冒険者は眠れない
「魔法を習得するには、それはそれは”根性”が必要なんだよ。」
「なるほど、望むところだわ!」
夕焼けに染まる砂漠。
車を運転する九条と、助手席に座るミレイ。後部座席には、眠っている少年たちがおり。
屋根の上では、キララが座りながら風を感じていた。
無事に、少年たちを救出し。後はティファニーちゃんと合流し、みんなで元の世界に帰るだけ。
異界の門が見つかるかは不明だが。”RYNO”で一帯を吹き飛ばせば、多分見つかるだろうと。そんな考えのもと、この世界との別れが近づく。
ミレイと九条が、他愛もない会話に花を咲かせ。キララは屋根の上から身を乗り出し、それに参加する。そんな、和やかな雰囲気の少女たちを。
車を追いかけながら、ブラスターボーイが見つめている。
(……本当に、良かった。)
自分以外の誰かと話すこと。自分以外の笑い声を聞くこと。かつては当たり前であり、この50年の間は叶うことがなかった。
懐かしくもあり、とても新鮮な光景。
誰かと、感情を共有すること。喜びを分かち合うこと。
50年前、かつての相棒と共に過ごした日々を、ブラスターボーイは思い出す。
(無駄じゃなかった。俺が歩き続けたことで、救える命があったんだ。)
砂漠で拾ったティファニーと、基地から救出した少年2人。
九条瞳との出会いと、ともに肩を並べた記憶。
勝利へと導いてくれた、2人の魔法少女、……のような何か。
(俺の50年は、このために――)
夕焼けに染まる砂漠を駆けながら。片腕を失ったロボットは、今日という結末を噛みしめる。
けれども、
空の彼方から生じた、”まばゆい星の輝き”を視界に収め。
咄嗟に、ブラスターボーイは車の前に身を投げだした。
何故、彼がそのような行動に出たのか。車にいるミレイたちには、1ミリも理解ができず。
ただ見つめ。
何かの直撃を受け。
”身体を上下に引き裂かれる”、その後ろ姿を。
鮮明に、瞳に焼き付けた。
「――ブラスターボーイ!!」
九条は車を急停止させ。
車外に出ると、吹き飛ばされたブラスターボーイの元に駆け寄る。
それは、とても無惨な有様であった。
強烈な一撃で、胴体を真っ二つに引き裂かれ。高熱により、アーマーや中の回路も融解してしまっている。
人間とロボットでは、怪我の度合いに差はあるだろうが。
その傷の深さは、絶命したスケアクロウよりも酷かった。
「……なによ。なんで、こんなことに。」
突然の出来事に、九条は理解が及ばず。
ミレイとキララも、ただ呆然と立ち尽くす。
そんな、彼女たちを嘲笑うかのように。
夕焼けの空から、無数の”流れ星”が降ってくる。
地上めがけて、流星群は一斉に飛来し。
衝突の際に、僅かに”減速”して、その衝撃を和らげる。
それらは皆、”巨大な人のような形”をしていた。
これまでに倒してきた敵のように。
「……あ、れは、”月”にいた、連中だ。地上の、はみ出し者と違う。……もっと、ずっと強い。」
最後の力を振り絞って、ブラスターボーイが声を出す。
「……そんな。」
「”あれ全部”が、敵ってこと?」
悲しみに暮れる九条と。冷や汗をかきながら、周囲に目を向けるミレイ。
そこに、絶望の足音が近づいてくる。
ブラスターボーイの言う通り、彼らは地上にいた敵とは違っていた。
ボディにはサビ一つ存在せず。嫌味ったらしく、アーマーの輝きを見せびらかすように。
武器の質も違うのか。ブラスターボーイを撃ち抜いた一撃は、”ビーム兵器”のようにも見えた。
「あいつらを、呼ぶなんて。よっぽど、悔しかったんだな、きっと。」
「ブラスターボーイ。貴方、大丈夫なの?」
「……いいや。もう、無理だ。」
活動に必要なエネルギーが、消えていく。
「なに言ってるの! わたしと一緒に戦うのよ!!」
九条が懸命に声をかけるも。
ブラスターボーイは首を横に振る。
「すまない、友よ。……どうか、生き延びてくれ。」
険しい表情で、何かを叫ぶ少女を見つめながら。黄色い錆だらけのロボットは、活動を停止する。
世界を見るためのレンズも、声を聞くためのマイクも、その機能を失い。ブラスターボーイは真っ暗な世界に落ちていく。
長い長い、旅の終わり。
もしくは、儚い夢の終わりか。
敗北と喪失を受け入れられず。生命の潰えたこの星で、ひたすらに流浪の旅を続け。
歩き、膝をつき、また立ち上がり。
最後に少しだけ、大好きな人間のために戦えて。
もう後悔はない。
(俺は、満足だ。)
冷たく寂しい、孤独の世界に落ちていく。
――本当にそうか?
どこか、見透かしたような。
懐かしい友の声がした。
◆◇
『――全行程完了。システム、再起動します。』
命も尽き。長きに渡る歩みも、終りを迎えた。
そう確信し、ブラスターボーイは眠りについたはずだった。
だがしかし。今再び、集音マイクが外の音を拾い始める。
「これで、問題はないはずだ。」
「……本当でしょうね。」
「わたしの腕前を、ミレイから聞かなかったのか?」
「頼りになる、とは言ってたけど。」
「なら、頼りにしてもらおう。」
音声に続き、視界データも回復する。
見覚えのある金髪の少女、九条瞳と。見覚えのない、”眼帯の男性”が話している。
「後は下半身だが。君たちが砂漠で回収した、あの”氷漬けのやつ”を解体すればいいか。」
「そうね、カラーは黄色に塗ってちょうだい。」
まだ再起動の途中なのか。思うように体を動かせず。
その間も、2人は話に夢中になる。
「激しい戦闘にも耐えられるよう、とびっきりに仕上げよう。」
「何なら、”キャタピラ”とかにしても良いわね!」
黙って聞いていれば、そんなとんでもない話になっていき。
「――待ってくれ、キャタピラだけは嫌だ!!」
黄色いロボット戦士は、見知らぬ異世界で目を覚ました。
因縁深き、”巨悪”の眠るこの世界で。
◇◆
月より飛来し、周囲を取り囲む無数のロボットたち。
力尽きた彼の言葉を信じるなら、今まで戦った敵よりも強いという。
そんなロボットたちが、夕焼けの砂漠に降り立ち。ミレイたちを見つめている。
「……くっ。」
どうやったら、この窮地を切り抜けられるのか。そもそも戦いが成立するのか。
ミレイは必至に頭を働かせて考えるも。あまりにも絶望的な状況に、完全に思考が停止してしまう。
九条は未だにショックが大きく。
キララも、少年2人を守るのに思考を割いている。
自分が、どうにかしないと。
こんな時に、”全てをひっくり返せるような力”があれば。
ミレイは拳を握りしめ。
砂漠の一部で、凄まじい爆発が発生した。
下から突き上げられるように、砂の山が周囲に飛び散り。
代わりに、”巨大な氷の柱”が出現する。
砂漠に出現した、あまりにも場違いな物体に、九条やロボットたちは驚くものの。
ミレイとキララは、安心感からほっと息を吐く。
「――まったく、最悪の世界ね。」
異界の門を潜り抜け。
最強の少女、フェイト・スノーホワイトがやって来る。
「このわたしが、氷河期まで戻してあげるわ!」
諸々の鬱憤を晴らすように、フェイトは力の全てを解放した。
――”理想形態”。
――その背中より、8枚の翼を展開し。
空間が悲鳴を上げるほどの、”別次元の魔力”を覚醒させる。
「――”氷創、皆殺しドラゴン”!!」
とんでもない技名を叫びながら、フェイトは能力を行使し。
すでに出現していた氷の柱が、巨大なドラゴンへと姿を変える。
「行きなさい!」
フェイトの指示に従って、巨大なドラゴンがロボットたちへと襲いかかる。
得体の知れない化け物相手に、ロボットたちは驚きながらも、各々の武器で応戦するものの。
強力なビーム兵器であっても、ドラゴン相手には一切通じず。
圧倒的な力によって蹂躙される。
その滅茶苦茶な光景に、ミレイとキララは苦笑いし。
九条は呆気にとられていた。
そこへ、優雅にフェイトが飛翔してくる。
「……何も考えずに、”とりあえず攻撃しちゃった”けど。あれって倒していいの?」
「……あー、うん。いいよ。」
「了解!」
そんなこんなで、”探していた主”の安否も確認でき。
上機嫌になったフェイトは、”巨大な氷の剣”をその手に具現化する。
「――ずぉおりゃああ!!」
正真正銘、全力の一撃をぶっ放し。
その後、”大陸規模での気候変動”が起きたという。
◆
「ありがとう! お姉ちゃんたち。」
他の冒険者に抱えられながら、ティファニーちゃんが元の世界へと戻っていく。
大きく手を振るその姿を、ミレイたちは笑顔で見送った。
「これで、全員ですね。」
フェアリーの受付嬢シャナが、無事に今回の一件を見届ける。
行方不明だった子供3人を保護し、門を潜った冒険者にも欠員は無し。一時は、どうなるかと思われたが。
”ギルドとしては”、満足のいく結果となった。
とはいえ、事態に対処した冒険者たちは、手放しに喜ぶことが出来なかった。
「……瞳ちゃん。」
停止したロボット戦士の傍らで、九条は悲しみに暮れる。
ミレイとキララも、同様に落ち込んでいたが。
肩を並べて戦った九条の傷は、2人よりも深かった。
どう声をかけるべきか、ミレイは考えるも。
その前に、ある人物の存在が脳裏に浮かぶ。
「”エドワード”なら、もしかしたら。」
「……エドワード?」
「うん。また別の地球から来た人だけど。パワードスーツとか作ってたし、頼りになるはず。」
「つまり、治せるってこと?」
「確証はないけど。その可能性があるのは、エドワードだけだと思う。」
人間ならば、死後の蘇生限界があるが。
ロボットなら、あるいは。
「……お願い、するわ。」
九条には知りたいことがあった。
彼がなぜ、そこまで人間に味方するのか。
なぜ、50年も待ち続けたのか。
”戦友”でありながらも、知らないことが多すぎた。
「なら、わたしが案内するわ。博士の居場所なら、何となく見当がついてるから。」
「うん。ありがとう、フェイト。」
「ふん。」
フェイトは不機嫌そうにそっぽを向き。
ブラスターボーイを運べるように、異界の門を力ずくで押し広げる。
「……あ。」
一気に、門を閉じる難易度が上がり。
待機していたユリカは、静かに瞳を閉じた。
なにはともあれ、これにて問題は一段落つき。
ミレイは一気に気が抜けて、ぐぐっと伸びをする。
そのとなりでは、キララが大きなあくびをしていた。
「キララ、おねむ?」
「……うん。」
「疲れたし、お風呂入って寝よっか。」
なにせ、ギルドの仕事終わりからずっと、寝ずに冒険を続けてきたのである。
過酷な砂漠での活動、戦闘の緊張感、冒険者としての義務感から解放され。疲れとともに、どっと眠気が押し寄せてくる。
これだけ頑張った後なら、きっとぐっすりと眠れるはず。
そんなことを考えるミレイであったが。
「あの、ミレイさん。」
「ん?」
羽根をはためかせ、シャナが近づいてくる。
「こんな事を言うのは、非常に心苦しいんですけど。」
若干、顔を引き攣らせながら。
「もう、”夜明け”です。」
残酷な真実を、ミレイに告げた。
「……夜明け?」
過酷な徹夜明けの脳みそで、ミレイは思考する。
夜明けとはなにか。
何が心苦しいのか。
つまり夜明けなら、何がやって来るのか。
『さて、今日も”仕事”を頑張るか。』
頭の中から、そんな声が聞こえてくる。
基本的に、ミレイの体内で眠っている状態の彼には、本当に何の悪気もないのだろう。
現実を受け止めきれず。
ミレイはそのまま、無言で立ち尽くした。




