異界侵食
『本当に、構わないのか?』
「うん。お願い。」
アマルガムの会議室。
その中心に、キララは立っていた。
右手にはサフラを宿しており、その様子を他のメンバーが距離を取って見つめている。
「あのー、カミーラさん。あの子って、”頭イカれてるんすか”?」
「もし仮に成功したとしても、あまりにもリスクが高すぎる気が。」
クレイジーフィッシュも、デルタも。
心配の気持ちだけでなく、若干の”畏怖”を込めた視線でキララを見つめていた。
「まぁ、黙って見守るしかない。」
「……あぁ。」
カミーラもエドワードも、そしてユリカも。非常に真剣な表情で、キララの様子を見守っていた。
キララと、その手に宿るサフラを中心として、超高濃度の”変異放射線”が溢れ出す。
もう誰も、彼女には近づけなかった。
◆
深い地の底に空いた穴を通して、異世界から根っ子が伸びてくる。
その根っ子は、生命体に致命的なダメージを与える”変異放射線”を含んだガスを吐き出し。
人類の生存不可能な環境へと、世界を塗り替えていた。
法則を塗り替えられ、根っ子に侵食された世界では、あらゆる動物たちが死に至る。
人であろうと、魔獣であろうと、そこでは生きられない。
だがしかし。
放射線による強烈な変異に適応し、凄まじい速度で”進化”するモノたちも存在した。
森に生える、一本の樹木が。不自然に脈打ち、蠢き出す。
根っ子の部分は、大地への依存を捨てるように、地面を踏みしめ。
幹は、動きやすい形状へと変形していく。
枝や葉はうねりだし、明確な意思を持った”触手”のような役割を担い出す。
巨大で恐ろしい、”怪物”のように。
果たしてそれは、本当に正しい進化なのか。
たとえ数億年かけたとしても、植物がそのような形態を獲得することはないであろう。
だが実際に、高濃度の”変異放射線”の影響を受けた植物たちは、自ら立ち上がる道を”選択”した。
そして、その元凶となった、異世界の根っ子とは”異なる部分”が1つ。
この世界の植物たちは、”人類の危険性”を知っていた。
”明確な敵意”を持って。
森の”変異種”たちは、枝を槍のような形状に変化させ。
それを、フェイトに向かって突き出す。
「ふぅ。」
フェイトの体から、強烈な冷気が四方に放たれる。
相手が単なる森の樹木なら、それで容易く凍結させられるものの。
”変異種”である彼らには効かず、問答無用で突き抜けてくる。
「ッ。」
フェイトは自身を中心に、無数の氷の剣を展開し。
自らに迫る鋭い枝を、全て粉々に斬り刻んだ。
氷の剣は圧倒的で、変異種たちの攻撃を一切受け付けない。
それでも、森にいる人間は彼女1人であり。
周囲を囲む”全て”が、フェイトに敵意を向けていた。
そこへ、翼を展開したミレイが飛来する。
「――フェイト、大丈夫!?」
「ええ。特に問題は無いわ。」
フェイトは余裕な表情を崩さない。
物量だけなら、圧倒的な差が存在するものの。
だから負けるなどという考えは、微塵も浮かばなかった。
「ていうか。何と戦ってるの? これ。」
「見ての通り、”森”と戦ってる最中よ。」
彼女たちを囲むように、周囲の木々がざわめき出す。
その姿は、異形の怪物へと変化していき。
眼球こそ存在しないものの、確かに2人の存在を見つめていた。
フェイトが、持っていた計測器をミレイに投げつける。
計測器に目を向けると、ディスプレイは壊れていたものの。
小さな警告音が鳴り続けていた。
「あの巨大な根っ子だけじゃない。そこら中の植物も、放射線を発してるわ。ほんと厄介だけど、この森は”向こう側”に付いたってことね。」
「……そりゃヤバい。」
植物の持つ適応能力は、人間などの動物とは比較にならない。
ましてや、この地に溢れる”変異放射線”は、植物との相性が非常に良かった。
森の植物たちは、環境に適応した”変異種”へと進化し。
異世界から来た”大いなる根っ子”と、共存する道を選んだ。
「ふぅ。」
覚悟を決めたミレイは、軽く魔導書を叩き。
殺意の塊のような大鎌、”聖女殺し”をその手に出現させる。
そして、街のどこかに居た”フェンリル”を、この場へと召喚した。
「良い武器じゃない。”森林伐採”にはもってこいね。」
現在、”この環境下”での戦闘が可能なのは、ここにいる2人だけ。
そしてそれに対する敵は、あまりにも”広大”であった。
◇
「よっと。」
街の外での戦闘を聞きつけて。
イリス、ソルティア、シュラマルの3人が防壁の上へとやって来る。
どれほど、”激しい訓練”を行っていたのかは定かではないが。
イリスの鼻には、血の滲んだティッシュのような物が詰められていた。
「あれって、オレらが近づいたら”アウト”って話だよな?」
「そうだね。僕がダンジョンで倒れた時よりも、濃度が高いとか、どうとか。」
現状、異界の植物が発する変異放射線に対抗する手段が無いため。
不用意に接近戦を挑んだり、火や熱に関連する魔法を使うことは禁じられていた。
”無駄死に”を、防ぐためである。
「……とはいえ。いざとなったら、行くしかないでしょうね。」
ソルティアの手には、鞘に入った刀が握られており。
加勢できないもどかしさに、拳が震えていた。
◇
森の一角で繰り広げられる、凄まじい威力の戦い。
漆黒の斬撃が四方に放たれ。
氷の剣が森の変異種たちをなぎ倒していく。
4つ星と、5つ星のアビリティカード。
その能力を遺憾なく発揮し、迫りくる植物群を圧倒していた。
だがしかし。
奮闘する彼女たちに対して、敵対する森の変異種の規模はあまりにも大きく。
彼女たちの攻撃の及ばない箇所が、また”別の方向”へと行動を開始する。
すなわち、”人間の存在する方向”へと。
「ッ、こっちに近づいてやがるな。」
不穏にざわめく森が、ピエタの街へと近づいてくる。
その様子は、防壁のイリスたちにも見て取れた。
「……やはり、敵の規模が。」
ミレイとフェイトの力は、森の変異種相手に全く引けをとっていない。
縦横無尽に走り回る、フェンリルも同様である。
けれども、どれほどの斬撃を浴びせても、驚異的な生命力を持つ変異種を、殺し尽くす事は叶わない。
街へと迫りくる敵を前にして。
イリスたちは、戦闘の意思を固めていた。
だが、突如として。
足場である防壁が、グラグラと揺れ始める。
「なんだ!?」
イリスたちの困惑をよそに。
揺れは更に激しくなっていき。
下から突き上げられるように。
”防壁の高さが上がっていく”。
「この力、イーニアか!」
離れた場所では。
イーニアが防壁の上から、”聖杯の中身”を地面にぶちまけていた。
それによって、大地は強大な力を宿し。
街の防壁をより強固にするべく動き始める。
敵対する、変異種の侵入を防ぐために。
森に面した側の防壁が、元の倍近い高さへと押し上げられた。
「貴女たちの出番は”まだ先”よ。今日街を守るのは、このわたしの役目。」
イーニアの能力によって、力を宿した大地が隆起し。
一体の、”巨大なゴーレム”へと変化する。
ゴーレムの大きさは、元の防壁にも匹敵するほどであり。
イーニアは、そのゴーレムの肩へと飛び乗った。
「――さあ、”自然を踏み潰しなさい”!!」
本来ならば、そんな命令は絶対にしないであろうが。
街と、そこに暮らす人々、大切な全てを守るため。
巨神と少女は、森を蹂躙し始めた。
◆◇
「うわ、でっかぁ。」
街を守るべく立ち上がった、巨大ゴーレム。
その勇姿は、地上で戦うミレイ達にも確認できた。
「……あのガキンチョ、肩に乗ってない?」
「えっ、危なくない!?」
確かに、巨大ゴーレムの増援は頼もしかったが。
ミレイは肩に乗ったイーニアを心配する。
「アンタ小回り利くんだから、向こうのフォローに行きなさい。こっちは、わたしと犬っころで平気よ。」
「……うん、分かった。」
フェイトとフェンリルの戦闘力には、すでに厚い信頼を置いているため。
ミレイは迷わず、イーニアの元へと向かった。
ゆっくりと重たい動作で、ゴーレムが地面に拳を打ち付ける。
凄まじい衝撃波と、振動が地面に轟くも。
森の変異種の生命力は尋常ではなく。
その拳を伝って、ぐちゃぐちゃになった変異種が、ゴーレムの体を侵食してくる。
「……気持ち悪い。」
拳に引っ付いた根っ子やら何やらを、なんとか剥がそうとするものの。
その巨体ゆえに、小回りが利かない。
それに、イーニアが悪戦苦闘していると。
「えいさー!」
高速で飛翔するミレイが。
手に持った大鎌で、ゴーレムに巻き付いた変異種を刈り取った。
ミレイとイーニアが合流する。
「イーニア、わざわざ肩に乗らなくても。」
「近くに居ないと、こいつのパワーが落ちるのよ。」
イーニアの能力は非常に強力だが、完全に自動制御が出来るほど万能ではなかった。
「じゃあ、これ持ってて。」
「……わたし、こういうの無理なんだけど。」
イーニアは、ミレイから”計測器”を受け取るも。
このような”機械文明の道具”には、一切の馴染みがなかった。
「これがピーピー鳴ったら危険ってこと。鳴ったら、絶対に街に逃げて。”絶対の約束”だよ!」
そう言って、ミレイは再び戦いに戻っていく。
「……まったく、仕方ないわね。」
意思を持ち、人類に敵対する道を選んだ、森の変異種たち。
彼らがピエタの街に接近しないよう、ミレイ達は持てる全ての力を使って戦い続ける。
イーニアの操るゴーレムは、その巨体を活かしてひたすらに木々を蹂躙する。
殴って踏みつけ、殴って踏みつけ。時には掴み、ぶん投げる。
その巨体に釣られてか。
変異種たちは街ではなく、ゴーレムを狙うように動きを変えた。
そこに集った変異種たちを。大鎌を持ったミレイが、黒い斬撃で斬り刻む。
愚鈍な動きのため、変異種たちがゴーレムの体によじ登ってくるも。
小回りの利くミレイが、その全てを刈り取っていく。
視線の果てまで広がる、強大な敵を前にして。
ミレイとイーニアは、互いに背中を預け、全力の限りを尽くす。
熾烈な戦いのはずなのに。
2人は不思議と、同じように笑みを浮かべていた。
もしも、ピエタ防衛戦の時、”ミレイがフェイトを召喚できなかったら”。
こんな光景もあり得たかも知れない。
絆と運命が、交差する。
◆
ミレイ達の奮闘によって、変異した森の侵攻は食い止められていた。
夕暮れ時に始まった戦闘故に、すでに太陽は姿を消していたが。
アマルガムのライトアップによって、なんとかミレイたちは視界を確保する。
しかし、異界からの支援を受け、”無限の生命力”を有する敵を前にして。
永遠に戦い続けれるほど、彼女たちは忍耐強くなかった。
「……吐きそう。」
縦横無尽に飛び続け、大鎌を振り続けていたミレイは。
経験したことのない長期戦に、疲労困憊な様子。
「……ふぅ。」
ミレイに比べて、場数を踏んできたイーニアには余裕があったが。
それでもやはり、長期戦では精神力を削られていた。
戦闘に特化した獣であるフェンリルは、無尽蔵のスタミナで変異種をなぎ倒し続け。
能力的にも余裕のあるフェイトは、変わらずに敵をさばき続ける。
だがしかし、色々な意味で限界が近いのは、フェイトにも分かっていた。
(……氷結への耐性を持ち、火炎や砲撃は使えない。おまけにいくら攻撃しても、そこら中の破片と結合して、無限に再生する。つまり、”こちら側に勝ち目は無い”。)
火や熱という、”人類の主要攻撃手段”を無力化し。
なおかつ、生命を死に至らせる”変異放射線”を撒き散らす。
特殊な耐性を持つミレイとフェイト、巨大ゴーレムを操るイーニアが居て。
なんとか、戦いが成立している。
”このメンバーだからこそ”、奇跡的に抑えられているものの。
”変異種”という存在は、本来なら人類の敵うような相手ではなかった。
(”SCAR DRIVE”を起動すれば、ここら一帯は吹き飛ばせるけど。いま全力を使ったら……)
未だ、フェイトは”真なる切り札”を残していた。
しかしそれは、”使えば必ず死に至る”、正真正銘の最後の力。
今の彼女はミレイのアビリティカードであるため、しばらくすれば再び召喚が可能になるものの。
その時まで、”この街が残っている保証はない”。
この場は自分が犠牲になって、ミレイとイーニアを休ませるべきか。
それとも、このまま3人で堪え続けるべきか。
何が最善なのか、フェイトは思い悩んだ。
終わりの見えない戦いが、街の外で繰り広げられる。
近づきようのない、戦いようのない冒険者達が、少女たちの勇姿を見つめていた。
アマルガムの魔法使いたちが、変異放射線への対処法を編み出さない限り。
どれだけ磨き上げられた剣でも、何の意味も成さない。
そんな、さなか。
”一筋の光”が、空より飛来する。
光は、街と森との間に降りると。
”騎士のような格好をした、1人の金髪の女性”へと姿を変えた。
防壁の上から見つめる人々は、それが何者なのかを知らなかったが。
「――”マキナ”、だと。」
唯一、イリスだけは、彼女の名を知っていた。
「……氷使いの少女と、狼の魔獣に告げます。これより、森の敵対勢力を”駆除”しますので。街へ避難するか、上空へとお逃げください。」
マキナが、淡々とした口調でフェイトらに呼びかける。
「はぁ!? 一体何様よ、アイツ。」
急にやって来て、ピカピカと光っている人間に指示されて。
フェイトは、不満を露わにする。
だが。
「――フェイト、言う通りにしろ! あと、ミレイはフェンリルを引っ込めろ!」
イリスの大声が響き渡る。
「ったく、何なのよ。」
非常に不服だが。
仕方がないと、フェイトは上空へと浮かび上がる。
「フェンリル、戻って。」
ミレイも、フェンリルの実体化を解除した。
彼女たちが、森から離れたのを確認すると。
マキナは右手を前に伸ばし。
その手の先に、眩いほどの”光”を集中させる。
やがて光は、”剣”のような形状へと変わっていき。
「――”IV=ミューラー”」
その一言と共に、横薙ぎに振られ。
森の半分ほどの面積を、”巨大な根っ子もろとも”。
真っ二つに、斬り裂いた。




