サフラ
「イリスさん、すっごく吐いてたね。」
「何でも加減が出来ないんだよ、あの人は。」
ささやかなパーティを終えて。
ミレイとキララは、戦艦アマルガムへと帰還していた。
ミレイの車椅子を、キララが押す形で。
再び、医務室へと戻った2人であったが。
部屋の中には、白衣を身に纏った男の影。
エドワードらしき人物がおり。
「あっ、エドワード。ご飯とか美味しかったし、一緒に来ればよかったのに。」
ミレイが、そう声をかけるものの。
エドワードは、何も反応をせず。
首を傾げるミレイであったが。
「――ミレイちゃん、”盾”か何かを起動して。」
「え?」
非常に警戒した様子で、キララがミレイの前に立つ。
その手には、特製の弓”フェイズシフター”が握られており。
すでに魔力が迸っていた。
「ど、どうしたの? キララ。」
壁になるように、前に立たれて。
ミレイには、まるで状況が理解できなかった。
一体、キララが”何に”警戒しているのか。
「……ミレイちゃん。博士の頭に付いてる”アレ”、何だと思う?」
覗いて、見てみると。
棒立ちをしているエドワードの頭部には、”白い木の根”のようなものが巻き付いており。
明らかに、”寄生”されていた。
「……あぁ、言わんこっちゃない。」
自業自得という文字が、ミレイの頭に思い浮かんだ。
◇
「あれって、ミレイちゃんの足に寄生してたやつかな。」
「あぁ。多分、ね。」
エドワードの頭部に巻き付いた、”白い木の根”のような物体。
何故か、”変色”しているものの。
ダンジョンの奥地で遭遇した、謎の植物型魔獣の姿に酷似していた。
「なにをどうしたら、ああなっちゃうんだろう。」
「好奇心に勝てなかったとか。」
「自分でくっつけたってこと?」
「ん〜、どうだろ。流石に、そこまでイカれてないとは思うけど。」
”マッドサイエンティスト”の成れの果てを、まじまじと見つめる。
(……完全に、”脳みそ”やられてるよなぁ。)
ゾンビ映画や、SF映画などを見てきたミレイからすれば。
頭部に寄生された”あの状態”は、すでに”手遅れな状態”にしか見えなかった。
口から卵を吐き出したり。
仲間に襲いかかったり。
ほぼ、その直前の姿に見えた。
これ以上の被害を広げないために。
完全に、”駆除”するのが最善なのかもしれないが。
「……なんとかして、助けないと。」
「うん、そうだね。」
何度も危機を救ってくれた恩人にして。
”友人”であるエドワードを、ここで失うわけにはいかなかった。
膝上の魔導書に念を送って。
左手には、攻撃に備えての”フォトンバリア”を宿し。
寄生された相手に有効かは定かではないが。
一応の説得のために、”蠱惑の魔眼”を発動する。
「キララ。怪我させないように、相手の動きを止められる?」
「もっちろん!」
その言葉を待っていたとばかりに。その手に帯びていた魔力が”変質”し、魔法の矢を生成。
目にも留まらぬ早業で、”フェイズシフター”から放たれた。
放たれた矢は、たった一本であったが。
その直後に”分裂”し。
寄生されたエドワードの身体を、壁へと吹き飛ばす。
そして、分裂した矢が、手足にも命中。
”粘着性の物体”へと変質し、壁へと貼り付けた。
「……おぉ、凄い。」
どういう理屈で、どんな現象を起こしたのかは、まるで分からなかったが。
明らかに”洗練された技”に、ミレイは驚く。
「今の魔法、どうやってやったの?」
「えっ、どうって。普通に”ネバネバ”って念じて、バンってやっただけだけど。」
「え、それで出来るの?」
「単純な魔力変換と、指向性を付与しただけだから。師匠に教えてもらった、”初歩”の応用みたいな?」
「……それな。」
同じように、魔法を教わったはずなのに。
キララが何を言っているのか、ミレイには何一つとして理解できなかった。
「さてと。まぁとりあえず、やってみようか。」
ゆっくりと車椅子を動かして。
ミレイは、壁に貼り付けられたエドワードの前へと移動する。
「聞こえるかなー、頭に寄生した植物くん。出来ることなら、エドワードの頭から離れてほしいんだけど。」
白い木の枝に話しかけるも。
なんら反応は無い。
「あー、エドワード? そっちに主導権があるなら、自力で剥がしてもらっても良いんだよ?」
それにも、反応が無い。
「ミレイちゃん。壁にくっついた状態じゃ、どのみち博士は動けないよ。」
「なるほど。それもそっか。」
壁に貼り付いたエドワードと、頭部に貼り付いた白い木の枝を見つつ。
どうしたものかと、ミレイは考える。
「流石に、寄生虫を除去するためのカードは持ってないからなぁ。キララの魔法で、どうにか出来ない?」
「うーん。一応、ミレイちゃんの治療を見てたから、治癒魔法の”再現”は出来ると思うけど。やっぱり、カミーラさんに診てもらったほうが良いと思う。」
「確かになぁ。でもあの人いま、まともに動けるのかな?」
先程まで、パーティでしこたま酒を飲んで。
最後に見たカミーラは、とても正常な人間性を有しているとは思えなかった。
「他に頼りになりそうなのは、ユリカさんだけど。」
「わたし以外の大人は、みんな”これみよがし”に酒を飲んでたからな。」
「そうだねぇ。」
残念なことに。早急に頼れる人物は、軒並み酔い潰れてしまっており。
ミレイとキララの2人で、どうにかする方法を考える。
「ミレイちゃんの場合は、周囲の”お肉”ごと切除してたけど。博士の”あれ”は、どうしたら良いんだろう。」
「……キララ、お肉って言わないで。」
「ごめんなさいっ。」
可愛く謝ったので、ミレイは許した。
「ちょっと待ってて。上手く使えるカードがないか考える。」
ミレイは魔導書を開き。
いきもの枠、戦闘用、便利系、用途不明、使用厳禁、などなど。独自に並べ替えているカードの中から、使えそうなものを探す。
そして、その中の1枚のカードに目が止まった。
「……とりあえず、この”モンスターボックス”を使おう。」
ミレイが選んだのは、3つ星のモンスターボックスという名のカード。
自在に大きさを変えられる、”猛獣用の檻”を具現化するカードである。
カードに念を送ると、光の粒子へと姿を変え。
ミレイの手の上に。ルービックキューブほど大きさをした、四角い箱が出現する。
スタイリッシュで、機械的なフォルムをしており。純粋な科学の匂いがした。
「檻の中に閉じ込めて。また明日、カミーラさんに診てもらおう。」
「そうだね。このまま放置するわけにもいかないし、隔離しちゃおう!」
何一つとして、問題は解決していないが。
ミレイとキララは、”やり遂げた感”を出した。
「魔獣の捕獲依頼とか、そういうので使えるカードだと思ったけど。まさか初めてが人間相手とは。」
手に持った”ボックス”を見つつ、ミレイは感慨にふける。
すると。
「――そんな小さな箱に、”この人間の体”を閉じ込められるのか?」
「へ?」
エドワードの体を借りた、”なにか”が、問いかけてきた。
◇
「君たちは、”ミレイとキララ”で、合っているか?」
それは、確かにエドワードの声。エドワードの口から出た言葉だが。
明らかな違和感を感じてしまう。
「どうして、名前を知ってるのかな?」
「多分、もう脳みそを食われたんだと思う。」
ひそひそ声で、2人は相談する。
だが、
「”食してはいない”。ただこの男の記憶に触れ、”理解”したのだ。」
エドワードの頭に寄生する何かが、2人に語りかける。
「非常に、興味深い知識に溢れていた。この男の生まれた世界、いま生きている世界、”わたし”のやって来た世界。数多の種族や、概念が存在し。一人ひとりが、全く異なる”自我”を有している。君たち人間は、実に面白い存在だ。」
エドワードの頭に寄生しているからか。
それとも、白い木の枝に、それだけの知性が宿っているのか。
それは定かではないが。
その存在は、驚くほどに落ち着き。
同時に、”対話の意思”を有していた。
「……で、お前の目的は?」
たとえ話せる相手だとしても、ミレイは警戒心を緩めない。
「現在進行系で、エドワードの体を乗っ取ってるわけだけど。その目的はなに? 何がしたいの?」
その真意を確かめる。
「そうだな。別段、目的と言うほどの”強い思考”は持ち合わせていない。わたしがこの体に寄生しているのは、単に”生きるため”だ。」
「生きるため? 君って、もしかして単体じゃ生きられないの?」
「……”以前”は、そうではなかった。わたしは”大いなる存在の一部”であり、星と世界に根付いていた。だが、今は遠く切り離され、”地に落ちた小枝”に等しい存在だ。故に、単独ではエネルギーを生み出す事ができず、他の生命体に寄生する必要があった。」
「つまり、敵意は無いと?」
「あぁ、そう思ってもらって構わない。わたしとしては、体の一部に寄生するだけで良かったのだが、彼は非常に抵抗してな。埒が明かないから、こうして動きを止めている。」
「……なるほど。」
どうして、エドワードがここまで間抜けな結果になったのか。
ようやく腑に落ちた気がした。
(仲間を増やしまくるエイリアンじゃなくて、”部屋の隅っこ”で満足してくれるタイプか。)
色々と、複雑な話であったが。
全部まとめて、ミレイはそう解釈した。
「んじゃまぁ、とりあえずエドワードから離れてほしいんだけど、お願いできる?」
あくまでも、友好的に。
ミレイはお願いする。
「……そうだな。他ならぬ、”君の要望”ともなれば、なるべく応じたいところだが。わたしとしても、この”命”は惜しくてな。ここは1つ、”交換条件”といかないか?」
「交換条件?」
「ああ。」
「――ミレイ。わたしは、”君の体に寄生したい”。」
中々に、重めの条件を要求をしてきた。
◆
寄生体から解放されて。
意識を失ったままのエドワードは、とりあえずベッドに寝かせ。
「くっ。」
車椅子に乗った状態で、ミレイが体を震わせる。
「ミレイちゃん、大丈夫?」
「……うん、平気だよ。ちょっと、むず痒いというか。」
服の中へと、”白い木の枝”が侵入していく。
「は、”初めての感覚”だから。」
これまで生きてきた中で。別の生き物に寄生されるのは、当然のごとく初体験であり。
その何とも言えない感覚に、ミレイは顔を赤らめる。
「え。」
まるで、大切な何かを奪われたような気がして。
キララの表情が、一瞬で”無”に変わる。
「そ、そいつ、服の中に入っていったけど。どっ、”どこに”寄生したの!?」
「わっ、ちょっとっと!」
寄生体の行方を確かめるために。
ミレイの体をまさぐるキララであったが。
「……あれ? ほんとに、どこ行っちゃったんだろ。」
行方が分からずに、途方に暮れる。
「心配ないって。多分、おへそのあたりにいるはず。」
そう言って、ミレイは自分の体を確かめるも。
「……ん?」
服の中に入っていったはずの、あの白い木の枝が。
体のどこにも、見当たらなかった。
「き、木の枝くん? どこに行ったのかなぁ?」
どこに行ったのか分からない、寄生体に声をかける。
すると。
『――”サフラ”でいい。』
ミレイの”頭の中”で、知らない男の声がする。
『これから長い付き合いになる。ここは、フレンドリーに行こうじゃないか。』
「……フレンドリーって。そもそも君、どこにくっついてるの?」
脳内に響く声に、ミレイが尋ねる。
『わたしは、”君の中”に居る。』
「え。」
『やはり、”思った通り”だ。君とわたしの相性は抜群に良く、これはもはや、寄生などという次元ではない。』
「じゃあ、何なの?」
『細胞レベルでの結合。いわゆる、”同化”だ。』
「えぇ……」
不安しか無い単語に、ミレイのテンションが下がる。
「だから、頭に声が聞こえるわけ?」
『ああ。元を辿れば、”わたし”という存在は、君の体内で形成されたものだ。故に、その関係は”母と子”に等しく、拒絶反応すら起こらない。』
「……おぅ。」
頭の中で聞こえる、寄生体”サフラ”の声。
彼はミレイを、”母”と認識していた。
「ねぇ、キララ。」
「うん? どうしたの?」
「わたしの中のアイツ、サフラが。わたしを母親だって言うんだけど。」
「……ミレイちゃん、お母さんだったの?」
「うん。認知はしてないけどね。」
ミレイは混乱した。
『酷い言い様じゃないか。わたしを産んだのは、間違いなく君だ。君の持つ、その”特殊な細胞”が、わたしという自我を呼び起こした。』
「特殊な細胞?」
『ああ。エドワード、他の人間には無い、”別格の細胞”だ。それがわたしに突然変異を促し、体組織をも”白く染めた”。』
「……いや、でも。わたし、案外普通の人間だと思うけど。」
異世界からやって来た、”角の生えた怪人”。
彼に”謎の物質”を投与され、体に変異を起こしていたことを。
ミレイは、素で忘れていた。
『生命力を分けてもらっている以上、出来る限り、君の助けになろう。』
「つまり、”家賃代わり”ってこと?」
『いや違う! そうではない。もっと単純な、……そう、”恩返し”と考えてくれ。』
サフラには、妙なこだわりがあった。
『手始めに、君の右手と右足を”完治”させた。試しに、包帯を取ってみるといい。』
「えっ、ほんとに?」
サフラの言葉に従って。ミレイは右手に巻かれた包帯を取っていく。
するとそこには。
吹っ飛ぶ前と何も変わらない、”綺麗な右手”があった。
同様に、足の包帯も取ってみる。
「……ミレイちゃん、それって。」
「うん。サフラが、治してくれたって。」
完全に、”同化”している影響か。
サフラの施した治療は完璧であり。
ミレイは車椅子から降りると。
その自らの両足で、地面に立った。
『ズタズタになった神経を、左腕を参考に繋ぎ合わせてみた。満足していただけたなら、幸いだが。』
「すっごい!」
手を広げたり、動かしたり。
その場でぴょんぴょんと飛び跳ねて、体の調子を確認する。
「……寄生されるのも、案外悪くないかも。」
良いこと尽くめな結果に。
ミレイはすっかり、サフラの”同居”を受け入れていた。
だが、その様子を。
キララは複雑な表情で見つめている。
「――ねぇ、ミレイちゃん。」
「うん?」
「”何でも素直に信用する”のは、あんまり良くないよ?」
珍しく、静かな声色で。
ミレイに注意を促した。
「……ぅ、ごめん。」
「まぁ。その子に関しては、多分大丈夫だと思うけど。」
色々と、”勘の鈍い”ミレイとは違って。
キララの瞳は、”悪意や嘘”を見逃さない。
もしも、サフラが悪意を持つ寄生体だったとしたら。
”この部屋に入った瞬間”に、エドワードの頭ごと吹き飛ばしていたであろう。
◇
「あっ、そうだ。わたしの両腕の力をさ、ちょっと強くしたりとか出来る?」
『どの程度を所望する?』
「えっと。”成人男性くらい”、かな。」
『了解した。エドワードを参考にやってみよう。』
頭の中のサフラに、そう頼むと。
ミレイの身体が、微かに脈打ち。
”何となく”ではあるが、腕力が上がったような気がする。
「おお、これは凄い。」
両腕の感覚を確かめる。
「どうしたの? ミレイちゃん。もしかして、わたしと腕相撲がしたいの?」
「うんにゃ。」
そんな脳筋は、ソルティアだけで充分である。
不思議そうな、キララの顔を見つめて。
ミレイはニッコリと笑った。




