ワンナイト・アドベンチャー
「……はぁ。”行方不明”って、ほんと面倒くさいわね。」
真っ昼間の帝都、その上空にて。氷の結晶に乗ったフェイトが、退屈そうに下を見つめる。
その手には、似顔絵らしき紙が握られていた。
地上では。同じく似顔絵を持って、人に聞き込みを行うソルティアと。ぴょんぴょんと、屋根の上を飛び跳ねるキララの姿が見える。
ミレイが、九条瞳の冒険者登録を行っていた頃。キララ、ソルティア、フェイトの3人は、共同である1つのクエストを行っていた。
それが、手に持った似顔絵の理由。すなわち、行方不明者の捜索である。
帝都で多発している行方不明は、人間に飼われるペットだけではない。人間そのものも、同じく行方知らずの者が多く存在した。
冒険者ギルドは、この多発する行方不明事件を組織的な犯罪であると考え、多数の冒険者をもって事態の解決を図ることに。それに、キララたち3人も参戦していた。
キララとソルティアは、他の冒険者たちと同じように足で捜索し。フェイトは1人、上空から”別の視点”で探す。
自分自身を中心に、魔力の波のようなものを発生させ。その範囲内にある、”全ての魔力反応”を感知。
それによって、何か怪しい存在がいないかを探る。
帝都全体をカバーするその”大魔力”に、地上では別の意味で騒ぎが起きていたが。そんな事は、フェイトには関係がなかった。
似顔絵を手に、街中を走り回ってみるも。何ら成果は得られず。
キララとソルティアは、屋根の上で一休みすることに。
「冷静に考えて。こんな下手くそな似顔絵で、捜索が出来るものでしょうか。」
「うーん、どうだろう。わたし、ほとんどの人間が”同じような顔”に見えてるから。あんまり意味ないかも。」
「え。」
キララの衝撃的な言葉に、ソルティアは固まる。
「……同じ顔に見えるというのは。わたしも、それに当てはまるんですか?」
「ええっ、そんなことないよ〜。ソルティアさんは綺麗な顔してるから、バッチリ分かるよ!」
「そうですか。それは一安心です。」
そんなやり取りもありつつ。心地よい陽の光に、涼し気な風。人混みと関係のない屋根の上で。
キララとソルティアは、買ってきたパンを口にする。
一口、かじった時点で、ソルティアはそのパンの味を把握し。
「――じゃあ、貰ってくわね。」
残りを、フェイトに手渡した。
気に入った味なら全部食べ。そうでなければ、誰かにあげる。ソルティアは、かなり酷い性格をしていた。
「ふんふん♪」
パンを貰って、ほくほく顔で飛んでいくフェイトの後ろ姿を。キララは、どこか羨望の眼差しで見つめる。
「……スカートの中身が、気になりますか?」
「ええっ!? なんでそんなこと思うの?」
ひどく心外である。
「いえ、普段の貴女の思考から推測して、そうかなぁと。」
「もー、違うよ〜。友達のスカートの中身なんて、普通は気にならないよ?」
「そうですね。普通なら、そうです。」
この会話には勝てないと。ソルティアは追求を諦めた。
「ただ。空が飛べるのって、良いなって思って。」
「そういうものですか?」
「……うん。そうだよ。」
その領域で、共に肩を並べる姿を想像して。
少女は、空を見上げた。
◆
「――あっ、しまった。」
夕方、2日目となるギルドでの業務を終え。合流したキララと一緒に、どこかお店にでも行こうと思うミレイであったが。唐突に、あることを思い出す。
「どうしたの?」
「いや、その。あの金髪の子、瞳ちゃんが、今日冒険者登録に来たんだけど。……あの子、泊まる場所とかあるのかな? お金も無さそうだけど。」
「それって、あの”すっごい髪の毛”の人?」
「そうそう、多分それ。」
あの謎生物のような髪の毛は、他ではそうお目にかかれないであろう。
「あの人だったら。昼間にちょろっと見かけたような……」
「ほんと? どこらへんで見かけたか分かる?」
「うん。そんなに遠くないから、一緒に行こう。」
やたらと、戦闘力は高いものの。九条瞳は未成年の少女である。そんな彼女を、無一文で野放しにするわけにはいかない。あの行動力の高さからして、何らかのトラブルに巻き込まれる可能性もある。
九条瞳を探すため。昼間に、キララが彼女を目撃した場所へと向かうことに。
◇
「こっちの方だと思うけど。」
「なるほど。」
キララの記憶を頼りに、2人が向かった場所。そこは、何の変哲もない住宅街の路地裏であり。そこには、何人かの男達がたむろしていた。
男達は、皆それなりの装備で武装しており。恐らくは冒険者であると予想できる。
キララは、完全にミレイの後ろに隠れてしまい。面会謝絶モードに。仕方がないと、ミレイが話に向かう。
「あのー、すみません。皆さん、冒険者の方々ですか?」
「んー、そうだけど。嬢ちゃんたちは?」
「えぇっと。わたしは、ギルドの新人受付嬢なんですけど。ここらへんで、10代後半くらいの、物凄い金髪の子を見ませんでしたか?」
「……いや、見てねぇな。」
「ああ、見てない。」
「そう、ですか。」
そんな少女は見ていない。男達は口を揃えてそう言った。
だが、冴えわたるキララの直感は、その不自然さを見逃さない。
「……ミレイちゃん。その人たち、”嘘”ついてるよ。」
「え?」
「多分、ほんとは知ってると思う。」
鋭い目つきで、男達を見つめ。キララはそう確信する。
「……俺らが、嘘ついてるって?」
「嬢ちゃん、そりゃ穏やかじゃねぇぜ。」
自分たちに疑いをかけられ。男達の態度も若干好戦的に。その場の空気が張り詰める。
(やばい。)
今のこの状況、ではなく。自分の真後ろで、静かに魔力を滾らせるキララに。ミレイは、軽く戦慄する。
長年の経験から判断して。キララは男を、”ゴキブリと同列”に扱っている節がある。
つまり、いざとなったら、躊躇なく”潰せる”。
このままではマズいと。ミレイは魔導書を叩いた。
「……皆さん、少し落ち着きましょう。」
”蠱惑の魔眼”の発動。その瞳に、ハートの模様が浮かんだ。
◇
「こっちです。」
説得した冒険者たちに連れられて。2人は路地裏の奥へと入っていき。
そこにあった”もの”に、言葉を失う。
「……うそ。」
不穏な輝きを放つ。見覚えのある、”光の輪っか”。
世界と世界とを繋ぐ、異界の門である。
これまでの例に漏れず、かなり安定している様子だった。
「本当に、この中に入っていったの?」
「はい。これは、俺らが秘密裏に使ってる穴なんで、勝手に入るなと止めたんですが。」
「手も足も出ず、ボコボコにされました。」
周囲を見てみれば。確かに、争ったような痕跡がある。
「……ねぇ。ギルドの規定で、もしも異界の門を発見した場合、すぐに報告することが義務付けられてるはずだけど。なんで報告してないの?」
そう、ここに異界の門が存在することも問題だが。それを知りつつ、これまで放置していた彼らのほうが問題である。
「他の世界の物品は、こっちで高値で売れるから。俺たちだけで独占しようと思って。」
「だから、ずっと秘密にしてたの?」
「ああ。ここに寄り付くのは、”近所のガキぐらい”だから。十分隠し通せる。」
「……そんな。」
異界の門が、どれだけ危険な代物なのか。ミレイはよく知っている。どんな世界に繋がっているのかも分からず、門がいつ閉じるのかも分からない。もちろん、こっちに帰ってこれる保証もない。
”近所の子供しか寄り付かない”。その言葉には、もはや恐怖しか感じなかった。
帝都で多発している、”行方不明事件”。この異界の門が、それに直接関係している証拠はないが。
少なくとも、九条瞳はこの先にいる。
「探しに、行かないと。」
「そうだね。」
異界の門。そして、その先に広がる未知なる領域。そこに恐怖は感じるものの。
冒険者としての意志が、今の2人には宿っていた。
「皆さんに命令します。この門のことや、その他の悪いこと全部。嘘偽りなく、ギルドに話してください。……お願いします。」
「わかりました。」
ミレイの命令に従って。冒険者たちは、大人しくその場から去っていく。
その場に残るのは、2人のみ。
「行ける? キララ。」
「もちろん! 夜ふかしオッケーだよ。」
「……早く帰れればいいけどね。」
向こうに行った人間を連れ戻すべく。ミレイとキララは、異界の門へと入っていた。
◆◇
熱く、熱く。
そして、乾いた風が吹いていた。
天には、とても大きな太陽が昇り。
大地には、灼熱の”砂の海”が広がる。
その環境は、人類にはあまりにも過酷であり。
色白なミレイの肌から、じんわりと汗が流れ出る。
「……地獄だ。」
異界の門を潜ると、そこは砂漠だった。
燦々と照りつける陽の光に、それによって生じる殺人的な暑さ。
流石にそれは耐え難く。いつぞや召喚した、”赤い傘”を具現化し。とりあえずキララに渡す。
「キララ、大丈夫?」
「うん、これくらいなら平気だよ? 軽く魔力を流して、体を冷やしちゃえばいいから。」
「なるほど、その手があったか。」
あまり意味は分からなかったが。説明からして簡単そうなので、ミレイは試してみることに。
「うぐぐぐ。」
軽く魔力を流して、体を冷やす。それをイメージして力を込めるも。やはり思い通りの結果は起きず。
血が上って、逆に死にそうになる。
「サフラ、へるぷ。」
『……いいだろう。』
ミレイの要望に応え、サフラがその力を発揮する。
細胞レベルで同化したミレイの体を、巧みに操作し。この暑さに耐えられるよう”変異”。
真っ白なミレイの髪の毛、”その一部が赤く染まり”。
そこから、熱が発生した。
「おお! これなら行けそうかも。」
「すごーい!」
世にも珍しい、”放熱器官”を持つ人間の誕生である。
◇
「ちょっと、上から見てくる。」
地上からでは埒が明かないため、ミレイは不要になった赤い傘を消し。その代わりに、機械の翼”フォトンギア・イカロス”を具現化。
大空へと飛翔していった。
ジリジリとした空の下。
この未知なる砂の世界を見渡す。
「……何もない。」
視界に広がるのは、同じような景色のみ。
目立つ人工物や、人影等も見当たらない。
「そだねー」
「ん!?」
予想外の距離から聞こえたその声に、咄嗟に振り向くと。
どういう理屈か”宙に浮かび”、ミレイと同じ高度までやって来たキララの姿があった。
「どうなってるの?」
「えっとね。かるーく、足先で空間を掴むような感じかな? こう、ぐぐって、魔力をねじ込むイメージで。」
「……それで、飛べるの?」
「うん! 実は昼間に練習してたんだ〜。ミレイちゃんもフェイトちゃんも飛べるから、わたしもやりたくて。」
「魔法ってすごい。」
正確には。魔法どうこうよりも、キララの才能が異常なだけであり。
今まで誰もやったことのない、”世界初の飛行法”を編み出していた。
「でもまぁ、こりゃ骨が折れそうだね。」
「ねー。」
2人揃って周囲を見渡してみるも。果てしない世界と、砂の海が存在するのみ。
あの特徴的な、ドリルのような金髪も見当たらない。
「サフラは、どう思う?」
『そうだな。周囲に生命体がいるようには思えないが。……いや待て、』
「ん?」
サフラが、何かに気づいた瞬間。
ほぼ同時に、キララもそれに反応する。
『来るぞ。』
サフラとキララが見つめる方向。
その空の果てから、”何か”がこちらに近づいてくる。
「――避けて!」
キララの声に。ミレイ、ではなく。その翼が勝手に反応し。
高速で接近してくる何かを、瞬時に回避する。
キララも、宙を蹴ることでそれを回避した。
「……なんだこれ。」
やって来た、その存在に。
ミレイはただ、驚くしかない。
「――人間! 人間! 人間! 羽根の生えた人間! ちょーレアもんじゃねーか!!」
サビだらけで、汚れているものの。圧倒的な威圧感を放つ、”鋼鉄のボディ”。
人間を遥かに上回る、その巨体。
「俺様のペットにしてやるぜ!!」
(……こりゃヤバい。)
明らかに殺人的な、”巨大人型ロボット”が出現した。