決戦前夜
「きらららら〜ん♪」
陽気に歌を口ずさみながら、ミレイはアマルガム内の通路を歩く。
地上で起きた戦い。そして、”現在も続いている戦い”について話すために。
キララがどこに居るのか探しながら、機内を練り歩く。
「ん?」
若干、体が軽くなったような。そんな気持ちで居たミレイであったが。
「――キララ!?」
探していた少女らしき人物が、通路で倒れているのを発見して。
ミレイは急いで駆け寄った。
「何があったの?」
キララを抱きかかえる。
「……ミレイ、ちゃん。」
幸いにも、意識は有るようであった。
「えへへ、”ちょっと疲れちゃって”。1人で医務室に行けると思ったけど、ダメだったみたい。」
その言葉の真偽は不明だが。
ミレイを心配させないように、キララは笑みを浮かべる。
「いやいや、めちゃくちゃ汗かいてるし。ほんと大丈夫なの?」
服の上からでも湿り気を感じるほど、キララは大量の汗を流していた。
心なしか、いつもより体温が高いような気もする。
ミレイが、キララの身を案じていると。
『――問題ない。』
キララの服の中から、真っ白な寄生体”、サフラ”が這い出てくる。
『彼女の身体機能は正常だ。”4時間の耐久実験”により、疲労を感じているに過ぎない。』
「……そう、なの?」
言葉の意味は、よく分からなかったが。
とりあえず、大事に至らなそうで安心する。
「んじゃまぁ、わたしが医務室まで運ぶから。サフラはフォローをお願い。」
『筋力の補助だな。了解した。』
キララの体に寄生していたサフラが、ミレイの体へと戻っていき。
再び、同化する。
サフラの補助によって、身体能力を強化してもらい。
「よっと。」
ミレイはキララを抱き上げると。
そのまま医務室へと向かい始めた。
「それにしても、すっごい汗だね。」
ミレイも、地上での戦いで多少の汗をかいたが。
キララのそれは、比較にもならない。
「ごめんね。」
「ううん、別に。まだお風呂に入ってないし。」
汗をかいているのは、お互い様である。
「わたしも一緒に入りたい。」
「いいよ。医務室で少し休んだら、一緒にお風呂いこ。」
流石に、この状態の人間と一緒に、お風呂へ直行は難しい。
「……そういえば、下で戦闘があったって、カミーラさんが言ってたけど。ミレイちゃんは大丈夫だった?」
「うん。見ての通り、どこも怪我してないよ。一緒に戦ったイーニアも、みんな無事だよ。」
「そっか。なら、良かった。」
キララは、心底安心した様子。
「まぁ、正直な話。”今現在も”、下で戦いは続いてるけどね。」
「……どういうこと?」
「――”めっちゃ強い人”が来て、1人で敵を足止めしてる。」
◇
――まさに、”閃光”。
マキナの放った一撃は、光の剣か。それともビームの類か。
一瞬の出来事であったために。
多くの人々には、何が起きたのかが分からなかった。
ただ、凄まじい出力の”斬撃”が放たれ。
広大な面積を持つ”森”が、切り倒された。
「……すっご。」
その単純明快な結果に。
ミレイや他のメンバーは、揃って言葉を失う。
「……Sランクが2人も居て、この程度の敵も倒せないとは。」
マキナが、1人呟いていると。
「――再生すんのよ、アレ。」
飛んで避難していたフェイトと。
ついでに、ミレイも近くにやって来る。
「再生?」
懸念を抱いたマキナが振り返ると。
切り倒された森の木々、変異種たちが。
何事もなかったかのように、元の形へと戻っていく。
巨大な根っ子も例外ではなく。
すでに、完全に再結合していた。
「……では、どのように倒すつもりでしょう。」
マキナが、ミレイとフェイトに尋ねる。
「異界の門を通して、向こうから根っ子が伸びてるんで。その門を閉じに行くための作戦を、みんなで考えてる最中です。」
「有害なエネルギーが溢れてるから、普通の人間は近づけないのよ。」
「……なるほど。」
これだけの戦力が居ながら、なぜ手をこまねいているのか。
マキナは事情を理解する。
「本当に、危険なエネルギーなので。お姉さんも、もう離れたほうが良いですよ?」
確かに、マキナの一撃は凄まじかった。
森の半分ほどの面積を斬り裂くなど、他の誰にも出来ない芸当であろう。
だがしかし、変異種や根っ子が再生能力を持つ限り。
”渾身の必殺技”を叩き込んだ所で、それに注ぎ込んだ魔力も無駄となってしまう。
敵の生命力は無限だが。
人類が持つ力には、どうしても限りがあった。
だが、しかし。
「いえ、お構いなく。この場はわたしが食い止めますので。あなた達は、ぜひ休息を取ってください。」
ミレイも、フェイトも。
”目の前の女の持つ力”を、まるで理解していなかった。
「ここを1人で守るですって? そんなの無理に決まってるじゃない。」
フェイトに、そう断言されるものの。
マキナは変わらず、無機質な表情で森を見つめる。
「あなた方も冒険者なら、どうかお見知りおきを。」
ゆっくりと伸ばした手には。
先程と、”全く同じ光”が集っていた。
「――わたしは”マキナ”。皇帝陛下に仕える、”最強の剣”です。」
そう言いながら。
もう一度、光の剣で森を薙ぎ払った。
◇
数十秒、もしくは数秒毎か。
広大な面積を斬り裂く一撃を、マキナは”定期的”に放ち続けていた。
凄まじい射程と、高威力を併せ持ち。
まるで必殺技のような一撃だが。
それをマキナは、何の変哲もない”通常攻撃”のように、際限なく放ち続ける。
無限に再生する森の植物たちだが。
再生し続けなければならない以上、進撃することも叶わない。
文字通り、彼女1人の手によって。
巨大な敵が食い止められていた。
そんなマキナの戦いを、ミレイたちは防壁の上から見つめる。
「……信じらんない。あれだけの出力の攻撃を、絶え間なく撃ち続けるだなんて。エネルギーが持つはずがない。」
同じく、強大な力を持つ者として。
その”底なし”の魔力が、フェイトには信じられなかった。
「……あいつの持つ能力は、”聖剣IV=ミューラー”。光の魔力を宿した、”最強最速の聖剣”だ。」
イリスが、マキナの能力について説明する。
「威力の高さも桁外れだが、何よりも特徴的なのは”スピード”だ。ただ攻撃が速いってだけじゃなくて、”魔力の回復”すらも速い。つまり、あんだけの出力を使いながらも、それを上回るスピードで、あいつは魔力を生み出してる。」
「へぇ〜」
「何よ、そのインチキ。」
(本気を出せば、わたしのほうが。)
自分に匹敵、もしくは上回る可能性を持つマキナに、フェイトは対抗心を抱くものの。
(……ま、考えてもしょうがないか。)
今も戦ってくれている、れっきとした”味方”のため。無駄な思考を掃き捨てる。
「屋敷に戻るわよ。」
「ええ、そうしましょう。」
フェイトとイーニアは、屋敷に戻って休息を取ることに。
「わたしも、アマルガムに戻るね。」
キララたちの様子も気になるため、ミレイは船に戻ることにした。
残る3人、イリス、ソルティア、シュラマルは。
その場に残り、マキナの戦う様子を眺め続ける。
「それにしても、帝国って凄いよねぇ。強い人が多すぎ。」
「武蔵ノ国も、かなり武芸に長けているそうですが。」
「そりゃ、ある程度は強い人も居るけど。この国の”層”には敵わないよ。」
シュラマルは、自国の戦力と比較して。
改めて、”帝国の持つ力”というものを実感する。
「まぁ、他の国をどんどん取り込んで、膨れ上がっていった国だからな。人口が多けりゃ、それだけ”高ランクのカード持ち”も増える。」
今の皇帝が、その全てを変えたものの。
巨大な帝国の歴史は、血と犠牲によって成り立っていた。
「……”最強の聖剣使い”、という話でしたが。彼女は剣を使ってるんですか?」
ソルティアが素朴な疑問を口にする。
確かにマキナは、光の魔力とおぼしき力を手に宿し、それを斬撃のように放っているが。
”聖剣使い”という表現には、いささか疑問を覚える。
「あー、なんだ。何年か前までは、普通にキラキラした剣を使ってたんだが、ここ最近は見てねぇな。イメチェンでもしたんじゃね?」
「……なるほど。」
同じく、”剣を振るう者”として。
ソルティアはマキナの戦い方に興味があったものの。
ビームで森を薙ぎ払う光景は、流石に参考にはならなかった。
◆
アマルガム内部の研究室。
今現在、エドワードが個人的に占領しているこの部屋で。
エドワードと2人の魔法使いは、ある”1つの発明品”に着手していた。
「こんなちっちゃな部品が必要なんて、頭おかしくなっちゃいそう。」
「……ですね。」
この世界では、精密機器に必要な材料が手に入らないため。
エドワードが詳細な設計図を書き。
材料として必要なパーツを、クレイジーフィッシュとデルタが魔法で生成していた。
「……見た目は完璧だが、明らかに材質が違うな。」
しかし、物質に頼らない魔法使いと、精密機器の製造とは相性が悪く。
その共同作業は、困難を極めていた。
そんな研究室の中に、カミーラがやって来る。
「ほらっ。」
カミーラが小さな物品を放り投げ、それをエドワードが受け止める。
”謎の液体”が入った、ガラスの小瓶を。
「これだけか?」
「キララでも死にかけるほどの”猛毒”だぞ。むしろ、それでも多すぎるくらいだ。」
「なるほど。では”チョーカー”に組み込もう。」
彼らが力を合わせて作っているのは、人の首に装着するための小さな”黒色のチョーカー”。
魔法によって形造られた首輪に、カミーラの持ってきた猛毒が組み込まれる。
この首輪こそが、”変異放射線に対抗するための切り札”であった。
「とりあえず、これで1つ完成か。」
「いくつ作るつもりだ?」
「今晩中に、”5つ”は作りたい。」
「悪魔めー」
クレイジーフィッシュから恨み言が放たれる。
「……」
デルタも無言だが、それ故に圧力をぶつけていた。
「まぁ確かに、”悪魔のような道具”だな、これは。」
カミーラが、真っ黒なチョーカーを手に取る。
人が身につける道具にも関わらず、そのチョーカーには”致死率の高い猛毒”が搭載されていた。
「”毒を以て毒を制す”、とは聞こえがいいが。こんな処刑装置のような代物に、頼る必要があるとはな。」
たとえ、どんな目的があったとしても。
これを身につけるという選択を、カミーラは許容したくなかった。
「毒やウイルスが相手なら、わたし達は”免疫魔力”が機能する。だが、奴らの放つ”変異放射線”には、どういうことか反応を示さない。おそらくは、体が”異常”と判断してないんだろうが。」
「だからといって、それを無理やり機能させるために、体内に”猛毒”を送り込むなど。……正気の沙汰じゃない。」
壊してしまいそうなほど強く。
カミーラはチョーカーを握りしめる。
「……だが実際、キララはこの方法で、”4時間も変異に耐えた”。他に有効な手立てがない以上、これで行くしか無い。」
エドワードも、決して乗り気ではない。
殺人的な猛毒に対して、”魔力の免疫機能”が過剰に反応し、変異を抑制したのか。
それとも、毒の作用で”全身の細胞が壊死し続け”、変異をするだけの余裕が無かったのか。
その、どちらなのかは不明だが。
現にキララは、体内に毒を取り込み続けることで、変異放射線の環境下での生存を可能にした。
可能に、”してしまった”のである。
ゆえに、どれだけ不本意な方法だとしても。
そこに可能性があるのなら、エドワードは”そのための装置”を作るしかなかった。
「……恐らくこれは、信じられないほどの”激痛”を伴うぞ? なにせ、”キララ特製の猛毒”だからな。」
そんなカミーラの言葉を聞き。
エドワードは、毒の入った瓶を手に取る。
「そんなに危険な代物なのか?」
「ああ。原材料を調べてみたが、”3種の毒ヘビ”と、”2種の毒グモ”、他にもいくつか、わたしでも知らない毒素が混ざっていた。それをどう調合したのかは知らんが、全身の細胞を壊死させるとは、本当に恐ろしい代物だ。」
「……なぜ彼女は、そんな危険な毒物を所持している。」
「……さぁな。」
おそらく、キララ本人としては。
”ちょっと刺激が気になった”、程度の理由で作ったのだろうが。
それを説明するのも面倒なため、カミーラははぐらかした
エドワードは、若干の恐怖を抱いたまま、毒の入った小瓶を見つめる。
その瓶のラベルには、何らかの文字が書かれていた。
「……これは、なんて読めばいい?」
エドワードは、この世界の文字をまだ完璧には理解できていないため。
カミーラに翻訳を頼むものの。
なぜか彼女も、首を傾げる。
「分からん。あいつは字が汚すぎる。」
「なるほど。」
本当に、この作戦でいいのか。
色々な意味で、彼らは不安を抱いた。
◇
深夜。
地上では、マキナが光の斬撃を放ち続け。
アマルガムの研究室では、チョーカーの生産が続けられる。
そして、船内の医務室では。
ミレイとキララが、同じベッドで眠りについていた。
耐久実験での疲れもあり、キララはすっかり熟睡中だが。
共に寝転がるミレイは、うまく眠りにつけずにいた。
すると、頭の中に声がする。
『なぜ、睡眠状態に移行しない? 身体的に、今の君は休息を必要としているはずだ。』
「……うん。明日、戦いがあるって知ってて。そんな状態で眠るのは初めてだから、ちょっと緊張しちゃって。」
今までの戦いは、本当に”ぶっつけ本番”であった。
故に、”決戦前夜”というのは、非常に不慣れな感覚であった。
『心配する必要はない。』
「……ありがとね。」
サフラに励まされ。
ちゃんと寝られるように、ミレイは瞳を閉じる。
『そう。人類が勝とうが、我々が勝とうが関係ない。』
『どちらの世界でも、”君だけは生き残れる”。』
そうして、夜は過ぎていき。
決戦の時がやってくる。




