異界のモノ
花の都、ジータン。
街中の至るところに花が咲き。花と共存する街と言っても過言ではない。
華やかさは人の生活にも影響を与え。たとえ日が暮れたとしても、この街の活気が損なわれることはない。
だが、この日ばかりは例外であった。
街は静まり返り。
住民たちは家に閉じこもって錠を下ろす。
街中に出歩いているのは武装をした衛兵隊だけ。
表情には、真剣さだけが宿っている。
街と外とを繋ぐ一本道。
その境界線である街の入口には、2人の人間が立っていた。
1人は、実体化させた日本刀を腰に下げ。
もう1人は、巨大な槍を手に持っている。
ジータンの冒険者ギルド。その受付嬢と、ギルドマスターの2人であった。
2人は真剣な眼差しで、街の外を見つめている。
背負った街を守るように。迫りくる脅威に立ち向かうために。
この2人こそが、ジータンの”最高戦力”なのだから。
「”ソルティア”。お前が出張る必要は無いんだぞ?」
「心配しないで。”父さん”も、もう若くないんだから。」
ギルドマスターと受付嬢。
見た目こそ似ていないものの、共に武闘派”親子”であることに変わりはない。
「それに、この街の冒険者に守られるくらいなら、自分で戦ったほうがマシだから。」
「……最も平和な街。今回に関しては、それが完全に仇となったな。」
ジータンは平和な街である。
それ故に高難易度のクエストは少なく、より高みを目指す冒険者はよその街へと行ってしまう。
今この街に残っている冒険者は、未だに駆け出しか、もしくはくすぶっているか。
どのみち、魔獣との戦闘に期待できない、Cランク以下の冒険者ばかりであった。
「一体、どんな奴が来ると思う?」
「さぁ。ソニーちゃんいわく、”化け物じみた魔力”って話だから。多分、少なくとも”Sランク案件”じゃないかしら。」
冷静に話をする2人だが。
「もしそれが本当なら、わたしたちも”終わり”ね。」
迫りくる脅威は、紛れもない本物であった。
Sランク案件とは、少なくとも”街1つ”が平気で吹き飛ぶほどの脅威である。
それに真っ向から対抗できる戦力は、今のこの街には存在しない。
「もし俺からの連絡が途絶えたら、高ランクの冒険者をよこすよう本部に伝えてある。」
ギルドマスターも、決死の覚悟でここに立つ。
「だが心配するな。この街もお前も、”この槍”で守ってみせよう。」
「……久々に格好良いわね、父さん。」
頼もしい父の言葉に耳を傾けながら。
受付嬢も共に並び立つ。
そんな2人の戦士が待ち構える、その場所へ。
「……来たか。」
絶望が忍び寄る。
存在感を示すように、その歩みは力強く。
殺意の塊のような”瞳”は、異様なまでの覇気を放っている。
巨大なる、狼型の魔獣であろうか。
それが尋常なる生物であるとは、誰も思いはしないであろう。
そんな、正真正銘の”化け物”が。ジータンの街に到来する。
よく見ると、化け物の口には、人型らしき”何か”が咥えられており。
それを見て、ギルドマスターは眉をひそめた。
「……すでに犠牲者が出ていたか。」
悲しみを抱くと同時に。目の前の化け物を、明確な敵であると判断する。
隣の受付嬢も同様に。
「俺が先手を打つ。奴がどんな動きをしても、絶対に気を抜くなよ。」
「ええ、分かってる。」
いつでも刃を放てるように。受付嬢は鞘から僅かに刀身を覗かせる。
ギルドマスターは、巨大な槍を”投擲”する姿勢を取り。
強大な魔獣との、決戦に挑む。
だが。
「――あ、あ、……アホウドリ!」
気の抜けた、少女の声のようなものが聞こえてくる。
「アホウドリ!? なにそれ、そんな名前の動物がいるの!?」
「それが、いるんだな。」
2人の少女らしき声。
信じられない事に、それは魔獣のすぐ近くから聞こえてくる。
「やっぱ変わってるって、ミレイちゃんの世界。」
「いやいや、どう考えてもこっちの世界のほうがぶっ飛んでるから。」
「ううん。絶対違うと思う。」
2人の少女。ミレイとキララは、あろうことか魔獣の真横を歩いており。
魔獣も、それを気にしている様子は無かった。
その、あまりにも場違いな様子に。
街の入口で待ち構える2人は、意味が分からないと首を傾げる。
「……これは、どういう状況だ?」
「さぁ? わたしにも謎ね。」
そんな両者が、ついに出会う。
「あれ? お二人共、どうかしたんですか?」
街の入口に、見知った顔が居ることに気づき。ミレイが声をかける。
「門番の、お手伝いとか?」
2人して疑問を抱く。
なぜギルドの職員が待ち構えているのかと。
「いえ、うちの職員に、少々魔力の感知に長けた者がいまして。」
「いわく、とんでもない魔力の持ち主が、この街に向かっているという話でな。」
ギルド側の2人が見つめるのは、得体の知れない”ナニカ”を咥えた、得体の知れない”化け物”。
「どういうことか、説明をしてもらおう。」
◇
「……なるほど。こいつが森に。」
森に出現した、正体不明の魔獣。
地面に置かれたその死骸は、絶望に襲われような死に顔をしており。
胴体に刻まれた傷とともに、その最後の凄惨さを物語っていた。
そんな魔獣の死骸を、ギルマスと受付嬢は見つめる。
「数はどの程度だ?」
「全部で20匹くらいはいたと思うんですけど。こいつが、全部倒したはずです。」
ミレイの召喚した魔獣、フェンリルは。しつけの行き届いた犬のように、静かに佇んでいた。
低身長のミレイと並んでは、その大きさがより際立って見える。
歴戦の冒険者であるギルドマスターからしても、その存在感は紛れもない本物であった。
「こいつは、嬢ちゃんのアビリティカードか?」
「あっ、はい。そうです。」
ミレイがフェンリルに意識を送ると。
その意図を汲み取ってか、その体が光の粒子へと変わり。
ミレイの手には、黄金の4つ星カードが形成される。
「まさか、4つ星のカードとはな。”娘”以外で見るのは久しぶりだ。」
「へぇ、娘さんが居るんですか。」
そんな会話を聞きながら。
隣のソルティアは、知らん顔を貫き通す。
「そう言えば。ミレイさんのカードは、何も描かれていない”黒のカード”ではありませんでしたか?」
ソルティアがミレイに問う。
「……えっと。なんて言えば良いんだろう。」
色々と事情が複雑過ぎて。ミレイはどう説明したものかと悩む。
すると、隣りにいたキララが。
「――えっと、これが、ミレイちゃんの本来のカードなんです! 黒かったのは、きっと異世界から来たばかりで、調子が悪かっただけだと思います。」
無論、それは事実とは違うが。
疑問に思うミレイを尻目に、キララは作り話を2人に説明する。
「まぁ確かに。あの黒いカードは、明らかに異常でしたからね。」
元々がイレギュラーだったため。2人は特に疑問を持たずに納得した。
「……ともあれ、2人とも無事で何よりだ。新人2人を初日で失っては、我々としても悔やみ切れんからな。」
本心から。ギルドマスターはミレイとキララの無事に安心していた。
「ところで、初めてのクエストはどうだった? 退屈だったか?」
そう、尋ねられて。
ミレイとキララは顔を合わせると、思わず笑みがこぼれ落ちる。
「いいえ、全然。」
「はい。とっても楽しかったです!」
そう言いながら。しっかりと、回収し直した人面栗を見せつける。
その表情は、絶望に染まっていたが。
「ご苦労さまです。後で確認しますね。」
「ああ。とりあえず今日は、ゆっくりと休むと良い。」
ギルド職員として。二人の新米冒険者に労いの言葉を送る。
「”こいつ”が何なのかは、俺の方で調べてみよう。」
そう言って、ギルドマスターは横たわる魔獣の亡骸に目を向けた。
「それでは、報酬の60Gとなります。」
受付嬢から貰った袋を、大事に抱えたまま。
2人の冒険者は、ギルド内のテーブル席まで向かう。
そして、テーブルの上に袋を置くと。
ひっくり返すように、中身の”金貨”を取り出した。
「「おおー!!」」
小さな金貨の山に。ミレイとキララは共に興奮の声を上げる。
ピカピカ、とは言えないものの。
鈍い輝きを放つ金貨に、ミレイの瞳は奪われる。
かつて、初めての給料を貰った時、これほどの興奮を得られたであろうか。
いや、得られなかったと断言できる。
給与明細に数字として刻まれるお金ではなく。
ずっしりと感じられる重さこそが、そのままの苦労の重さであった。
報酬の金貨を見つめながら。キララも笑みを浮かべている。
「……そんなに大きな額じゃないけど。この感動は、きっと忘れないと思う。」
「うん、わたしも。」
キララも、ミレイも。
共に同じ感動を分かち合う。
「お互いに欠けてたら、きっと達成できなかったから。」
報酬の額。クエストの難易度は関係ない。
今日2人が出会って、互いが互いのことを”想った”からこそ、この瞬間を迎えることが出来た。
「明日の依頼も。」
「うん。頑張ろうね!」
この友情を結びつけてくれた運命に。
2人は揃って、感謝した。
2人の冒険者が、金貨を前に興奮している頃。
ギルド内の奥の部屋では。横たわる魔獣の亡骸と、それを見つめるギルドマスターの姿があった。
魔獣の亡骸に触りながら。彼は眉間にしわを寄せる。
(第一印象から、”もしや”とは思っていたが。)
魔獣の顔や、指の形などを見る。
人間と同じ、”5本指”の手を。
(……浮遊大陸の魔獣なら。いや、それでも腑に落ちんか。)
冒険者として、非常に多くの魔獣と戦ってきた彼ではあるが。
その知識を持ってして、この目の前の物体の正体は分からなかった。
(魔法を扱うほどの知性も持つ。とすれば、やはり――)
ギルドマスターは、まだ見ぬ”脅威”を睨む。
◆
広げてあった金貨の山は、しっかりと袋にしまい込み。
それでも、少女たちの興奮は、未だに続いていた。
「あっ、ミレイちゃん。ここ汚れてるよ?」
ミレイの服についた汚れを、キララが払い落とす。
「あぁ、さっき転んだから、かな。破れてないなら、まぁいいけど。」
「わたしは着替えを用意してるけど。ミレイちゃん、他の服ないよね?」
「そうだね。少しくらいは用意しないと。」
「じゃあ、明日買いに行こうよ!」
「う〜ん。でも、お金無いからなぁ。」
「大丈夫だよ。村を出る前に貯めたわたしの”貯金”が、まだ残ってるから。」
頼もしいお姉さんのように。キララは自身の胸を叩く。
「いやまずいよ。これ以上お世話になるのは。」
「良いの! わたしがお世話したくてやってるんだから。」
「いやいや。言っとくけど、多分わたしのほうが年上――」
「――随分と、仲がよろしいようで。」
「うわわっ。」
突如、2人の間に現れた受付嬢に。
ミレイたちはビクリと反応する。
まるでお化けを見たような反応だが。受付嬢は表情を変えない。
「えっと。なにか、ありましたか?」
「時間的に、もう出てったほうが良いのかな?」
外を見れば、すでに夜の帳は下りている。
「いいえ、そういった事はありません。たとえ夜であろうと、ギルド内は出入り自由ですから。」
クエストの受注や、その他の業務など。
ギルドとしての機能は停止しているものの、この空間は常に冒険者のために開放されている。
今日は、諸事情により静まり返っているが。
「父さん。――あっ、いいえ。ギルドマスターが呼んでいます。」
「ギルドマスターが? ……というより、父さんって。」
ミレイの疑問に。
受付嬢は、なにが疑問なのかと首を傾げる。
「はい。わたしたちは親子ですから。」
別に隠すほどのことでもないため。受付嬢は正直に話すが。
「「えぇ〜!?」」
2人にとって、それは衝撃的な事実であった。
「”あの”ギルマスと親子?」
「全然似てないよ!」
ギルドマスターは、筋肉隆々で全身に古傷を蓄えた大男。
それに比べ、目の前の受付嬢は細く美しく、華奢な女性に見える。
言われなければ、絶対に気づくことはなかったであろう。
ふと、キララは思い出す。
「あっ、それじゃあ。受付のお姉さんって、”4つ星”の所有者なんですか?」
先程のギルドマスターの言葉。
娘以外で見るのは久しぶり、という発言を思い出す。
キララにそう尋ねられて。
受付嬢は、静かに首を横に振る。
「いいえ、わたしではなく。4つ星のカードを持っているのは、”双子の姉”です。」
淡々と、事実を口にするのみ。
「それと。わたしの名前は”ソルティア”です。以後、お見知りおきを。」
彼女は単なる受付嬢であり。
その瞳に、不要な感情は抱かない。
「あっ、そうだ。」
ギルドマスターの元へ向かう途中。
キララはふと思い出し、ミレイの耳元に口を近づける。
「さっき誤魔化しちゃったけど。”黒のカードが4つ星に変わった”って嘘、そのままにしておいたほうが良いと思う。」
「なんで?」
「カードを生み出す能力なんて、世界中を探してもミレイちゃんだけだよ? 4つ星のカードってだけでも、みんな大騒ぎするんだから。」
そう。ミレイはまだ、この世界に来たばかりであり。
アビリティカードという存在が、この世界でどれほどの”比重”を持つのかを知らない。
ただ単に、”便利な道具”では済まされないのである。
「うん。分かった。」
ミレイは素直に了承する。
きっと目の前の少女こそが、何よりもカードの重要性を分かっているのだから。
ミレイとキララ。そして、2人を連れたソルティアが、ギルドの奥の部屋へとやって来る。
普段は使われない部屋なのだろう。少々埃っぽく、照明もくすんでいる。
低めの台のような場所に魔獣の亡骸が置かれており。
側に立っていたギルドマスターが、ミレイたちの到着に気づく。
「来たか。」
「はい。……えっと、そいつについて、何か分かったんですか?」
魔獣の亡骸が置かれているため。
呼んだ理由もそれだろうと、ミレイは判断する。
「ああ。とりあえず、ざっと調べただけだが。十中八九、こいつは”新種”だろうな。」
新種という言葉に、ミレイたちは驚く。
「……新種の魔獣。そういうのって、”こっちの世界”だと、よく見つかるんですか?」
魔獣そのものに馴染みがないため、ミレイにはその希少さが分からない。
「いや。そうそう見つかるもんじゃない。……だがこいつに関しては、また”別の問題”もある。」
「問題、ですか?」
ミレイとキララが、共に首を傾げる。
そもそも興味がないのか、ソルティアは無反応であったが。
「ああ。恐らくこいつは、この世界の生き物じゃない。”よその世界”から来た奴だ。」
「よその、世界?」
それは、ミレイ達にも馴染み深い言葉であった。
「……それって、ミレイちゃんと同じって事ですか?」
「まぁ、理屈の上ではそうだが。恐らく、全く関係ない別の世界だろう。」
「うん。わたしの世界に、こんなキモいは生き物はいなかったはず。」
少なくとも、地球の生態系に当てはまる生き物ではなかった。
「ただまぁ、嬢ちゃんと同じように、”異界の門”を通ってきたのは間違いないだろう。」
「……異界の門?」
キララにとっては、馴染みのない単語であった。
「異界の門とは、文字通り、異なる世界と繋がる門の事だ。それを通ることで、こっちと向こうの世界を行き来できる。」
恐らくはミレイも、それを通ってこの世界に来たのであろう。
本人には、まるで覚えがないが。
「だが、滅多にお目にかかれるものじゃない。俺も今までの人生で、遭遇したのは1度きりだ。」
ギルドマスターの脳裏に蘇るのは、その当時の記憶。
空間に出現した”光り輝く輪っか”。
そして、その奥に広がる異なる世界の風景。
「でも、わたしみたいな異世界人って、結構多いんですよね?」
馬車の青年が話していた言葉や、ソルティアの読んでいたマニュアルなどから。
ミレイ以外にも、異世界人が多く存在することは想像できる。
「ああ。”ここ10年”くらいか。あちこちで突発的に門が開いて。嬢ちゃんみたいに、異世界から来たって奴が現れるようになったのは。」
それは明確な、”世界の異常”であった。
「しかも、門はたいてい”長続きしない”からな。来るのは良いが、戻るのはほぼ無理だと思っていい。だから国としては、異世界人は保護すべきだと判断している。」
何故、あれだけ分厚いマニュアルがあるのか。
ようやく、ミレイは納得する。
「まぁ、来るのが嬢ちゃんみたいなのばかりなら、別に問題は無かったんだがな。」
皆の視線が、例の魔獣の亡骸へと移る。
「こいつみたいに、異世界の危険な魔獣も、同様に現れるようになった。ということですか?」
「そうだ。異界の門は神出鬼没。何もない荒野に現れることもあれば、平和な街中に現れることもある。そうした場合、どれだけ”ヤバい”か、分かるだろう?」
ギルドマスターの例えに。ミレイたちは黙って頷く。
だが、この話の複雑さには、まだ先があった。
「しかも”こいつ”に関して言えば、また危険度は跳ね上がる。」
「……もう、全部倒したと思うんですけど。」
少なくとも。ミレイの予想では、森に魔獣の生き残りはいなかった。
「だが、元の世界には居るだろう? こいつと同じ”人種”の奴が、他にもな。」
”人種”。
その言葉の意味する事を、ミレイは瞬時に察し。生物の亡骸をに視線を送る。
「どれだけの”文明”を築いているのかは分からんが。魔法を扱える以上、最低限の言語能力は持ってるはずだ。そういう生き物を、”魔獣とは呼ばない”。」
その生物の亡骸には、5本の指があり。
なおかつその形は、ヒトのそれとも酷似していた。
「今回の連中が、偶然門を通っただけなのか。もしくは、”目的”があってこちらの世界にやって来たのかは分からん。」
単なる迷い人か。
もしくは、”侵略者”か。
まともに対話すらしていないため、その真意を知る術は存在しない。
「ただ、自分たちが”何と”戦ったのか。それだけは忘れるなよ。」
ギルドマスターの言葉が、ミレイの心に深く突き刺さる。
わたしたちは一体、何と敵対して。
そして、何を殺したのか。
この世界に来て、わずか1日目にも関わらず。
ミレイの遭遇した出来事は、あまりにも複雑なものであった。