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1日1回ガチャ無料!  作者: 相舞藻子
サフラ拒絶領域
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繋がる手





 箱の中身は何だろな。



 小さな箱の中に、生き物や物体を入れ。横に空いた穴から手を突っ込んで、中に何が入っているのかを当てる。

 そんな単純なゲーム、単純な遊びである。


 好奇心を刺激されて。中身を触った感触や、返ってくる反応などで中身を探る。

 箱の中には、”小さな動物”などが入れられていて。ガサガサと動き、時には手に触れる。

 そんな反応ですらも、面白くて楽しく感じられる。



 箱の中身は何だろな。



 外側から、一方的に手を伸ばす側は楽しいのかも知れないが。

 得体の知れない存在に、理由も分からず触れられる。

 中に入っている小さな動物は、一体どれほどの恐怖を抱いているのだろう。



 そして今、人類は。

 ”姿の見えない存在”に、外側から触れられていた。









 雪の都ピエタ。その外側を覆う、巨大な防壁の上。地

 上からの高さがあり、強い風の吹き付けるその場所に、ミレイは座っていた。


 今までだったら、このような場所には怖くて居られなかったかも知れないが。

 最悪、今の彼女には翼があるため。こうした場所にも、1人で居られた。


 ミレイが見つめる先には、街の外に広がる広大な森と、異質な”巨大植物の根っ子”が存在する。

 根っ子は、出現した地点から周囲に向かって根を広げており。

 ゆっくりとではあるが、ピエタの街にも近づいていた。



 それを止める手立ては、この街には存在しない。



 こういうピンチの時こそ、一発逆転の切り札が欲しいと思い、黒のカードを起動したものの。


 召喚できたのは、”3つ星”のカード。

 カードの名前は、”変身魔法(マーメイド)”。


 こんな状況でなければ、喜んでピチピチ跳ねてみたいが。

 とても、今を変えられるようなカードではない。



「はぁ。」



 溜め息を吐きながら、ミレイがぼーっと座っていると。



「――あら、随分と辛気臭い顔してるじゃない。」



 軽い地響きを立てながら。

 土塊人形、ゴーレムに乗ったイーニアが、ミレイの元へとやって来る。



「貴女1人? こんな所で何をやっているの?」


「……やること、というか。”やれること”がなくて。」



 残念なことに、ミレイは魔法の才能が乏しく、他のみんなのように対策を練られる賢さもない。


 かといって、ソルティアやシュラマル、イリスのように、人間離れした戦闘能力もないため。

 彼女達の訓練に参加することも出来ない。


 おそらく、頼めば稽古でもつけてくれるかも知れないが。

 今のこの状況では、確実に迷惑がかかってしまうだろう。


 その結果、あてもなく行き着いた先が、誰も近寄らない防壁の上であった。



「ふーん。」



 イーニアは、つまらなそうな顔をしつつ。

 ゆっくりとゴーレムの上から降りると、ミレイの隣へと座る。


 とはいえ、真横ではない。

 人間2人分位の距離が、彼女たちの間には存在した。




 奇しくも2人は、”同じ理由”で、この場所にいる。




「あの寄生体は、中に居るの?」


「ううん。キララが、”試したいこと”があるって言ってたから。ちょっと預けてきた。」


「そう。じゃあ正真正銘、”貴女とわたしだけ”ってことね。」



 10歳の少女と、見た目10歳の大人。

 この場には、その2人しかいない。



「なんというか、厄介なことになったわね。」


「うん。」


「まっ、相手が何者であろうと、この街は絶対に守るって決めてるから。貴女も恐いんだったら、わたしが守ってあげるわよ?」


「……ほんと強いね、イーニアは。」



 ミレイの表情は、ほんのりと憂いを帯びており。

 声にも覇気が存在しない。



「貴女だって、今まで戦ってきたんでしょ? 聞いたわよ、花の都でも異世界からの侵略があって、貴女がそれを撃退したって。」


「……うん、そうだけど。」


「ピエタの防衛だって、貴女が空から援護してくれてたのを見たわ。それに、貴女がフェイトを召喚しなかったら、もっと多くの命が失われていたはず。」


「うん。」


「それだけ戦ってきたのに、”今さら”何を恐れているの?」



 それこそが、イーニアの持つ疑問であった。

 戦いを経験したことがない、命を奪ったことがない、逃げることしか出来ない。

 そんな”ド素人”ならば、この状況で怖気づく理由も分かる。


 だが、ミレイはそうではない。

 明確に、”戦う勇気”を持つ人間であった。



「……ジータンの時も、前のピエタの時も、気づいたら戦いが始まってて。もう、やるしかないって感じだったから、何も考えずに戦えたけど。今回は、”考える時間”があるから。」


 それ故に、ミレイは思い悩む。


「これから起こる戦いのために、エドワードやカミーラさんたちは、必死に対策を考えてて。ソルティアたちも、もう戦う準備をしてる。」


「そうね。そうしないと、街も人も守れないもの。」




「……”近づくだけで、死んじゃうんだよ”?」




 ミレイは、覚えている。

 ダンジョン内部に散乱する、オールト達の死骸を。

 血を吐いて倒れる、仲間たちの姿を。


 あの時に漏れていた少量の放射線でさえ、人の命を奪いかねない威力だったのに。

 今度目指している場所は、それとは比較にならないほどの濃度だという。


 そんな場所に、他の誰にも行ってほしくない。




「どうせ戦うなら、”わたし1人が良い”。わたしだけなら、近づいても平気だから。」




「……そう。」



 それはすなわち。

 ”みんなが行っても死ぬだけだから、平気なわたしにやらせてくれ”。

 という意味でもある。


 ある種、侮辱とも取れる彼女の言葉だが。

 不思議とイーニアは、怒るような感情が湧かなかった。


 みんな、わたしより劣ってるから、守らなくちゃいけない。

 それが、特別なわたしの義務だから。


 常日頃から、イーニアが抱いていた感情と同じだから。





「――でも絶対に、”貴女1人では戦わせないわ”。守られるだけなんて、そんなのちっとも嬉しくないもの。」





 それは、イーニアだけではない。




「だから、”自己犠牲”だなんて思わないで。みんなが命を賭けるのは、それぞれに幸せを願ってのことだから。」




 他のみんなが、心の底で思っていること。




「……凄いね、イーニアは。わたしなんかより、ずっと強くて、大人びてる。」


「いいえ、違うわ。わたしも貴女も、何も変わらないわ。」



 ミレイとイーニアは、同じ空を見る。





「――みんな揃って、”バカばっか”。」











 ほんの少しだけ、心の距離が縮まって。

 2人の座る感覚は、1人分ほど近くなっていた。




「実は最近、体のあちこちが痛くなっちゃって。」


 イーニアが、他愛のない悩みを打ち明ける。



「え、大丈夫なの? 変な病気とかなってない?」


「別に、そんな大した痛みじゃないわ。いわゆる、”成長痛”ってやつかしら。」



 その言葉が出た瞬間。

 2人の間に、確かな亀裂が生じた。



「……へ、へぇ〜。そんな簡単に、体って成長しないと思うけどなー。気の所為とかじゃない?」


「どうかしら。わたし”まだ10歳”だから、そういうの詳しくなくって。よかったら、経験とか教えてくれない? ”おねえちゃん”。」



 煽るような、その憎たらしい表情を見て。

 目の前の人間が、10歳年下の”クソガキ”であることを、ミレイは思い出した。



「……ふっ、良いだろう。大人を怒らせたらどうなるか、大人気なく教えてやる。」



 具体的なビジョンは、何一つ浮かんでいないものの。

 大人の威厳を出すために、とりあえずミレイは立ち上がる。


 だが、それに対抗するように、イーニアも同様に立ち上がり。



 ほぼ身長の変わらない、小さきもの同士が見つめ合う。



 謎の緊張感に包まれる2人であったが。





「――おーい、イーニア!」


 街の方から、若い男のような声が聞こえてくる。



 2人揃って、防壁の内側へと目を向けると。

 民家の屋根の上に、1人の若い男が立っていた。



「……だれ? あの人。」


「ギルドの若い奴よ。」



 といっても、明らかにイーニアよりかは年上である。



「なにか用?」


 イーニアが青年に問いかける。




「帝都のギルド本部から連絡があった。大至急、この街に”Sランク冒険者を5人”派遣してくれるってさ!」


「「5人!?」」



 ミレイとイーニアは、揃って驚いた。



「ちょっと貴方、5人ってどういうことよ。この街には、わたしとイリスも居るのよ?」


「知るかよ! そんだけ、国やギルドが大事だって判断してるんだろ!」




 Sランク冒険者が、1つの脅威のために”7人”も揃う。

 それは正しく、”前代未聞”の出来事であった。




「じゃあ、そんなわけだから。”ガキども”は大人しく遊んでろよ!」



 そう、最後に言い残して。

 青年はどこかへと去っていった。





 2人の矛先が、消えゆく青年の背中に向けられる。



「あいつ、今わたしを子供扱いしたわね。今度、蹴ったくってやるわ。」


「……今の人、歳いくつ?」


「えっと、17とかじゃなかったかしら。」


「くそ、なんでも見た目で判断しやがって。」



 大人20歳。

 ミレイは大変ご立腹であった。






「まぁでも、Sランクが5人も派遣されるなら、多分どうにかなるんじゃない? 下手したらわたし達、本当に遊んでても平気かも。」


「……確かに。イリスさんやイーニアと同等クラスの戦力が5人って、”めちゃつよ”じゃん。」


「ええ。単独で街を防衛できる連中ばかりよ。全員が”4つ星”の能力を持っているし。多分だけど、巨大な根っこに対して、”相性の良い人選”もしてくれるはず。」



 ピエタの街付近に出現した、”異世界を起源とする巨大植物”。その脅威や危険性は、すでにギルドを通して伝わっている。

 火や熱が吸収され、人体に極めて有害なエネルギーを発していることも含めてである。


 イリスのように、”絶妙に相性の悪い能力”の持ち主は、おそらく派遣されてこないであろう。



「ふふっ、安心しなさい。この世界の”頂点達”の力を、貴女に見せてあげるわ。」






 とても恐ろしい、とても大きな脅威が、目の前に迫っていたとしても。



 たった1人の人間が、それを受け止める必要はない。

 不安に、圧し潰されることもない。



 なぜなら世界は広く、味方となってくれる存在が、必ず手を差し伸べてくれるから。



 ピエタの街に、希望が見えてきた。









 美しい夕焼けの空を。

 小さな2人は、”大きなおにぎり”を頬張りながら見つめていた。


 おにぎりは、ミレイの1つ星カードの能力によって生み出された物だが。

 これが、しっかりと体の”栄養”になるのか。

 それは誰にも分からない。



 相も変わらず、防壁の上に座る2人であったが。

 その距離は、さっきよりもずっと縮まっていた。




「ねぇ、貴女がわたしくらいの時って、友達と何をして遊んでいたの?」


「え。ゲームとか?」


「ゲーム?」


「う〜ん。なんて説明したら良いんだろう。」



 以前も、キララに対して説明した覚えがあるものの。

 脳内ストレージには、適切な回答が存在しない。



「……”ごっこ遊び”、みたいな?」


 脳を高速回転させ、例えをひねり出す。



「ごっこ遊び? なんの真似をするの?」


「えっと、格闘とか、化け物を倒したりとか。後はレース、競争したりとか。」


「それって楽しいの?」


「う、うん。わたしは、楽しいと思ってたよ?」



 子供相手に、”ゲームが楽しいのか”と聞かれて。

 ほんの少し、泣きたくなった。



「わたし別に、魔獣を退治しても、特別楽しいとか思ったこと無いけど。」


「……それは、まぁ。」



 その感覚に関しては、ミレイも同意見であった。


 自分と関係のない世界。

 ゲームの中の世界でなら、戦いが”娯楽”となり得るのかも知れないが。


 この世界に来て、実際に命をやり取りをするとなると。

 そこに楽しさなど微塵もなく。


 ”常に恐怖と、罪悪感がつきまとう”。



「でもまぁ、正直。”何をするのか”は、あんまり重要じゃないのかも。」


「……どういう意味?」



「大事なのは、”誰とするか”、ってことだと思おう。わたしがゲームを好きだったのは、それが友達と繋がる手段だったから。友達抜きで、1人でゲームしても、あんまり楽しくないし。」




 それが、ミレイの出した結論であった。


 自分はゲームが好きだが、本当の意味でのゲーム好きではない。


 ”友達と一緒に”、ゲームをするのが好きだっただけ。



 だから今は、ゲームが無くたって、何一つ不自由していない。




「……誰と、するか。」




「うん。友達と一緒なら、結局は何だって楽しいんだよ。森で栗拾いしたり、買い物したり、お喋りしながらご飯食べたり。”こうやって座ってるだけでも、わたしは楽しいから”。」




 それは、ミレイの嘘偽りない本音であった。




(……楽しい? それって、わたしと話しててもってこと?)



 不意に言われた言葉に、イーニアは動揺してしまう。





――”でも向こうは、多分お前を友達と思ってるぜ?”





 正しい道ではなく、”楽しい道”へと進めるように。

 悪い大人に、背中を押されたような気がした。





「……ねぇ、ミレイ。もしよかったらだけど、この戦いが終わったら――」





 子供らしく、一歩踏み出そうとしたイーニアであったが。




 それを遮るように。

 森の方から、”凄まじい衝撃音”が聞こえてくる。




 何かが砕けるような、倒れるような音が。

 不規則に、激しく連鎖する。


 それは紛れもない、”戦い”の音であった。





 何事かと、2人が注視していると。



 森の上空あたりに、半透明の剣、”氷の剣”が出現する。


 何本も、何十本も出現した剣は、そのまま森の中へと突っ込んでいき。


 その影響か、次々と木々がなぎ倒されていく。




「……フェイト?」



 力の形状から、森で戦っているのがフェイトであると推測し。

 ミレイは立ち上がると、機械の翼”フォトンギア・イカロス”を展開する。



「まさか、もうここまで迫ってるの?」



 明らかな異常事態なため。

 イーニアも立ち上がり、自身の能力である”生命の聖杯”をその手に出現させる。





 街が、夕焼けに染まる頃。

 ”異界の下僕”が、人類に牙を剥く。





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