勘違い、日常、無駄遣い
「にゃにゃにゃんと! さっき会った子たちにゃん! お隣さんとは奇遇だにゃん。」
長い長い活動を終え。ようやく眠りにつけると安心するミレイと、キララであったが。
寮の自室の前で、初対面となるお隣さんと出くわした。
ミレイからしてみれば、気になって仕方のない、”猫耳ゴスロリ少女”と。
「はじめまして、キララです。」
「……ミレイで、ごわす。」
驚きで、口が上手く回らない。
「ごわす、にゃん?」
「気にしないでください。ミレイちゃん、ちょっとおねむなので。」
「にゃるほどにゃん。子供はもう寝る時間だにゃん。」
「……あい。」
もはや否定すらも出来なかった。
「ミーは”タマにゃん”だにゃん。よろしくにゃん!」
「よろしくにゃ〜ん!」
波長が合ったのだろうか、キララは彼女の口調を真似していた。
しかしミレイは、タマにゃんと名乗る目の前の少女が気になって仕方がなく。
とはいえ、正面切って色々と聞く勇気もなかったので。
「……ごわす。」
その日は、とりあえず寝まくった。
◆◇
翌朝、冒険者ギルドの受付前にて。
「――こら、起きなさい!」
フェンリルに咥えられてきたミレイを、イーニアが必死に起こそうとする。
だがしかし、どれだけ揺さぶっても、声をかけても、まるで起きる気配がなく。
本人が前日に予想した通り、過去最大級の熟睡モードに入っていた。
「もう起きなくてもいいから、せめて魔力は出しなさいよ!」
極論を言えば、ギルド的に必要なのはサフラの能力である。サフラが仕事をしてくれるのなら、ミレイは最悪置き物でも構わない。
だが、サフラが魔水晶を操るには、宿主であるミレイの魔力が必要不可欠であり。それを捻り出すには、やはり起きてもらう以外に方法はなかった。
「もうこれ、何かの病気なんじゃ。」
ミレイの熟睡度合いに、イーニアが絶望していると。
その騒ぎを聞きつけて、他の受付嬢たちが集まってくる。
「面白そうね。」
サーシャの一言で、”ミレイを起こせゲーム”が開催されることになった。
「とりあえず、ビンタいっとく?」
「……顔はダメですよ。」
サーシャの案は、即却下され。
「”羽根くすぐり”は?」
「やってみます。」
まず始めに、シャナがミレイを起こしてみることに。
ミレイの顔の近くまで飛んでいき。
その妖精の羽で、ミレイの鼻先をくすぐってみる。
――くしゅん!
「あっ、吹っ飛んだ。」
残念ながら、シャナの作戦は失敗に終わった。
「これだけやっても起きないなら、やっぱ刺激が必要なんじゃ。」
続いて、ナナリーが参戦し。
指先に魔力を込めて、スタンガンのように、激しい電流を発生させる。
「……それをやるくらいなら、まだビンタのほうが人道的じゃない?」
流石にそれは酷すぎるということで、ナナリーの作戦も中止となった。
「ふふっ、次はわたしの番ね。」
続いてはリリエッタ。
満面の笑みを浮かべたまま、ミレイに近づき。
その耳元で、ふぅっと息を吹きかける。
「――んんっ。」
これまでにないほどの反応を見せたが。
それでもやはり、ミレイは起きなかった。
「……本人は気にしてそうだからあれだけど。合法ロリって、やっぱり良いわね。」
そんなリリエッタの発言に、他のメンバーはドン引きした。
「あとはタバサだけど、なにか案はある?」
「……とりま、鼻いってみようか。」
呼吸が出来なければ、びっくりして飛び起きるだろう。
という考えで、タバサはミレイの鼻を摘んでみるものの。
やはり、特に反応はなく。
「口も塞がないと意味がないんじゃない?」
見かねたサーシャは、そう言いながら。
何を考えたのか、咥えていたタバコを手に取り。代わりにミレイの口に咥えさせた。
こいつ、マジか、と。
周囲のメンバーは信じられないものを見るような顔をし。
「――んんっ!?」
とてつもない驚きとともに、ミレイは飛び起きた。
「なっ、なに? なんか凄いんだけど!」
状況を把握できず、ミレイは戸惑うばかり。
それほどに衝撃を受けたのか、心臓がバクバクと鳴っていた。
「……嘘でしょ、こんなあっさり飛び起きるなんて。タバコって、そんなにヤバいの?」
イーニアは戦慄する。
ミレイが飛び起きたタバコの効力と、それを平然と吸いまくっているサーシャの脳みそに。
「……わたしが吸ってるの、別にタバコじゃないわよ?」
「え?」
「サーシャちゃん、昔から深刻な”頭痛持ち”だから。」
「そうそう、つまりは”鎮痛剤”ってこと。……まぁ、強すぎて違法だけど。」
サーシャとリリエッタは、イーニアの根本的な勘違いを訂正する。
まぁ、訂正する必要はなかったのかも知れないが。
「……頭が、すごいクラクラする。」
なにはともあれ、今日も一日が始まった。
◆
思いやりの欠片もない、ひどい方法で目を覚まし。今日も今日とて、ミレイは1番窓口での業務に勤しむ。
とはいえ、大半の冒険者は2〜5番の窓口を利用するため、ミレイの仕事は9割が置き物である。
時折、初めてギルドを訪れる者が1番窓口へとやって来るものの。やはり総合的に考えて、ミレイは暇であった。
タバコのような、”得体の知れない何か”を吸っているサーシャが担当していた際は、そのビジュアルから近づく者が少なかった。
そこからミレイに代わり、多少は人が寄り付くのではないかと思われたが。これまた彼女も、”得体の知れない触手”を生やしていたため、結果的に1番窓口に訪問者は訪れない。
「はぁ。」
暇なミレイが考えるのは、隣の部屋の住人、”ペコにゃん”のこと。
一度ぐっすりと眠って、正常な判断力を取り戻したものの。やはり気になって仕方がない。
キララとも気が合う様子で、この街にも詳しい先輩冒険者。言葉の”にゃん率”が高すぎるような気もするが、話してみた感じからして、性格も優しそう。
隣人として、これ以上ないような人物なのだが。
パパ様と呼んでいたオジサンと、一緒にいたあの光景が忘れられなかった。
彼女が受けた”例の依頼”から考えて、あれがクエストの内容なのは明らかである。
今まで触れてこなかっただけで。”ああいうの”が、一般的に存在することは知っている。
その内容や実態を何一つ知ることなく、イメージのみで勝手な印象を抱くのも、良くないとは分かっている。
(思えば、そっけない態度をとってしまった。……今度、菓子折りを持っていこう。)
真剣に仕事をしている雰囲気を出しながら。長考の末、ミレイは結論を出す。
するとそこへ。
「――ばぁ!」
窓口から体を乗り出して、キララがミレイを驚かす。
目の前に、突如現れたキララに。一瞬、心臓が止まりかけるが。今日のミレイはクールを貫き通す。
「……ど、何のよう?」
普通に、めちゃくちゃ動揺していたが。
「実はね、タマにゃんに仕事を手伝って欲しいって頼まれちゃって。これからひと仕事行ってくるね!」
「へ。」
予想外の言葉にミレイは固まる。
「それで、ペコにゃんさんは?」
「なんか、”ペドなんちゃら”?、と話があるとかで、ギルドの奥の方に入ってったよ?」
「……”ペド”?」
聞き慣れない言葉に、ミレイは困惑する。
(いや、待てよ。確か”ロリコン”のことを、”ペド”って呼ぶって聞いたことがあるような。……ロリコンに用がある? ギルドにロリコンなんて居たか?)
ミレイは混乱した。
ブツブツと呟くミレイと、それを不思議そうに見つめるキララ。
そこへ、用事を終えたペコにゃんがやって来る。
「にゃにゃん。こっちは準備完了だにゃん。」
「あ、は〜い。」
ミレイの中で多くの疑問が渦巻く中、その張本人であるタマにゃんと顔を合わせる。
「にゃにゃん!? にゃんだにゃ? その触手は。」
「……えっと、なんだろう。……わたしの子ども?」
間違ってはいないが、絶対に通じない説明である。
「にゃるほどにゃるほど。」
タマにゃんは、興味深そうにミレイとサフラを見つめ。
「もしかしてその触手、異世界の生き物にゃん?」
「あっ、はい。そうです。」
意外にも鋭い洞察力で、タマにゃんはサフラの正体を見破った。
「にゃん! 敬語とかは要らないにゃん! ミレイもキララも、タメ口フランクで結構だにゃん!」
「う、うぃ。」
にゃんだらけのハイテンションに、ミレイは圧倒される。
(……ミレイちゃん、ちょっと緊張してる?)
珍しい反応に、キララは不思議に思った。
「じゃあ、質問だけど。キララと一緒に、何の仕事をするの?」
タマにゃんの要望通り、ミレイは普通に話す。
「ふっふっふ、それは秘密だにゃん!」
「えぇ……」
「そういえば、わたしも聞いてないかも。」
「いや、聞こうよ、それは。」
ミレイは心配でたまらない。
「なら、どうしてキララを誘ったの?」
「ふふっ、それはもちろん、内容的にキララが適任だからにゃん! ミレイも魅力的にゃけど、今回はちょっと方向性が合わないにゃん。」
「なるほど。」
残念なことに、言っている意味が、ほとんど分からなかった。
「何事もにゃければ、多分ちゃちゃっと終わるにゃん。もしも何かあっても、ちょっと体を張れば問題ないにゃん。」
「だって。」
説明とも言えないような話であったが、キララ的には問題が無さそうだった。
「じゃあ、また終わったら迎えに来るね。」
「う、うん。」
ミレイの心配をよそに、キララとタマにゃんはギルドを後にする。
「……めっちゃ気になる。」
タマにゃんいわく、”ちゃちゃっと終わる仕事”。キララも、特に問題なさそうにしていた。
しかしながら、なぜキララが適任なのかが分からない。おまけに、ペドだかロリだかの疑問も解決していない。
どうしても2人の動向が気になってしまう。
けれども、この持ち場を離れることも出来ない。
「……すまん。」
悩みに悩んだ末、ミレイは”切り札”に頼ることにした。
◆
「あそこの美容院はオススメにゃん。」
「へぇ〜、今度ミレイちゃんと行ってみようかな。」
帝都の街並みを、のんびりと歩く2人の少女。
可憐な容姿で、周囲からの視線も熱い彼女たちだが。
それを後から尾行する、怪しい影が1つ。
「……まったく、なんでわたしがこんな事を。」
建物の影から、フェイトがひょっこりと顔を出す。
ギルドを離れられないミレイの代わりに、ピンチヒッターとして選ばれたのが彼女であった。
キララとタマにゃんがどんな仕事を行うのか、陰ながらに観察する。
「まぁ、尾行なんて朝飯前だけど。」
これくらい容易であると、フェイトはそう自負していたが。
「にゃんだか、めっちゃ強い魔力が追ってきてるにゃん。」
「うん。たぶん、友達だと思うけど。」
2人には初っ端からバレていた。
「フェイトちゃん、どうしたんだろう。」
「追ってきてる友達は、もしかしてミレイとも関係があるにゃん?」
「ん〜、そうだね。ある意味で、すっごく関係してるかも。」
「……にゃるほど。」
タマにゃんは、ほんの少し頭を回転させる。
昨日出会ったばかりの2人。
やけに動揺するミレイの”仕草”。
ギルドの仕事を手伝っている以上、触れる可能性のある”情報”。
そして、昨日出会った時の”状況”。
それらを加味して、友達に尾行まで頼む理由を推測する。
(……キララのことが、よっぽど心配にゃんね。それでもって、ちょっと”おバカ”にゃん。)
後輩たちの人となりを、何となく理解し。
タマにゃんは”ちょっとした意地悪”を思いつく。
「面白い遊びを考えたにゃん。」
懐から、キララにも見覚えのある、”スマートフォン”のような機械を取り出し。
タマにゃんは、”魔法”を起動した。
「しまった、見失うなんて。」
建物の影や人混みを利用し、上手く尾行を続けるフェイトであったが。
ふとしたタイミングで、2人を見失ってしまう。
人の多いこの街で、一度見失った対象を見つけ出すのは至難の業であり。
「やるしかない。」
背に腹は代えられないと。フェイトは氷の足場を造り出し、上空へと飛翔。
膨大な魔力を、波状に周囲に広げ。
ソナーのような要領で、2人の魔力反応を探知する。
だがしかし。
「……嘘でしょ、なんで見当たらないのよ。」
向こうも相当の”手練れ”なのか。
何らかのカモフラージュ手段を用いて、フェイトの魔力探知から逃れていた。
だとしても、フェイトはそれで諦めるような人間ではなく。
「――上等じゃない!!」
白昼堂々と、フルパワーを解放した。
◇
冒険者ギルド、上空の塔にて。
偶然にも、そこに訪れていた皇帝セラフィムは。
不思議な感覚に促され、窓からそっと手を伸ばす。
すると珍しいことに、空からは季節外れの”雪”が降っており。
興味本位に、セラフィムはそれを手に取ってみる。
「ふっ。」
不思議な魔力の込められた雪。とはいえ、悪意あるものではなく。
子ども特有の、青い衝動のようなものを感じるのみ。
セラフィムが、窓から外の雪を見つめていると。
「――またこの魔力か。最近、街に”バケモノ”が住み着いてないか?」
帝都のギルドマスター、ギルバートが声をかける。
あまりこの世界では見かけない、珍しい”機械”の類を弄くりながら。
「まぁ、問題は無いだろう。悪意のある相手なら、マキナが対処するはずだ。」
「ならいいが。」
疲れた顔で、ギルバートはため息を吐く。
「防衛の要であるSランクは、10歳のガキ。そのうえ、街には異界の門が溢れる。これ以上の面倒事はごめんだ。」
「……やはり、街中にも門があったか。」
「ああ。調査の結果、少なくとも”3つ”は確認できた。一応、全て対処済みだが。うち1つでは大規模な戦闘もあったらしい。」
「それは大変だな。」
「部下曰く、Sランクでも対処の難しい状況だったらしいが。だったらどうやって解決したのか。」
その立役者が、今現在、街に雪を降らしているとも知らず。
「心配のし過ぎは体に悪いぞ、”ペドロ”。」
「黙れ。さっさと撮影を始めるぞ。」
皇帝とギルドマスターは、のんきに謎の撮影を行う。
ギルドマスターの本名が、ペドロ・ギルバートということは、”一部の知人”しか知らなかった。
◇
見慣れない雪に、街の子供達は大はしゃぎ。大人たちも、不思議な光景に仕事の手を止め。
みな揃って、空と雪を見つめる。
そんな群衆を見下ろしながら。
力を解放し、翼を広げたフェイトは、己の感覚を街中に広げ。
「――見つけた。」
ようやく見つけたその場所へと、超スピードで飛翔する。
たどり着いた場所は、人気の少ない路地裏であり。
「……何やってんのよ、アンタたち。」
そこで目にした光景に、フェイトは唖然とした。




