過失100パーセント
「やったわね、ギルバート。」
「あぁ。」
後に、魔水晶の部屋と呼ばれることになる場所で。
タバコを吸いがちな受付嬢、”サーシャ”と。ギルドの最高責任者である”ギルバート”が、感慨にふける。
部屋中の壁に置かれた、50個にも及ぶ特注の魔水晶たち。
これこそが。
世界中のギルドを一つに繋げる、”魔導ネットワーク”の中枢部である。
「これで、お前たちの業務を大幅に減らせるはずだ。」
「ええ。まさに革命ね。」
世界中から依頼されるグローバルクエストや、冒険者一人ひとりの情報。
今までは、その全てを帝都のギルド本部で処理する必要があり。20人以上の受付嬢が、超絶ブラックな激務を毎日のようにこなしていた。
しかし、この50個もの魔水晶によって。世界中のギルドから送られてきた情報が、自動的に処理される。
今まで、受付嬢たちを苦しめていた業務の大半が、ついに自動化されたのである。
それが、およそ半年前の話。
その間、システムは問題なく稼働。
20人以上居た受付嬢たちも、大半が別の職場に転職していき。
今となっては、ギルド本部の受付嬢は”わずか5人”にまで減ってしまった。
だがそれでも。
自動処理システムのお陰で、ギルドの業務は円滑に回っていた。
このシステムが、あるからこそ。
◇
「……あれ、なんで。」
その影響は、すぐに出始めた。
「ねぇ、ちょっと。あたしの方によそのクエストが回ってきてるんだけど!」
「わたしの方にも来てるわ。」
帝都、ギルド本部にて。
各々の窓口で仕事をする受付嬢たちの魔水晶に、”来るはずのない仕事”が舞い込んでくる。
「これって、わたしたちの仕事じゃないはずよね?」
「で、でも。これってやらないと、マズいやつじゃ。」
各ギルド間の手続きや、クエスト情報、冒険者情報の更新など。半年前までは、彼女たちが自力で行っていた業務である。
ただし、その時は20人以上のスタッフが居り。それに対し現在は、わずか5人だけ。
とても、以前のような体制で業務をこなせる人数ではなかった。
「なんだか、騒がしいわね。」
「ね〜」
フェイトやキララたちのもとにも。ギルド側の困惑した雰囲気が伝わってくる。
明確な、非常事態であった。
「お前たち、何をしたんだ。」
銀髪の男。この街のギルドマスターである、ギルバートは。部屋の惨状に、ただただ立ち尽くす。
壁に置かれていた魔水晶は、およそ半数近くが落下し。粉々に砕け散っていた。
そうなってしまえば、中に込められていた魔力も、術式も、全てが無に等しくなる。
それを成した張本人。ミレイとイーニアは、揃って顔面蒼白になっていた。
Sランク冒険者ということもあり。イーニアは、何とか言い訳を考えようと、頭を回転させていたが。
「……あの、その。ぶつかっちゃって。」
腐っても、社会人なミレイは。自らの100%の過失を認め。
「本当に、すみませんでした!」
頭を下げ、謝罪する。
「……ご、ごめんなさい。」
それにつられて、イーニアも謝った。
「チッ。」
少なくとも、見た目だけは、10歳程度の少女が2人。
この惨状に。本来ならギルバートも、死ぬほどの怒号を浴びせたかったが。ギリギリの瀬戸際で踏みとどまる。
双方にとっても、最悪の空気。
地獄のような沈黙が、僅かに続き。
「――ギルバート。」
それを打ち破るように。魔水晶の部屋に、タバコの受付嬢、サーシャがやって来る。
「何があったの?」
「どうやらこのガキどもが、魔水晶をぶち壊したらしい。」
「……なるほどね。」
サーシャは、フリーズ中の2人を見る。
「物理的な脆弱性を、もっと想定しておくべきだったわね。」
「……それは、確かにそうだが。」
魔水晶が壊れたのは。確かに、ミレイとイーニアの、ちょっとした”おふざけ”の結果である。
その被害は、現在進行系でギルドに絶大なダメージを与えているが。
裏を返せば。少女が小突いた程度で、致命的な損害を受けるほど。ここのシステムが脆弱だった、ということである。
「とりあえず、見てみましょう。」
「……はぁ。」
ギルバートは、その怒りを鎮め。破壊されたシステムの確認をし始めた。
◇
「おい、下手に触れるなよ。怪我でもされたら面倒だ。」
ギルバートに、そう釘を刺され。ミレイとイーニアは、部屋の隅っこで縮こまる。
「それにしても、ものの見事に破壊されたな。」
「ええ。」
ギルバートとサーシャは、砕けた魔水晶をかき集め。崩壊した術式と、残ったシステムの現状を冷静に分析する。
「それにしても、なぜあんなガキどもを上に通した。」
「あなたが呼んだんじゃない。この街の防衛を担う、Sランク冒険者よ?」
「なに?」
ギルバートは、ミレイとイーニアの方を見る。
どう考えても、街の防衛を任せられるような実力者には見えない。
親に叱られ落ち込んだ、ただの子どもである。
「どっちがSランクだ。」
「ピンクの方よ。」
「なら、白い方は?」
「お友達。」
「……なるほど。」
ギルバートは、深々とため息を吐いた。
「おい、お前たち。ここが重要な場所だとは思わなかったのか?」
「……すみません。」
返す言葉もなく、ミレイは平謝りする。
「それに貴女たち、なんか臭くない?」
――かあぁ。
この事は墓場まで持っていこう。
顔を真っ赤に染めつつ。2人は静かに、そう決心した。
◇
「……壊れたのは20個ほどか。」
「ええ。ネットワーク自体は、かろうじて機能してるけど。自動処理システムが完全に死んでるわ。術式を組み直すのに、かなり時間がかかりそうね。」
大まかな被害状況が判明し。ギルバートとサーシャは、そのダメージに頭を抱える。
「クソッ、ただでさえ仕事が山積みなんだぞ?」
「……設計は、一応頭に入ってるから。修復はわたしがやるわ。」
「下の業務はどうするつもりだ。あいつら4人では、とても回らないだろう。」
「そうね。正直、ほぼ地獄みたいなものだけど――」
話の流れで。サーシャは、ミレイとイーニアの顔を見る。
「――貴女たち、魔法は使える?」
今は、まさに猫の手も借りたい状況であった。
◆
ひとまず幸運だったのは。”子供用サイズの制服”があったことだろう。
「――というわけで、上の自動処理システムが故障したから。この2人を戦力に加えて、出来る所まで頑張りましょう。」
ギルド本部、地上館にて。
5人の受付嬢たちの中に、同じ制服を着たミレイとイーニアが混ざる。
「ほら、2人とも。自己紹介して。」
サーシャに促され。2人は自己紹介をすることに。
「Sランクのイーニアよ。魔法の腕前は、ぼちぼちってところかしら。」
「ミレイです。魔法は、えっと、……ほんのちょっとだけ使えます。」
「……ということだから。まぁ、一緒に頑張ってあげて。」
続いて、受付嬢たちも自己紹介をしていく。
「わたしは”サーシャ”。一応、この中じゃリーダー的なのをやってるから。ギルバート、……ギルドマスターに要件がある時は、わたしを頼ってちょうだい。」
自分たちで会いにいくのは億劫であろう、という意味である。
「わたしは、”シャナ”と言います。とにかく、一緒に頑張りましょう。」
2番窓口の担当者。可愛らしいフェアリー族の受付嬢が挨拶をする。
「わたしは”ナナリー”。……ギルマスに怒られたのはドンマイだけど。まぁ、仕事は笑顔でお願いね。」
主張の強い胸部と、肌の露出が目立つ。銀髪の受付嬢。
「わたしの名前は”リリエッタ”よ。分からないことがあったら、わたしたちに何でも聞いてね。」
ゴブリンと人間のハーフであろうか。エルフ耳が特徴的な、優しげな受付嬢。
「あたしは”タバサ”。子供だからって容赦はしないから、覚悟しなよ。」
最後に、ボサボサの青髪が目立つ、ボーイッシュ系受付嬢が挨拶をした。
彼女たちが、わずか5人でこのギルドを切り盛りする、”エリート受付嬢”である。
「とりあえず、時間もないから。早速2人には、魔水晶の使い方から教えていくわね。」
未処理の仕事が山のように押し寄せているため、自己紹介は早めに済ませ。
ミレイとイーニアは、サーシャに仕事を教えてもらうことに。
サーシャの持ち場である、1番窓口へ行き。2人は、魔水晶の操作を教わる。
「2人とも、魔水晶を使った経験は?」
「何度もあるわ。」
「わたしは、無いです。」
主に、余所との通信で使うことの多かったイーニアと。触ったことすらないミレイ。
「まぁ、とりあえず。2人の業務用アカウントを作るから、ちょっと待ってて。」
そう言って。
サーシャは魔水晶に手を当て、魔力を注ぐ。
すると、半透明の映像が水晶玉から浮かび上がり。
魔力を帯びた指先で、その画面を操作していた。
(……すごい。空中ディスプレイなんだ。)
魔法というよりも、SFに近い現象にミレイは感動する。
(パソコンと違ってキーボードが無いから。指先の魔力で、直接信号を送ってるのかな?)
自分なりに、ミレイは魔水晶の仕組みを理解していった。
「2人とも、魔力認証で入れるようにするから。軽く指先に魔力を纏わせて、魔水晶に触って。……あんまり強すぎると、中の魔法が壊れちゃうから。そこは気をつけてね。」
「わかったわ。」
「了解です。」
指示通りに、イーニアは指先に軽く魔力を纏わせる。
よどみなく、形状も真っ直ぐである。
ミレイも、同様に指先に魔力を込め。その気合いの割には、微妙な量の魔力が生じる。
出力も形状も、まるで制御が出来ていないが。
(……なるほど。確かに、魔力を引き出すことは出来てるわね。)
サーシャは、2人に最低限の素質があることを確認する。
(イーニアに関しては問題ないけど。……ミレイの方は、ちょっと難しそうね。)
2人の素質を見て。”どの程度の業務”を任せるべきか、サーシャは思考した。
2人は、順番に魔水晶に触れて。操作に必要な、業務用アカウントを作成し終える。
そして、
「これで貴女たちも、アクセスできるようになったから。」
どこから引っ張り出してきたのか。2冊もの分厚い本を、サーシャは机の上に置いた。
(……これは。)
ミレイは、その本に見覚えがあった。
この世界に初めて来て。ジータンの冒険者ギルドに行った際。ソルティアが目の前で読んでいた、”業務用マニュアル”である。
「本当なら、これ全部丸暗記して欲しいけど。流石に時間がないから――」
サーシャはマニュアルを開き、適切な範囲を考える。
「――ミレイは、1ページから88ページまで。イーニアは、200ページから340ページの内容を覚えてちょうだい。」
それぞれの業務に、必要なページを伝えた。
「それじゃ、後は頼んだわよ。一通り内容を理解したら、誰か他のメンバーに声をかけて。実際に仕事を割り振ってもらうから。」
「わ、わかりました。」
2人に指示を与えて。
サーシャは、その場を後にした。
◇
取り込み中、という看板が貼られ。封鎖された1番窓口にて。
「ああああぁぁ!!」
業務用マニュアルを前に。イーニアは、溜まりに溜まった鬱憤を吐き散らかす。
「なんで、こんな事にぃ。」
己の中のプライドや、責任感。その他諸々が暴れまわり。それでも、どうしようもない現実に、打ちひしがれる。
そんなイーニアの醜態を、横目に見ながら。
ミレイは。指示された通りに、マニュアルを読み耽っていた。
与えられた仕事の量に、辟易しつつも。自らの失敗を挽回するため、真剣にマニュアルに向き合う。
なにせ、こちら側100%の過失である。
腐っても社会人であるミレイは、文句など言いようもなかった。
「……うぅ。」
真面目に取り込むミレイを見て。
イーニアも覚悟を決めたのか。うめき声を上げながらも、マニュアルに目を通し始めた。
そのまま、無言でマニュアルを読む2人であったが。
「……いくら何でも、量が多すぎるわ。」
「うん。」
2人が指示された箇所は、そのごく一部ではあるものの。業務用マニュアルは、全部で1000ページ近くもあった。
「受付嬢って凄いのね。これを全部覚えてるなんて。」
「……ソルティアは、まったく覚えてなかったけどね。」
暇さえあれば、どっかでサボる。地方ギルドの受付嬢は、マニュアルを読みながら仕事をしていた。
「そっちはどういう内容なの?」
「たぶん、本当に基本的な部分だと思う。」
ミレイとイーニアは、指示された内容が異なるため。互いにその内容を確認する。
「勝手の分からない冒険者とか、依頼人に対応して。他の窓口に案内したりとか。……魔水晶を使う業務よりも、人とコミュニケーションを取る仕事のほうが多いかも。」
「……なるほどね。つまりあのサーシャって人、一目で貴女の”魔法的センス”を見抜いたのね。」
「うっ。」
悲しい現実に、ミレイの心はズタズタである。
「イーニアのほうは?」
「わたしは主に、クエストの事後処理ね。報告書を作成したり、それに基づいた冒険者の査定をしたり。……今まで気にしてなかったけど、こういうのって案外細かいのね。」
「……へぇ。」
任された業務の違いに、ミレイは言葉もない。
というよりも。10歳の少女に、そんな仕事を任せて良いのだろうか。10歳といえば、掛け算割り算に悪戦苦闘する年頃である。
だが、しかし。
”すらすらと”、マニュアルを読み進めていくイーニアを。傍から見つめて。
(……あぁ、わたしより賢そう。)
年齢差なんて、関係ない。そう確信し。
急ピッチで、ミレイは業務用マニュアルを読み込んでいった。
◇
「――あれ、2人とも何やってるの?」
窓口の外から聞こえてきた、”聞き覚えのある声”に。
「「……。」」
ミレイとイーニアは。
揃って、言い訳を考え始めるのであった。




