救世の輝き
空より放たれる、強力な爆発魔法を浴びて。地上の魔獣達は為す術もなく死滅していく。
手の届きようのない、遙か上空からの攻撃。一方的なまでの攻撃だが。
それでも、魔獣達の数は一向に減る様子が無かった。
機械の翼を広げて。
ミレイは空を飛翔し、風と1つになる。
空を飛ぶということ。
それは本来なら、とても言葉で言い表せないほど、素晴らしい体験だったのかも知れない。
けれども、現実の状況はあまりにも悪く。
その表情には楽しさの欠片も無かった。
「……やっぱ、3つ星じゃ駄目か。」
3つ星のアビリティカード、”エクスプロージョン”の力を右手に宿し。
遙か上空より、地上の魔獣達を狙い撃つ。
飛行手段を持たない敵に対しては、ほぼ無敵に近いパフォーマンスを発揮し。
ミレイ1人で考えれば、何の心配もない戦い方であったが。
”街を守る”という観点から見れば。
その力は、圧倒的な”火力不足”であった。
(いくら攻撃しても、焼け石に水だし。かと言って、壁を狙うのは危険過ぎる。)
万が一にでも、壁が崩落してしまえば。全てが台無しになるのは目に見えていた。
残された冒険者たちの抵抗と、ミレイによる爆撃を受けながらも。
それでも魔獣達の数は一向に減らず。
次々と壁を登り、街へと侵入していく。
残された戦力では、魔獣達の全てを止めることは叶わずに。
刻一刻と、街は追い詰められていた。
「……どうにか、しないと。」
迫りくる崩壊を目の当たりにして。
ミレイはたまらず、その手に”黒のカード”を具現化した。
「4つ星。いや、もう3つ星でも良い。なんでも良いから、戦闘に使えるカードが出れば。」
一縷の望みを込めて、黒のカードを起動する。
これがいつも通りなら。
カードの上に、光の輪が発生し。そこから新たなるカードが召喚されるのだが。
今回は、”挙動が違った”。
機能不全であろうか。
一瞬で展開されるはずの光の輪が、”非常にゆっくりと”構築されていく。
まるで、”膨大なデータ”をダウンロードしているかのように。
「……ああ、もうっ。」
だがとにかく、起動が遅いというのは確かであり。
それを待つ余裕は、今のミレイにはなかった。
仕方がないと、黒のカードをポケットへと仕舞う。
新しいカードには期待できそうになく。
今ある手札だけで、街を守らねばならない。
破局は、着実に迫ってきていた。
◇
恐ろしい暴力の連打で、扉を粉砕し。
ぞろぞろと、魔獣達が民家へと入っていく。
「――きゃああああ!」
暴力と、恐怖の化身であるかのような、魔獣達の存在に。
中にいた住民は悲鳴を上げる。
その生命を貪るため。
魔獣達が一斉に襲いかかるも。
爪が届くすんでの所で、魔獣達の首が、ものの見事に”斬り飛ばされ”。
住民たちは、その死を免れた。
魔獣達の首より飛び散る鮮血により、家の中は真っ赤に染め上げられ。
酷いトラウマを植え付けられたものの、それでも死ぬよりかはマシである。
「ふぅ。」
魔獣達の死と、住民の無事を確認し。
シュラマルはその民家を後にする。
外に一歩踏み出せば、周囲の至る所から悲鳴が聞こえてきた。
「……こっちがいくら減らしても、増えるほうがずっと速い。」
壁の戦力が持たなくなっているのか。
加速度的に、街へと侵入する魔獣達が増えてきていた。
「このままじゃ。」
不条理な現実に、悪態を吐きつつも。
少しでも被害を減らすために、シュラマルは奔走する。
その頃、防壁の上では。
街に残った冒険者の1人が、壁を登ってくる魔獣を弓矢で迎え撃っていた。
正確無比な腕前で、敵の頭部を狙い撃っていくものの。
敵の数は限りなく。
ついには、矢筒の中身が”空”になってしまう。
「……マジか。」
矢の数が、彼の命の数であり。
全ての矢を撃ち尽くした彼には、もう攻撃手段は残っていなかった。
阻む存在が居なくなり。魔獣達は勢い良く壁を登ってくる。
彼には、それをどうすることも出来ず。
その魔の手が、壁の頂上へと到達し。
無力な冒険者へと襲いかかる。
「くっ。」
彼は、死を覚悟したが。
その運命を殺すように。
”より強大な魔獣”の咆哮が鳴り響き。
フェンリルの爪と牙が、襲いくる魔獣達を”一瞬の内に惨殺した”。
まさに、間一髪である。
「ナイスだよ、フェンリル!」
様子を見ていたミレイが、その場へと飛来する。
フェンリルに助けられた冒険者は、すでに全ての矢を撃ち尽くし。
これ以上の戦闘ができないのは明白であった。
キララのように、”魔力でどうとでも出来る”人間ばかりではないのだから。
「この人を、できるだけ安全な場所、に……」
そう、フェンリルに命じながら。
ミレイの思考は、止まってしまう。
(……”安全な場所”って、どこだ?)
すでに、多くの魔獣が街の中へと侵入し。
その処理すら間に合っていない。
民家の扉は壊され、魔獣は屋根の上にも登る。
安全な場所など、このピエタの街には存在せず。
残された選択肢は、ごく僅かであった。
矢を撃ち尽くし。
魔力を出し尽くし。
冒険者たちの”攻撃手段”が尽きると。
瞬く間に、戦線は崩壊した。
何者にも邪魔されること無く。
魔獣達は意気揚々と壁を登り、街の中へと侵攻していく。
それを目の当たりにしながらも。
冒険者達には、それを止める手立ては無く。
「くっ、ヤベェ。」
自分たちに襲いかかる魔獣を、必死に捌くのが精一杯であった。
魔法使いの冒険者が、魔獣に対して手をかざし。
力を振り絞るも。
すでに、そこに魔力は宿らず。
命を喰らおうと、魔獣が襲いかかってくる。
飛翔していたミレイが、それに気づき。
エクスプロージョンの魔法を放とうとするも。
「――当たっちゃう。」
魔獣だけでなく、守るべき人間にすら被害が出かねないと判断し。
魔法の発動を止めると。
その場から、”思いっきり加速し”。
飛翔する勢いそのままに。
魔獣の胴体に、”渾身のキック”を食らわせた。
華奢な少女のような脚だが。
翼によって生み出された速度もあり。何とか、魔獣を蹴り飛ばすきことに成功する。
だがしかし、魔獣は執念深く。
壁から落とされながらも、その手でミレイの脚を掴んだ。
「いぃぃっ!? うそうそ、無理無理ッ!!」
ミレイは必死に足を動かして。
何とか、魔獣を振りほどくことに成功する。
ただし、”右足の靴”を引き換えにして。
「……バイバイ、わたしの靴。」
なにはともあれ。
それだけの被害で済んで幸運であった。
ミレイは助けた冒険者の元へと近づいていく。
「まだ戦えますか?」
「……いいや、もう魔力が空だ。何も出来ねぇ。」
「そう、ですか。」
彼も、もう戦えないのだと。
現実を認識する。
(そりゃそうだよな。ゲームと同じで、MPだって無限じゃない。)
ミレイは、魔法の宿る自らの右手を見つめた。
(わたしは、まだ大丈夫かな?)
あと何発、魔法を撃てるのか。
どれだけ、空を飛び続けられるのか。
考えてみても。
”自らの魔力の感覚”さえ、ろくに感知ができないため。
無駄な事と、ミレイは思考を振り払った。
冒険者達が、為す術もなくなる中。
魔獣達は、それでもお構いなしに壁を登ってくる。
街へと侵入していく個体もいれば。
壁に取り残された、無力な冒険者たちへと襲いかかる個体もいた。
「……もう、終わりだ。」
魔獣達に囲まれて。
多くの冒険者達が、その死を覚悟する。
1人だけ、翼を持つミレイは。
その光景を目の当たりにしながら。
「――あぁ、もうっ。」
自分だけ生き残るという選択肢を、どうしても選べなかった。
冒険者達を守るように、魔獣達との間に入り。
「フォトンバリア。」
左手を、彼らへ向けて。
光の盾を構築する。
それを維持したまま。
今度は、右手を魔獣達へと向け。
その集団を、エクスプロージョンで吹き飛ばす。
だがその程度で、魔獣達の攻勢を止めることは叶わず。
残った個体が、ミレイへと接近する。
「――くっ。」
それに対して、流石に爆破は不可能なため。
咄嗟の判断で、機械の翼を広げて。
まるで拳のように、迫りくる魔獣達を”ぶん殴った”。
「うぅぅぅ。」
持てる全ての力を使って、自分と仲間たちの命を守る。
もはや、ヤケクソである。
「――こんなん、無理じゃん!!」
理不尽な現実に。
ミレイは悲痛の声を上げる。
そんな、さなか。
「――いいえ、よく持ちこたえたわ。」
澄んだ声。
まるで、”救世主”のような声が聞こえて。
ミレイが顔を上げると。
街の外に広がる、魔獣達の群れ。
それよりも、”更に向こう側に”。
数十人。いや、数百人だろうか。
街を守るべく武装した、”数多の冒険者達”が集っていた。
そして、その先頭で。
ミレイとさほど変わらない。
小さなピンク髪の少女が、自信満々な顔で立っていた。
「真打ちの登場よ!」
何らかの魔法を使っているのか。
その存在を知らしめるように、増幅された少女の声が街まで届く。
「ふふっ。」
少女は、自らのアビリティカードの力を発動し。
その手に、輝ける”聖杯”を召喚した。
聖杯の中には、透明な液体が満たされており。
「さぁ。戦いなさい、”ピエタ”。」
街の名を呼びながら。
少女は聖杯を傾けると。
中に入っていた液体を、地面へとぶちまけた。
すると、”聖杯に宿る力”が、大地を伝い。
”ピエタの街全体”へと、波及した。
◆
「えーいっ!」
その腕に、大量の”御札”を貼り付けて。
ユリカは魔獣達相手に格闘戦を繰り広げていた。
普段の様子からは、想像がつかないほどの身体能力を発揮し。
次々と、魔獣達を殴り倒していく。
「よっと。」
そこへ、シュラマルも合流し。
互いに背中を守りながら、大量の魔獣達と対峙する。
「帝国って、こんなに過酷な所だったんだね。」
「武蔵に帰りたくなった?」
弱気なユリカに、シュラマルが問いかける。
「まっさか! ずっと、外の世界に憧れてたから。」
御札が燃え上がり、ユリカの身体に闘志が宿る。
多勢に無勢。
けれども、2人の間に絶望の色はなく。
洗練されたコンビネーションで、魔獣達相手に立ち回った。
2人の異邦人が、街を守るために奮闘する中。
「くっ。」
他の冒険者達も、何とか食い下がるも。
すでに傷だらけで、限界はとうに超えていた。
それでも、必死に身体にムチを打ち。
絶望に抗おうとしていると。
どこかで、”膨大な力”が発生し。
地面を伝い、街全体が”脈打った”。
「な、なんだろ、今の。」
「地震じゃ、無さそうだけど。」
単純な揺れではなく。
それが、”何らかの力”の発動だということは、ユリカ達にも感じることが出来た。
何が起こったのか。
2人がそれに警戒していると。
ボコリ、と。
地面が隆起し。
そこから、”土塊で出来た”人間の腕のようなものが出現する。
大地が揺れ。
そこから現れたのは、腕だけではなく。
ゆっくりと、その体全体が地面から這い出てくる。
土塊で出来た、巨大な人間のような存在。
”ゴーレム”の出現である。
そして、それは1体だけではなく。
周囲の地面、至る所から。
何体も現れる。
大量に現れたゴーレム達は、魔獣達を敵と認識し。
そのまま、”大乱闘”へと突入した。
突如現れ、味方として加勢したゴーレム達に。
ユリカとシュラマルは言葉を無くす。
だが、他の冒険者達は。
それが何なのかを知っていた。
「どうやら、”街の守護者”が帰ってきたらしい。」
「守護者?」
シュラマルの問いに。
冒険者は心強く、その名を口にする。
「――”イーニア・ホープ”。この街を代表する、”Sランク冒険者”だ。」
ゴーレムが出現したのは、街の中だけではなく。
魔獣達の蠢く街の外や、防壁の上にも出現し。
街を守るべく動き出した。
そして、戦いに参戦したのは、ゴーレムだけではない。
街の外から来た。
というよりも、”ダンジョンから帰還した”冒険者たちも、同様に戦闘に参加する。
ゴーレムと、冒険者たちの参戦により。
戦局は大きく変わっていく。
「――まぁ、それでも。”ようやく対等になった”程度かしらね。勝つためには、もっとみんなが頑張らないと。」
大地に命を吹き込み。
その役目を終えた少女、イーニアは。
巨大なゴーレムの上に座り、戦場を眺めていた。
「これだけの数の魔獣が居たなんて、本当に想定外。しかも、”攻略中のわたしたちを無視して”、街に侵攻してきたのも意味不明だし。」
通常では考えられない、その”膨大な個体数”も然ることながら。
この一連の行動原理にも、彼女は疑問を抱いた。
「本当、何なのかしら、こいつら。」
その呟きは、熾烈な戦場の音に掻き消されていく。
理解不能な、魔獣達を相手にして。
集結した冒険者と、ゴーレム達が衝突する。
先程まで、絶体絶命であった壁の上でも、戦況は好転し。
無理やり、守備に回る必要も無くなったため。
ミレイは再び、空へと飛翔した。
「ふぅ。」
緊張から解放され。
空の領域へと戻ったミレイは。
再び地上に、”エクスプロージョン”を放とうとするものの。
ゴーレムや、他の冒険者達も射程に入ってしまうため。
闇雲に魔法が撃てなくなってしまう。
「……キックの出番かな。」
味方が増えたことで、むしろ使える手段が少なくなり。
どうやって攻撃しようか、悩むミレイであったが。
突如。
ポケットの中から、”まばゆい光”が溢れ出す。
「あわわっ。」
驚いて、慌ててポケットに手を突っ込むと。
役に立たず、放置していた黒のカード。
先程まで不完全だった光の輪が。
ようやく、完全な形で展開されていた。
”その力”を、引き出す準備が整ったとばかりに。
光の輪の中から、新たなるアビリティカードが出現する。
それは、黄金でも、銀や銅の色でもなく。
見たことのない、”虹色の輝き”を放っていた。
伝説とも称される、”5つ星”。
世界を滅びしかねない力の誕生である。
◆◇
「お、おぅ。」
その、あまりの衝撃に。
ミレイは空中で丸まりながら、手の中のカードを見つめていた。
フェンリルやRYNO。それどころか、イリスのアマルガムすら凌駕する力が、この1枚のカードに込められている。
その事実に、恐怖に近い感情すら抱く。
カード名は、”フェイト・スノーホワイト”
「……”腐敗した人類を正すため、地球を氷河期に変えようとした叛逆者?” ……コロニー落としでも、やったんかな。」
ミレイはカードの内容に目を通す。
実際に召喚してみなければ、それがどのような存在なのかは分からないが。
どう転がっても、”今までとは比べ物にならない力”を持っているのは確かであった。
(ヤバそうだけど。アビリティカードである以上、わたしの命令には従う、よね?)
本来なら、細心の注意を払いながら使いたいカードであったが。
状況が状況なために。
ミレイは、迷わなかった。
「――お願いだから、氷河期は勘弁してよ。」
念を込めて、虹色のカードを起動する。
すると、濃厚な光の粒子が発生し。
それが、徐々に。
”1人の人間”の姿へと変化していく。
美しい金髪を、ツインテールに纏めて。
ガラス細工のような、繊細な刺繍を施された、青色のドレスに身を包む。
その瞳は、氷のように冷たく。
それでいて恐ろしい。
見た目からして、”キララと同じくらい”だろうか。
5つ星の能力とは思えない。
”可憐な少女”が、ミレイのもとに召喚された。
その、予想外な姿に。
ミレイは呆然と、言葉を失う。
すると。
少女の瞳が、ゆっくりとミレイに対して向けられる。
「――それで。わたしは何をすれば良いわけ?」
ふわふわと浮かぶ、”氷の結晶のようなもの”を足場にしながら。
少女が、ミレイに問いかける。
「あ、えっとっと。」
案外、普通に話しかけられて。
ミレイはつい動揺してしまう。
「下にいっぱい居る、あの”エイリアンみたいな化け物”を倒して欲しいんだけど、出来るかな?」
そう言いながら、地上にいる魔獣達を指し示す。
「なるべく、というか。他の人達には怪我をさせないように。」
そんな、彼女のお願いを聞き取り。
少女、”フェイト・スノーホワイト”は、下の戦場へと目を向ける。
人と魔獣、そしてゴーレムという。
”混沌とした戦場”。
それを、見つめて。
「……はぁ。」
彼女は、深く溜め息を吐いた。
「つまり、”人類を守れ”ってことよね。……ホントに、面白いわ。」
「?」
その言葉、その態度に。
どんな思いが込められているのか、ミレイには分からない。
今までの、どんなカードとも違う。
フェンリルやパンダのような、獣でもなければ。
RYNOのように、ただ喋るだけでもない。
彼女は明確に、”人の姿”をしているのだから。
「――了解したわ、”マスター”。」
主の命令を聞き。
フェイトは、ゆっくりと地上へと降りていく。
「――――。」
地上へと向かいながら。
”彼女が一言、何かをつぶやくと”。
その瞬間、戦いは終わった。




