混沌巨獣
本体から切り離され。こちらの世界に取り残された、巨大な植物の根っ子。
生命力の供給を絶たれ、地上メンバーによって駆逐されるかと思われたが。
森の木々、変異種たちを取り込むことで、そのエネルギーを接収し。
死から逃れるように、しぶとく暴走を続けていた。
「”レティシア”、そのまま頼む。」
「ええ。」
白き竜、レティシアの背に乗って。
アーマーを纏ったエドワードが、漆黒のビームソードで根っ子を穿つ。
それと同時に、空中に浮かぶカミーラが、何本もの光の槍を射出する。
だがそれでも。
森を吸収し、なおも暴れまわる巨体には、効果が薄かった。
「……はぁ。これじゃあ埒が明かないわね。」
巨大昆虫の背中に乗った、Sランクの魔法使い”ミーア”が。
面倒くさそうに敵を見つめる。
「突入部隊も帰ってこないし。」
地上の残党処理。この場にいるメンバーだけでも、持ちこたえられてはいるが。
効率よく敵を減らすには、やはりマキナを含む突入部隊の助力が欲しかった。
”使える攻撃手段”が、限られているが故に。
「そもそも、炎がダメってどういうこと? 一撃で終わらせられる火力なら、関係ないんじゃないかしら。」
このまま、ひたすらに消耗戦を続ける。
そんなやり方を、ミーアは”美しくない”と判断し。
右手を、空に掲げ。
膨大な魔力を凝縮していき。
使うなと釘を刺されていた、炎のエネルギーへと変換していく。
「――ジ・エンドよ。」
ミーアは、生み出した巨大な火球を、根っ子に向かって投下し。
その直後。
世紀の大爆発が起こった。
◆◇
地の底から、高出力の光の剣が放たれ。
その後に続く形で、マキナを筆頭に、地下に潜った突入部隊が這い上がってくる。
なけなしの根性を振り絞り。
ほぼ全員が、体力の限界を迎えようとしていた。
なんとか、地上へと帰還したミレイたちであったが。
すぐに、周囲の異変に気づく。
「あれ、ここどこ?」
ダンジョンから、直上へ移動したならば。
地上にあるのは森か、もしくは巨大な根っ子のはずである。
だがしかし。ミレイ達が這い出た場所は、辺り一面が”更地”になっており。
おまけに煙が充満し、状況を伺うことが出来ない。
「……様子を見てきます。」
地上が、一体どうなっているのか。
それを確認するべく、マキナが光を纏い、空へと飛翔して行く。
他のメンバーは、動く気力も残っていなかったが。
「とりあえず、休もうぜ。」
イリスが、空に手を伸ばすと。
彼女たちの真上に、巨大な空中戦艦アマルガムが出現する。
久方ぶりの安全地帯に、ミレイ達は避難した。
アマルガムの内部、密閉された空間へと移動すると。
ようやく、変異放射線の影響下から外れ。
メンバーのチョーカーが機能を停止する。
すると、その瞬間。
全身を蝕んでいた激痛から解放され。
チョーカーを装着していたメンバー。
イリス、ソルティア、ユリカ、シュラマルの4人が、一斉に地面へと倒れ込む。
キンキンに冷えた床であったが。
まるでふかふかのベッドに倒れ込んだ時のように、イリスたちは至福の表情に染まっていた。
「うげ、これはヤバい。」
「やりとげましたね。」
数時間にも及ぶ地獄の痛み。
それでも、決して弱音を吐かずに。彼女たちは耐え切った。
「多分もう、出産も恐くないね。」
「……ユリカちゃん、予定あるの?」
もう、悔いはない。
そう言わんばかりの感動を醸し出していた。
ちなみに、チョーカーの痛みから解放されたのは、キララも同じだが。
すでに痛みに慣れていたため、それほど開放感を感じず。
「ちょっとアンタたち、床で寝ないでよ。きったないわね。」
凍りつき、砕けかけのフェイトは、イリスたちの行動にドン引きしていた。
◇
「……おいおい、冗談だろ。」
なんとか起き上がり。
アマルガムのブリッジへと移動したメンバーであったが。
そこから見えた光景、地上の状況に、言葉を失う。
それは、まるで山のようだった。
森は更地になったのではなく。
”一つの生命体”の肉体として、一塊になったに過ぎない。
その山は、動いていた。
もはやその姿は、根っ子などと表現できるものではなく。
街をも踏み潰す、植物の塊。
破壊と混沌の化身。
正真正銘の、”大怪獣”へと変貌していた。
「……なんで、こんな事に。」
大怪獣は、街の防壁のすぐ側まで迫っており。
イーニアの作り出した巨大ゴーレムを、いとも容易く踏み潰している。
「時間を、掛け過ぎちゃった?」
「いえ。だとしても、あれ程の変化を。」
彼女たちがいくら考えても、その理由は分からない。
ただ現実が、非常に不味い方向へと突き進むのみ。
大怪獣の動きを阻むように。
先行したマキナが、高出力の光の剣で応戦する。
だが、やはり。
体の表面に触れた部分から、光の魔力が拡散してしまい。
まったくもって、ダメージを与えることが出来ない。
大怪獣の動きは止められず。
その巨体によって、ついに防壁が崩される。
街に居た人々にとって。
その巨大すぎる姿は、絶望以外の何者でもなかった。
「――仕方ねぇ、このまま突進するぞ!!」
イリスの行動は早かった。
ブリッジにあるレバーのような物を思いっきり倒し。
アマルガムのリアクターが最大出力へ。
全力で、加速を始める。
「いいっ。」
急激な加速による、身体への負担を感じながら。
この後に予想される展開に、ミレイは冷や汗をかく。
「……先輩、嘘ですよね。」
その問いに、イリスは振り向かない。
「……わりーな、後輩。”衝撃に備えろ”!」
「死んじゃうって!」
ミレイの叫びも虚しく。
アマルガムは加速を続け、大きなカーブを描きながら、大怪獣へと向かっていく。
(つ、掴まるものがない。)
死を覚悟したミレイを乗せながら。
最大まで加速したアマルガムが。
大怪獣の側面へと激突する。
勢いそのままに、その巨体へとめり込みながら。
なおも加速を続け。
街へと侵入しようとする大怪獣を、力任せで押し返していく。
圧倒的な大きさゆえに、流石に吹き飛ばせはしないものの。
巨大戦艦の最大出力を持ってして、ジリジリと街から引き離す。
だが、次第にその勢いも収まっていき。
ついには完全に停止し。
伸ばされた蔓のような部分によって、アマルガムは囚われてしまう。
「……ふぅ。」
とりあえず、僅かながらも街から敵を引き剥がし。
イリスは満足気に息を吐く。
ブリッジに居た他のメンバーも、柱やら壁やらに掴まって無事だった。
「……ありがとね、キララ。」
死を覚悟したミレイであったが。
キララの放った謎のネバネバ魔力によって、何とか吹き飛ばずに済んだ。
逆さま状態で、宙ぶらりんになってはいたが。
「急いで脱出するぞ!」
敵に掴まれた以上、アマルガムは航行不能であり。
脱出するために、一行は船の後方部分へと移動する。
けれども大怪獣は、アマルガムを取り込もうとする勢いで、蔓やら触手を伸ばしており。
その圧力により、船の出入り口が開かなくなってしまう。
「チッ、”実体化を解く”しかねぇか。」
またもや、イリスからとんでもない言葉が発せられる。
「”飛べるやつ”にしがみついて、こっから逃げるぞ。」
「飛べるやつ?」
ミレイたちは、それぞれ顔を合わせ。
「……へ?」
残念なことに、選択肢は非常に限られていた。
アマルガムの実体化が解かれ。
そこにできた空間から、翼を展開したミレイが脱出する。
その表情は、怒りに満ちていた。
「――こんなの、絶対に間違ってる!!」
「……えへへ。」
ミレイの胴体には、キララが抱きつき。
その下にソルティア、イリス、シュラマル、ユリカと。
”メンバー全員がしがみついた状態”で、ミレイは飛翔する。
『心配は無用だ。身体が引きちぎれても、わたしが繋ぎ止めよう。』
「ちぎれるか!!」
満身創痍だったフェイトは、アマルガム同様にカードの状態に戻し。
全員分の重みが、ミレイの身体にのしかかる。
それでも。
ミレイ達は、必死こいて大怪獣から離れ。
街の防壁付近で、再びアマルガムを実体化。
命からがら、甲板へと降り立った。
「……うぅ。」
腰付近を押さえながら、ミレイがうずくまっていると。
アマルガムの甲板に、次々と味方が集ってくる。
マキナは、華麗に降り立ち。
近くまでやって来た白き竜の背中からは、エドワードとイーニアが降りる。
翼を広げたカミーラは。
”若干焦げ付いた”魔法使い、ミーアを抱えていた。
何はともあれ。
全員が生き延びた状態で、この場に集結した。
◇
「――で、なんでああなった?」
何故、残った根っ子が森を吸収し、なおかつ”化け物みたいな風貌”になっているのか。
イリスが地上メンバーに問いただす。
「ミーアの”バカ”が、特大の炎を放ったんだよ。見ての通り、自爆だ。」
カミーラが事情を説明し。
「……ぷ、ぴゅ〜」
戦犯たるミーアは。
焦げた髪の毛を気にしつつ、下手な口笛で誤魔化そうとしていた。
「はぁ。なるほどな。」
同じSランク冒険者の、あまりにも情けない姿に。
イリスは怒る気力すら湧かなかった。
だが、それでも。
どうしても怒りの収まらない人間が1人。
いつも無表情な”ソルティア”が。
珍しく表情を険しくしながら、ミーアに近づいていき。
「――うぎっ。」
強烈な後ろ蹴りを、腹部に食らわせ。
思いっきり吹き飛ばす。
「いや、やり過ぎじゃない!?」
衝撃的な暴力行為に、ミレイは驚く。
けれども、ソルティアは特に弁明せず。
冷め切った瞳で、蹴り飛ばしたミーアを見つめていた。
非常に、お腹を痛そうにしながら。
ミーアが起き上がる。
「……まったく。”姉”を蹴り飛ばすだなんて、随分と生意気じゃない。」
「蹴りやすそうなボディだったので、つい。」
2人は”姉妹”なので、問題なかった。
◆
根っ子は、混沌とした巨大怪獣へと変貌し。
破壊の足音を立てながら、街へと迫っている。
空を飛べるミレイと、カミーラ。
マキナ、白き竜のレティシアが。
何とか街から離そうと、攻撃して気を引こうとするものの。
まるで、惹き寄せられるように。
ゆっくりと、大怪獣は街へと近づいていた。
「さて。とりあえず、全員生還できたことを喜びたいが。見ての通り、”最大の問題”は未だ解決していない。」
エドワードたちは、アマルガムの甲板で緊急の作戦会議を行う。
「それにしても。誤算だったのは、マキナの力に耐性を持たれたことだな。そのおかげで、討伐難易度が何倍にも膨れ上がった。」
「おまけに、”どっかのバカ”のせいでデカくなったしな。」
「……うるさいわね。」
ミーアは、未だに腹部を押さえていた。
もしも、ミーアが火を投下せず、敵が本来のサイズであったなら。
全員の総攻撃で、殺し尽くせる相手であった。
だがしかし。
ミーアの放った火球と森の植物全てを吸収し、混沌と膨れ上がった今の大怪獣を。
殺し尽くせるだけの火力が、今のこちら側には存在しなかった。
「……フェイト。君の全力でも、あれは倒せないのか?」
エドワードに問いかけられ。
”治療中”のフェイトが、ゆっくりと目を開く。
左半身が凍りつき、戦闘継続もままならない状態でありながらも。
それでも、再び実体化し。
ユリカとキララの二人がかりで、身体の治療を行っていた。
「そうね。こっちの体力が万全で、向こうが元の大きさだったなら。まぁ殺し切れたでしょうけど。」
完全に凍りつき。
”御札だらけ”となった左腕を見つめる。
「あと一発、大技を使ったら。多分全身が砕けるわ。」
魔法や、アビリティカードなど。
正規の手段で力を得た他のメンバーとは違い。
フェイトの身に宿る力は、所詮は外付けに過ぎない。
エドワードが特製のスーツを用いて、ようやく制御できている力を、フェイトはその身一つで行使している。
その分、破格の出力を発揮できてはいるものの。
代償とするのは魔力ではなく、その生命であった。
「ミレイのカードである以上、別に死ぬのは問題ないけど。”最後の一発”は、確実な場面で使いたいわ。」
その一発を、最大限に発揮できるよう。
フェイトは2人に頼み込み。
崩壊寸前の身体を、”補強”してもらっていた。
彼らが作戦を考える間も、ミレイ達による足止めは決行され。
飛ぶのも考えるのも苦手なソルティア、シュラマル、そしてイーニアは。
ただ黙って、戦況を見つめる。
「街の北側は、すでに避難が終わっている。最悪、壁内での戦闘も可能だ。」
「……やるっきゃねぇか。」
あれこれ考えても仕方がないと。
イリスは立ち上がり、街へと迫る大怪獣を視界に収める。
「オレたちが全力で攻撃し、フェイトが最後の一撃を決める。結局、やるのはそれだけだろ?」
「ああ。まさに、”作戦”だな。」
持てる力の全てを束ね、破壊と混沌の化身に挑む。
長きに渡る戦いが、ついに最終局面を迎えようとしていた。




