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1日1回ガチャ無料!  作者: 相舞藻子
サフラ拒絶領域
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≠サフラ拒絶領域







 防壁を突破し。

 混沌たる緑の巨獣が、雪の都ピエタへと侵入する。


 蠢く山のように。そこに明確な意思など無いはずだが。

 何かが擦れるような、不気味な音が街中に響き渡る。



 それから逃れるように。

 住民たちは街の南側へ、そして郊外と避難していた。



 冒険者達が必死に避難誘導をすることで、かろうじてパニックを避けられている。

 それ程までに、事態はひっ迫していた。




 そんな、地上の混乱を見下ろしながら。


 水着の魔法使い、クレイジーフィッシュは。

 屋根の上を飛び、独自に避難を行う。



 迫りくる”絶望”から逃れるため。

 一目散に駆ける彼女であったが。


 地上に居た、見知った人物に気づき、足を止める。



 そこに居たのは、同じ魔法使いであるデルタであり。

 自身の働く診療所の前に立ち、遥か遠方の戦いを見つめていた。




「――デルタさん、逃げないんすか?」


 クレイジーフィッシュは屋根から飛び降り、デルタのもとへと近づく。


 避難する他の住民たちと違い、デルタは非常に落ち着いていた。



「そうですね。……動かせない。というより、”動かない”患者もいるので。」


「……どういうこと?」


「ずっと、この街で暮らしてきたご老人たちです。街を捨てるくらいなら、死んだほうがマシだと。」


「……まさか、それに付き合うつもり?」



 信じられない、と。

 クレイジーフィッシュは絶句する。



「いいえ、まさか。」


 デルタは、くすりと笑った。



「ただ、”彼女たちが勝つ”と。そう信じているだけですよ。」



 それ故に、デルタは診療所に残り。

 街の北部で行われる、激しい戦闘を見守っていた。



「……そっか。」


 それを聞いて、クレイジーフィッシュの表情は優れない。



「貴女は避難を?」


「まーね。流石に、”あれ”には勝てないって。」




 彼女は、自らの瞳が映し出した”現実”だけを直視する。

 抗いようのない、絶望を。




「”1000年前のツケ”を、払う時が来たのかも。」


「……それは、どういう。」





 星にも、宇宙にも、世界にも。

 等しく終わりは訪れる。



 最初から最後まで決められた、覆りようのない運命。



 破局は、止められない。











 それは、まさに総力戦だった。



 単独で空を飛べる者。


 ミレイは、聖女殺しによる斬撃を放ち。

 カミーラは聖なる光の槍を投擲する。


 能力に耐性を持たれたマキナは、強化した身体能力によって、強烈な打撃を浴びせる。


 エドワードは白き竜の背中に乗り。

 竜の放つ風の刃と、漆黒のビームソードを共に叩き込んだ。




 空を飛べない者たちも。

 再びチョーカーを機能させ、最後の力を振り絞る。


 イリス、ソルティア、シュラマルの3人は、巨獣の体を足場とし。



 斬って、殴って、斬りまくる。




 少し離れた場所に待機するアマルガムの上では。


 イーニアが、残る全ての力を大地に注ぎ込み。

 地面や瓦礫を巨大な腕に変化させ、巨獣の侵攻を食い止める。



 また、爆発で巨大昆虫を失ったミーアと。

 弓を構えるキララが。


 共に魔法による砲撃を行っていた。



 その裏では。

 フェイトが静かに力を蓄えており。


 その力が漏れ出ないように、ユリカが御札による補助を行っていた。




 勝てる、勝てないじゃない。

 戦う道しかないからこそ、”強大な緑の巨獣”に立ち向かう。





「……ふぅ。」


 戦いに参加するメンバーの中で。

 最も”焦り”を抱いていたのは、最高戦力でもあるマキナであった。



 マキナは、自分の強さを知っている。



 この世界において、自分が”どれほどの位置”にいるのかを。




 アヴァンテリアと呼ばれるこの世界で。


 皇帝セラフィム、魔獣大陸の竜王。

 それと並ぶ、最強の冒険者。それがマキナである。



 マキナは知っている。

 自身の持つ力が、”この世界(アヴァンテリア)の頂点”に限りなく近いものであると。


 故にこそ、負けることは許されない。



(……”異世界”の脅威。まさか、これ程とは。)






 数多の世界が存在した。



 科学の発達した世界や魔法の発達した世界。

 超能力者が幅を利かせる世界があれば、魔法少女が空を飛ぶ世界もある。



 凶悪な怪人に溢れる世界もあれば、それに抗うヒーローのいる世界も。


 ”海から現れたモンスターと戦うため、その力を武器として利用する世界”もあった。





――我々とて、”敵わない存在”と出会う可能性はゼロではない。



 マキナは、かつて皇帝の発した言葉を思い出す。




(……正直、侮っていました。)




 この世界において、”頂点”に近い実力者だとしても。

 他の世界でも、同様にそうとは限らない。



 現に、今。



 ”マキナの力を物ともしない脅威”が、この世界を蹂躙しようとしていた。








「……ねぇ、サフラ。本体から切り離せば、再生力も落ちるって言ってなかった?」



 聖女殺しの能力、漆黒の斬撃を飛ばしまくりながらも。

 ミレイはまったくもって、巨獣にダメージを与えられている気がしない。



『”この世界から”、エネルギーを補充しているんだろう。そこら中に根を張っているからな。』


「……それじゃあ。」


『ああ、ちまちま攻撃しても無意味だろう。やはり、最大火力を持ってして、致命傷を与える他ない。』





 ミレイ達が、緑の巨獣に攻撃を加え続ける中。



 待機するアマルガムの甲板では。

 ユリカによって補強された左腕に、フェイトが最後の力を込めていた。



 敵を確実に破壊する、文字通りの必殺技を放つために。





 そんな、敵と味方の様子を見つめながら。

 ミレイは、小さな胸の痛みを感じ取る。


 実際に痛いわけではない。

 ただ、痛むような気がしただけ。




「……キララやタンポポが、そうしたように。あのデカいのとも、言葉で解決できないのかな。」




 ずっと、考えていた。

 なぜ戦わなければならないのかと。


 ジータンの街を襲った怪人とも、あの黒き竜とも違う。


 殺したいわけじゃない。

 壊したいわけじゃない。


 他の生き物と同じように、”生きるための行動”をしているだけ。


 ただ、他と違うのは。

 あまりにも大きくなりすぎたその巨体と、人を死に至らしめる毒を放つこと。



 だが、それは儚い希望に過ぎない。




『ミレイ。そもそもの問題として、あれには”知性”が無い。わたしや、向こうの世界の本体とは、根本的な在り方が違う。我々と同等の知性を獲得するには、遥かな時間を要するだろう。』


「……そう、なんだ。」




 もちろん、街や人々を守るために、戦うことを躊躇いはしない。


 ”外来種の魔獣”として、駆除する覚悟はできている。



 だが、それでも。

 もっといい方法があったのではないかと、考えずにはいられなかった。









 フェイトの左腕に集う、常識外れの魔力。

 それが漏れないように、御札で抑えつけるユリカであったが。


 もはや、人の扱える域にない力に。

 畏怖にも近い感情を抱く。




「――ありがと。これで撃てるわ。」



 ついに、その時が訪れた。


 自分の扱える力の最大値、自分の身体が壊れる限界値。

 その狭間に位置する力が、フェイトの左腕に完成する。




「ぶっ放すから、みんなを射線上から離れさせて。」


「うん、わかった。」



 フェイトの要望を伝えるべく、ユリカが立ち上がる。




「みなさーん。フェイトちゃんが撃ちまーす!」




 けれども、か細い声は遠方まで届かず。

 フェイトは、人選ミスをしたと反省。



 のっそりと立ち上がり、自ら声を張り上げる。





「――どけっつってんでしょうが!!」





 その怒号は、ハッキリとミレイ達のもとへと届き。


 言葉の意味を理解してか。

 みな巨獣への攻撃を止め、距離を取り始めた。




 邪魔者が消えたことを確認し。

 フェイトは、壊れかけの左腕を緑の巨獣へと向ける。




 かつて、見たこと無いほどに強大な敵だが。

 対するフェイトも、過去最大の力をその手に宿らせる。




(……なんだか、嬉しいわね。)



 強大なる力の象徴。

 竜の顎へと、魔力が形を変える。



(世界を壊すためじゃなく、守るために。もう一度この力を使えるなんて。)



 想いも魔力も、自分の全部を注ぎ込む。





「――そうよね、ミレイ。」





 ”自分が召喚された意味”、それを証明するために。


 フェイトは、最後の一撃を解き放った。






 衝撃で、左腕を完全に吹き飛ばされながらも。


 フェイトは一切目をそらさず、己の放った一撃の行く末を見守る。




 きっと、神様だって殺せる。

 究極の一撃が、一直線に緑の巨獣へと飛んでいき。



 そのまま、直撃。


 凄まじい衝撃波が、周囲に波及した。





「くっ。」


「フェイトちゃん、大丈夫?」



 衝撃によって、アマルガムが揺れ。

 体勢を崩したフェイトを、ユリカが支える。



「ええ、なんとかね。」



 ユリカ達に補強されたことで。

 かろうじて、フェイトは原型を保っていた。


 左腕を失い、実体化もギリギリなラインではあったが。


 結末がどうなったのかを知るために。

 フェイトはまだ、倒れない。





 キラキラと宙を舞う、美しい氷の結晶と。


 漂う冷気の霧。



 それがゆっくりと晴れていき。





「……そん、な。」





 巨獣は、そこにいた。




 衝撃から身を守るため。

 丸くなるように、”防御姿勢”をとって。


 ”ほぼ無傷”といえるような状態で、フェイトの一撃を耐え切った。




 巨獣の体の表面には、僅かながらも魔力の膜のようなものが張っており。


 まるで、”戦闘”というものを、理解し始めているようだった。




「……化け物め。」




 最後の切り札を、いとも容易く防ぎ切り。

 何事もなかったかのように、巨獣は再び動き出す。



 絶望を、体現するように。







◆◇







 我が物顔で闊歩する巨獣を前にして。

 ミレイ達は、反撃に転じることができなかった。



 あれ程の一撃が防がれた。

 その事実が、戦おうとする意思を抑えつける。



 純粋なショックも然ることながら。

 ミレイ以外の、魔力を感じることに長けたメンバーは、嫌でも理解できてしまった。



 今の威力でも無理なら。

 もうこの世界に、巨獣を打ち倒せる者は存在しないのではないかと。


 そう断言できてしまうほどに、フェイトの一撃は完璧だった。





 破局は、止められない。





「……どうしたら。」



 仲間たちの反応を見て。

 その絶望を、ミレイも感じ取る。



「あんな怪獣、もう。ウルトラマンとかじゃないと、勝てっこないじゃん。」


 どうしようもなく、声が震えてしまう。



 どれだけ優れた能力、優れた戦闘技能の持ち主でも。

 卓越した魔法使いでも、関係ない。



 どう足掻いても、人類では敵わない。



 あの緑の巨獣は、もはやそういう次元だった。






 地上の全てを踏み潰し。大地や生命から力を奪い。

 より強く、より巨大になっていく。


 やがてその巨体は、街を覆い、国を覆い、大陸全土を覆うようになり。

 いずれは浮遊大陸にまで手を伸ばし、世界を覆い尽くすだろう。



 それこそが、破局。

 異世界からやって来た、残酷なる破滅の運命だった。








『――ミレイ。君に1つ、質問がある。』


「え?」




 巨獣を見つめるさなか。

 サフラの声が、ミレイの脳内に響く。




『なぜ、そうまでして戦う? 確かに、あれの放射するガスにより、ほぼ全ての人類は死滅するだろうが、”君には何の危険もない”。無害を装っていれば、この先も見逃してくれるだろう。それなのになぜ、戦う?』




 サフラには、本当にそれが分からなかった。




「……そんなの、決まってんじゃん。キララやみんなが一緒じゃないと、”生きてる意味が無い”からだよ。」



『生きてる意味、とは?』


「そこまで説明しないと、わかんないの?」



 ミレイにとって、人間にとっては当たり前のことでも。

 サフラには通じない。



『難しいものだな、人間とは。”まるで理解ができない”。』


「……そう。」




 たとえ、人の影響を受けた存在だとしても。

 もともと植物であったサフラには、人の心の在り方など理解ができない。


 結局は、分かり合えないのだと。




「やっぱり君は、寄生体なんだね。」




 それを実感して。

 ミレイは少し、悲しくなった。





『そう、らしいな。”いずれ理解したかった”が。……君のためなら、仕方がない。』


「?」



 サフラは静かに、決断する。





『ミレイ、あれの直上まで移動してくれ。』


「どうして?」


『”倒す方法”がある。』


「えっ、出来るの!?」


『あぁ。今まで黙っていたことを詫びよう。』


「……別に、それは良いんだけど。」




 サフラの言うことに従い。

 ミレイは巨獣の直上へと目指す。




「それで、方法って?」


『我々には1つ、”弱点”と呼ぶべきものが存在する。』


「え、うそ。」



『それは、”海”だ。』



「……海? 水が苦手ってこと?」


『そう、だな。上手く説明ができないが、わたしの中の本能が、そう告げている。おそらく、向こうの世界にほとんど水が存在しなかったのが原因だろう。』


「たしかに。ちょっとカラカラしてたかも。」


 ミレイは、向こうの世界に行った時の事を思い出す。



「じゃあ、どうする? 大量の水をかき集めて、あいつにぶっかける?」


『いや、それは悪手だ。下手に水で攻撃しては、いずれまた”適応”してしまうだろう。』


 これまで、こちら側の攻撃手段に適応したように。



『あれを確実に殺すには、全身を丸々、深い海の底に沈めるしかない。』


「……海に沈めるって。あんな山みたいにおっきいのに、どうやって?」




 斬ったり、穴を開けたりするのとはわけが違う。

 あれだけの巨体を、それも海まで移動させるなど、こちら側の戦力では不可能である。




『今のあいつは、いわば本能の塊だ。行動を制御する”中枢部分”、頭脳の発達が出来ていない。ならば、それに成り代わればいい。』


「……それって、どういう。」



 ミレイの脳が、その答えに辿り着くより早く。




『――さらばだ、ミレイ。”我が母親”よ。』




 サフラはミレイの身体から離脱し。

 そのまま垂直落下。


 緑の巨獣のもとへと、落ちていった。




「……え。」



 小さな白い根っ子が、巨獣の身体に落下し。

 そのまま中へと入っていく。


 他の生物の身体に入り、寄生するのとはわけが違う。

 本来、在るべき場所へと戻っていくように。サフラは、巨獣の奥深くへと潜っていき。




 やがて、巨獣の動きが停止した。




 荒ぶる獣が、まるで理性を取り戻したかのように。

 初めて、その動きを止めたのである。




 巨獣は、ただ止まっただけではなく。

 冷静な生き物のように周囲を見渡し。



 ゆっくりと身を翻すと、そのまま直進し。

 ”街の外”へと目指し始める。



 その足取りを止めるものなど、当然のごとく存在せず。


 巨獣は壊れた防壁を越えると、またゆっくりと方向転換し。

 東の方角へと、歩き始めた。





 その様子を、他のメンバー達は呆然と見つめるしかないが。



 ミレイだけは、そうも行かなかった。




「……ちょっと、待ってよ。」



 もしも、サフラがあの巨獣の動きを制御しているのなら、言葉も通じるはず。

 そう思い、巨獣のもとへと近づいていくも。



 それを阻むように、無数の蔓のような部位が殺到し。


 的確な攻撃で、ミレイの展開する機械の翼を破壊した。




「――なんで。」




 煙を出しながら、ゆっくりと飛行能力を失っていき。

 ミレイはそれ以上、追いかけることが出来なかった。









 緑の巨獣が、ピエタの街から離れていき。

 それを追跡するアマルガムの甲板には、再び全員が集まっていた。




「一体、何が起こっている。」



 翼を失ったミレイに、エドワードが尋ねる。



「……サフラが。海が弱点だから、沈めれば倒せるからって、それで。」



「サフラが動かしているのか? あの巨体を。」


「……たぶん。」



 詳しい状況は、ミレイにも分からない。


 だがしかし。



 この中で唯一、あの植物の”本体”と接触したことのある、キララだけは。

 なんとなく、仕組みが理解できた。



「……あの子みたいに、中枢部分になったのかも。」



 思い返すのは、向こうの世界で接触した”黄金の触手”。


 もしもサフラが、あれの代わりになったとしたら。

 このように動きを制御していることも、不思議ではない。



 だが、無邪気な子供のようであった、あの黄金の触手とは違い。

 サフラには、明確な行動理由があった。




――”海に落ち、死ぬために”。




 それは奇しくも、本当の寄生虫のような行動であった。




「……大丈夫、だよね? 海に落っこちた後でも、脱出とか。助けられたりするよね?」



 ミレイが心配するのは、サフラが戻ってくるのかということ。


 だが、直感的に。

 多くを理解できてしまうキララは、その表情を曇らせる。



「もしも、本当に。あの子が中枢部になって、巨体を動かしてるなら――」




 ”残酷な事実”を、ミレイに伝えた。




「……でもあいつ、言ってたんだよ? 自分の生存が最優先だって。」


「たぶん、それよりも。”優先したいもの”があったんだよ。」




 それが、何なのかは。

 あえて口にするまでもない。



 人を理解できない、そう言っておきながらも。

 サフラはどうしようもなく、人間だった。





 海へと向かう、緑の巨獣。

 その中枢部分で、”白色の触手”が蠢く。




『……すまない、ミレイ。』



 誰に伝えるでもなく、サフラは思う。



『”声”が聞こえるんだ。もっと大きくなりたい、もっと根を広げたい、もっと呼吸がしたいと。』



 やはり、本来の役割ではないからか。

 サフラはこの巨体を、完璧に支配できているわけではなかった。



『……我慢をするというのは。辛くて、苦しくて、嫌になる。』



 奪おうとする衝動、根を広げようとする衝動、呼吸をしようとする衝動。

 その全てを無理矢理に押さえつけて、遥か東の海を目指す。



『君の体の中が、やはり最も居心地が良かったな。』




 サフラが、何の制限もなく生きられる場所は、この世界に”1つ”しか無かった。


 ミレイの体内であれば、生きるためのエネルギーに困らず。

 呼吸よって生み出された放射性ガスも、彼女の体内であれば無力化できる。



 だがしかし、ここまで巨大な存在となれば、それも叶わない。


 誰も、受け止めてはくれない。






 孤独に去っていく、巨大な背中を。



 他の人間たちは、見つめることしか出来ない。

 止めることなど、出来るはずがない。






「……もっと、良い方法があるんじゃない? 誰も犠牲にならなくていい、良い方法が。」



 ミレイの問いに、誰も答えは出せない。

 安易な希望など、慰めにすらならないのだから。



「――我々が、もっと。もっと強ければ、他の道もあったのでしょうが。」



 マキナが、ミレイの肩にそっと手を置く。



「そのサフラという者の決断を、尊重するしかありません。」



 最強の冒険者。

 これだけの人員が揃ってなお、変えられないものがある。




「っ。」



 それでも、認められない。

 受け入れたくない。


 どうしようもない感情が、ミレイの足を動かした。



 翼もないのに、前だけ向いて突っ走って。



「おい、バカッ。」



 船体から落っこちないように、イリスがミレイの首根っこを掴む。




 手を伸ばしても、届かない距離。

 止められない、巨獣の背中。




 理解の出来ない感情が、瞳から溢れてくる。

 熱くて、苦しい。


 気持ち悪くて、吐き気がする。



(何なんだよ、これ。)


 視界が滲んで、よく見えない。



 悲しくて、悔しくて。

 こんな感情には耐えられない。





「待ってよ。」



 ”君のためなら、仕方がない”。



「そんなこと、言わないでよ。」



 ”さらばだ、ミレイ。我が母親よ”。




「――まって。止まりなさいっ!!」




 その小さな体から出た、とても大きな声に。


 緑の巨獣が、足を止める。





「――わたしを母親だって言うんなら、言うことぐらい聞けよ!!」





 ミレイには、分からなかった。

 この感情が何なのか。




 そして、それでも。

 巨獣は再び歩き始める。





「……なんで。」




 海へと、向かっていく。







「まだ、”生まれたばっか”じゃん。始まったばっかじゃん。」




 ミレイと、サフラ。

 その出会いからは、まだ3日も経っていない。




「これから楽しくなるじゃん!」





――だから、奪わないで。




 誰に向けたか、その叫び。


 悲しくも、聞き届ける者はおらず。



 故にこそ、巨獣は止まらない。

 止まることなど、出来はしない。






『……運が悪かった、そう思ってくれ。』



 サフラは一人、謝罪の念を送る。



『我々が存在するだけで、この世界は汚染され、人類は傷ついてしまう。きっと、出会うべきではなかったのだろう。』




 決して、相容れることのない。

 致命的な相性の悪さ。



 共存は有り得ない。

 どちらかが滅びるしか、生存の道はない。




『ここは、”君たちの世界”だ。』




 何が悪かったのか。

 きっと、運が悪かったのだろう。



 もしも、もしもと。

 様々な要因が重なって、このような結末へと導かれた。




 たとえ、敵意や悪意がなくても関係ない。


 どんなに強い力を持っていても。

 優しい心を持っていたとしても。


 抗いようのない運命は存在する。







 こうして、世界の破局は回避された。


 サフラは、世界に拒絶された。







◇◆






◆◇







「――”冗談じゃない”。」




 空気が、冷たくなっていく。




「……フェイト?」



 力を、使い果たしたはずだった。


 砕けて、消滅するはずだった。



 それでもなお、彼女の実体化を維持し続けているのは。


 圧倒的なまでの、”怒り”の感情だった。




「――わたしが。このわたしが居ながら、”こんな結末”なんて。」



 体内のエネルギーを、急激に上昇させていき。

 その体に、亀裂が広がっていく。



「おい、無茶をするな! 爆発するぞ。」



 カミーラが忠告するも。

 フェイトは止まらず。



「ミレイ、こいつの実体化を解け。」


「……でも。」



 ただ、ミレイは困惑する。

 フェイトは一体、何をしようとしているのか。




「ミレイ。アンタ前に言ったわよね。わたしを召喚できて幸運だって。」



「うん、確かに言ったけど。」


「……実はね、わたしも嬉しかったの。」



 嘘偽りなく。

 フェイトは胸の内を吐露する。



「わたしは、アンタに相応しい人間じゃない。単なる”悪人”なのよ。自分勝手な理由で、地球を凍らせようとして、最後には自滅して。それが、わたしという存在。」



 なぜ、今になってそんな事を言うのか。

 困惑する、ミレイであったが。




「でも、”今なら変われる気がする”。」




 強い意志を込めた瞳で。

 フェイトは、ミレイを見つめる。



「自分でも、なんでなのか分からないけど。”アンタが望むなら”、わたしはもっと強くなれる。」



 自分が召喚された意味を、証明するために。



「”だから願って”。わたしの名前を。」



 今にも壊れそうなのに、砕けそうなのに。

 それでもフェイトの瞳は、何よりも強く輝いていた。




「……わかった。」



 その、強い訴えに。

 ミレイは最後にもう一度だけ、希望を託す。






「――”助けて”、フェイト。」






 たった、一言。

 その願いを、聞いた瞬間。



 フェイトの体を、”真っ赤なオーラ”が包み込む。





「お、おい。」



 イリスや、他のメンバーも。


 その”変化”を、黙って見つめることしか出来ない。





 砕け散ったはずの左腕が、元の形へと再生していき。


 その背中からは。

 ”8枚”もの、純白の翼が生えてくる。





「……”天使化”? いや、」



 同じく、翼を持つカミーラであったが。

 その変化には、まるで理解が追いつかない。




 強すぎる能力によって、壊れかけていた体が。

 凄まじい速さで修復されていき。


 その先へと、”進化”する。



 誰かの理想を具現化したような、より”高次元の存在”へと。






 フェイトは、覚醒した。






「――待ってなさい。すぐに終わらせるわ。」



 その翼で、宙に浮かぶと。

 フェイトは遥か遠方の、緑の巨獣に目を向ける。



 もう間もなく、海へと到達しようとする巨影。

 その中枢にいる”白い触手”を、しっかりと捉えた。




 フェイトは、翼をはためかせると。

 全てを置き去りにするような、圧倒的なスピードで飛翔し。



 その左手に、”力”を。



 魔力を超えた力。

 人の身では扱えない力を、完全に制御し。一つに束ねる。




(確かに、この世界に神はいない。) 


(でも、”わたしがいる”。)




 その領域に、並ぶ者は他におらず。


 紛れもなく、”世界最強”の力を。

 少女はその身に宿す。






「――だから。アンタを悲しませるもの全部、わたしが否定してやるッ!!」






 そのまま一直線に、フェイトは緑の巨獣へと突っ込んでいき。


 圧倒的な力を見せつけるように。

 その巨体を、いともたやすく貫通。






 一瞬で、全身を”氷結させ”。


 緑の巨獣を、粉々に粉砕した。






 そして、その一撃は。

 単なる破壊の力ではなく。





「帰るわよ、サフラ。」




 美しい翼を広げるフェイトの手には。

 真っ白な触手が、無傷な状態で蠢いていた。




「ここは、”わたし達の居ていい世界”なんだから。」




 夕暮れに染まる世界。

 真っ赤な海を見つめながら。



 凛々しく、そして穏やかに。


 戦いは終わりを迎えた。







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― 新着の感想 ―
[良い点] 神…マジで泣ける ここまで一気読みしました…この作品最高です まだ投稿された話の半分くらいしか読んでいないことがとても嬉しくてたまりません もっとこのお話の続きが読めると思うとワクワクしま…
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