となりの悪魔ちゃん
「なるほど、それは災難でしたね。」
灼熱の砂漠を舞台にした、一夜の冒険から地続きに。ミレイはギルドの受付に出勤し。
そこへやって来た、暇そうなソルティアと会話をする。
「眠たくて死にそうだから、もっと話しかけてよ。」
「そう言われると、話したくなくなります。」
「ひどい。」
異界の門を潜り、この世界に帰還して。ミレイを出迎えたのは、目の眩むような朝日であり。
女子寮に帰る暇もなかったので。ギルドでシャワーを浴びて制服に着替え、現在に至る。
頼むから寝かせてくれ、と。
体中の細胞が訴えているような気がした。
とはいえ、仕事の大部分を行うのはサフラであり。ミレイはほぼ、置き物のようなものであるが。
「差し入れのパンです。これで、どうか元気を出してください。」
「あぁ、うん。」
ソルティアから、紙袋に入ったパンを受け取るものの。このパターンには覚えがあった。
「美味しくなかったの?」
「まぁ、わたしの舌には合わなかった、とだけ言っておきます。」
「ふ〜ん。」
腹ごしらえのために、早速パンを取り出してみるものの。
手に取ったそれは、明らかに”一部”が欠けていた。
「食べかけじゃないか。……まぁ、いいけど。」
ソルティアの図太さに感心しつつ、ミレイは貰ったパンを食べる。
味は、普通に美味しかった。
「それにしても、あの2人はよく寝てますね。」
「……うん。これほど残酷な光景は無いよ。」
ミレイのいる、1番窓口からもよく見える場所。受付の近くにあるテーブルで、キララとフェイトは眠っていた。
その光景自体は、とても微笑ましいものである。
だがしかし。眠気に抗い、魔力を捻出するために起き続けなければならないミレイにとっては。もはや、直視できない光景であった。
「実は昨日の夜、フェイトさんが部屋に来たんです。”あのバカとの繋がりが切れたから、どこにいるのか知らないか”、と。」
「……なるほど。」
フェイトが召喚できないことで、ミレイは向こうの世界で危機感を抱いていたが。実は”それ以上”に、フェイト側のほうが不安の感情は大きかった。
ミレイが他の世界に行っていることなどつゆ知らず、唐突に”繋がり”が切れてしまったため。最悪すら覚悟して、フェイトは夜通し捜索を行っていた。
「まぁ、わたしは眠たかったので、気にせず眠りましたが。」
「……えぇ。もっと心配してよ。」
「ミレイさん1人が行方不明なら、多少は心配しますけど。キララさんや他の誰かと一緒なら、問題ないでしょうし。」
「そういうもん?」
彼女らしいといえば、らしいのだが。あまりにぞんざいな扱いに、ミレイはちょっぴり落ち込んだ。
「では、わたしはこれで。少々”眠たい”ので、昼寝でもしてきます。」
「悪魔めー」
ソルティアの眠たい理由。
素直ではない彼女の”嘘”に、鈍感なミレイは気づかなかった。
話し相手も居なくなってしまい。
ミレイは再び、眠気と吐き気との孤独な戦いに戻る。
するとそこへ、この窓口本来の担当者である、受付嬢のサーシャがやって来る。
相変わらず、口には”健康被害の発生源”が咥えられていた。
「朗報よ。システムの修復が、想定よりも順調だから。多分あと2~3日で、貴女たちの仕事も終わるわ。」
「……それは、いいですね。」
希望をもたらすような知らせだが。今のミレイには、あまり響かなかった。
「あら、寝不足かしら。ちゃんと寝ないと、背も大きくならないわよ。」
「寝たら、伸びるんですか?」
「……ごめん。」
10歳のイーニアならまだしも、ミレイにその言葉は禁句である。
◆
昼食時も終わり、のどかな午後のひととき。
午前中は、眠気と吐き気で死にそうなミレイであったが。すでに、峠を越えたのか。一周回って、コンディションが通常に近くなる。
そんな、ある時。
『ミレイ、この依頼は承認していいのだろうか。』
「うん?」
サフラが提示する、ある1つの依頼に目を通す。
ランク不問『20歳以下の女性限定 支援します』
若くて頑張っている冒険者の女性を支援したいので、ぜひお会いしましょう。一緒に買い物をしたり、食事をご馳走したいと思います。
報酬金 200G
匿名希望
「……こ、これは。」
あまりにも衝撃的な内容に、ミレイは言葉を失う。
(噂で聞いたことがある、”パパ活”ってやつじゃないのか?)
この世界でも、その単語で通じるのかは定かではないが。この依頼の内容は、ミレイも名前だけは知っている、”パパ活”と呼ばれるものと酷似していた。
対象とする冒険者は20歳以下の女性。依頼人は匿名。一緒に買い物、おまけに食事。たったそれだけの内容で、200Gというかなりの報酬。
完全に、そっち系の依頼である。
「こんな依頼を、承認していいのか。」
田舎から出てきたキララのような少女が、この依頼を見つけて。右も左も分からず、こんな楽な仕事もあるんだ、と安易に引き受けてしまい。そのままズルズルと、都会の闇に飲まれていく。
そんな悲劇を起こさないためにも、この依頼は承認するべきではない。
ミレイは、そう考えるものの。
「――あぁ、そういう依頼は、リリエッタに回してちょうだい。承認後、4番窓口にね。」
サーシャから、そんな言葉を告げられる。
「えっ、承認していいんですか?」
「いいの。」
「本当ですか?」
「もちろん。」
「こ、心が痛まないんですか?」
「……うぅ、しつこいわね。」
ミレイの訴えに、サーシャは参ってしまう。
「心配しなくても大丈夫よ。このギルドには、どんな問題にも対処できる、”プロフェッショナル”がいるから。」
こんなグレーな依頼を、出来れば承認したくはなかったが。
サーシャがそこまで言うので、ミレイは承認することにした。
「……はぁ。」
例の依頼を承認した後、ミレイは罪悪感に苛まれていた。
万が一にも、億が一にもありえないとは思うが。キララやフェイトが、あんな依頼を受けてしまったら。
それ以外の知らない子でも、出来れば受けないで欲しい。
そうしてミレイが落ち込んでいると、サフラから再び声がかけられる。
『ミレイ。先程の依頼だが、すでに受けた人間がいるぞ?』
「……え゛。」
危惧していたことが現実になり、ミレイは衝撃を受ける。
『気になるなら、4番窓口を見てみるといい。』
サフラの言葉に。恐る恐る、ミレイは受付から身を乗り出し。向こうの4番窓口に目を向ける。
するとそこには、ミレイも知らない少女が立っていた。
凝ったデザインの、可愛らしい”ゴスロリ系”ドレスに身を包み。髪型は黒髪のツインテール。おまけに、ケットシーの血を引いているのか。ユリカと同じく、猫耳と尻尾が生えている。
そして、そんな山盛りの属性にも負けない、非常に整ったルックス。
とても、冒険者とは思えないような美少女であった。
(あんな可愛い子が、あの依頼を受けたのか。)
猫耳の少女は、リリエッタと楽しそうに会話を交わし。
そのまま、ギルドの外とへ立ち去っていった。
(こ、恐い。)
ギルドの裏側、というよりも、世界の裏側を覗いてしまったような気がして。
ミレイは恐怖に慄いた。
◆◇
仕事終わりの夕暮れ時。
怒涛の激務を終えたミレイと、ぐっすり眠ってご機嫌なキララが、街を歩く。
「……あたしゃもう疲れた。」
「ふふっ。」
ミレイはすでに満身創痍であり、自分で歩くのも億劫に感じるほど。本音を言えば、キララにおんぶして欲しいくらいだが。年長者のプライドから、体を突き動かす。
「ねぇ聞いてよ。イーニアがさ、酷いんだって。」
「イーニアちゃんが?」
「うん。昨日のあれ、わたしは受付嬢として対処にあたったから、評価点が入らないんだって。他の3人には入ったのにさー。」
他の3人とは、キララと九条、フェイトのことである。
「このままじゃわたし、ずっとEランクのままなんだけど。」
「大丈夫だよ〜 ランクなんて、すぐに上がってくから。」
「わたしだって、別にランクにこだわりはないけどさ。1人だけ低いと、なんか寂しいじゃん。」
「……ミレイちゃん。」
溢れる感情に、キララは思わず口元を覆う。
「キララだって、今はDランクでしょ?」
「えっ……あ、うん。」
キララは口が裂けても言えなかった。
昨日の一件で更に評価が上がり、つい先程Cランクに上がった、などとは。
「……あぁ、ほんとに眠い。」
キララの内に秘めた思いなど知らず。
ミレイは、ふらふらとした足取りで歩き続け。
「あいたっ。」
不注意で、通行人と肩がぶつかってしまう。
「もう、ダメだよミレイちゃん。ちゃんと前を向いて歩かないと。」
「あぅ……分かってるけど。」
眠たくて眠たくて。もしも許されるなら、このまま地面に倒れ込みたい。
そんな願望すら抱いてしまう。
「あれ? 今ぶつかった人、なにか落としたよ?」
「あっ、ほんとだ。」
地面に落ちていた何かを拾う。
「冒険者カードだ、これ。」
それは、ミレイにも馴染み深い代物であった。
ただし、左上に書かれているのは、”B”という文字。明らかに先輩である。
「返さないと。」
「うん。」
すぐさま振り返って、今しがたぶつかった人物へと声をかける。
「あの、冒険者カード落としましたよ!」
「――にゃん?」
それは、見覚えのあるビジュアルであった。ゴスロリ系の服に、黒髪のツインテール。そして、猫耳と尻尾。
先ほどギルドで見かけた、”例の依頼”を受けていた人物である。
「……おぅ。」
予想外の出会いに、ミレイは固まってしまう。
「にゃーん。ミーの登録証だにゃん!」
「ど、どうぞ。」
見た目だけでなく、語尾まで猫なのかと思いつつ。とりあえず、冒険者カードを手渡す。
(……ほんとに可愛い。こんな子が、あんな依頼を?)
考えれば考えるほど、何かの間違いなのではと思ってしまう。
けれども。
「どうかしたのかい?」
そこに、見知らぬ男性が話しかけてくる。小太りだが、一見紳士っぽく見えるおじさんである。
「何でもないにゃ〜ん。”パパ様”、早くご飯に行こうにゃん!」
「あぁ、そうだね。」
明らかに年齢差もあり、パパと呼ぶのも有り得なくはない。
だがしかし、見た目も種族もまるで違い、絶対に親子には見えない。パパ様と呼ばれたあの男性の目も、決して娘を見るものではない。
どう見ても、”パパ活”である。
(……こんな事が、まかり通っていいのか。)
どこかへと向かっていく、そんな2人の後ろ姿を。ミレイは愕然と見つめる。
(ふ、風紀が乱れている!)
あまりにも衝撃的な現場に出くわし。先程までの眠気も、完全に吹き飛んでしまった。
「今の人たちって、親子なのかな?」
純粋なキララが、そんな疑問を口にする。
どう説明するべきか、ミレイは考えるものの。最適な答えが見つからない。
「……キララ。もしもお金で困ったりしたら、絶対にわたしを頼ってね。」
「えっ?」
このまま何も知らずに、健やかに大人になって欲しい。
ミレイは心の底からそう思った。
◆
「うー、さっぱりした〜」
「いいお湯だったね〜」
女子寮の大浴場で汗を流し、ミレイとキララは自室へと戻る。
「こんだけ疲れてたら、めっちゃ寝れると思う。たぶん、人生でも最大級くらいの。」
「寝る子は育つってやつだね!」
「……うん。」
その理論が正しければ、今頃ミレイは長身美女になっているはずである。
2人は、自室の前まで辿り着き。
ちょうどそのタイミングで、”隣の部屋”のドアが開く。
(あ、お隣さんかな?)
思えば、隣の部屋の住人とは会ったことがなく。これが初対面となるのだが。
「にゃん?」
それは、見覚えのある猫耳ゴスロリ少女であった。




