない。
だが、本当にそうなのだろうか。ただ偶然門が開き、偶然そこに居合わせていただけ。そんな理由で、わたし達はこの世界にやってきたのか。
それぞれが異なる世界で生まれ、異なる立場で暮らし、異なる理由でその日を迎えた。
エドワードは、ブラックヘッドとの決戦の際、突如現れた門に引きずり込まれたという。
九条は他校の女子と喧嘩をしていた際、背後に門が現れたらしい。
ブラスターボーイは、ミレイや九条など、様々な要因の巡り合わせでこの世界にやってきた。
――”なら、わたしは”?
◇
もしも、元の世界に戻れるとしたら。
エドワードにそう問いかけられ、ミレイは何も答えることが出来なかった。
「いや、気にしないでくれ。深い意味はないんだ。別に、転移を可能にする方法が見つかったわけでもない。」
困った様子のミレイに、エドワードが訂正する。
「ただ、もしも”その手段”が見つかったとして、君がどう選択するのかが気になっただけだ。」
「……なら、エドワードは?」
「わたしはもちろん、”帰る”つもりだ。」
迷わず、振り返らず、彼は選択した。
「そう、なんだ。」
「ああ。」
ミレイとエドワード。生まれた世界が違えば、歩んだ歴史も違う。
”この世界で見ている景色”も、また然り。
「娘と瓜二つな君と出会い、他に友人も出来た。だが向こうの世界にも、守るべき仲間がいる。」
「えっと、すかーどらいぶ部隊、だっけ?」
「いや、”ライザー部隊”だ。」
それは、エドワードが向こうの世界に残してきた仲間たち。ネオ・モンスターと戦うために集められた、傷を持つ少女たちである。
「そう簡単にくたばるような連中じゃないが、やはり心配だからな。……それに、”力を与えた責任”もある。だから、どちらかの世界を選べと言われたら、わたしは向こうを取るよ。」
揺るぎない信念のもと、エドワードは向こうの世界でも戦ってきた。世界を隔てても、それは決して変わらない。
絆も、戦いも、終わっていないのだから。
「……そっか。凄いね、エドワードは。」
迷うことなく選択した彼に対し、ミレイはそうつぶやくことしか出来ない。
選ぶことなど、出来はしない。
理由も、切っ掛けすら知らずに、ミレイはこの世界にやってきた。そこに自分の意志など関係なく。流され、もがき。
そして、手を繋いだ。
毎日がキラキラと輝いていて。次第に、繋ぐ手が増えていって。小さな体では支えきれないほど、たくさんの想いで溢れている。
だからこそ、エドワードからの問いは苦しかった。元の世界に戻る、それはつまり、今の世界を離れるということ。
そんな事は考えたくない。そんな未来は、絶対に受け入れられない。
せっかく友達になれたのに。
キララやみんなと離れたくない。
だが、それでも。
”地球という世界”、生まれ育った故郷を忘れることも出来なかった。
「……済まない、少々意地悪な質問だったな。」
「ううん。」
ミレイは普通の人間である。様々な要因が体に変化をもたらしたが、その心は今も変わっていない。
向こうの世界では”20年”過ごし。
こっちの世界では僅か”2ヶ月”ほど。
とても濃厚で、刺激的で、ひたすらに楽しい毎日だが。
向こうで生まれ育った歳月を塗り潰すことはない。
今の彼女が存在するのは、”愛情を注いでくれた両親”と、”仲のいい幼馴染”がいたおかげなのだから。
この世界は、決して故郷になり得ない。
「ミレイ、君の”一番大切なもの”は何だ?」
「……”友達”、かな。」
少々、照れくさそうに告白する。
「今は幸せか?」
「うん。これ以上無いってくらい、幸せだよ。」
「――なら、もしも故郷に戻る機会があったら、”それを伝えればいい”。親としては、子供が幸せなのが1番だからな。」
「……うん。ありがと、エドワード。」
最後の記憶は、こちらに迫ってくる車。
そこから先は思い出せない。気づいたら草原で眠っていて、”そこはかとなく若返っている”ような気がした。
この世界に来た理由も分からない。きっと、この先も思い出せないのかも知れない。
でも、それでいいと思っている。
なぜなら、今がとっても幸せだから。
親愛なる両親と、親友へ。
わたしは元気でやっています。
黙って消えてしまい、本当にごめんなさい。
もしも、そっちに戻る機会があれば、一緒に暮らしてる友達を紹介したいと思います。
◆◇ 59日目のガチャ
1つ星 『キャプテン・バーガー』
大人も子供も大好き、定番のハンバーガー。高カロリー過ぎるのが玉にキズ。
ミレイ「……ソルティアに食わせたら、どんな反応するかな。」
◆◇
”60日前”。
「――最高。」
20歳の誕生日、仕事終わりの夜に。
最悪の気持ちの中でミレイが見たのは、こちらに迫ってくる車の光。
ようやく大人の仲間入りをして、友達とお酒を飲んだり、遠くに旅行してみたり。いつかやってみたい、そんなことが現実になるはずだった。
それなのに、唯一の親友である幼馴染は結婚報告をしてきて。
ミレイは、分からなくなってしまった。自分が1人になってしまったような。とても恐ろしい、悲しい気持ちが胸に溢れて。
思わず、道の真ん中で立ち止まってしまい。
そこに運悪く、車がやってきた。
不運か、それとも自業自得か。
子供のように小さな彼女に、猛スピードの鉄の塊が突進し。
ミレイは、”それをギリギリで回避した”。
彼女自身の反射神経によるものではない。
”何者か”に引っ張られ、後ろに倒れたからである。
「……あ、……な、なに?」
九死に一生の体験をして、ミレイは頭が真っ白になっていた。
車にはねられかけた、その事実を理解して、恐怖が遅れてやって来る。
道端にぺたんと座り、恐怖に慄く彼女に。
助けた人物が声をかける。
「なにって、こっちのセリフ。あなた、なにやってるの?」
”その少女”は、真っ暗な夜道には不釣り合いな風貌をしていた。
真っ白な髪の毛に、青い瞳。
身長はミレイと同じくらいか。
真っ白なワンピースに身を包み、大きな白い帽子をかぶっている。
まるで、どこぞのお嬢様のような少女であり。
当然のように、ミレイには見覚えがない。
「ご、ごめんなさい。ちょっと、ショックな事があって。」
助けてくれた少女に、ミレイは謝るものの。
少女は何かを考えているようで、じーっとミレイの顔を見つめるのみ。
「……様子見のつもりだったのに。干渉しちゃったら、もうあなたにするしかない。」
「ん?」
自分の中で結論が出たのか。少女は心を決めると、右手を横に伸ばし。
すると、何らかの力が働いて、光と共に空間が歪み。
世界と世界を繋ぐ扉、”異界の門”が出現する。
「んんんん!?」
唐突な超常現象に、ミレイは驚き言葉を失う。
その現象の名も、力の源も、少女の名前すら知らず。ただ、闇夜の運命を見つめるばかり。
「君って、何なの?」
「わたしが誰かはどうでもいい。重要なのは”あなた”のほう。」
残念なことに、その記憶は”諸事情”で消えてしまったものの。
他の誰とも違う、明確な運命に導かれ。
「――”わたしの世界、アヴァンテリアを救って欲しい”。」
”自分自身の意思”で、ミレイはこの世界に足を踏み入れた。
◆◇
この世界のどこにもない空間。人の手には触れられない、内なる世界。そこに存在する、”崩れかけの城”にて。
眠っていた少女が目を覚ます。白い髪の毛に、青い瞳。着ているのは白のワンピース。
かつて、ミレイをこの世界へと呼び込んだ、不思議な少女である。
「……はぁ。」
少女はため息混じりに立ち上がり。視界の隅にある、”小さなモノリス”に目を向ける。
大きさこそ違えど、それは地上に存在する巨大モノリスと似たような形状をしており。
その上には、”世界地図のような立体映像”が浮かんでいた。
世界地図には、渦のような”歪み”が大量に存在し。
そのうちの1つが、凄まじい大きさへと変化している。
「思ったよりも、ずっと早い。」
世界の歪みを見つめながら、少女は憂いの表情を浮かべる。
「もう猶予もないし、今の戦力で打開するしかない。」
少女は知っている。アヴァンテリアにいる人間たち、彼らの持つ力の強さを。
皇帝、聖剣使い、竜王。それらを筆頭に、数多くの強者が地上には存在する。
だがしかし、たとえそれらの力を集結させたとしても。
この”歪み”に、抗うことは不可能であろう。
「……”ミレイ”もまだ、全然弱っちい。」
切り札であるはずのミレイは、残念なことに”少女との約束”すら忘れており。
そんなうっかりに、彼女は気づかない。
「――やっぱり、”あいつ”の力が必要。」
終わりを迎えようとする世界のために、自身も身を投じる決心をする。
全ては、この世界を守るために。
少女はモノリスに触れ、崩れかけの居城を後にした。
◇ 今日のアルトリウス
花の都、冒険者ギルドにて。
相変わらず人も少なく。受付嬢の”ソニー”も、ついついうたた寝をしてしまう、そんな陽気な午後。
クエストボードの前では、”アルトリウス”が大量の依頼票を見つめている。
今日も今日とて、彼は依頼票を見つめるのみで、決して手に取りはしない。
”自分に相応しい依頼”を探して、こうやって依頼票を見つめるのが日課になりつつあり。未だに彼は、クエストの達成数が”ゼロ”のまま。
こいつにはどれだけやる気が無いんだと、周囲の面子も呆れ果てていた。
同じく、ギルドの一角では。この街の担当である”イリス”がだらけているが。Sランクの彼女と、Fランクのアルトリウスでは話が違う。
彼は冒険者か、それともニートなのか。
「ねぇ、”カミーラ”。魔力って武器にも通せるの?」
「出来んこともないが。お前なら、”能力”を使えば一発じゃないか?」
カミーラとコンビを組むのは、異世界人である”七瀬奈々”。
アルトリウスとは違い、2人は真面目にクエストをこなしていた。
そんな、いつも通りの冒険者ギルドに。
1人の少女がやって来る。
白い髪の毛に、青い瞳。
真っ白なワンピースに、大きな帽子を被った少女である。
ギルドにやってきた少女は、周囲を見渡し。目的の人物を見つめると、他には目もくれず彼の元へと足を運ぶ。
怠け者の冒険者、アルトリウスの隣へと。
「おや、何か用かい? お嬢さん。」
隣にやってきた少女に、彼は気軽に声をかけるも。
彼女は、その態度が気に食わなかったのか。
「頭が高い。」
魔力を込めた、強烈な回し蹴りを放ち。
アルトリウスをその場に転倒させる。
「ど、どういう暴力なんだ!?」
「うるさい。」
当然のように、彼には暴力を振るわれる心当たりなどなく。
それでも、彼女にはお構いなし。
「――わたしは”アリア”。お前を鍛えに来た。」
人も世界も”神”も、様々な思惑が交錯し。
そして、”帝都最強決定戦”が始まる。




