一心同体
ギルドの1番窓口にて、マニュアルを覚えるミレイとイーニア。
そこへやって来たキララに対し、2人の絞り出した回答は。
「”お勉強”?」
「うん、そうなんだ〜」
ミレイとイーニアは、引き攣った顔で笑い。何とかキララに誤魔化そうとするも。
そこへ、訝しそうな顔をしたフェイトがやって来る。
「それで、どうして急に勉強することになったわけ?」
「……あ、あれよ! ギルドの受付嬢って、みんな繊細な魔法が得意でしょう? だから、実際にコツを教えてもらおうと思って。」
イーニアは、咄嗟にそれっぽい理由をでっち上げる。
「だから、受付の手伝いを?」
「……う、うん。」
ミレイも、否定はせず。もう、その理由で行くことにした。
「ふ〜ん。」
2人の態度に、フェイトは何かを感じ取るも。あえて、口出しはしなかった。
「わたしも手伝うよ!」
周りを見てみれば。素人目にも、ギルドは妙に忙しそうであり。キララが手伝いに立候補する。
「いやいやいやいや! これはわたしたちの仕事だから!」
「そうよ! ちゃちゃっと技を盗んで、こんなのすぐに、すぐに終わらせてみせるから。」
悪いのは、自分たち2人だけ。それにみんなを巻き込みたくはない、という感情から。2人はキララの協力を断った。
イーニアに関しては、プライドによるものもあるが。
「絶対に、戻ってくるから。それまで、そっちも頑張って。」
「……う、うん。わかったよ。」
並々ならぬ意志。ミレイからの切実な要望を受け。流石に、キララも引き下がった。
じー。
そんな、彼女たちのやり取りを。何か言いたそうな目で、ソルティアが見つめていたが。
ミレイとイーニアは、そっと目を逸らした。
◇
キララたちへの言い訳を終え。しばらく、マニュアルに集中する2人であったが。
「よしっ、覚えたわ!」
「え。」
イーニアが、分厚いマニュアルを閉じ。立ち上がる。
「先に手伝ってくるわね。」
「う、うん。行ってらっしゃい。」
ミレイが、軽く戦慄を覚える早さで。イーニアは指定された箇所の内容を覚え。仕事を手伝うべく、他の受付嬢たちのもとへと向かった。
1番窓口に、ミレイは1人残され。
ゾワゾワと、言葉にし難い、得体の知れない恐怖が。肩に重くのしかかる。
(急いで覚えないと。)
焦りの感情を抱きながら。マニュアルの内容に集中する。
自分よりも難しく、量の多い内容を、イーニアはすでに頭に入れていた。それにも拘わらず。ミレイは未だに、指定された内容を覚えきれていない。
集中し、早く覚えようとするものの。他の窓口から聞こえてくる、忙しそうな声や。その他の話し声。壁掛け時計が、秒針を刻む音。その全てが、ミレイから集中力を奪っていく。
「……うぅ。」
認めたくないものだが。
ミレイはどうしようもなく、勉強が苦手であった。
『――何を苦悩している。』
必死に、マニュアルに向き合うさなか。頭の中から、サフラの声が聞こえてくる。
けれども、今のミレイに、それに反応する余裕はなく。
「……ちょっと、静かにしてて。」
『了解した。』
その言葉に、サフラは素直に従い。頭の中に、再び沈黙が訪れる。
その後も無言で、マニュアルを見つめるミレイであったが。
やはり、様々な要素が邪魔をし、内容が頭に入ってこない。
「……ごめん、やっぱ喋って。」
『ああ、いいだろう。くるくると空回りする、君の脳みそを眺めるのも飽きたからな。』
「う。」
何とも、イメージしたくない言葉である。
『それにしても、君の脳みそは酷く効率が悪いな。さっきから、同じ箇所を何度も見返している。まるで壊れた機械人形だ。』
「じゃないと、覚えられないんだって。」
『ふむ。理解し難いな。』
「むぅ。」
頭の中の声すらバカにされては。もう、どうしようもない。
サフラのことは気にせず。ミレイはマニュアルに意識を向けた。
しかし、サフラも。ただミレイを侮辱したいわけではない。
『わたしなりに考えた結果だが。もしかしたら、君の手助けが出来るかもしれない。』
「本当? どうやって?」
『少々、手を出させてもらう。』
ミレイの手伝いをするために。彼女の体から、無数の白い触手が伸びてくる。
何本も、まるでタコの足のように。
「うわっ、ちょっと。」
自分の体ながら。その気持ち悪さに、ミレイは思わず驚いてしまう。
そんな彼女の反応は気に留めず。白い触手は、分厚いマニュアルへと手を伸ばし。一枚一枚、そのページを捲っていく。
それも、凄まじい速度で。
ミレイの動体視力では、とても内容を認識できない。
「いや。これじゃ、流石に覚えられないんだけど。」
『君が覚える必要はない。効率が悪いからな。』
「うぐ。」
ゼロ距離での罵倒は、心にダイレクトに突き刺さる。
『……ミレイ。君の体に寄生してきて、分かったことがある。』
「わかったこと?」
『ああ。君には無駄が多すぎる。会話や思考、咄嗟の判断に、見通しの悪さ。記憶能力に関してもそうだ。君は、あまりにも脳を使いこなせていない。』
「う。」
『だがわたしなら、”その欠点を補うことが出来る”。』
「……本当に?」
『――無論だ。君とわたしは、”一心同体”だからな。君に足りない要素を、わたしが肩代わりしよう。』
その言葉を、裏付けるように。物凄いスピードで、サフラはマニュアルを読み進め。
指定された箇所だけでなく、全てのページを読破してしまう。
『理解した。』
人ならざる生命体。他世界の植物を起源とし。ミレイやエドワードなど、様々な存在の影響を受け。サフラは、その存在を確立させている。
その気になれば、緑の巨獣のような巨大な肉体をも制御可能。
サフラのポテンシャルは、宿主であるミレイを遥かに凌駕していた。
『ミレイ、魔力を練ってくれ。――全て終わらせよう。』
魔水晶へと、触手を伸ばし。
サフラが、その実力を発揮する。
◆
「エメリッヒ家の令嬢から依頼が来てます!」
「また!? 頭おかしいんじゃないの?」
上の塔で、システムの再構築を行うサーシャを除いて。4人の受付嬢達が、慌ただしく仕事に追われる。
データ処理の自動化に伴い、人員を減らしすぎた影響か。完全に、仕事の量に手が追いついていなかった。
「イーニアちゃん、イライザとマグノリアの件を先に終わらせて。今やってるのは後回しでいいから。」
「了解したわ。」
メンバーに混ざって、イーニアも魔水晶を使った業務に参加する。
慣れない作業。マニュアルだけでは対応できない内容もあるが。持ち前のセンスと順応力で、何とか業務をこなしていた。
だがしかし。イーニアという即戦力を加えてもなお。ギルド本部に送られてくる仕事の量は、まさしく致死量であり。
最低でも、今の倍近い人数が居なければ、到底手が回らない。
「これは流石にやばいね。」
「久々に、徹夜ですかね。」
銀髪の受付嬢ナナリーと、フェアリー族のシャナは、そうぼやきつつも。
この激務の中で、どこか懐かしさを感じていた。
「なんか、テンション上がってきたかも!」
「そうね。このストレスが溜まってくる感じ、最近は無かったものね。」
タバサとリリエッタも、すでに徹夜の覚悟を決めている。
ミレイとイーニアの2人は、やってしまったことの責任を取るため。彼女たちなりに、一生懸命頑張っていた。
しかし、受付嬢たちは。それを案外楽しそうに受け入れていた。
2人の事を気遣い、わざと明るく振る舞ってる部分もあるのかもしれないが。
そんな、空気の中。静かに、変化は訪れていた。
作業をするメンバーも、次第にそれに気づいていく。
「あれ? ……タスクがどんどん完了して。」
魔水晶を操作しながら。その表示内容に困惑する。
「ねぇ、みんな。……これって。」
手を出す間もなく。溜まっていた仕事が、凄まじい速度で消化されていく。
「どういうこと?」
「システムが、回復したのかしら。」
次々と仕事が消えていく、原因不明の謎現象に。受付嬢たちは困惑する。
しかし、そんな中で。
「……ミレイ?」
イーニアだけは、何かを感じ取っていた。
◇
てくてくと歩いて。イーニアは、1番窓口へと向かい。
ひょっこりと、顔を出すと。
「うげっ。」
目に入ったその光景に、思わず声を漏らす。
それは、衝撃的なビジュアルであった。
魔水晶の前に座っているのは、紛れもないミレイなのだが。魔水晶を操作しているのは、彼女ではない。
服の中から伸びる、真っ白な触手たちが。物凄い速度で、ディスプレイに表示された内容を処理している。
人間の指ならともかく。ウネウネと蠢く触手の動きは、反論の余地なく気持ち悪かった。
「……むぅ。」
高速で、仕事をこなしていくのがサフラなら。妙な唸り声を上げているその宿主は、一体何をしているのか。
必死に歯を食いしばり。内なる力を引き出すように。
ミレイは、サフラが魔水晶を操作するのに、必要な量の魔力を捻出していた。
ミレイが魔力を生み出し、サフラがそれを運用する。非常に残念なことに。魔力を感覚的に操る能力すら、寄生体であるサフラのほうが上だった。
人間とは違う、特異な能力を遺憾なく発揮し。サフラは魔水晶を操っていく。
その処理速度は、もはや圧倒的であり。本来の自動処理システムと同等か。”それ以上の速度”で、仕事を消化していく。
「……やるじゃない。」
触手と、一心同体で仕事を行う、その後ろ姿を見ながら。イーニアは感心する。
「……やっぱ、気持ち悪いけど。」
少々、心配していたが。あれなら大丈夫だろうと。
イーニアは安心して、持ち場へと帰っていった。
◆◇
それから、時間が経ち。街が夕日に染まる頃。
ギルド本部、上空の塔から。パネルに乗ったサーシャが降りてくる。
「さて、と。みんな生きてるかしら。」
自動処理システムが機能していない以上。地上に居るメンバーだけでは、とても仕事は終わらない。サーシャはそう判断し。面倒だと思いながらも。それを手伝うべく、加勢にやって来た。
だがしかし。
「……随分、静かね。」
手が回らないゆえ、下は混乱していると予想していたが。その予想と反して、騒々しさはまるで感じられない。
表に顔を出してみれば。受付に並ぶ冒険者たちも、とくに混雑はしていない。むしろ、平時よりも落ち着いているように見える。
「ねぇ、この後飲みに行かない?」
「いいですね。」
他のメンバーも、落ち着いた様子で仕事をしており。
システムが停止しているとは思えないほど、”いつも通り”の光景であった。
それを、不思議に思いつつも。サーシャは、自らの持ち場である1番窓口へと向かい。
そこで作業をしていた存在と、遭遇する。
「――あっ、どうも。」
体から真っ白な触手を生やし。
魔水晶を操作するミレイと、視線が合う。
その間も、触手は動き続け。
凄まじい速度で作業を行っていた。
(何あれ、人間の出せる速度じゃない。……ていうか、普通に人間じゃない。)
そのビジュアルに、サーシャはドン引きしつつも。
”世界には、こういう生き物も居るのか”と。
そう納得し。
「……今日の仕事はもう終わりよ。明日も、朝からお願いできる?」
「はい! もちろん頑張ります!」
何はともあれ。
その日の仕事は、みんな定時で終わることが出来た。
上で、別の仕事に追われる、ギルドマスターを除いて。
◆
夜。
ギルドの仕事を終えたミレイたちは、キララたちと合流し。世にも珍しい、”インド料理”のお店へとやって来ていた。
店主が、地球出身なのか。それは定かではないが。そこは確かにインド料理の店であり。懐かしい、故郷の味。あまり馴染みのないインド料理を、ミレイたちは頬張る。
そんな、さなか。
「わたし、この街でやっていけるかな。」
スパイシーな、カレーのような何かや。柔らかいナン等を食べつつ。
ミレイは、元気がなさそうに呟く。
「ミレイちゃん、お水飲んだら?」
「……ううん、飲めない。」
辛い料理を食べながらも。なぜかミレイは、一切水を口にしない。
「はぁ? なんでよ。」
「……サフラが嫌がってるから。」
「いや、立場が逆転してるじゃない。」
「ついに、そこまで落ちましたか。」
なぜ、ミレイがサフラの要望を聞いているのか。イーニア以外のメンバーは、それを理解できず。
イーニアも、自身のプライドから決して口にはしない。
「……しばらくは、頭が上がらないかも。」
ちょっぴりとだけ、辛い夜であった。




