ニャンダフルガール
帝都に訪れた、季節外れの降雪も終わり。
ギルドの1番窓口に、フェイトが帰ってくる。
「フェイト、どうだった?」
「……別に、何もなかったわ。何か気になることがあるなら、後でキララに聞いたら?」
「え、あっ。……うん。」
調査の結果をミレイが尋ねるも、フェイトの態度は素っ気なく。具体的な情報を教えてもらえない。
とはいえ、ミレイも強くは出られず。
「それにしても、こんなくだらないことでわたしを呼び出すなんて、いい度胸じゃない。」
「うぅ。」
フェイトの鋭い視線にたじろいでしまう。
「寮のわたしの部屋、掃除、1週間、オッケー?」
「お、おっけー。」
何だかんだ押し切られてしまい、ミレイは労働で償うことになった。
◆
夕方、ギルドの仕事も終わり。
同じく仕事の終わったキララと合流し、ミレイは帰路につく。
その途中、
「今日のタマにゃんとの仕事、どうだった?」
「うーん。ちょっと慣れないことだったけど、何とかなったよ〜」
「へー。……具体的には、どういった内容の仕事で――」
自然な流れで、ミレイは今日の仕事の内容を聞こうとするものの。
「――あら、2人とも! 昨日ぶりじゃない!」
突然の声が、ミレイの問いを掻き消す。
誰かと思って見てみれば。相も変わらず、派手な見た目をした”九条”がそこに居た。
特徴的な髪の毛を器用に使い、”大量の紙袋”を抱えた状態で。
とりあえず、3人は昨日ぶりの再会を分かち合うことに。
そのさなか、
「あっ、そうだ。瞳ちゃんって、どこで寝泊まりしてるの? ご飯とか大丈夫? 女子寮紹介しよっか?」
何気ない挨拶を交わす途中で、ミレイは重要な事を思い出す。
そもそも、先日彼女を探していた理由が、住居などの身の回りの心配だったことを。
「あぁ、それなら平気よ。エドワードの所で世話になってるから。」
「へぇ〜。……それって、どこらへん?」
エドワードが今現在、どこで何をしているのか。ミレイはまるで知らなかった。
「だったら、今からうちに招待するわ。食料品とかも買い込んだから、パーッとしましょうよ!」
「うん、いいかも。」
「しちゃお〜、しちゃお〜!」
この後の予定もないため、ミレイとキララは九条のお誘いを受けることに。
高めのテンションで、3人は九条が世話になっているエドワードの住居へと向かった。
◇
九条に案内されて、ミレイとキララは大きな屋敷のような場所へとやって来る。
周囲には似たような建物がいくつも存在しており、ただ単に人が暮らすための場所には見えなかった。
「でっけ〜」
「ナンチャラ学術院? みたいな場所の一角を借りてるらしいわ。」
「へぇ。」
ナンチャラなのか、学校的な何かなのか。その説明ではまるで分からない。おそらく、九条も大して知らないのであろう。
「向こうの建屋にブラスターボーイも居るのよ。よかったら挨拶したら?」
「おお〜、元気にしてんのかな。」
「ね〜」
最後にブラスターボーイを見た時は、それはそれは酷い状況であったが。九条の軽やかな表情から、修理が完了したのだと察する。
お言葉に甘えて、あのロボット戦士に挨拶に行こうとする2人であったが。
向かう先の建物から、扉を開けて誰かが出てくる。
「あ、エドワード。」
見慣れたビジュアルに、ミレイは声をかけようとするも。
「えっ。」
「ん?」
エドワードと共に現れた、”もう一人”の姿に、思わず停止してしまう。
それは、ミレイとキララにも見覚えのある人物であり。それでいて、まさかこんな場所で出会うとは思わずに、ミレイはひたすら驚く。
「どうにゃん?」
「少し、ぼやけるな。」
特徴的な語尾に、特徴的な猫耳ゴスロリ。
先輩冒険者のタマにゃんが、エドワードと共に現れた。
その意外過ぎる組み合わせに、ミレイたちが呆然と立ち尽くしていると。
「にゃーん?」
少し顔の位置を落としたエドワードに、背伸びをしたタマにゃんが近づき。
ミレイたちの位置からは、ちょうど顔が重なって見える。
傍から見ると、まるで”キス”をしているようであり。
その衝撃的なビジュアルに、ミレイの中で、何かが弾けた。
「――見損なったぞ、エドワード!!」
溜まった鬱憤を晴らすような、とても大きな声で叫び。
ミレイの突然の大声に、隣りにいたキララも、九条も、エドワードたちも驚いた。
「にゃん?」
「一体、どうしたんだ? ミレイ。」
”当然の事ながら”。
その大声の理由は、エドワードにはまるで理解ができず。
眼帯のない、”両方の瞳”で、ミレイを見つめていた。
◆
エドワードの間借りしている建物。その中にある、無人の食堂らしき場所で。
大きなテーブルに、ミレイとキララ、そしてタマにゃんの3人が集い、向かい合う。
「”都市循環魔力”の、漏洩調査?」
「うん! 地下から汲み上げた魔力を、パイプを伝って街中に供給しててね。それが漏洩してるかもっていう話があって、その調査に付き合ってたんだ〜」
「へ、へぇ。」
キララの口から説明される仕事の内容に、ミレイは何も言えなくなる。
「それでね! 路地裏で漏洩箇所を見つけたんだけど、思ったよりも魔力漏れが酷くって! それをガーって受け流すのが、すっごく大変だったんだよ。」
調査の中で、キララが特に”体を張った部分”を力説する。
具体的に言うならば、フェイトに見つかった際に起きていた出来事を。
「にゃん! 予想通り、やっぱりキララは凄い才能の持ち主だったにゃん。あの量の魔力を捌ける使い手は、帝都にもそうそう居ないにゃん。」
「えへへ。」
タマにゃんに称賛され、キララは照れくさそうにする。
彼女たちの話す内容。それは、ミレイの想像していた、”いかがわしい仕事”とは似ても似つかず。
とんでもない勘違いに、ミレイが脳みそを必死に整理していると。
そこにエドワードがやって来る。
「おい、誰か厨房を手伝ってくれないか? このままだと、今日の夕食が犬の餌になりそうだ。」
「あっ、ならわたしが手伝います。」
エドワードからの救援要請に、キララが応じ。そのまま厨房へと向かっていった。
すると、
「――瞳ちゃん、何やってるの!?」
厨房の方から、キララの悲鳴のような叫びが聞こえてくる。
一体何と出くわしたら、キララがそこまで驚くのか。
厨房がどうなっているのか、もはや想像すらできなかった。
「エドワード、”義眼”の調子はどうにゃん?」
「ああ、お陰様で完璧だ。むしろ、見え過ぎるくらいだな。」
この場所に来て、ミレイが最も驚いていることが、エドワードの瞳であった。
特徴的な眼帯が外され、傷跡の先に、しっかりとした瞳が存在している。
「にゃん? なら解像度の問題にゃん。設定を弄るから、ちょっと動かないで欲しいにゃん。」
エドワードの新しい左目を調整するため。タマにゃんは懐からスマートフォンと取り出し、鼻歌交じりに操作する。
「にゃにゃにゃにゃ〜ん。」
すると、スマホから微かな光が生じ。画面の中から、フェアリー族と同じくらいの大きさをした、小さな人型のナニカが出現する。
全身真っ黒で、フォークのような持っており。見た目は完全に”虫歯菌”である。
虫歯菌のようなナニカは、エドワードの顔付近までふわふわと飛んでいき、小さな魔法陣を展開すると。そのまま、義眼の調整作業を始めた。
タマにゃんの持つスマートフォンと、そこから出てきた虫歯菌。
とても魔法のようには見えないそれに、ミレイは釘付けになる。
「それって、タマにゃんのアビリティカード?」
「いいにゃ? これは単なる”魔法”にゃん。コンパクトにデータ化できる、使い魔みたいな感じかにゃ〜」
「……使い魔? データ?」
ただでさえ、魔法に関しては周回遅れをしているミレイである。タマにゃんやっていることが、まるで理解できない。
それを見かねたエドワードが、わかりやすく彼女の”正体”を告げる。
「タマにゃんは、地球とも違う、”別の異世界”からやって来た技術者らしい。」
「にゃは〜ん。」
かわいいポーズで、タマにゃんは自分をアピールする。
「え。ということは、異世界人?」
「その通り! 今まさにここは、”異世界人大集合状態”なんだにゃん!」
ミレイとエドワード、九条にブラスターボーイも合わせ、おまけにタマにゃんと。
総勢5人もの、別々の異世界人がこの場所に集まっていた。
この世界出身のキララも合わせれば、合計で6つの世界となる。
「しかも、タマにゃんのテクは、わたしをも”遥かに上回る”レベルだ。魔法も科学も分野は問わず、ハイテク機器と魔法の融合や、精巧な義眼の製造も可能らしい。」
「にゃはは、それくらい朝飯前にゃん!」
「へぇ〜」
人は見かけによらない。というよりも、見た目や第一印象で決めつけるべきではないと言うべきか。
ミレイの頭の中で、タマにゃんという存在が目まぐるしく変わっていく。
「……もしかして、完璧超人?」
「にゃん! 所詮は一介の技術者にゃん。素の魔力も大したことにゃいから、戦闘だってからっきしにゃ〜ん。」
つまるところ、戦闘以外は基本的に何でもできるという意味である。
「えっと、それじゃあ。昨日受けてた仕事って。」
「にゃは〜ん。やっぱりそれが気になるにゃん?」
「うっ、はい。」
ミレイがずっと気にしていたことも、タマにゃんにはお見通しであった。
「受付のメンバーとは顔馴染みだから、色々と面倒事を頼まれるにゃん。昨日も、”釣りにもってこい”なビジュアルだからって、おとり役を頼まれたにゃん。」
タマにゃんが、自主的にああいった内容の依頼を受けたわけではなく。
”グレー”と判断したリリエッタに依頼を頼まれ、対処していたに過ぎない。
「昨日のパパ様も、あの後きっちりお灸をすえたにゃん。」
「な、なるほど〜」
諸々の事情を聞いて、ミレイはほっと一安心する。
「もしかして、キララも”そういった仕事”に誘ったと思ったにゃん?」
「うっ。」
「やっぱり図星にゃん!」
「なるほど、”そういうことか”。だから今さっき、外でわたしを罵倒したわけか。」
今までしていた盛大な勘違いと、先程の大声の理由を2人に追求され。
「――すみませんでした。」
ミレイはめちゃくちゃ謝った。
◆
「じゃ、またにゃ〜ん。」
義眼の調整も終わり。ミレイとエドワードは、外に出てタマにゃんを見送る。
色々と勘違いもあり、失礼と恥ずかしさにミレイは死にそうになったが。根本的に2人が優しかったため、何とか助かった。
すっかり空も暗くなり。
戦いとも無縁な、平和な夜の訪れ。
ミレイとエドワードは、共に夜の風に触れる。
「そういえば。ここって、学校か何かなの?」
「あぁ、金持ちや貴族連中が集まる学び舎らしい。この国は随分と教育が遅れているからな、手放しで歓迎されたよ。」
「へぇ。」
帝都にやって来て、すぐに別々になり。どこかで野垂れ死んでいるのではないかと、ミレイは若干心配していたが。
やはり、エドワードはたくましかった。
「瞳ちゃん、なんだけど。ここで任せても大丈夫?」
「……ああ。あのロボットのことを、かなり気にかけているからな。しばらく置いておくのは別に構わん。」
「そっか。」
九条のことも、タマにゃんのことも。頭を悩ませていた問題が解決し、ミレイは気持ちがスッキリとする。
帝都に来て、初日に器物損壊を行ってしまい。イーニアと共にギルドで働くことになり。
九条を探すついでに、灼熱の砂漠を冒険することになったり。
それらがようやく落ち着いて、心を休めることができる。
全てを悟ったように、ミレイが夜空を眺めていると。
「ミレイ、1つ聞いてもいいか?」
「んー?」
「もしも、”元の世界”に戻れるとしたら、君はどうする?」
「……え。」
エドワードから、思いもよらない質問を投げかけられた。