優しい夜に
「アルトリウス、お前はクビだ。」
屈強な冒険者達が集う町、ヴァルトベルク。その冒険者ギルドの一角にて。
とある1つのパーティが、重要な話を行っていた。
パーティのメンバーは4人。
リーダー格であろう、剣を携えた青年と。
鍛え抜かれた肉体を持つスキンヘッドの大男。
そして、冷たそうな魔女。
「なっ、何故なんだ!?」
最後の1人は、金髪のバカである。
「自分でも、分かっているはずだ。」
大男がアルトリウスを諭す。
「そうよ。魔法も使えない、剣も使えない。おまけに、アビリティカードも役に立たない。そんな貴方に、一体何が出来るのかしら?」
魔女の言葉も冷たかった。
「そうやって、最初から出来ないと決めつけるのは、どうかと思うが。」
「……いや、何も出来なかっただろ、お前。」
剣士の青年は頭を抱える。
彼らは、至極真っ当な理由でアルトリウスにクビを宣告しようとしていた。
「買い物の計算は間違えるし、頼んだ服はサイズ違い。」
魔女も。
「お前が貸してくれた、あの”異世界の髭剃り”。使ったらビリビリ痺れたぞ?」
大男も。
「ああ、オレもだ。あれ以来、怖くて髭が剃れなくなった。」
全員が全員、アルトリウスに不満を漏らしていた。
「なんということだ。まさか、それでクビだなんて。」
やたらと大きな仕草で、アルトリウスは地面に膝をつく。
対するパーティのメンバーも、表情は明るくなかった。
「……正直、お前と一緒の数日は楽しかったし、雰囲気も悪くなかった。けどここは、”ヴァルトベルク”なんだ。モノリスも近い以上、危険な魔獣も多い。オレたちの技量じゃ、これ以上お前をカバーしきれない。」
「故郷へ帰り、修行を詰め。そして相応しいランクになったら、またここへ帰ってこい。」
彼らの間には、男同士の友情が芽生えていた。
だがしかし、そんな友情だけでやっていけるほど、この町のクエストは甘くないのである。
だが、そんな中。
魔女だけは、”少々様子が異なり”。
「……これ、ジータンまでの路銀と、わたしの作った”お弁当”。」
若干、頬を赤く染めながら、アルトリウスに風呂敷を差し出した。
「「お弁当?」」
剣士と大男が、揃って目を丸くする。
「わたしの手料理、美味しいって言ってくれたでしょ? お別れの餞別よ。入れ物、絶対に返しに来なさい。」
「すまない、キサラ。」
剣士と大男の反応を余所に。
魔女キサラとアルトリウスの話は続く。
「転んでも泣かない、強い男になって。再びこの街に舞い戻って来よう。」
「べっ、別に、貴方がどうなろうと、知ったことじゃないんですけど!」
そんな、2人のやり取りを見ながら。
「……彼女の手料理、食ったことあるか?」
「いや。まだ呼び捨てにしたこともない。」
「オレもだ。」
男たちは、無性に悲しくなった。
◆◇
ほんの一瞬。
刹那にも満たない、僅かな間だけ。
”フェイト・スノーホワイト”は、自身の持つ全力を発揮した。
瞬間、街から全ての音が消え去り。
魔獣たちは、指先から心の芯まで凍りつく。
その力は、自然環境すらも書き換えて。
人々の息は白くなり、空からは美しい雪が降ってくる。
霧の都ピエタは、一瞬の内に”銀世界”へと変化した。
「……嘘、だろ。」
個に対する力ではなく。世界そのものに干渉しているような光景に、ミレイはひたすら圧倒される。
それも、無差別な攻撃ではない。力の影響を受けた生物は、例の魔獣だけであり。冒険者達だけでなく、街の住民たちにも何の影響も与えていない。
ただの暴力では成し得ない奇跡を、その少女はたった一瞬で起こしたのである。
ミレイが、呆然と周囲を眺めていると。
役目を果たした少女、フェイトがミレイの元へと戻ってくる。
「湿気の多い街だから、案外楽だったわね。」
これだけの結果を生み出してなお。彼女には疲労の色が見えなかった。
「力が必要になったら、また呼びなさい。」
そう言い残して。
フェイトは光の粒子に戻ると、拡散して消え去ってしまう。
一方的なコミュニケーションに、ミレイは返事をする余裕も無かったが。
ピエタの街を守るという目的は、確かに果たされた。
◆
それは、何処とも知れない遠い地。
崩壊した文明と、焼け焦げた生命の痕跡が残る場所。
そんな場所で。
2人の金髪の女性が、互いに見つめ合っていた。
1人は、何らかの異能が働いているのか、”燃え盛る剣”を手にし。
1人は、美しいドレスに身を包み、”氷の結晶”のような物の上に立っている。
ある意味で、対極に位置するような2人だが。
髪の色だけでなく、”顔立ち”までも、似通っている部分は多かった。
「……とても寒い。このような環境では、地球上の人々は生きられなくなってしまう。」
「良いのよ、それで。必死に抱きしめ合って、寄り添って。それでようやく、”温かさ”を得られる世界。わたしたちだって、そうだったでしょ?」
氷の方は、”何か”を成そうとしており。
炎の方は、それを止めようとしていた。
「そんな過酷な世界なら。くだらない欲望も消え、悪意を抱く余裕も無くなる。」
「ええ、でも。罪なき命が、大勢失われる。」
「……もう失われたわ。”姉さん”たちが必死に戦って、あの博士が身を賭して、世界からモンスターを駆逐しました! それで何が残ったの?」
氷の方の問いかけに。
炎の担い手は、返す言葉を持たない。
「人が人である以上、世界に”余力”が有る以上。火種はふつふつと湧き上がり、わたしたちみたいな”化け物”が生み出される。こんな世界が、正しいわけがない。」
彼女の怒りに、呼応するように。
周囲の温度が下がり、全てが凍っていく。
ただ1人。
彼女と対峙する、姉を除いて。
「――わたしが、世界を救うのよ!!」
フェイトの叫びが、世界に轟いた。
◇
2035年3月14日
エドワード・チャペル博士が犠牲となり、最重要識別個体”ブラックヘッド”が討伐される。
なお、博士とブラックヘッドの亡骸は発見されず。
2035年9月2日
秘密裏に開発された、”第2世代のSCAR DRIVE”適合者の集団が、世界各国の主要研究機関を襲い始める。
2035年11月1日
第2世代適合者のリーダー格と目される少女、”フェイト・スノーホワイト”が死亡する。
遺体は実姉である”ジル・ブレア”の手によって燃やされ、海へと還された。
◆
――わたしが、世界を救うのよ。
そんな声が、何処からか聞こえて。
布団の中のミレイは、不思議と目を覚ましてしまう。
曖昧な意識の中で。今聞こえてきた声、そして不思議な力を使う少女たちの光景を思い出す。
見たことのない風景。感じたことのない感情。
それでも、世界を救うと豪語していた彼女の声には、聞き覚えがあった。
「――へっくち!」
色々と考えるミレイであったが、たまらずくしゃみが出る。
「さみぃ。」
布団の中だというのに、凍え死んでしまいそうで。
とりあえず、体を起こしてみる。
(……なんでなんや。)
何故こんなにも寒いのか、疑問に思っていると。
自身のいるベッドの真隣に。
夢にも出た少女、フェイト・スノーホワイトが立っていることに気づく。
「うびゃああぁぁ!?」
気配すら感じなかった存在に。
ミレイは本気で驚いて、そのままベッドから転げ落ちてしまう。
すると。
その騒ぎを聞きつけたのだろうか。
ミレイの隣の部屋で泊まっていた、シュラマルとユリカが部屋の中に駆け込んで来る。
「――ミレイちゃん、大丈夫!?」
流石は忍者というべきか。
シュラマルは短刀を構え、戦闘準備万端であった。
勢いよく、部屋に入ってきた2人であったが。
部屋の中に居るのは、ミレイただ1人であり。それほど、急を要する場面には見えない。
「……う、うん。平気だよ? 寒すぎて、ちょっと”大声出したくなっただけ”。」
咄嗟の状況に、ミレイの頭は冴えわたる。
「そ、そっか。この部屋、確かにちょっと寒いよね。」
何か恐ろしい一面を見てしまったように、シュラマルは愛想笑いを浮かべる。
「み、ミレイちゃん、これ。」
ユリカも、顔を引き攣らせながら。懐から取り出した1枚の御札を、ミレイに手渡す。
「お腹に貼ると温かいよ。」
「あ、ありがと。早速使ってみる。」
カイロかよ、と。内心思いつつも。
ミレイは御札を受け取った。
「じゃあ、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
シュラマルとユリカが部屋を後にする。
「うん。起こしちゃってごめんね。」
深々と頭を下げて、ミレイは2人を見送った。
ミレイ以外、部屋から居なくなり。
それを見計らったかのように、再びフェイトが実体化する。
「君、自由に出てこれるの?」
「君って名前じゃないんだけど。」
(おぅ。)
強めの言葉に、ミレイの心はダメージを負った。
「えっと。フェイト、さん?」
「フェイトで良いわ。貴女のことも、ミレイって呼ぶから。」
「うん。分かった。」
人の形をした、というよりも。”人間そのもの”にしか見えない彼女とのふれあいに、ミレイは内心ドキドキであった。
「よかったら、となり座ってよ。」
「……良いわ。」
ミレイの提案に、フェイトは素直に従い。
ともにベッドの上に座る。
「えっと。」
とりあえず、となりに呼んだものの。
何を話せば良いのか分からず、ミレイは焦る。
「……き、君って、”どんな世界の人”なの? エドワード、というか、わたしの知り合いが、アビリティカードから出てくる人や物は、元々異世界から来たものかもって言ってたから。」
「そう、ね。なんて言えば良いのかしら。」
フェイトは真剣に考える。
だがしかし、答えが上手く浮かばない。
「どんな世界かって、案外難しい質問ね。」
「あー、確かに。」
世界を言葉で表す。
それは、慣れ親しんだ世界であっても難しいかもしれない。
「逆に聞くけど、この世界はどんな世界なの?」
「うん? ”良い世界”だよ? えっと、具体的に言えば色々あるんだけど、何から言ったら良いのかなぁ。」
ミレイはこの世界の良い点を頭に思い浮かべていく。
だがしかし。
「――もう良いわ。大体わかったから。」
フェイトに止められる。
「そんな即答ができるなんて、羨ましいわ。」
本心からそう思い。
フェイトはベッドから離れると、カーテンの近くへと歩き始める。
「わたしの世界も、時代さえ違えば、きっと悪くなかったんだと思う。でも、海の底から”奴ら”が現れて、世界は混沌に落とされた。」
「……奴ら?」
「それも姉さん、……いえ、一部の英雄によって倒されたけど。一度混沌に落ちた世界は、二度と元には戻らない。」
「だから、世界を氷河期にしようって?」
アビリティカードに書かれていた文章を思い出す。
「そうよ。まあ、志半ばで死んじゃったけど。」
「誰かと、戦ったの?」
「いいえ、”力の代賞”よ。」
”それ”を説明するために、フェイトは身に纏ったドレスを脱ぎ始める。
「”傷跡から力を抽出する”旧世代と違って、わたしはここに、”本物”が埋め込まれてるから。」
まだ成長途中な、少女の裸体をさらけ出す。
本来ならそれは、淫靡さすら感じさせるはずの身体であったが。
さらけ出された裸体。
正確には、その”胸部”を目にして。
あまりの衝撃に、ミレイは言葉を失った。
「醜いでしょ? 恐ろしいでしょう? これを平気な面で生み出せるのが、人間っていう”怪物”なの。」
この世界ではお目にかかれないであろう、”最悪の人体実験の痕跡”。
優しさしか知らずに生まれ育った、この幼い召喚者には、きっと耐えきれないであろう。
そんな思惑すら込めて、フェイトはその体をさらけ出した。
だが、そんな彼女の思惑とは裏腹に。
「……なんで、アンタが泣いてんのよ。」
目を背けるでも、怯えるでもなく。
”ただ思いやるように”。
ミレイは涙を流しながら、フェイトの体を見つめていた。
「痛く、ないの?」
「……別に。手術から時間も経ってるし。そもそも、わたしもう死んでるし。」
適当に話を変え、誤魔化そうとするフェイトであったが。
自分のことでもないのに。
そんな悲痛な顔をするミレイに対し、理解不能な感情が湧き上がってくる。
「――あぁ、もう。なんなのよ。」
”特別な事ではない”。
ただ当たり前の感情を持ち、当たり前の優しさを持ち。
他者の痛みを受け入れられる。
そんな、一人の女性というだけ。
だが、過酷で冷たい世界しか知らないフェイトには。
”他人にまで優しく出来る人間”が、どうしても理解できなかった。
◆◇
その頃の、キララとソルティアは。
骨と内臓だけになった、巨大イノシシの亡骸の隣で。
仰向けになりながら、星を眺めていた。
「このペースで行けば、明日にはアセアンに着くでしょう。」
「ミレイちゃん、元気なら良いけど。」
「あれだけ大暴れしたからには、図太く生き残ってると思いますよ。」
「そうだよね。」
「そう言えば。大きくなったミレイさんは、わたしたちのことを”あだ名”で呼んでいましたね。」
「うん。」
「わたしは”筋肉”で、エドワードさんは”ロリコン”でしたか。まぁ、どちらも酷い偏見が入っていますが。キララさんの”ド変態”という名前だけは、どうも腑に落ちませんね。」
「そ、そだねー」
バツの悪そうに、キララはそっぽを向く。
「前にもああなったんですよね。その時はどんな被害が?」
「えっと、今回と比べると、かなり穏便だったよ。せいぜい、カミーラさんの羽根が引き千切られた程度で。」
「それ、本当に大丈夫でしたか?」
「夜通し、魔法で治してたから。何とかね。」
その時のすすり泣きは、キララの記憶にも残っていた。
「ちなみにわたしは、”全裸で壁を眺めてろ”って命令されたよ!」
「自慢することじゃないです。」
「まぁ、流石に寒かったから。ミレイちゃんが寝静まったら、一緒のお布団に入っちゃったけど。」
「あぁ、それで”ド変態”ですか。」
「あはは。ま、まーね。」
自覚は、無かったが。
キララは嘘を吐くと、目に見えて汗をかくタイプの人間であった。
「ねぇ、ソルティアさん。」
「なんですか?」
「好きな人の”血”を飲みたいって言ったら、おかしいかな?」
「……まぁ、人それぞれではないですか? わたしは、それで幻滅はしませんよ。」
「なら、”唾液”は?」
「……えっと、その。恋人同士がキスをする以上、そういうのもアリでは? わたしは知りませんが。」
何かを勝手に想像して、ソルティアは1人頬を赤らめる。
「じゃあ、”お○っこ”は?」
「――それはドン引きです。」
「……そっか。」
キララは目に見えて落ち込んだ。