剪定作戦
半日以上にも及ぶ、長き戦いが終わり。
街と、森と、海に、静寂が訪れる。
聞こえてくるのは、微かなさざ波の音だけ。
ミレイは、浜辺で膝をつき。
瞳から大粒の涙を流していた。
その目に映るのは、何も無い、広大な海の姿。
そんな彼女の元へと。
壊れかけた、巨大ゴーレムが近づいてくる。
ミレイと同じく、激戦をくぐり抜けたイーニアが。
静かに、そばに寄り添う。
望んだ勝利のはずなのに。
パズルのピースが1つでも欠けてしまえば、それは酷く歪に見えた。
「……貴女は確かに優しくて、正しい心を持っているわ。それを成し遂げるだけの”力”も。」
「でも、それで全てを得られるほど、”この世界は優しくない”。」
さざ波に揺られて。
腐り果てた”木の枝の残骸”が、ミレイの元へと流されてくる。
「……受け入れて、前に進むのよ。」
きっと始めから、こうなることは決まっていたのだろう。
根本的な問題。
絶対的な運命。
”2つの世界は、出会うべきではなかった”。
◇
「――きて。起きて、ミレイちゃん。」
どんな日でも、相変わらず寝起きの悪いミレイを。
キララはせっせと起こそうとする。
だがしかし、ミレイの睡魔は手強く。素直に目覚めさせてはくれない。
そんなミレイだが。
いつもと異なる点が、2つほどあった。
何故かは不明だが、その手には”黒のカード”が握られており。
瞳の付近には、”涙の跡”が残っていた。
「……」
いつもと違う様子に、キララは当然のように気づくも。
不安な気持ちを、ぐっと抑えつける。
「一緒に行くなら、もうそろそろ起きないと。」
「……うぅん。お、起きる。」
その言葉を聞いて。
ようやくミレイは反応し、ゆっくりと体を起こす。
そしてほんの数秒、ぼーっと壁を見つめ。
「――サフラ、居る?」
思い出したように、ミレイは問いかける。
『急にどうした? わたしが君の体から離れるわけがないだろう。自らの生存こそが、わたしの行動理由だからな。』
「……そう、だよね。」
自分は1人じゃない。キララだって居るし、体の中にも仲間がいる。
その事実を、ミレイは大切そうに噛みしめる。
そんな様子を、キララは複雑そうに見つめていた。
「ミレイちゃん。本当に危険な作戦だから、無理に参加する必要はないんだよ?」
「……ううん。一番平気で、一番適任なわたしが、何もせずに居るなんて。そんなの耐えられないから。」
絶対に後悔しないように。
ミレイは立ち上がった。
◇
一晩が経ち。
異界からやって来た根っ子は、より大きな姿となり。
その活動範囲を、着実に周囲へと広げていた。
変異した森の植物たちも活発化し。
異形の怪物として、ピエタの街へと向かってくる。
そんな変異種たちの進撃を食い止めるべく。
イーニアの生み出した巨大ゴーレムが、森の木々を蹂躙していく。
そして。
街を守るのは、彼女だけではない。
新たにやって来た戦力。
”空を飛翔する2つの影”が、根っ子と変異種を相手に立ちはだかる。
「――うわっ、何あれ!?」
キララに連れられ、アマルガムの甲板へとやって来たミレイは。
空を駆ける、見慣れぬ存在に目を奪われる。
1つは、美しい白色の”ドラゴン”だった。
白鳥のような翼を持ち、信じられないスピードで空を飛翔する。
そしてもう1つは、得体の知れない”大きな昆虫”。
なんとも形容し難い、”色鮮やかなゴキブリ”のような昆虫だが。
その背中には、女性らしき人影が乗っていた。
白いドラゴンは、凄まじい速度で飛行し。
森の真上スレスレを通り過ぎると、鋭い風の刃を発生させ。
森の変異種たちを一方的に刈り取って行く。
巨大な虫の方は、背中に乗った女性が複数の魔法を起動し。
無差別な魔力光線を、広範囲にばら撒いていた。
彼女たちの攻撃能力は、Sランク冒険者であるイーニアにも引けを取らず。
その3人の力を持ってして、森の進撃は食い止められていた。
地上で行われる派手な戦いを、ミレイがまじまじと見つめていると。
「――あの2人は、応援でやって来たSランク冒険者ですよ。」
夜通し街を守り続けた、金髪の騎士。
”マキナ”が、ミレイ達の元へとやって来る。
「わたしは、”あなた方の作戦”に参加するので。彼女たちに防衛を引き継いでもらいました。」
「……えっと。マキナさん、でしたよね。」
「はい。よろしくお願いします。」
「あっいえ、こちらこそ。」
しっかりと話すのは初めてなため、ミレイは若干緊張していた。
「追加でやって来た2人は、Sランクの中でも比較的上位に入る実力者なので。防衛向きなイーニアさんと合わせれば、しばらくは持つでしょう。」
「……なるほど。」
それは、確かに安心できる話だが。
たった1人で一晩街を守りきり、平気な顔をしている目の前の彼女のほうが、よっぽど化け物じみている気がした。
「あれ、でも。Sランク冒険者、”5人”来るって話だったような。」
「ええ、その予定でしたが。他の町で、”かなり大きな事件”が起きたらしく。残る2人はそちらへ回されました。」
「……それは、なんとも間が悪いですね。」
「まぁ、大丈夫でしょう。敵は確かに、前例が無いほどに”異質”な存在ですが。わたしも貴女と同じで、”ノーリスク”で敵と戦えるので。」
ミレイやフェイトと同じく。
彼女もまた、変異放射線への耐性を持つ者。
”普通の人間”とは、異なる身体構造を持つ者であった。
◇
アマルガムの甲板には、作戦に挑む全メンバーが揃っていた。
変異放射線への耐性を持つ3人、ミレイ、フェイト、マキナ。
異界の門の専門家であるユリカと、護衛のシュラマル。
そして、命知らずの戦闘要員、イリス、キララ、ソルティアの3人。
総勢8名が、異界の門を閉じ、ピエタの街を守るべく集結する。
「――それでは、作戦の説明をさせてもらう。」
作戦の指揮には、アーマーを纏ったエドワードと。
明らかに寝不足のカミーラが担当する。
「ミレイとフェイト、そしてマキナ以外の5人には、特製のチョーカーを装着してもらっているが。違和感等は無いか?」
エドワードの問いに、キララたちは無言で応える。
彼女たちの首には、揃って黒色のチョーカーが装着されていた。
「そのチョーカーの名は、”アンデッドチョーカー”。魔力に目覚めていない普通の人間にとっては、ただ毒を注入するだけの自殺用器具だが。君たちのように魔法が扱える者にとっては、変異放射線への対抗手段となり得る道具だ。」
「本来なら、わたしもそれを装着し、君たちに同行する予定だったが。まだ魔法とやらの力に目覚めてなくてな。非常に申し訳ないが、君たちに託させてもらう。」
「まっ、気にすんなよ、オッサン。」
表情の暗いエドワードを、イリスが励ます。
「変異放射線を感知すると。チョーカーがその濃度を測定し、自動的にそれを打ち消せるだけの”毒素”を体内に注入する。君たちの場合は、魔力由来の免疫機能が働き、魔力が枯渇しない限りは、毒で死ぬことも、体が変異して死ぬこともないだろう。」
「だが、毒が体を破壊し、魔力がそれを癒やし。その繰り返しが”永続的”に続くため、地獄のような時間になると考えてくれ。」
”地獄のような時間”。
その言葉に、チョーカーを装着した面々は、静かにうなずく。
「一応、事前に痛みを体感しておいたほうがいいだろう。サフラ、数秒だけでいい。高濃度のガスを、彼女たちに浴びせてくれ。」
『いいだろう。』
エドワードからの要請を受け。
サフラ、正確には、宿主であるミレイの体から、高濃度の放射性ガスが発せられる。
すると、5人が装着するチョーカーが、一斉に起動し。
「「――ッ!!」」
同時に、全身に駆け回った強烈な痛みに。
キララ以外の全員が、たまらず苦悶の声を上げる。
イリスや、ソルティアなど。身体的には、非常に頑丈な面々だが。
全身の細胞が、内側から崩壊していく痛みは、流石に未体験の衝撃であった。
たまらぬ痛みに。
ユリカに至っては、思わず地面に膝を突いてしまう。
わずか、数秒足らずとはいえ。
全身を蝕む痛みは、彼女たちに”恐怖”として刻まれた。
「こ、この痛みが、ずっと続くってことですか?」
ユリカはすでに、大量の汗を流していた。
「……ああ。全身が変異して死ぬよりかはマシだが。正直な話、”一生分の痛み”を味わうと覚悟してくれ。」
非常に酷な話だが。
その”痛み”こそが、彼女たちの生存を可能とする唯一の手段であった。
「――1つ、アドバイスをしておこう。」
あくびをしながら、カミーラがメンバーに伝える。
「”死んでたまるかと”、そう思い続けろ。そうすれば、体内の魔力がお前たちを生かし続けるだろう。そして、その痛みが続く限り、お前たちは戦える。」
「……それと、”何があっても戻ってこい”。生きてさえいれば、わたしが絶対にお前たちを死なせない。」
ここに残る者として。
カミーラの言える言葉は、それが全てであった。
「作戦の目標は、至ってシンプルだ。”根っ子の発生源”、つまりは異界の門が存在する箇所まで辿り着き、ユリカの作成した御札を使って門を閉じる。」
「御札は”全員”に配布する。最悪、誰か1人でも門に辿り着ければ、目的は達成できるだろうが。それでも、全員での到達を目指してくれ。」
エドワードの言葉に、ミレイたちはうなずく。
「これから君たちには、2つのチームに分かれ、それぞれ別の方向からの突破を目指してもらう。”最高戦力”であるマキナと、フェイトを主軸としたチームだ。」
「根っ子があれだけ肥大化していることから、おそらくダンジョンは完全に埋もれているだろう。故に、根っ子の周辺を”掘削”しつつ、最深部まで目指してくれ。」
前回、ミレイ達がダンジョン攻略を目指した際には、地上から地下に繋がる”穴”が存在した。
だが今回は、あれだけ巨大な根っ子が出現したため。
すでにダンジョン自体が、形を成していなかった。
「マキナとフェイトは各々の”力”を使い、最深部までの通路を掘ってもらう。他のメンバーはそれに追従し、根っ子や変異種の妨害があった場合は、それの対処をしてくれ。」
エドワードは、8人のメンバーを見つめる。
全員が、10代〜20代であり。
あまりにも、若すぎるメンバー達だった。
「この場にいる全員、誰一人として欠けることなく、勝利を収めるぞ。」
「「「おー!!」」」
彼女たちは、高らかに拳を上げ。
異世界の植物を相手にした、”決戦”の火蓋が切られた。
◇◆
根っ子の直上を目指して、戦艦アマルガムが飛行する。
その甲板の上では。
ミレイとキララが、出発前最後の会話を交わしていた。
「キララ、この子を連れて行ってあげて。」
ミレイは、自身の能力の1つである、”お喋りタンポポ”をキララに手渡す。
「前に、地下で根っ子に襲われた時、この子が察知してくれたんだよね。わたし達、別チームだし。きっとこの子が、ピンチの時に助けてくれるはずだよ。」
「……えっと。それなら、ミレイちゃんがポッケに入れてたほうが良いような。」
「大丈夫! わたしにはサフラも居るし、平気だよ。」
今回の作戦に関しては。チョーカーの着用が必要なキララのほうが、ずっと大変であると判断し。
少しでも助けになればと、タンポポをキララに託した。
「タンポポ、キララをお願いね。」
「はい、マスター。」
この繋がりが、良い運命を導きますように。
◆◇
雲の中を抜けて。
”巨大な氷の結晶”に乗ったミレイたちが、2つの方向に分かれて降下していく。
フェイトチームのメンバーは、ミレイ、ユリカ、シュラマル。
マキナチームのメンバーは、キララ、ソルティア、イリスと。
戦力的、魔法的な観点から、2つのチームに分けられる。
奇しくも。
フェイトチームのメンバーは、かつて共にダンジョン攻略に挑んだメンバーであった。
「今度は倒れないように気をつけてよね!」
「ぜ、善処するね。」
氷の結晶に乗っているとはいえ。
上空からの降下に、ユリカは腰が引けていた。
対する、マキナチームは。
武闘派メンバーが揃っているため、全員が凛とした表情で地上を見つめていた。
しかし、このメンバーの中で新参者であるマキナは、ある不安を抱く。
「……やはりこれでは、戦力に隔たりがあるのでは。」
こちらのチームには、マキナとイリスというSランク冒険者が2人。
けれども、向こうのチームには1人も居ない。
単純に、Sランクを分けるべきだったのではと、今更ながらにマキナは後悔した。
「まっ、大丈夫だろ。案外、戦力的にはきれいに割れてると思うぜ? それにお前が思うほど、向こうの連中は弱くねぇ。」
「……なら、構いませんが。」
全員の能力を、ある程度は把握しているイリスからすれば。
これは案外、妥当なチーム分けであった。
メンバーを乗せた氷の結晶が、巨大な根っ子の側面付近を降下する。
すると、すでに広域的にガスが充満しているのか。
キララ達の首についたチョーカーが起動し。
毒による痛みが、彼女たちの体を蝕む。
「辛いとは思いますが。落ちないよう、気を確かに持ってください。」
ミレイ、フェイト、そしてマキナと。
純粋な人間ではない者のみが、この領域での生存を可能にしていた。
根っ子の生える地点を目指して、降下を続ける彼女たちであったが。
それに対し、”彼ら”が何の反応も示さないはずはなく。
枝分かれした根っ子の一部が、氷の結晶を捕まえようと、手を伸ばしてくる。
「やっぱ反応するか。」
2つの氷の結晶を、フェイトは能力で操作し。
根っ子に捕まらないよう、落下の軌道を変える。
とはいえ、その捕まえようとしてくる相手に近寄ろうとしているため。
伸ばされる根っ子の数は増えていき。
それを避けるために、氷の結晶の速度は速くなり、軌道もめちゃくちゃになっていく。
「――いいいいっ!?」
もはや、立って居られる状況ではなく。
ミレイは冷たい足場に掴まり、落ちないように必死にしがみつく。
「シートベルト! ジェットコースターなのに、シートベルトがない!!」
フェイトの変則的な運転は、ミレイ達の内臓をシェイクした。
「良いじゃない! 遊園地とか、わたしも行ってみたかったわ!」
めちゃくちゃな軌道を描きつつも。
氷の結晶は、無数の根っ子を華麗に避け続け。
それぞれ、根っ子を挟んだ反対側の地面へと着地した。
「さて、と。」
迫りくる根っ子、そして変異種を、氷の剣で捌きながら。
地面に降りたフェイトは、巨大な根っ子の周辺を観察する。
すると、以前使用した入り口は見当たらず。
「やるしかないか。」
仕方がないと。
通路を掘るために、巨大な”氷のドリル”を生成する。
「いい? わたしは穴掘りに専念するから、背中は任せたわよ!」
「おっけー!」
ミレイは魔導書をひっぱたくと。
戦闘用の”聖女殺し”と、追加戦力である”フェンリル”をその場に召喚する。
「ユリカちゃん、立てる?」
「……うん。大丈夫。」
チョーカーの機能により、全身に激痛が走りつつも。
ユリカとシュラマルは、なんとか立ち上がり。
作戦へと取り掛かった。
”ここまで来たからには、もう後戻りはできない”。
その覚悟を示すように。
迫りくる植物群に対して、双方のチームが懸命に応戦する。
片や、フェイトが氷のドリルで地面を掘削し。
片や、マキナが光の剣で地面を穿つ。
力技で地面を掘削していき。
どれほど地下に有るのか分からない、異界の門へと目指していく。
絶大な力を持つ、彼女たちの力を持ってしても。
”1000mを超える穴”を掘るのは、中々に困難であり。
およそ数時間にも渡って、戦闘と掘削は続いた。
◆◇
地中を掘り進める氷のドリルが、巨大な空間へと進出する。
「ん?」
手応えが無くなった事により。
フェイトはとりあえず、ドリルをその空間へと蹴飛ばした。
逆さま状態で、穴から顔を出すと。
そこはかなり広大な空洞部分であり。
遠くに、巨大な根っ子が”途切れている部分”が確認できた。
すなわち、”異界の門”。
”ダンジョンの最下層”であった。
「……案外、早く着いたわね。」
氷の結晶を生み出し。
フェイトと、後に続く仲間たちは、ゆっくりと異界の門のある場所へと近づいていく。
ミレイたちは、数時間に及ぶ戦闘の影響で薄汚れており。
ユリカとシュラマルに関しては、チョーカーの痛みを耐え続け、かなり疲弊している様子だった。
「ん?」
ミレイ達が、根っ子の途切れる箇所へとやって来ると。
すでに、マキナ達のチームが到着済みであった。
キララやソルティアは、多少なりとも疲労の色が見えたが。
ミレイたちと比べると、幾分か余裕がありそうだった。
「……ちょっとアンタ達、なんで門を閉じてないのよ。」
先着を許したことで、フェイトは若干不機嫌になっていた。
しかし、何故。
彼女たちは門を閉じずに、ここで突っ立っているのか。
根っ子の途切れる場所を見て、ミレイたちは悟った。
「……”これ”、閉じれるの?」
そこには。
巨大な根っ子によって”拡張”され。
数十メートルまで肥大化した、”巨大な異界の門”が存在した。
◇ 今日の召喚 ◇
アマルガムの甲板にて。
イリス「おい、ミレイ。こういう時こそ、お前の本領発揮じゃないか?」
ミレイ「カードの召喚ってことですか?」
イリス「おうよ。」
ミレイ「じゃあ、やってみます。」
黒のカードを起動し、新たなカードを召喚。
鈍い銅枠の、”2つ星カード”が出現する。
イリス「……一応聞いとくが、どういうカードだ?」
ミレイ「えっと。カードの名前は、”ヒニャータ”。口から火の粉を吐く、猫みたいな動物を召喚できる、みたいな。」
イリス「……絶対、使うなよ。」
ミレイ「……あい。」




