恐怖、デラックスミサイル
戦いの余波で、砂の中に埋もれてしまったのか。それとも、単純に消失してしまったのか。元の世界に戻るために、必要な異界の門が見当たらず。
仕方がないので、ミレイたちはブラスターボーイが拠点にしている隠れ家へと向かうことになった。
その道中、一行はボロボロになった廃屋のようなものを見つけ。水と食料を確保するべく、中を捜索することに。
扉を開けようと、ドアノブに触れた瞬間。それが切っ掛けで留め具が壊れ。
開ける前に、扉が後ろに倒れてしまう。
「……腐ってやがる。」
「時が経ちすぎたのね。」
目的がなければ、絶対に入ろうとも思わない、ボロボロの廃屋。オバケというよりも、ゾンビが出てきそうな雰囲気だが。
食料を求めて、ミレイたちは中へと入っていく。
キララが魔法で光の球体を作り出し。その明かりを頼りに、3人は廃屋の中を捜索する。
廃屋の中は、すでに半分ほどが砂に侵食されており。人の暮らせるような状態ではなかった。
この様子では、水も食料も見当たらなそうだが。生きるのに必要なため、懸命に中を探索する。
「ふぅ。」
九条は髪の毛を巧みに操り。棚の中など、隅々まで手を伸ばす。
そんな彼女の様子を、ミレイは静かに見つめていた。
「……ねぇ、キララ。魔法で作った水って飲めるよね?」
「え? うん。たぶん、大丈夫だけど。」
「ならちょっと、瞳ちゃんを助けてあげて。」
ミレイたち3人の中で、最も疲労の色が濃いのは、他ならぬ九条瞳であった。
ミレイはサフラの補助によって効率的に環境に適応し、キララは魔力を纏うことで体を冷やし続けている。
だが、九条は髪の毛を操る異能の持ち主ではあるものの、それ以外はほとんど一般人と変わりなく。汗の流し過ぎで、いつ倒れてもおかしくないような状態だった。
キララが、魔法で水の塊を作り出し。
それに、そっと九条が口をつける。
「……美味しいわ!」
「本当? よかった〜」
初の試みではあるが、少なくとも味は大丈夫な様子だった。
全員、喉が渇いていたため。続いて、ミレイとキララも飲んでみることに。
「これはこれは、結構なお手前で。」
「……ケッコウナ、オテマエ?」
兎にも角にも、魔法で生み出した水は中々に美味しく。
2人が飲みまくっていると。
「缶詰を見つけたわ。」
廃屋の奥から九条が戻ってくる。その髪の毛には、3つほどの缶詰が握られていた。
「あったの、それだけ?」
「ええ。他のは爆発寸前って感じだったから。」
結局、この廃屋で見つかったのは中身不詳の缶詰が3つほど。
その戦利品を持って、ミレイたちは隠れ家へと向かうことにした。
「……ねぇ、さっきの所だけど。奥に人の骨がなかった?」
「あったわね。ミレイが気づかなくて良かったわ。」
キララと九条の間に、そんな会話があったとか。
◇
ブラスターボーイの言う隠れ家。それは、岩陰に大きな布を張っただけの簡易的なテントであり。
人間的な感性では、とても隠れ家と呼べるような場所ではなかった。
だがしかし。
「――お姉ちゃーん!」
岩陰から飛び出してきた1人の少女が、九条に抱きついてくる。
「ちょっと、今汗がすごいんだけど。」
そう言いつつも、九条は少女を引き剥がそうとはしなかった。
少女の名前は、”ティファニー”ちゃんと言うらしい。友達と一緒に異界の門を通り、この世界へやって来て。
そして、”奴ら”に捕まった。
この世界では、すでに人間は希少な存在なため。奴らはティファニーちゃんたちをペットとして扱いし、かなり酷い環境で”飼育”していたとのこと。
所詮は、何の力も持たない子供たちなため。彼女たちの管理はかなり雑にされており。
隙を見て、彼らの基地を逃げ出した。
だがしかし。
ブラスターボーイに保護されたのは、ティファニーちゃん1人だけ。
他の子供達は、逃亡に失敗した。
「君たちの世界から来た子供たちは、全員、近くの空軍基地に居るはずだ。」
「つまり、敵もそこに居るんだよね?」
「ああ。スケアクロウは倒したから、残りは4体だな。」
九条とキララ、そしてティファニーちゃんは、九条の髪の毛で遊んでいる。
それを見つめながら、ミレイとブラスターボーイは今後について話し合う。
「砂漠で、瞳と出会って。君たちの世界について聞いたんだ。人がいっぱい居て、強い奴もいるって。だから応援を呼ぶために、そのゲートを探しに行ったんだけど。」
「……なるほど。」
スケアクロウとの戦闘の余波で、異界の門は姿を消してしまった。
結局の所、ミレイとキララという戦力はやって来たものの。空軍基地にいる子供たちを救うには、不安の残る布陣であった。
「できれば、戦いたくはないけど。……子供たちが居るんじゃ、仕方ないか。」
「なら、作戦を考えよう。」
こちら側の手札や、敵の強さなど。自分たちの持つ情報を出し合って。どうすれば、基地から子供たちを助け出せるのかを話し合う。
そして、その結果。
ミレイたちは”今すぐ”に、子供たちの救出に向かう事にした。
◇
「ほら、ティファニーちゃん。これをあげるから、お留守番頑張ってね。」
「わーい、ありがと〜」
ミレイから、ペロペロキャンディを受け取り。ティファニーちゃんはとても嬉しそうにする。
「お姉ちゃんたちが、友達も全員助けるから。安心してここで待っててね。」
「うん!」
◆◇
機械生命体は夜間でも視界が良好なため、救助に向かうのなら昼間のほうがいい。また、スケアクロウが倒されたことにより、今現在、向こう側も混乱に陥っている可能性がある。
それらの条件を考えた結果、子供たちを救助するタイミングは、今をおいて他にないと判断した。
そのため、ミレイたちは覚悟を決め、敵の占領する空軍基地へと向かうことになったのだが。
「「――50キロ!?」」
空軍基地までの距離に、一同は愕然とする。
「この猛暑の中の50キロは、流石にキツいわね。」
「……瞳ちゃん、このままじゃ死んじゃうよ?」
キララの言葉はごもっともであり。
機械の翼や、フェンリルなどの移動手段もない時点で、ミレイにも厳しいものがあった。
「ブラスターボーイ、車に変形できないの?」
「すまない、俺にそこまでの機能はないんだ。」
残念なことに。彼に出来るのは、殴ることと、走ることだけだった。
「近くの廃墟に、確か車があったはずだ。動かせるかどうか試してみよう。」
ブラスターボーイの言葉を頼りに、ミレイたちは近くの廃墟へと向かうことに。
廃墟に辿り着き。
確かに、そこには車が存在した。
だが、
「……賭けてもいいけど、これは動かないと思う。」
ミレイがそう言うのも無理はなく。
その車は、車体全てが錆に覆われ、ボディも変形。ドアも、劣化して取れてしまっていた。
「ハンドルが溶けてるわね。」
「これが、この世界の乗り物なの?」
この砂漠に、50年近くも放置されていた影響だろうか。素人目にも、廃車であると理解できる。
「く、車のキーはどこだろ。」
100%、動かないと決まったわけではないので。ひとまず、ミレイは車を動かしてみることに。
だが、そもそものキーすら見つからない。
「エンジンを直結したらどう? ほら、映画でよくあるじゃない。」
「……いや。もうちょっと、”活きの良い車”じゃないと。」
直結どうこう以前に。この車は、中の配線すらも溶けてしまっていた。
「管理する人間が居ないからな。俺の体も、もうボロボロだ。」
巨大ロボットですら、放置され続ければガタが来る。
空軍基地までの移動もそうだが。子供たちを救出した後、大人数での移動を行わなければならない。その際、子供たちに砂漠を歩かせるわけにもいかなかった。
そういう意味でも、どうにかして車は動かしたい。
「動け、動け。」
壊れたテレビを直すように、ブラスターボーイが車を叩く。
そんな様子を、ミレイたちは暑さに耐えながら見つめる。
「ミレイちゃん、なにか召喚してみたら?」
「あぁ、そっか。こっちは真っ昼間だけど、向こうの世界は深夜だもんね。」
今現在の正確な時間は不明だが、すでに日付が変わっていると仮定して。
ミレイは黒のカードを具現化。
この状況を打開するべく、新たなるカードを召喚した。
3つ星 『デラックスワゴン』
10人乗り、4WDの大型ワゴン車。カーナビやドライブレコーダーを標準搭載しており、安全性能も高い。
「「おおー!!」」
砂漠に降り立つ、一台の白いワゴン車。
ミレイとキララは、たまらず感嘆の声を漏らした。
「ハイエース? ハイエースじゃない!」
九条も、突如現れた新品の車に驚く。
ただし、その名前の車ではない。
「すごい! ミレイちゃん、これって動くの?」
「もちのろん! この車なら、子供たちだって乗せられるよ。」
今までに経験のない、自身の要望に沿ったカードの出現に、ミレイは興奮を隠せない。
「それで、”運転”はできるのかしら。」
「……へ?」
そんな概念は、ミレイの頭の中にはなかった。
◆
ブラスターボーイが見つめる中。とりあえず3人は、デラックスワゴンに乗ることに。
運転席にはミレイが座り、助手席には九条が。ミレイの真後ろの席に、キララが座っていた。
「あれ、キーを差すところがないんだけど。」
「ボタンを押すんじゃない?」
「ああ、なるほど。」
初めての車に、ミレイは四苦八苦する。
「もっと足を伸ばさないと、ブレーキを踏みながらやるのよ。」
「よしよし。」
九条の指示に従って。
ようやく、車のエンジンがかかる。
「おおー」
ミレイは初体験に興奮し。
後ろのキララも、よく分からないが楽しくなる。
「エアコンをつけましょ!」
こなれた手付きで、九条はボタンを操作し。
車内の冷房が全開になる。
「「おおー!!」」
それは、言葉にし難い快感であった。
砂漠の真っ只中、地獄にも等しい環境からの、文明による救済。
九条は、しみじみとした様子で冷気を噛み締め。
キララは初めての感覚に衝撃を受ける。
そして、ミレイは。
「……久しぶりの、エアコン。」
ハンドルを握りながら、涙していた。
「さぁ、行くわよ! 4WDなら、砂漠だって駆け抜けられるわ!」
「おう!」
「おおー!」
大興奮のまま、ミレイはアクセルを踏み。
「――あ、ちょっと前。前を見て!」
そんな、九条の声も虚しく。
アクセル全開のデラックスワゴンは、廃屋に思いっ切り突っ込んでいき。
壁をたやすく貫通。
その衝撃で、廃屋は完全に倒壊した。
「……わたしが、運転するわね。」
「……うん。」
身長140cmにも満たないミレイには、この車は少々荷が重たく。
「……くるま、こわい。」
人生で初めて乗った車に、キララは恐怖を刻まれたという。
◇
廃屋の倒壊に巻き込まれながらも、デラックスワゴンの走行に支障はなく。
灼熱の砂漠を、白いワゴン車が走る。
その後ろを追うように、ブラスターボーイが駆けていた。
車の運転席には九条が座り、助手席にはミレイが。
そして、”いつでも逃げられるように”。
キララは屋根の上に座っていた。
もう絶対に、中には乗らないらしい。
「瞳ちゃん、運転上手いね。」
「まぁ、初心者ではないわね。普段は”舎弟の単車”に乗ってたけど、車の運転も経験があるわ。」
「へぇ〜」
舎弟の単車。
普通に生きていれば、決して口にすることのない単語である。
「ミレイは20歳なのよね。免許は取らなかったの?」
「あー、うん。職場が家から近かったし。……あと、背も低いから。」
そういった理由で、ミレイは免許を取りに行かなかった。
結果として、キララにトラウマを刻んでしまったが。
「そういえば、さっきちょろっと話してたけど。ここって、”地球”なの?」
「そうらしいわね。50年前の戦争で、人類は絶滅しちゃったみたいだけど。」
2人は、この世界について話す。
「空から、機械生命体がやって来て。人類に味方をしたのが、ブラスターボーイの所属する”セルシアス”。敵対したのが、”カーメル”っていう連中らしいわ。あのスケアクロウも、カーメルの一員ね。」
「それで、人類滅亡かぁ。」
「……ひどい話よ。こういうSFモノの映画だと、大抵は人類側が勝つけど。この世界は、そうじゃなかったみたいね。」
ミレイと、九条。
それぞれの居た地球とも、まったく異なる歴史を歩んだ世界。
ここは、もう救いのない世界。
結末を迎えた世界だった。
「ブラスターボーイは、どうしてこの星に残ってるんだろう。他のセルシアスは、みんなこの星から離れたのに。」
「……難しいのよ。人間と一緒ね。」
壊れた世界に、1人残り。
50年経った今でもなお、ブラスターボーイは人間の味方をしている。
そんな彼の意思は、ミレイたちには分かりようもなかった。