夢の都会です
「……おい、これは何の冗談だ?」
帝都ヨシュア。
その中心部にある、巨大な塔の内部にて。
長い銀髪が特徴的な男が。
1枚の紙を手に、文句を口にする。
紙には、人間らしき”下手くそなイラスト”と。
バランスの悪い、”下手くそな文字”が書かれていた。
「冗談だと? その紙には、1つたりとも冗談は無いぞ?」
その部屋に居るのは、男の他にもう一人。
白髪、赤目が特徴的な美女。
この国の頂点、皇帝セラフィムである。
「ただでさえ俺は忙しいんだぞ? 常に過労死寸前だ。」
「安心しろ。お前が死んだら、わたしが責任を持って生き返らせよう。」
「クソッ。お前の場合、それが本気だからタチが悪い。」
銀髪の男と、セラフィムは。互いに気の知れた仲なのだろう。
皇帝という立場の相手に、何一つとして遠慮をしない。
それでも、やはり彼女には逆らえないのか。
深い溜め息と、苛立ちを込めた表情のまま。セラフィムに渡された紙に目を通す。
品性の欠片もない。
とても皇帝が書いたとは思えない、”雑な提案書”を。
「なぜ、こんなものを行う? また暇潰しか?」
「いや、それもあるが。……”現実的に”、それが必要だからだ。」
その提案書には。
彼女なりに、この国を思っての考えが込められている。
「何を求めている?」
「……もっと、”強い奴ら”だ。」
単純に、今のこの世界に足りていないもの。
”外の世界に対抗するための力”を、彼女は求めていた。
◆
「うわっ、すっご。」
周囲に広がる風景と、大勢の人々。様々な音に、目まぐるしく動く世界。
それに囲まれながら。
ミレイはただ、呆然と口を開く。
スタンネルンの町から、3日ほど移動し。
ようやくたどり着いた、”帝都ヨシュア”。
帝国の中心部というだけあり。
今までミレイが見てきたどの街よりも、大きく、そして栄えていた。
目に入る建物は全て大きく。
イーニアのお屋敷や、冒険者ギルドにも匹敵するような建物が、そこら中に存在している。
レンガか、石か。他の街とは建築技術も違うのか。
カラフルな建物は、ミレイの暮らしていた地球とも遜色ないほど、洗練されていた。
映画などで見た、外国の風景にも近い。
「お、お祭りでもやってるのかな?」
「かも、しんないね。」
若干、怯えた様子で。
キララがミレイの服を掴む。
ミレイとしても、このような都会はあまり経験がないため。
まともにフォローが出来ない。
他の面々も。
大なり小なり、都会の様子に興味を示す。
「へぇ〜」
フェイトは。純粋な活気に溢れた都会は初めてなため。
人々の陽気な雰囲気に新鮮味を感じ。
「ふぅ。」
ソルティアは、慣れない環境に辟易してか。
目を閉じ、大人しくしていた。
「……。」
そして、エドワードも。
かつて暮らしていた世界。平和だった頃の地球を思い出してか。
何ともいえない複雑な表情で、街の様子を見つめていた。
そんな中。
「まったく、田舎者丸出しじゃない。」
唯一、1人だけ。
帝都に来たことのあるイーニアは、余裕の笑みを崩さない。
ぶっちぎりの最年少だが。
その佇まいは、もはやお姉さんであった。
「イーニアちゃん、あの”空に浮かんでるの”はなに?」
キララが指差す先。
街の中心部の上空には、”巨大な塔”のようなものが浮かんでいた。
他の建物も、田舎者のキララからしてみれば、お城と見紛うほどの建造物だが。
その塔は、中でも群を抜いて異質である。
「あれは、”冒険者ギルドの本部”よ。浮かんでいるのは、たぶん魔法の力ね。」
「へぇ〜。てっきり、お城かと思った。」
流石は、帝都と言うべきか。
空に浮かぶ冒険者ギルドは、街のシンボル的な役割を果たしていた。
「まぁ、上に居るのは、この街のギルドマスターだけで。ギルドとしての機能は、普通に下の建物で行っているわ。ここのギルドマスターは、人嫌いで有名だから。」
宙に浮かんでいるのは、どうしようもない理由だったが。
「凄い。”路面電車”も走ってる。」
ミレイにとっても、懐かしいような。
とはいえ、実際には見たことないような。
路面電車らしき乗り物が、帝都の中では走っていた。
「あれは”魔力列車”よ。”魔導国家バラム”で開発された技術ね。この国では、帝都でしかお目にかかれないわ。」
魔導国家バラム。
遠い空の果て、浮遊大陸に存在する国である。
「……確かに。よーく感じてみれば、”全部魔力で成り立ってる”のね。」
フェイトは、感覚を外に広げ。
街に広がる魔力の波を感じ取る。
そこら中にある街灯も、路面列車も。
全てが、魔力によって動いていた。
他の街では感じられなかった、街全体を包み込むような”巨大な魔力”。
空に浮かぶ冒険者ギルドも、この魔力あってのもの。
街の大きさに圧倒されながらも。
ミレイたちは、ようやく帝都にたどり着いた。
「これからどうする? 遊ぶ?」
「宿舎のこともあるので、ひとまずギルドに向かうべきかと。」
とりあえず、ミレイたちは話し合う。
「ご飯は?」
「お腹空いてるの?」
そうやって、だらだらと話していると。
「――わたしは、ここで別れよう。」
「へ?」
エドワードが。
唐突に、ミレイたちに別れを告げる。
「どっか行くの?」
「そうだな。……あぁ、”死なない程度”に頑張るさ。」
ミレイたちとは、別の道を行く。
彼には彼の、”生き方”がある。
”自分の娘に、よく似た少女”。
もう一度、失いたくはない。そんな思いで、エドワードはミレイと行動を共にしていたが。
その必要も、もはやない。
フェイトが居る限り、彼女の命を脅かす存在は現れない。
あれだけの友達と一緒なら、大丈夫だろう。
「また会おう。」
自分の道を行くために。
エドワードは、ミレイたちと別れた。
◆
エドワードと別れた後。
なんやかんや話し合った末、ミレイたちはオシャレなカフェに訪れていた。
ミレイとしても。
今まで縁のなかった、都会っぽいお店。
パンやケーキ、お菓子が人気だというその店で、軽く一息つくことに。
せっかくなので、テラス席に座ることにした彼女たちだが。
その中で。
キララだけは、異様に顔色が悪かった。
「……こんな場所で、本当に暮らしていけるかな?」
建物は、どれもこれもお城のように大きく。
そんなに必要か問いたくなるほど、人の数も多い。
都会の真っ只中で、テラス席に座って。
森育ち、村育ちのキララには、全てが未経験な環境だった。
「ミレイちゃんは平気なの?」
「まーね。」
いうほど、ミレイも都会育ちというわけではないが。
学校など、最低限の集団生活はこなしてきたため。
流石に、恐怖を感じるということはなかった。
優雅に、カフェを楽しむことは出来る、……はずである。
「コーヒーをお持ちしました。」
ウェイトレスのお姉さんが、トレーを片手にやって来て。
ミレイとソルティア。
そして、イーニアの元にコーヒーが置かれる。
見た目は、ほぼ10歳のイーニアと変わらないものの。
精神的には、ミレイは立派な大人である。
少なくとも、本人はそう思っている。
だから、お寿司のわさびも食べられるし、コーヒーだって飲める。
もちろん、ミルクとお砂糖は必須だが。
ミレイは、多少甘くしてコーヒーを飲むものの。
ソルティアは、そのままブラックで口にする。
そんな2人の様子を。
イーニアはじーっと見つめており。
ゴクリと、唾を飲み。
一気に、コーヒーをブラックのまま飲んだ。
「――い。」
その味に、イーニアは思わず、声を漏らす。
「アンタもしかして、飲めないのにコーヒー頼んだの?」
「……ミルクを入れ忘れただけよ。」
フェイトに指摘されつつも。
イーニアは澄まし顔で、コーヒーにミルクを入れ。
もう一度、チャレンジする。
「……お、美味しいわ。」
「顔が引き攣ってるじゃない。」
とても、美味しそうには見えなかった。
無理して、コーヒーを飲もうとしているのは明らかである。
「ほら、わたしのオレンジジュース飲んだら?」
「いい。」
フェイトの提案にも、そっぽを向く。
「じゃあ、わたしのいちごミルクは?」
「……いい。」
ちょっと悩みつつも、キララのいちごミルクも受け取らない。
子供っぽい飲み物を、イーニアは断固拒否する。
その行為が、何よりも子どもぽかったが。
ミレイたちも、あえて指摘はしなかった。
とはいえ、ここはケーキのお店なので。
テーブルに、様々な種類のケーキが運ばれてくる。
「……仕方ないわね。」
渋々と言った様子で、イーニアはケーキを口に運ぶ。
その表情は、何よりも幸せそうだった。
◇
都会で、繁盛している店ということもあり。ケーキやコーヒーは中々に美味しく。
ミレイたちは非常に満足した様子。
だが、
「キララ、食欲ないの?」
「……うん。人もいっぱいだから、ちょっと。」
気分が優れないのか。
キララのケーキは、まだかなり残っていた。
都会の喧騒が、キララから食欲を奪う。
「どうして、人間ってこんなに数が多いのかな? ”半分くらい、居なくなってもいいような”。」
「……それは、ラスボスの思考だよ?」
あまりの気持ち悪さに。
キララのダークな部分が浮き彫りになっていく。
そんな様子に、
「あっ、そうだ。これ使ってみたら?」
ミレイは魔導書を叩くと。
その手に、不思議な形をした”青色のメガネ”が出現する。
2つ星 『スライムレンズ』
不思議な形をしたメガネ。特殊な魔法がかけられており、このメガネをかけると他人が全てスライムに見えてしまう。
スタンネルンから、帝都までの3日間。
馬車移動の中で、召喚したカードの1つである。
ミレイから手渡され。
キララは青いメガネをかけてみる。
すると、
「――わっ、凄い。”みんな気持ち悪い”よ!!」
周りにいる人間、ミレイたちも、その他の通行人も例外なく。
その全てが、”ブヨブヨとした青色の塊”に見えてしまう。
その衝撃的なビジュアルに、キララは妙に興奮し。
気分が良くなったのか、ケーキをどんどん食べていく。
――みんな気持ち悪い。
その言葉に、ミレイたちは若干傷ついたが。
キララが元気そうになったので、気にしないことにした。
みんなハッピーに。
オシャレなカフェを楽しみながら。
ふと、ソルティアが気になっていたことを思い出す。
「ミレイさん、1つお尋ねしたいのですが。」
「どしたの?」
「そう大したことではないのですが。……帝都に着く前、”馬車で召喚したカード”。どんなカードでしたか?」
「……ん?」
何気ないソルティアの質問に、ミレイは固まってしまう。
「なんで、そんなこと聞くの?」
「いえ、単純に。とても”嫌そうな顔”をしていたので、気になるなぁと。」
ソルティアは、性格が悪かった。
「……えっと、これかな?」
ミレイは、1枚のカードを具現化させる。
2つ星 『メガネかけ器』
メガネをかけるための器機。特にこれといった機能はないが、しっかりとした作りをしている。
けれども、ソルティアは首を横に振る。
「それは、昨日召喚したカードですよね? ”今日のやつ”を見せてください。」
「……はい。」
無機質な瞳に見つめられて。
ミレイは観念し、もう1枚のカードを具現化する。
1つ星 『クサギカメムシ』
カメムシの一種。非常に強烈な臭いを発生させる。
「……なるほど。」
カードのイラストや、その紹介文を。
ソルティアは興味深そうに見つめる。
「召喚しないんですか?」
「するか!」
ソルティアの提案に、ミレイは即答した。
「……む。どうしても、ですか?」
それでも、ソルティアは妙に食い下がる。
「なんで気になるの?」
「単純に好奇心ですよ。」
「カメムシって、臭いんだよ?」
「はい。そう書いてありますね。」
「ソルティア、臭いのとか汚いの、嫌いじゃなかった?」
「そうですね。」
以前、ミレイたちがクラーケンの粘液まみれになった時。
ソルティアは、最後まで頑なに抵抗していた。
「不潔なのは苦手ですけど。こういう虫や植物には、目がないので。」
とはいえ。
それはそれ、これはこれである。
「本当に臭いんだよ? フェイトも知ってるよね?」
「いや、わたしは見たことないから。……どんな臭いか、ちょっと気になるかも。」
ついでに、フェイトも興味を示してしまう。
臭いと言われると。
どんな程度なのか、気になって嗅ぎたくなってしまう。
それが、人の性であった。
「あはは。」
キララは、全員がスライムに見えているため、頼りにならず。
「……ふん。」
イーニアは、興味なさげに無視を決め込む。
ミレイに味方してくれる常識人は、ここには居なかった。
「――ただでさえ、お上りさんっぽく見られてるのに。”臭い”なんて思われたら、もうお終いだよ!」
せっかく、都会派レディとしてデビュー出来るのだから。
断固として、ミレイはこのカードの披露を拒否した。
だがしかし。
このタイミングで、みんなに嗅がせていれば。
”あのような悲劇”は起きなかったと。
後々になって、ミレイは後悔したという。




