だらけてる場合じゃない
帝都ヨシュア、ハートレイ宮殿。
皇帝セラフィムの居る執務室、という名の趣味部屋に。
マキナが入ってくる。
「陛下、只今戻りました。」
「ああ。ご苦労だった。」
深くお辞儀をするマキナに、セラフィムは笑みを浮かべる。
「貴様にしては、随分と時間がかかったな。」
「はい。少々、”手に余る事態”に遭遇しまして。」
最強最速。
それが、マキナという冒険者に相応しい言葉である。
だが今回の一件では、らしからぬ手間がかかっていた。
「そうか。貴様にそこまで言わせるとは、よほどの事態だったらしい。」
「はい。ですが、結果的には死傷者もおらず、最善は尽くせたと思います。」
「なるほど。やはり、人選は間違ってなかったな。……ヴァルトベルクの方も、そうなら良かったが。」
ヴァルトベルクの方。
その言葉に、マキナは首を傾げる。
「オークション会場の襲撃により、死傷者多数。競売品も、いくつか強奪されたらしい。」
それは、”全くの同時期”に起きていた、もう1つの事件。
「――そして、”ヴァンダイン”が死んだ。」
セラフィムの口から出た言葉に、マキナは驚愕する。
「……まさか、こうも容易く欠けるとはな。これで、全ての街にSランクを派遣する計画が、”数的”に不可能になったわけだ。」
「他2名のSランクが、向かったはずでは?」
「到着した頃には、全て終わった後だったらしい。」
セラフィムから聞かされた情報に。
マキナは、自分を責めるように拳を握る。
「まぁ、気にするな。相手は、あの”ジュピターの悪魔”だ。貴様でも間に合わなかっただろう」
「ですが、Sランクが敗北しては。」
「敵も相応だった、ということだろう。」
この世界にいる実力者の全てが、国や世界のために尽くしているわけではない。
闇の世界に生きるような、強大な悪人もまた存在する。
「”異世界の脅威”もそうだが、こっちの世界にも問題は山積みだ。出来ることなら、わたし直々に対処したいくらいだ。」
そう、何気なく発言するセラフィムであったが。
対するマキナの表情は険しい。
「ふっ、冗談だ。そう怖い顔をするな。」
「陛下の強さは、重々承知の上です。今までの常識なら、確かに敵無しだったかも知れませんが。異世界の存在が相手となれば、そうとも限りません。」
「……あぁ。だろうな。」
全く異なる世界。全く異なる力。
それが異界の門からやって来ることを、セラフィムも身を以て知っている。
「Sランクだけではない。”冒険者全体の底上げ”が、必要なのかも知れん。」
世界は、確実に狂い始めていた。
異界の門が異常発生し、それを起因とする”あらゆる脅威”に晒されている。
5つの大陸が宙に浮かび。
世界中にモノリスが出現した、”1000年前の大変動”。
それと同規模の”何か”が起きるとすれば。
果たして、世界は耐えられるのか。
「――ですが、”希望”はあると思います。」
マキナは、そう断言する。
「ほぅ。貴様の口から、そんな単語が出てくるとはな。ピエタで何を見た?」
愉快そうに、セラフィムは笑う。
「とても大きな、”可能性”です。」
異世界からやって来たもの。それは確かに、大きな脅威だが。
その全てが、この世界に仇をなすとは限らない。
マキナは、雪の都で”それ”を知った。
◆
「あむあむ。」
それは、怠惰の極みであった。
ベッドの上で寝転びながら、頬杖をつき。
半透明な食べ物、水まんじゅうのような何かを食べながら、一冊の本を読む。
「ふぅ。」
まんじゅうを口に運ぶのも、本のページをめくるのも。
彼女は一切、自分の手を使わない。
体からニョキっと生えた、”白色の触手”にすべてを任せ。
やることと言えば、咀嚼し、飲み込む作業くらいか。
アマルガムの医務室、そのベッドの上で。
ミレイは堕落しきっていた。
『うん?』
それまで、お皿からミレイの口まで、順調にまんじゅうを運んでいた触手だが。
皿の上に、もうまんじゅうがないことに気づく。
『どうする、ミレイ。もうまんじゅうが無いぞ?』
「……むむ。」
それは、まさに一大事である。
『パンダに持ってこさせるか?』
「うむ。」
『了解した。』
ミレイからの指示を受け。
サフラは皿を持ち上げると。
部屋の片隅で腕立て伏せをしていたパンダの元へ持っていき。
突っついて、皿を手渡した。
すると、意図を理解したのか。
パンダはしぶしぶ筋トレを止めると、医務室から出ていった。
そんなパンダと入れ替わりになる形で。
医務室にキララがやって来る。
「ミレイちゃん、その絵本おもしろい?」
だらけるミレイに、特に咎めず。
同じベッドに腰掛ける。
「うん、まぁまぁかな。結構めちゃくちゃな話だけど、嫌いじゃないかも。」
「でしょう! 特に、魔法の石のお話がオススメだよ!」
「……そ、そうなんだ。あの、なんというか、麻薬みたいな話だよね?」
「ううん、違うよ! ”人を幸福にする力”の話だよ。」
「まぁ、そうとも言えるかな。」
キララに渡された、一冊の絵本。
何となく、読んではみたものの。
子どもに”悪影響”を与えそうな内容だと、ミレイは思った。
ミレイとキララが、医務室のベッドで寛いでいると。
そこへ、若干不機嫌そうな顔をしたフェイトがやって来る。
「……なんで、一緒にだらけてんのよ。」
「へ?」
キララは、もともとこの部屋にやって来た理由を完全に忘れていた。
「さっさとここから追い出さないと、そいつ”デブ”になるわよ。」
ベッドに寝転がるミレイに、フェイトは蔑みの視線を送る。
「う〜ん。もうちょっと丸くても、それはそれで可愛いような。」
「……うぅ。」
キララの言葉が、ミレイの心を蝕む。
それでも、ベッドから動く気配がないが。
「ちょっと、本当に何なのよ! もう”4日”経つのよ? 疲れたっつっても、限度ってもんがあるでしょ。」
「ぶーぶー」
ベッドから追い出そうとするフェイトに、ミレイは必死に抗議する。
言葉ではなかったが。
「……なるほどねぇ。”身も心もブタ”ってわけね。」
その態度が、フェイトの逆鱗に触れた。
「悔い改めなさい!」
軽く手を振って、ミレイに能力を行使する。
「きゃー!?」
キララの叫び声が、医務室に響いた。
「ミレイちゃんが、カチコチに。」
ベッドの上で寝転んだまま。
ミレイは、見事な氷像へと変化した。
「……これって、治療が必要になるんじゃ。」
「大丈夫よ。以前とは”力の質”が変わってるから、自力で元に戻せるわ。」
かつて、ダンジョンでミレイを氷漬けにしてしまい、解凍と治療に多大な時間がかかったが。
先の戦いの際に、フェイトの力は覚醒し。
以前は不可能だった使い方や、微調整が可能となっていた。
「さっさと運び出しましょ。」
◇
「……さ、さむい。しんじゃう。」
冷たい風が吹き。
びしょびしょに濡れたミレイは、ガタガタと体を震わせる。
「サフラ、あったかくしてよ。」
『無理だな。実のところ、わたしも凍えている。』
「そんな……」
頼みの綱も、自身と同様に凍えており。
ミレイは絶望した。
「ふふっ。」
「まったく、情けないわね。」
ミレイ、キララ、フェイトの3人がやって来たのは。
修復の終わった、ピエタの防壁の上。
そして、もう一人。
アマルガムの持ち主であるイリスもそこに立っていた。
「んじゃまぁ、”達者でな”。死なねぇように気をつけろよ。」
「ふん、このわたしが居るのよ? そんなことあるわけないじゃない。」
「ははっ、そりゃそうか。」
フェイトの反応に、イリスは微笑む。
戦いが終わり。
彼女たちは、それぞれの道を行く。
Sランク冒険者でもあるイリスも、例外ではなかった。
「む、向こうの、ぎ、ギルドマスターは、ソルティアの、お、お父さんだから、よろしく言っておいて。」
「お、おう。了解した。」
ミレイの震えは止まらない。
「にしても、花の都か。ろくな仕事もなさそうだから、行くの初めてなんだよなぁ。」
つい先日、Sランク冒険者たちの派遣される街が、”抽選”によって決められた。
その結果。
イリスの派遣先は、ミレイたちも暮らしていた花の都、ジータンへと決定したのである。
「ホントは、別の場所に派遣されるはずだったが、あいにく”出禁”になっててよ。それで結局、行ったことのない花の都になったわけよ。」
「……街を出禁になるって、どういうことだろ。」
「……たぶん、そこら中に吐き過ぎたんじゃないかな。」
ミレイとキララには。
イリス=とにかく吐く人、というイメージが付いていた。
「……まぁ、昔はアマルガムを動かすのが下手だったんだよ。」
巨大な空中戦艦を、意のままに操れる。
それは非常に便利で、強力な能力だが。
”不注意”で墜落してしまうことも、かつては多々あった。
「まっ、またいつか会おうぜ。オレは街を離れられねぇけど、今回みたいな大事件がありゃ、また会えるかもな。」
「……その条件なら、できれば会いたくないかも。」
ミレイは平和が好きだった。
「だな! それに、そんなの滅多にねぇだろうし。」
他の街から、Sランク冒険者が招集されるなど。
今回と同レベルの大事件しかあり得ないであろう。
確実に、再会を喜べるような状況ではない。
「里帰り的な意味でも、ジータンには行く機会があると思うので。その時はまた。」
「おう。」
キララに関しては、まともな挨拶をするものの。
「……医務室のベッド、また使いたいかも。」
ミレイはやはり、そこから離れられなかった。
「……お前、あそこそんなに気に入ってんのかよ。」
未知の科学技術によって造られた、空中戦艦アマルガム。
その医務室に備え付けられたベッドは、現代っ子のミレイには欠かせないアイテムであった。
それでも、別れの時は訪れる。
◆◇
ピエタの街を襲った脅威。
異世界の植物、緑の巨獣との戦いから、4日が経過し。
街は、元の姿を取り戻しつつあった。
崩れ去った防壁は、イーニアの能力によって完全に元通りになり。
倒壊した家屋の瓦礫は、元の材料へと復元。
細かな再建は、街の職人たちに任せることに。
「ふぅ。」
2日間に渡って戦い抜き、子供とは思えない働きを見せたイーニアだが。
チョーカー組と違い疲労も少なかったため、すでに現場復帰をしていた。
やり残したことを、終わらせるためにも。
「――精が出ますね。」
瓦礫から精製したレンガを並べていると。
大きな紙袋を抱えたソルティアが、イーニアのもとへとやって来る。
「なにそれ。」
「パンですよ。よかったら食べてください。」
そう言って、ソルティアは紙袋をイーニアに渡す。
中には、色々な種類のパンが入っていた。
「食べていいの?」
「ええ、構いませんよ。あまり美味しくなかったので。」
無表情ながら。
ソルティアは、ひどい性格をしていた。
「……やっぱり貴女、変わってるわね。」
とはいえ、少々疲労も溜まっていたため。
イーニアはひとまず休憩して、もらったパンを食べることにした。
2人揃って、木陰に座って。
イーニアはパンを食べ、ソルティアは空を見つめる。
「あら? 普通に美味しいじゃない。」
ソルティアいわく、美味しくないとの話だったが。
想像に反して、パンは普通に美味しかった。
「そうですか。ジータンで売っているパンは、これの100倍は美味しいですよ?」
「なんなの、それ。流石に騙されないわよ。」
所詮、パンはパン。これの100倍美味しいものなどあるはずないと。
イーニアは、黙々とパンを食べていった。
「ところで、今日は何をしてたの?」
たらふく食べ終えて。
満足げなイーニアが、ソルティアに尋ねる。
「そうですね。シュラマルさんたちも帝都に向かい、イリスさんも出発の準備があるとかで、修行相手も居なかったので。」
「ふーん。」
「とはいえ、今からクエストを受けるのも手間ですし。」
「そうね。」
眠たそうな目で、イーニアは空を見上げる。
「ちなみに、イーニアさんはどのくらい動けます?」
その質問に、イーニアは固まった。
「……”貴女たちと殴り合いができるか”、という意味なら、勿論ノーよ。」
「なるほど、それは残念ですね。」
一緒に、汗でも流そうかと。そう考えていたソルティアであったが。
武闘派のトレーニングに付き合えるほど、イーニアは人間をやめていなかった。
「ですが、”これから”生活も一変するでしょうし。何事も挑戦では?」
「……貴女、そうやって誰にでも筋トレを勧めているの?」
「いえ、まさか。見込みのある人だけですよ。」
「あんまり嬉しくないわね。」
そう、言いつつも。
空を見上げるイーニアは、色々と頭で考える。
「まぁでも、確かに悪くないわね。冒険者として上を目指すには、生身の実力もある程度は必要だし。」
10歳の少女が、脳筋剣士に拐かされようとしていた。
そんなこんなで、のどかに空を見つめていると。
街の片隅に停泊していた、戦艦アマルガムが。
どこか遠くへと飛び去っていく様子が目に映る。
「行ってしまいましたね。」
「……街の景観を破壊してたから、清々するわ。」
まだ幼いイーニアは、素直ではなかった。
「イリスさんは、ジータンへ派遣されるそうですけど。この街には誰が?」
「そうね。たしか、元七星剣の”マキシム”だったかしら。」
「かの有名な、”無敗騎士”ですか。」
「ええ。わたしより、多分ちょっとは強いだろうから、この街も安心して任せられるわ。」
「それはそれは。」
何か言いたそうな瞳で、ソルティアはイーニアを見つめる。
「イーニアさんも、まさか派遣先が”帝都”になるとは。これでまた、一緒に仕事ができますね。」
「ふん。まぁ、抽選で決まったことだから、それに従うだけよ。」
「……なるほど。」
イーニアの言葉に、ものすごく”指摘”を入れたかったが。
自身のキャラではないので、ソルティアは思いとどまった。
◇
「そういえば。イーニア、飛び跳ねてたわね。」
「うん。派遣先が帝都に決まって、よっぽど嬉しかったんだね。」
フェイトとキララが、思い出したように語る。
「なにそれ、わたしも見たかった。」
アマルガムが飛び立っていき。
ミレイ達は、そのまま防壁の上に残っていた。
「それにしても帝都かぁ。楽しみだな〜」
「だね〜」
ミレイとキララは、すでに思考がそっちに移る。
「わたし、ほんと田舎育ちだから。ジータンやピエタでも凄いのに、これよりもっと大きな街なんて。……わたし、死んじゃわないかな。」
キララは、まるで小動物のような思考をしていた。
「そう言えば、フェイトは? 都会に行ったことある?」
ミレイが尋ねる。
同じ地球出身とはいえ。2人の暮らしていた世界では、”世紀末度”が異なるために。
「ええ、勿論あるわよ。高層ビルを占拠して暮らしてたから。」
「へ、へぇ〜」
(……占拠?)
ものすごく気になったが。
恐いので、ミレイは指摘しないことにした。
「ふふっ。」
ミレイ、キララ、フェイト。
3人揃って、これからの事に思いを馳せる。
ひたすらに、”ゆるい空気”だったが。
なによりもフェイトにとっては、とても新鮮だった。
「本当、不思議ね。真っ当な生活がこんなに楽しいなんて、死ぬ前は思いもしなかったわ。」
そうつぶやきながら。
フェイトは懐から取り出した一枚のカード、ギルドの登録証を眺める。
そんな、彼女を見つめながら。
年上ぶって、微笑むミレイであったが。
「ん?」
フェイトの持つ登録証を見て、目を見開く。
「……”D”? フェイト、Dランクなの?」
登録証の端っこには、確かに”D”という文字が刻まれてた。
「えぇ。そう、っていうか。”みんな”Dランクじゃないの? キララも、ソルティアも。」
フェイトの言葉を聞いて。
ミレイはゆっくりと、キララの方に顔を向ける。
「……う、うん。」
キララの表情は、申し訳無さそうに引きつっていた。
「ミレイちゃんが氷漬けになったり、眠ったりしてた頃、結構忙しくて。実はみんな、ランクが上がってるんだよね。」
みんなとはつまり、”ミレイ以外”という意味である。
「大変だったわよねぇ。”霧の暗殺者”とか、”バーサーカー事件”とか。」
「うん。”オールトの持ち込んだ病原菌”の治療とか、大変だったね。」
「……へ、へぇ〜 それは初耳だなぁ。」
本当に知らないことだらけで、ミレイは震えが止まらない。
「――うそ! もしかしてアンタ、”わたしよりランク低いの”?」
わざとらしく、フェイトが尋ねる。
対するミレイの顔は、真っ赤になっていた。
「くっ、だらけてる場合じゃない。もっと依頼を受けないと!」
「ふふっ。」
「はいはい。」
そうして、少々長めの”寄り道”が終わり。
舞台は、”帝都ヨシュア”へ。
◇ ここ4日の召喚 ◇
1日目
ミレイ「昨日はめちゃくちゃ頑張ったなぁ。」
ベッドに寝転びながら召喚。
2つ星『太陽の石』
ミレイ「なにこれ、あったかそう。」
サフラ『試しに飲み込んだらどうだ?』
ミレイ「え。」
2日目
ミレイ「まだ疲れが抜けないかも。」
ベッドに寝転びながら召喚。
3つ星『悪魔軍将校の鎧』
ミレイ「……鎧か。」
サフラ『良いじゃないか。生存率が上がるのは重要だ。』
ミレイ「そう、なんだけど。」
サイズが合わず、ミレイは着用できなかった。
3日目
ミレイ「イリスさん、ジータンに行くのか。……このベッドともお別れだな。」
ベッドに寝転びながら召喚。
1つ星『氷塊』
サフラ『……フェイトが居るじゃないか。』
ミレイ「フェイトの氷は、硬すぎるし溶けないから。こいつはかき氷に使おう。」
4日目
防壁にて召喚。
3つ星『トルネの宝玉』
ミレイ「風の魔法を宿した宝玉、か。色々使えそう。」
フェイト「ちょっとアンタ、よくもまぁ懲りないわね。その黒いカード、絶対まともじゃないでしょ。」
地下で突然起動し、門を閉じようとしたことをフェイトは忘れていない。
しかも、ミレイは思いっきり踏んづけていた。
ミレイ「いやいや、備えあれば何とやら、だよ。時を止める能力を手に入れるまでは、とりあえず引き続けないと。」
フェイト「……それが、最終目標なわけ?」
キララ「ちょっと前までは、空を飛ぶ能力だったよ?」




