最悪の一手
※フェンリルとRYNOを除いて、ミレイの召喚するカードは、公平なガチャで決めています。
物語にほとんど絡まない、用途不明なカードがあるのもそのためです。
彼女のガチャ運で、諸々の展開を決めているので、どうかご容赦ください。
その幻想的な光景を目にするのは、これで2度目だった。
1度目は、ジータンの街で。
恐ろしい怪人達の世界と繋がり、死にものぐるいで戦ったのを覚えている。
そして今回は、このピエタのダンジョンの最深部で。
あの光り輝く輪っかは、どことも知らない世界と繋がって。
あの魔獣達、オールトを呼び寄せたのだろう。
世界と世界とを繋ぐ、異界の門。
人の理解を超える、神秘の輪っか。
こんな物が何故存在し、このような事態を引き起こしたのか。
その理由は誰にも分からず。
ミレイ一行は、それと対峙する。
「これが、噂の異界の門なの? あの輪っかの先が、他の世界と繋がってるわけ?」
唯一、初見であるフェイトが疑問を口にする。
「そうだね。多分、あの化け物、オールトの暮らす世界だと思う。」
前回の、怪人達の一件を思い出し。
ミレイには、そんな確信があった。
「つまり、最悪の世界ってことね。」
あの化け物たちと、仲良くできる気はしなかった。
「……嘘。本当に安定してるなんて。」
そこに存在し続ける異界の門に、ユリカは動揺を隠せない。
「前に、ジータンの街で発生した時も、こんな感じだったけど。これが普通じゃないの?」
「ううん。普通、長くても1分ってところ。生き物の出入りだって、そんなに無いし。ミレイちゃんがこの世界に来た時だって、すぐに閉じちゃったでしょう?」
「あー、うん。そこんところは、実はあんまり覚えて無くて。」
異世界から来た者は、みな例外なくこれを通って来る。エドワードや、あの黒き竜もそうだった。
それでも、ミレイには。この世界にやって来た時の記憶、実感が無かった。
「これを閉じれば、任務完了なんでしょ? さっさとやっちゃったら?」
フェイトが催促する。
「うん。こんなに安定した門は初めてだけど。閉じれるかやってみる。」
異界の門を閉じるために。
ユリカは、懐から大量の御札を取り出し。
閉門作業へと取り掛かった。
「敵がやって来る可能性もあるから、みんな注意を怠らないでね。」
「了解。穴から目を離さないわ。」
シュラマルの指示に従って、フェイトは異界の門を警戒する。
「パンダは、わたしたちが来た道を見張ってて。」
「ワン!」
ミレイとパンダも、同様に周囲の警戒を行い。
後は、ユリカが門を閉じるのを待つだけであった。
だが、しかし。
「……はぁ、はぁ。」
周囲を警戒する中。
シュラマルは妙な”息苦しさ”を感じていた。
「ねぇ、みんな。ちょっと、ここ空気が薄くない?」
周囲のメンバーに尋ねる。
「……確かに。ここに着いてから、少し頭痛がするような。」
ユリカも同様に、体調不良を訴えた。
「えっ、本当?」
だが、ミレイには何の実感も湧かず。
「?」
フェイトも同様に首を傾げた。
「地下だから、なのかな。」
息苦しさは治まらず。
シュラマルは不快な汗を流す。
「……いいえ、もしくは。」
フェイトには、1つ懸念があった。
それを確かめるべく、異界の門へと近づいていく。
「あっ、ちょっと。あんまり近づかないほうが。」
ユリカの制止を無視して。
フェイトは異界の門に近づくと。
そのまま、”門の中に首を突っ込んだ”。
向こうの世界がどうなっているのか、確認するために。
だが、しかし。
「ッ。」
フェイトはすぐに首を引っ込めると。
非常に息苦しそうに、その場で咳き込んだ。
「えぇ? 本当に大丈夫?」
閉門作業を中止し。ユリカがフェイトの元へと駆け寄っていく。
「……えぇ、大丈夫よ。もう一回、死ぬかと思ったけど。」
フェイトは頭を押さえて。
何とか、意識をはっきりさせる。
「なんで、一瞬でそんな感じになったの?」
状況の一部始終を見ていたミレイが、2人のそばに近寄る。
「この門の先、どこに繋がってたと思う?」
「え? ……ほ、北極とか?」
「違うわ。”宇宙”よ、宇宙。宇宙空間に繋がってた。」
それ故に、フェイトは一瞬で死にかけた。
「うそ、マジで?」
「宇宙って、星がキラキラしてる、あの宇宙のこと?」
ミレイはともかくとして、ユリカの宇宙観は子供レベルであった。
「その宇宙よ。どっかの惑星、月の表面みたいな場所だったけど。呼吸が出来なかった。」
「えっ、じゃあ。あの化け物って、マジもんのエイリアンなの?」
「そういうことになるわね。でもこれで、酸素が薄いっていう理由が分かったわ。きっと、向こう側に空気が流れていってるのよ。」
シュラマルとユリカの訴える体調不良。
その原因を、フェイトは門の繋がりにあると推測する。
「じゃあ、早く門を閉じないと。」
ミレイは危機感を覚える。
「あっ、そうだ! わたしも手伝おっか? 前に門があった時、これを近づけたら閉じたんだけど。」
ジータンの街で、異界の門を閉じた時の事を思い出し。
ミレイは黒のカードを具現化する。
そして、それを門に近づけて。
軽く振ったり、突いたりしてみるものの。
「あれ? うんともすんとも言わない。」
その予想と反して、黒のカードは何のアクションも起こさなかった。
「なにやってんのよ、アンタ。」
自らの主の奇行に、フェイトは呆れ顔。
「わたしが、何とかしてみるから。2人は門から離れてて?」
「……うん。分かった。」
やんわりと、ユリカに戦力外通告をされ。
ミレイは大人しく、周囲の警戒に戻った。
◇
異界の門を閉じるべく。
陰陽師であるユリカが、御札と魔法陣を展開し。
その間に、他のメンバーは周囲の警戒に当たっていた。
オールトの襲撃もなく。
ただ門が閉じるのを待つだけ。
そう、思われたが。
「……うっ、くっ。」
体の不調が治まらず。
シュラマルは、たまらずその場で膝をつく。
「シュラマルさん!」
その様子を察知して、ミレイがそばに駆け寄った。
「大丈夫?」
少しでも楽になるよう、シュラマルの背中をさすってあげるものの。
シュラマルの苦しみは治まらず。
その場で、激しく咳き込んでしまう。
そして、それを押さえる手のひらは。
”真っ赤な血”で染まっていた。
「……嘘。」
単なる体調不良ならまだしも。
吐血までしたその光景に、ミレイは青ざめる。
「ねぇ、フェイト! シュラマルさんが血を吐いてるんだけど。酸素足りなくて、こんなふうになる?」
ミレイが、慌てて尋ねるも。
フェイトは、”じーっと壁を見つめたまま”。
その声に反応しない。
「ちょっと、聞いてる!?」
「ええ、聞こえてるわ。」
そう言いつつも、フェイトは振り向かずに。
深刻な表情で、壁を見つめていた。
フェイトの見つめる先。
その壁には、”巨大なオールトの死骸”があった。
他の個体との違いから判断して、おそらくは”女王”に相当する個体であろうか。
だが、そんな特別な個体であっても。道中に転がっていた死骸と同様に、原因不明の死を遂げている。
(……こいつ、なんで死んでんのよ。元々宇宙空間で暮らしてたから、酸素でやられた? いいえ、それじゃどうも腑に落ちない。)
その原因を考えながら。
フェイトは周囲に居る、他のメンバーにも目を向ける。
(一番ヤバいのはシュラマルで、次はユリカ。わたしとミレイには影響がない?)
症状に差があるのも、理由がわからない。
(そうだ、パンダは。)
この場にいるもう一匹。来た道を見張らせていたパンダに目を向ける。
すると、後ろ姿ながら。
パンダは”ふらふら”と、おぼつかない足取りで。
そのまま崩れ落ちるように。
バタリと、地面に倒れてしまう。
「……嘘でしょ。」
その瞬間、フェイトの脳裏に。
血を吐いて動かなくなったオールトや、道中の死骸の山が思い浮かび。
そして、”なぜあれだけの個体が地上に溢れ出たのか”を理解する。
「マズい! ”毒”か何かが漏れてるわ!!」
フェイトが周囲に警告し。
「毒!?」
ミレイは咄嗟に、自身の口と鼻を塞いだ。
「もう遅いし、多分アンタは平気よ!!」
「あっ、そっか。」
ミレイは塞ぐのを諦める。
「パンダもぶっ倒れたし、このままじゃ2人の命にかかわるわ。さっさと地上に戻りましょ。」
フェイトが周囲に伝えるも。
「――先に行ってて。こっちは、もうちょっとで閉じれるから。」
閉門作業を行うユリカは、その手を止めること無く。
門を覆う魔法陣を、懸命に操作していた。
その苦労が実ってか。
徐々に異界の門が小さくなっていくものの。
”得体の知れない毒素”は、ユリカの身体を着実に蝕んでおり。
口だけではなく。
目や鼻からなど、おびただしい量の出血をしていた。
「死んじゃうって!」
ミレイが悲痛な声を上げる。
彼女の腕に抱えられたシュラマルは、すでに意識が朦朧としており。
息も絶え絶えであった。
「……でも、確かに。今ここで閉じないと、次も来れる保証はない、か。」
フェイトは、この状況に苛つきつつも。
懸命に門を閉じようとするユリカを、止めることは出来なかった。
「ミレイ、フェンリルを召喚しなさい。門を閉じ終わったら、全速力で地上に戻るわよ。」
「分かった。」
ミレイが魔導書を叩くと。
その思いに応えるように。
魔獣フェンリルが、ダンジョン最深部に降臨する。
「パンダも戻して、と。」
ダウンしたパンダファイターの実体化も解除した。
「とりあえず、そいつの背中に括り付けるわ。」
フェイトは、自らの能力で”氷の鎖”のようなものを具現化し。
ぐったりとしたシュラマルを持ち上げると、フェンリルの背中に寝かせ。落ちないように縛り付けた。
「……あとは、門が閉じるのを待つだけ。」
他に、やれることはなく。
門を閉じるために奮闘するユリカの姿を、ミレイはただ見つめることしか出来なかった。
血を吐きながらも、自らの責務を全うしようとする、その後ろ姿を目にしながら。
肝心な時に役に立たない、自らの無力さを呪った。
◆
ユリカが、異界の門を閉じるのを。
ミレイ達は固唾をのんで見守る。
そんなさなか。
「……マスター、気をつけてください。」
「えっ?」
何処かから聞こえてきた声に、ミレイは驚き。
周囲を見渡す。
「”ポケット”です。」
そう言われて。
ミレイは、”お喋りタンポポ”を自身の胸ポケットに入れていたことを思い出す。
「あっ、ごめん。完全に忘れてた。」
「いいえ。ここは居心地がいいので。」
タンポポ的には、ミレイの胸ポケットがお気に入りの様子だった。
「それで、何だって?」
「”下から”来ます。」
そのタンポポの言葉を、理解する前に。
突如地面から、”巨大な植物の蔓”のようなものが出現する。
その大きさ、動きから。尋常ならざるモノなのは明らかであった。
「フッ。」
だが、その程度。
”フェイト・スノーホワイト”にとっては、脅威ですら無く。
軽く地面を踏むと、そこから強烈な冷気が地面を這い。
出現した巨大植物を、一瞬の内に凍らせる。
しかし、敵の勢いはそれで終わりではなく。
周囲の地面や壁を突き破り、至る所から植物の蔓が生えてくる。
だがそれでも、フェイトにとっては児戯に等しく。
出現すればする分だけ、一瞬の内に凍結させた。
全てを無力化し。
謎の植物の脅威は、一旦去る。
けれども、根本的な問題解決にはなっていないのか。
深い地面の奥底で、”何か”が蠢いているのは確かであった。
フェイトが、謎の植物を凍らせた頃。
「……はぁ、はぁ。」
懸命な作業が実を結び。
ユリカの手によって、オールトの世界と繋がる異界の門が閉じられる。
だがしかし、それで全ての力を出し切ったのか。
ユリカは、崩れ落ちるように倒れてしまう。
その勇姿を、最後まで見届け。
唯一動けるミレイが、倒れたユリカのもとに駆け寄る。
「うぎぎっ。」
かなりの体格差があるものの。
ミレイはユリカの身体を必死に担ぐと、急いでその場から離れた。
「さっさと逃げるわよ!」
とりあえずの目的は果たしたため。
ミレイ一行はフェンリルの背に乗り、ダンジョン最深部からの離脱を行う。
だが、その行く手を阻むように。
無数の植物群が、周囲の氷を突き破り。
フェンリルの身体に巻き付いてくる。
「ッ。」
フェイトが指を振るうと。
氷で出来た無数の剣が、一瞬で周囲に出現し。
フェンリルに巻き付いた植物の蔓を斬り裂いた。
急ぎ、その場を離脱しようとする一行であったが。
「うげっ!?」
狙いすましたように。
勢いよく伸びてきた蔓が、ミレイの胴体に巻き付き。
そのまま攫われて、地面に引きずり込まれそうになる。
「あぁっ、もう!」
だが、それを見過ごすフェイトではなく。
咄嗟に力を解放し、ミレイを引きずり込もうとする植物群を凍らせる。
「さっさと出なさいよ!」
「今やってるって!」
巻き付いた植物を、必死に振りほどき。
ミレイは、地面に空いた大穴から脱出しようとする。
だが、”謎の植物”の執念は底知れず。
絶対に逃さまいと、再び地中より出現し。
ミレイの右足にガッチリと絡みついた。
「うそ!? 痛い痛いッ!!」
植物の力は凄まじく。
地の底へと、ミレイを引きずり込もうとする。
「しつこい!」
フェイトが指を振るい。
氷の剣を射出し、ミレイの足を引っ張る植物を切断する。
その程度、なんてことは無い力だが。
(本当に、守るのって面倒くさい。)
フェイトの表情は”苛立ち”に染まっていた。
彼女1人であれば。
それこそ、”ダンジョンそのものを凍らせる”ことも、”全てを壊し尽くす”ことすら可能である。
その程度の力は持っていた。
だがしかし。
今の彼女は、ミレイという1人の人間の”使い魔”に過ぎず。
仲間を守るという、”人生初の困難”を前にして。
非常に繊細な力の行使を余儀なくされていた。
「相手は植物でしょ! アンタ自分でどうにか出来ないの?」
「やってみる!」
ミレイは、魔導書に念を送ると。
その右手に、”エクスプロージョン”の魔法を宿す。
そしてそれを、真下に広がる大穴。
謎の植物が蠢く、地の底へと向ける。
「……わたしだって。」
この非常事態で、自分が足手まといになっているのは、ミレイ自身も理解していた。
”植物系の魔獣相手なら、火炎や爆発が有効打になるはず”。
そんな、考えのもと。
「――”エクスプロージョン”!!」
すでに手に馴染んだ、爆発魔法を発動させる。
植物たちを撃退し。何なら、怯ませるだけでも良い。
そんな、淡い希望で。
だがしかし。
この、”未知なる存在”との戦いにおいて。
”火”を武器として扱うのは、考えうる限り”最悪の手段”であった。
ミレイの右手から発射された火球は。
ダンジョン最深部に満ちていた、”得体のしれない毒素”に引火。
――致命的な、大爆発を引き起こした。
◆◇
◇◆
例えるなら、そう。
深い深い海の底から、ゆっくりと浮かび上がって。
水面へと近づいていくような。
言葉にならない感覚、心地よさに背中を押されて。
生きているのか、死んでいるのかも分からない。
けれども、自分という塊が、かろうじてここにあるのは分かる。
そんな、酷くふわふわとした感覚の中で。
ゆっくりとゆっくりと、脳に指令を送るようなイメージで。
ピクリと、まぶたを動かし。
久方ぶりの光を、その瞳で受け止める。
「……あ、……あっ、く。」
頭が、回らない。
その機能を忘れてしまったかのように、具体的な思考を固めることが出来ない。
それでも、どうにかして。
懸命に自己を認識して。
なにか言葉を発してみようとするも、口も思うように動かない。
そんな状況の中でも。
ミレイは1つだけ、実感できることがあった。
――”生きている”。
そう、自分は生きている。
目の前に広がる、”真っ白な天井”と。
何一つ言うことを聞かない、この身体の様子から判断して。
今までの人生の中で、”最大級にヤバい状況”になったのは確かだが。
それでも、もう一度世界を拝めて。
美味しい空気を吸うことが出来ることに。
何よりも、感謝した。
◇
ミレイが、ただひたすらに呼吸を楽しんでいると。
”自動ドア”の開く音がして。
誰かがこの部屋へと入ってくる。
そのタイミングで、
「……っ。」
ミレイは思わず、咳き込んでしまい。
その様子を見ていた人物は。
腕に抱えていた、果物の入ったカゴを地面へと落とした。
「――”ミレイちゃん”!!」
驚いたような、嬉しいような。
複雑な感情の声を上げながら。
彼女の元へと駆け寄って来る。
ミレイの瞳に映る、その少女は。
何一つ変わらない、可愛らしい顔に。
大粒の涙を浮かべながら。
”大切な友達”との再会に、感情を溢れさせていた。
「……きら、ら。……”キララ”?」
「うん、うん! わたしだよ、ミレイちゃん。」
その存在を、確かめるように。
ミレイは、ギュッと抱きしめられた。
力強く、ではなく。
とても優しく、大切なものを包み込むように。
雪の都ピエタ。
その上空に停泊する、”戦艦アマルガム”の医務室にて。
ミレイとキララは、およそ”2週間ぶり”の再会を果たした。