神の手が触れる
雪の都に訪れた、つかの間の平穏。
それを、打ち破るように。
決壊の時は、唐突にやって来た。
ダンジョンに封をする、フェイトの生み出した巨大な氷柱。
それに、地の底から湧き出てきた、無数の木の根っ子が巻き付いていき。
獲物を絞め殺す蛇のように。
巨大な氷柱を、”粉々”に砕いた。
「――それでね、全身が”宝石まみれ”と思ったら、実は”爆弾まみれ”だったんだよ!」
「ええ。あれは、流石に肝が冷えましたね。」
ミレイと離れ離れになった後の、キララとソルティアのふたり旅。
その際に食した、”珍しい野生生物”のお話。
そんな、他愛もない会話に花を咲かせるミレイ達であったが。
「ん?」
どこからか、鐘の音が聞こえてくる。
ただの鐘の音ではない。
街全体に響き渡るほど、大きな鐘の音が。
「何だろう、この音。」
「まぁ、ただ事ではないでしょうね。」
危機感の微塵もないミレイは別として。
キララとソルティアは、非常事態を告げる音であると推測する。
「……」
フェイトは静かに、”敵”の存在を察知していた。
◇
氷柱を粉砕し。
地上へと手を伸ばした、巨大な植物の根っ子。
伸ばされたその指先は、雲の上まで到達し。
これでもかと言うほど、その存在を主張していた。
「……でっか。」
事態を確認するため、街の防壁の上まで移動したミレイ達であったが。
突如森から出現した、その根っ子のあまりの大きさに、完全に圧倒されていた。
「……間違いない、ダンジョンがあった場所だわ。」
後始末をした張本人なため。
フェイトは、それがどこから現れたのかを察する。
「じゃあ、あれって、ミレイちゃん達を襲ったっていう。」
「ええ、植物の残党。というより、”本体”かしらね。」
ダンジョンの奥深くで出会った時と比べ、あまりにも大きさが違いすぎた。
「……サフラ、そうなの?」
ミレイが、頭の中の友人に問いかける。
『”ある意味”では、その通りだ。』
「ある意味?」
『あれは本体からしてみれば、”ほんの指先程度”に過ぎない。”星を覆うほどの大樹”、その根っ子の先端だ。』
「あんなにでっかいのに、ほんの一部なの?」
『"世界を繋ぐ門”が、小さくて助かったな。』
人からすれば、ただ見上げることしか出来ない巨体だが。
その真の姿は、未だ計り知れない。
「……有り得ないわ。全部凍らせたし、門だって閉じたのに。」
ダンジョンで襲いかかってきた敵は、全て氷漬けにしたはずなのに。
それがより強く、より大きくなって出現したことに、フェイトは驚きを隠せない。
「えっ?」
頭の中で聞いた、サフラの言葉に。
ミレイは言葉を失う。
「どうしたの? ミレイちゃん。」
「いや、その。サフラが言ってるんだけど。わたし達が行ったダンジョンの真下に、もう一つ”別のダンジョン”があって。あのでっかい植物は、そこから来たんだって。」
サフラの話す内容を、みんなに伝える。
「……なによ、それ。」
想定外の事実に、フェイトは顔を曇らせる。
「ダンジョンの下にダンジョンって。つまり、”門”がもう一つあるってことでしょ? そんなこと有り得るの?」
「どう、でしょう。そもそもダンジョンの発生自体、数年に一度、あるかどうかという”レアケース”なので。」
元受付嬢として。情報に詳しいソルティアでも、今回のようなケースは初耳であった。
「……にしても、やっぱデカすぎじゃない? あれ。」
「うん。お山みたい。」
黒き竜、ブラックヘッドも大きく、恐ろしい存在であったが。
それでも立ち向かおうと思えるような、”戦いが成立する”大きさであった。
だが、遠くそびえ立つ、あの植物の根は。
あまりにも次元が違いすぎる。
「……はぁ。バカね、アンタ達。」
フェイトが、呆れた様子でため息を吐く。
「――今この世界には、”わたし”が居るのよ?」
足元に、氷の結晶を出現させ。
その上に乗ると、フェイトはゆっくりと宙に浮かぶ。
そして防壁から離れ、巨大な植物を眼前に捉えると。
右手を、前に構える。
フェイトの全身から、凄まじいほどの魔力が発生し。
それが、右手の先、一点に集っていく。
「どれだけ図体があろうと、わたしの”力”の前では無意味。」
フェイトの指先すら凍らせる、桁外れの”冷気”が形作られ。
巨大な植物に向けて、射出される。
凝縮された冷気は、弾丸のように突き進み。
根っ子に衝突すると。
瞬間、爆発し。
巨大な植物を、”一撃で”凍結させた。
他に存在が確認されていない、”5つ星”のアビリティカード。
その格の違いを、見せつけるように。
「ふふっ。」
優雅に髪をなびかせながら、フェイトが舞い戻ってくる。
「さっ、これで終わりよ。後はユリカを呼んで、門を閉じに行けば――」
――パリン、と。乾いた音が鳴り。
根っ子の表面を覆っていた氷が剥がれ落ち。
”何事もなかったかのように”、巨大な根っ子は活動を再開した。
「……嘘よ。」
”曲がりなりにも”、今の一撃は全力を込めたものである。
それ故に、フェイトは動揺を隠せない。
「あー。」
もはや、何がなんだか分からない状況に、ミレイ達は言葉を失う。
『――何を驚いている。』
ミレイの頭の中で声がする。
「いやだって、なんで効かないわけ?」
『むしろ、なぜ効くと思った? 一度脅威と認識した以上、それに”適応”しようとするのが、”生物”というものだろう。』
「いや、いやいやいや。じゃあ、どうやって倒せば良いの?」
『……我々という存在を、君たち人間の言語で表現するなら。”神”、という概念が相応しい。』
それが当然とばかりに、サフラは語る。
『君たちは、神を殺せるのか?』
頭の中で響く、その問いに。
当然のように、ミレイは答えを持たない。
「……頭のいい人に、聞きに行こう。」
困った時は、大人の出番である。
◆
街からそう遠くない場所に出現した、巨大な木の根っ子のような物体。
それは、あまりにも異質な存在であり。
どう転ぶかも不透明なため、街の人々は不安に思う。
ピエタの街の冒険者たちも。
明確に、敵意を持って襲ってくる相手ならまだしも。
そこに”意思”があるのかさえ分からない。
あの巨大な存在に、どう対処するべきかを決めあぐねていた。
そんな状況の中。
街の上空に停泊する戦艦アマルガム、その船体の上では。
”白銀のアーマー”を身に纏ったエドワードが、巨大な植物を見つめていた。
「エドワード、探したよ?」
機械の翼を展開し。
ミレイがエドワードの元へとやって来る。
「……そのアーマー、直ったんだ。」
ブラックヘッドの放った黒炎から、ミレイを庇い。
エドワードのアーマーは、完全に機能を停止したはずである。
けれども、いま彼が身に纏っているアーマーは、新品同様に輝いていた。
「ああ。この船の設備を使えば、さほど修理は難しくなかった。」
「へぇ。やっぱ凄いんだ、この戦艦。」
ビームが撃てる、SFチックな巨大戦艦。
ミレイが抱いている印象は、その程度のものだったが。
「……凄い、”などという次元じゃない”。この船の運用は、高度な人工知能によって制御され。医務室に置かれた治療ポッドは、臓器の複製や、失った部位の再生までも可能にする。」
事実、ミレイが助かった理由も、この船のテクノロジーによるものが大きい。
「僕も、自分を多少優れた科学者だと思っていたが。”こんな船が当たり前に飛び回る世界”があるなら、とても敵わないな。」
彼にそうまで言わしめるほど、”アマルガム”は優れたアビリティカードであった。
その所有者であるイリスは、ハイテク機能をほとんど使いこなせていなかったが。
「……わたしからしてみれば、そのアーマーもよっぽど凄いけどね。」
ミレイの暮らしていた地球では、パワードスーツも立派な”オーバーテクノロジー”である。
「……こんなもの、”呪われた技術”に過ぎない。」
けれども、エドワードはそう吐き捨てる。
「フェイトの話は聞いているな? 彼女に宿っている力は、このスーツの”発展型”のようなものだ。体内に直接、”動力源”を埋め込んでいるため、出力はまるで桁外れだが。その力の”代償”として、彼女は15歳の若さで”寿命を使い切った”。」
行き場のない怒りに、拳を震わせる。
「僕が消えて、”わずか半年後”の出来事らしい。」
エドワードが、ブラックヘッドを道連れに、この世界にやって来たことで。
彼の故郷である”地球”は救われた。
だが、彼が残していった技術が、歪んだ欲望を持つ人間によって悪用され。
その結果、フェイトという”怪物”をも生み出した。
そして、その事実を知りながら。
遠い世界に、彼の手は届かない。
「……エドワード。」
気づいたら、この世界に迷い込んでいた。
そんなミレイとエドワードでは、”故郷を見る目”が、まるで違っていた。
「――まぁ、気にしても仕方がない。今は、目の前の”問題”を解決しなければ。」
暗い話は終わりにして。
エドワードはミレイに微笑みかける。
「アーマー着てるってことは、戦うんだよね?」
「もちろん。”あんなもの”を放っておいたら、この世界に人が住めなくなる。」
「作戦は?」
「――”無い”。強いて言うなら。あの植物には極力近寄らず、迅速に地下の門を閉じることをオススメする。」
「……そっか。」
”特製の除草剤”を撒くとか、そういう案を期待していたものの。
ミレイの求める答えは得られなかった。
「吹き飛ばしたりとか、出来ないのかな? わたしのRYNOとか、アマルガムの砲撃とかで。」
「止めておけ。あれが単にデカい植物なら、それで構わんが。”火”に関連する攻撃は、絶対に使うなよ。」
「なんで?」
くさタイプの相手には、ほのおタイプの攻撃が効果抜群のはずである。
「……ミレイ。君が一番、”身を以て”知っているはずだ。」
エドワードに、そう言われて。
ミレイの脳裏には、おぼろげな過去の記憶が蘇る。
ダンジョン最深部にて、根っ子に”爆発魔法”を放ち。
その結果、世紀の”大自爆”を引き起こした。
「サフラを研究している時に気づいたが。あの植物は呼吸をする際、二酸化炭素の代わりに、未知の”放射性ガス”を放出する。」
「……放射、性?」
その言葉の意味は、ミレイも知っていた。
それが、どれだけ危険なのかも。
「ダンジョンの最深部で、ユリカとシュラマルの2人が体調を崩したと言っていたな。あれは酸素不足でも、毒によるものでもない。正真正銘の”放射線障害”だ。」
放射線障害。
その単語に、ミレイは冷や汗をかく。
「おまけに奴らは、爆発で生した”熱量を吸収”し、自らのエネルギーに変換できる。」
「マジ?」
『エドワードの言っていることは正しい。我々にとって、火や熱は”好物”だ。』
「……それってもう、植物じゃなくない?」
「まぁ、異世界の生き物だからな。我々の常識が通じないのも、当然といえば当然か。」
放射性のガスを吐き出し、火や熱が大好物。
どこぞの怪獣映画にでも出てきそうな生き物である。
そんな、途方も無い存在を見つめていると。
「――おい、エドワード。」
純白の翼をはためかせ。
カミーラが、ミレイ達の元へとやって来る。
「下手に近づかないよう。”放射線”とやらの説明を、ギルドの連中にしてきたぞ。」
「ああ、ご苦労。」
「まったく、わたしのほうが年長者だろうに。」
使いっ走りにされたことを、カミーラは不満に感じていた。
「それで、何か案は浮かんだのか?」
「やるべきことは単純だ。あのデカい植物を避けつつ、ダンジョンの遙か下層を目指し。もう一度、異界の門を閉じる。」
「……でも、放射線は?」
とてもではないが。
放射線という存在に、ミレイは近付きたくなかった。
「放射線の遮断は、かなり難易度が高いが。幸い、ここは”異世界”だ。この世界にある”力”で、それを克服すればいい。」
彼の脳裏に、すでにビジョンは浮かんでいた。
「――”魔法使い”を、集めてくれ。」
この世界に手を伸ばした、”異界の神”を前にして。
人類の知恵が、集結する。
◆◇
その頃、花の都ジータンでは。
「――フッ。この街は今日も平和だな。」
単純な実力不足から、パーティをクビになったアルトリウスは、故郷であるこの街に帰還し。
新米冒険者として、一から実力をつけようと奮起していた。
けれども、ここは花の都ジータン。
ヴァルトベルクが最高レベルに”危険な街”なら、逆にこの街は最高レベルに”安全な街”である。
それ故に、彼の心にピンとくるようなクエストなど存在せず。
今日も今日とて、仕事もせずに街をぶらついていた。
そんな時。
この世界には馴染みのない、騒がしい”エンジン音”を響かせながら。
”真っ黒なオートバイ”に乗った人物が、ジータンの街へとやって来る。
見たこともない乗り物に、街の人々はざわめき立ち。
アルトリウスも、未知なる異世界の存在に釘付けである。
「――綺麗な街。でも、明らかに日本じゃないわね。」
バイクに乗っていたのは、”セーラー服”を身に纏った黒髪の少女。
前髪ぱっつんの、ロングヘアが特徴的である。
そんな、彼女の前に。
「ん?」
おかしなポーズをとった、金髪のバカが立ち塞がる。
「――君のその乗り物、滅ッ茶苦茶クールじゃないか!!」
世界の危機とは、特に関係ない。
奇妙な出会いが起きていた。




