繋がる手
箱の中身は何だろな。
小さな箱の中に、生き物や物体を入れ。横に空いた穴から手を突っ込んで、中に何が入っているのかを当てる。
そんな単純なゲーム、単純な遊びである。
好奇心を刺激されて。中身を触った感触や、返ってくる反応などで中身を探る。
箱の中には、”小さな動物”などが入れられていて。ガサガサと動き、時には手に触れる。
そんな反応ですらも、面白くて楽しく感じられる。
箱の中身は何だろな。
外側から、一方的に手を伸ばす側は楽しいのかも知れないが。
得体の知れない存在に、理由も分からず触れられる。
中に入っている小さな動物は、一体どれほどの恐怖を抱いているのだろう。
そして今、人類は。
”姿の見えない存在”に、外側から触れられていた。
◇
雪の都ピエタ。その外側を覆う、巨大な防壁の上。地
上からの高さがあり、強い風の吹き付けるその場所に、ミレイは座っていた。
今までだったら、このような場所には怖くて居られなかったかも知れないが。
最悪、今の彼女には翼があるため。こうした場所にも、1人で居られた。
ミレイが見つめる先には、街の外に広がる広大な森と、異質な”巨大植物の根っ子”が存在する。
根っ子は、出現した地点から周囲に向かって根を広げており。
ゆっくりとではあるが、ピエタの街にも近づいていた。
それを止める手立ては、この街には存在しない。
こういうピンチの時こそ、一発逆転の切り札が欲しいと思い、黒のカードを起動したものの。
召喚できたのは、”3つ星”のカード。
カードの名前は、”変身魔法”。
こんな状況でなければ、喜んでピチピチ跳ねてみたいが。
とても、今を変えられるようなカードではない。
「はぁ。」
溜め息を吐きながら、ミレイがぼーっと座っていると。
「――あら、随分と辛気臭い顔してるじゃない。」
軽い地響きを立てながら。
土塊人形、ゴーレムに乗ったイーニアが、ミレイの元へとやって来る。
「貴女1人? こんな所で何をやっているの?」
「……やること、というか。”やれること”がなくて。」
残念なことに、ミレイは魔法の才能が乏しく、他のみんなのように対策を練られる賢さもない。
かといって、ソルティアやシュラマル、イリスのように、人間離れした戦闘能力もないため。
彼女達の訓練に参加することも出来ない。
おそらく、頼めば稽古でもつけてくれるかも知れないが。
今のこの状況では、確実に迷惑がかかってしまうだろう。
その結果、あてもなく行き着いた先が、誰も近寄らない防壁の上であった。
「ふーん。」
イーニアは、つまらなそうな顔をしつつ。
ゆっくりとゴーレムの上から降りると、ミレイの隣へと座る。
とはいえ、真横ではない。
人間2人分位の距離が、彼女たちの間には存在した。
奇しくも2人は、”同じ理由”で、この場所にいる。
「あの寄生体は、中に居るの?」
「ううん。キララが、”試したいこと”があるって言ってたから。ちょっと預けてきた。」
「そう。じゃあ正真正銘、”貴女とわたしだけ”ってことね。」
10歳の少女と、見た目10歳の大人。
この場には、その2人しかいない。
「なんというか、厄介なことになったわね。」
「うん。」
「まっ、相手が何者であろうと、この街は絶対に守るって決めてるから。貴女も恐いんだったら、わたしが守ってあげるわよ?」
「……ほんと強いね、イーニアは。」
ミレイの表情は、ほんのりと憂いを帯びており。
声にも覇気が存在しない。
「貴女だって、今まで戦ってきたんでしょ? 聞いたわよ、花の都でも異世界からの侵略があって、貴女がそれを撃退したって。」
「……うん、そうだけど。」
「ピエタの防衛だって、貴女が空から援護してくれてたのを見たわ。それに、貴女がフェイトを召喚しなかったら、もっと多くの命が失われていたはず。」
「うん。」
「それだけ戦ってきたのに、”今さら”何を恐れているの?」
それこそが、イーニアの持つ疑問であった。
戦いを経験したことがない、命を奪ったことがない、逃げることしか出来ない。
そんな”ド素人”ならば、この状況で怖気づく理由も分かる。
だが、ミレイはそうではない。
明確に、”戦う勇気”を持つ人間であった。
「……ジータンの時も、前のピエタの時も、気づいたら戦いが始まってて。もう、やるしかないって感じだったから、何も考えずに戦えたけど。今回は、”考える時間”があるから。」
それ故に、ミレイは思い悩む。
「これから起こる戦いのために、エドワードやカミーラさんたちは、必死に対策を考えてて。ソルティアたちも、もう戦う準備をしてる。」
「そうね。そうしないと、街も人も守れないもの。」
「……”近づくだけで、死んじゃうんだよ”?」
ミレイは、覚えている。
ダンジョン内部に散乱する、オールト達の死骸を。
血を吐いて倒れる、仲間たちの姿を。
あの時に漏れていた少量の放射線でさえ、人の命を奪いかねない威力だったのに。
今度目指している場所は、それとは比較にならないほどの濃度だという。
そんな場所に、他の誰にも行ってほしくない。
「どうせ戦うなら、”わたし1人が良い”。わたしだけなら、近づいても平気だから。」
「……そう。」
それはすなわち。
”みんなが行っても死ぬだけだから、平気なわたしにやらせてくれ”。
という意味でもある。
ある種、侮辱とも取れる彼女の言葉だが。
不思議とイーニアは、怒るような感情が湧かなかった。
みんな、わたしより劣ってるから、守らなくちゃいけない。
それが、特別なわたしの義務だから。
常日頃から、イーニアが抱いていた感情と同じだから。
「――でも絶対に、”貴女1人では戦わせないわ”。守られるだけなんて、そんなのちっとも嬉しくないもの。」
それは、イーニアだけではない。
「だから、”自己犠牲”だなんて思わないで。みんなが命を賭けるのは、それぞれに幸せを願ってのことだから。」
他のみんなが、心の底で思っていること。
「……凄いね、イーニアは。わたしなんかより、ずっと強くて、大人びてる。」
「いいえ、違うわ。わたしも貴女も、何も変わらないわ。」
ミレイとイーニアは、同じ空を見る。
「――みんな揃って、”バカばっか”。」
◆
ほんの少しだけ、心の距離が縮まって。
2人の座る感覚は、1人分ほど近くなっていた。
「実は最近、体のあちこちが痛くなっちゃって。」
イーニアが、他愛のない悩みを打ち明ける。
「え、大丈夫なの? 変な病気とかなってない?」
「別に、そんな大した痛みじゃないわ。いわゆる、”成長痛”ってやつかしら。」
その言葉が出た瞬間。
2人の間に、確かな亀裂が生じた。
「……へ、へぇ〜。そんな簡単に、体って成長しないと思うけどなー。気の所為とかじゃない?」
「どうかしら。わたし”まだ10歳”だから、そういうの詳しくなくって。よかったら、経験とか教えてくれない? ”おねえちゃん”。」
煽るような、その憎たらしい表情を見て。
目の前の人間が、10歳年下の”クソガキ”であることを、ミレイは思い出した。
「……ふっ、良いだろう。大人を怒らせたらどうなるか、大人気なく教えてやる。」
具体的なビジョンは、何一つ浮かんでいないものの。
大人の威厳を出すために、とりあえずミレイは立ち上がる。
だが、それに対抗するように、イーニアも同様に立ち上がり。
ほぼ身長の変わらない、小さきもの同士が見つめ合う。
謎の緊張感に包まれる2人であったが。
「――おーい、イーニア!」
街の方から、若い男のような声が聞こえてくる。
2人揃って、防壁の内側へと目を向けると。
民家の屋根の上に、1人の若い男が立っていた。
「……だれ? あの人。」
「ギルドの若い奴よ。」
といっても、明らかにイーニアよりかは年上である。
「なにか用?」
イーニアが青年に問いかける。
「帝都のギルド本部から連絡があった。大至急、この街に”Sランク冒険者を5人”派遣してくれるってさ!」
「「5人!?」」
ミレイとイーニアは、揃って驚いた。
「ちょっと貴方、5人ってどういうことよ。この街には、わたしとイリスも居るのよ?」
「知るかよ! そんだけ、国やギルドが大事だって判断してるんだろ!」
Sランク冒険者が、1つの脅威のために”7人”も揃う。
それは正しく、”前代未聞”の出来事であった。
「じゃあ、そんなわけだから。”ガキども”は大人しく遊んでろよ!」
そう、最後に言い残して。
青年はどこかへと去っていった。
2人の矛先が、消えゆく青年の背中に向けられる。
「あいつ、今わたしを子供扱いしたわね。今度、蹴ったくってやるわ。」
「……今の人、歳いくつ?」
「えっと、17とかじゃなかったかしら。」
「くそ、なんでも見た目で判断しやがって。」
大人20歳。
ミレイは大変ご立腹であった。
「まぁでも、Sランクが5人も派遣されるなら、多分どうにかなるんじゃない? 下手したらわたし達、本当に遊んでても平気かも。」
「……確かに。イリスさんやイーニアと同等クラスの戦力が5人って、”めちゃつよ”じゃん。」
「ええ。単独で街を防衛できる連中ばかりよ。全員が”4つ星”の能力を持っているし。多分だけど、巨大な根っこに対して、”相性の良い人選”もしてくれるはず。」
ピエタの街付近に出現した、”異世界を起源とする巨大植物”。その脅威や危険性は、すでにギルドを通して伝わっている。
火や熱が吸収され、人体に極めて有害なエネルギーを発していることも含めてである。
イリスのように、”絶妙に相性の悪い能力”の持ち主は、おそらく派遣されてこないであろう。
「ふふっ、安心しなさい。この世界の”頂点達”の力を、貴女に見せてあげるわ。」
とても恐ろしい、とても大きな脅威が、目の前に迫っていたとしても。
たった1人の人間が、それを受け止める必要はない。
不安に、圧し潰されることもない。
なぜなら世界は広く、味方となってくれる存在が、必ず手を差し伸べてくれるから。
ピエタの街に、希望が見えてきた。
◇
美しい夕焼けの空を。
小さな2人は、”大きなおにぎり”を頬張りながら見つめていた。
おにぎりは、ミレイの1つ星カードの能力によって生み出された物だが。
これが、しっかりと体の”栄養”になるのか。
それは誰にも分からない。
相も変わらず、防壁の上に座る2人であったが。
その距離は、さっきよりもずっと縮まっていた。
「ねぇ、貴女がわたしくらいの時って、友達と何をして遊んでいたの?」
「え。ゲームとか?」
「ゲーム?」
「う〜ん。なんて説明したら良いんだろう。」
以前も、キララに対して説明した覚えがあるものの。
脳内ストレージには、適切な回答が存在しない。
「……”ごっこ遊び”、みたいな?」
脳を高速回転させ、例えをひねり出す。
「ごっこ遊び? なんの真似をするの?」
「えっと、格闘とか、化け物を倒したりとか。後はレース、競争したりとか。」
「それって楽しいの?」
「う、うん。わたしは、楽しいと思ってたよ?」
子供相手に、”ゲームが楽しいのか”と聞かれて。
ほんの少し、泣きたくなった。
「わたし別に、魔獣を退治しても、特別楽しいとか思ったこと無いけど。」
「……それは、まぁ。」
その感覚に関しては、ミレイも同意見であった。
自分と関係のない世界。
ゲームの中の世界でなら、戦いが”娯楽”となり得るのかも知れないが。
この世界に来て、実際に命をやり取りをするとなると。
そこに楽しさなど微塵もなく。
”常に恐怖と、罪悪感がつきまとう”。
「でもまぁ、正直。”何をするのか”は、あんまり重要じゃないのかも。」
「……どういう意味?」
「大事なのは、”誰とするか”、ってことだと思おう。わたしがゲームを好きだったのは、それが友達と繋がる手段だったから。友達抜きで、1人でゲームしても、あんまり楽しくないし。」
それが、ミレイの出した結論であった。
自分はゲームが好きだが、本当の意味でのゲーム好きではない。
”友達と一緒に”、ゲームをするのが好きだっただけ。
だから今は、ゲームが無くたって、何一つ不自由していない。
「……誰と、するか。」
「うん。友達と一緒なら、結局は何だって楽しいんだよ。森で栗拾いしたり、買い物したり、お喋りしながらご飯食べたり。”こうやって座ってるだけでも、わたしは楽しいから”。」
それは、ミレイの嘘偽りない本音であった。
(……楽しい? それって、わたしと話しててもってこと?)
不意に言われた言葉に、イーニアは動揺してしまう。
――”でも向こうは、多分お前を友達と思ってるぜ?”
正しい道ではなく、”楽しい道”へと進めるように。
悪い大人に、背中を押されたような気がした。
「……ねぇ、ミレイ。もしよかったらだけど、この戦いが終わったら――」
子供らしく、一歩踏み出そうとしたイーニアであったが。
それを遮るように。
森の方から、”凄まじい衝撃音”が聞こえてくる。
何かが砕けるような、倒れるような音が。
不規則に、激しく連鎖する。
それは紛れもない、”戦い”の音であった。
何事かと、2人が注視していると。
森の上空あたりに、半透明の剣、”氷の剣”が出現する。
何本も、何十本も出現した剣は、そのまま森の中へと突っ込んでいき。
その影響か、次々と木々がなぎ倒されていく。
「……フェイト?」
力の形状から、森で戦っているのがフェイトであると推測し。
ミレイは立ち上がると、機械の翼”フォトンギア・イカロス”を展開する。
「まさか、もうここまで迫ってるの?」
明らかな異常事態なため。
イーニアも立ち上がり、自身の能力である”生命の聖杯”をその手に出現させる。
街が、夕焼けに染まる頃。
”異界の下僕”が、人類に牙を剥く。