ピエタ防衛戦
フェンリルの背に乗って。
ミレイとシュラマルは化け物たちの大群へと向かっていく。
「ちゃんと、掴まっててください。」
「分かったよ。」
シュラマルが、ギュッとミレイの腰を抱きしめる。
眼前に迫る化け物たちを前にして。ミレイは、しっかりと前を見つめて。
カードの力が宿った、その右手を前にかざす。
「”フォトンバリア”。」
ミレイとシュラマルと包み込むように。光の魔力で出来た盾が形成される。
それにより、準備は万全である。
「行くよ、フェンリル。」
「ワフッ!」
主の期待に応えるように。その力強さをもって、フェンリルが敵の大群の中へと突っ込んでいく。
凄まじい量の大群だが。
生物としてのレベルが違い、フェンリルを止めることなど出来はしない。
その牙で敵を潰し、爪で引き裂きながら。
暴走列車のように、街の防壁へと近づいていく。
「頼むよ!」
ミレイが、しっかりとその背中にしがみついて。
フェンリルは力強く地面を蹴り上げると。
そのまま街の防壁を登っていく。
その脚力をもってすれば、頂上まではあっという間であった。
防壁の頂上に着き。
フェンリルの背に乗ったまま。ミレイとシュラマルは街の様子に目を向ける。
「これが、ピエタの街。」
壁の内部、街全体には”深い霧”が満ちており。街の様子は上手く把握できなかった。
かろうじて見えるのは、せいぜい建物の屋根程度であり。
所々から煙が上がっているが、そこで何が起こっているのかは分からなかった。
「まぁ、”霧の都”って呼ばれてるくらいだから。霧の量は、これが普通なんだろうけど。こういう非常時には、ちょっと不便だよね。」
「ですね。」
防壁の外は、目に見える地獄だが。
対する街中は、何が起こっているのかすら不明であった。
あの化け物たちが中に侵入して暴れているのか。
戦闘が行われているのか、それすらも分からない。
「とりあえず下に降りて、誰かから事情を聞こう。」
「はい。」
2人は霧に覆われた街への侵入を決意した。
◇
――グギャアアッ!!
叫び声を上げながら。
化け物が民家の扉を叩き、中に侵入しようとしていた。
激しい音が鳴り。
民家の中で暮らす人々は、静かに膝を抱え、息を潜める。
そのまま、扉を壊そうとする化け物であったが。
突如、”真上から何かに押し潰され”。
一撃で息絶える。
フェンリルの剛腕の前では、この程度の化け物は敵にもならない。
「ナイスだよ!」
ミレイとシュラマルは、フェンリルの背から降り。その足でピエタの地に立つ。
街中は上から見た通り、深い霧に覆われており。
市民はおろか、衛兵や冒険者の姿も確認できない。
だが、今しがた倒した1匹のように。得体の知れない化け物が、街に侵入しているのは確かであった。
「こいつらも、僕達みたいに壁を登ってきたのかな。」
「ですかね。まぁ、どれだけ居るのかは分からないですけど。」
街の状況は、不明瞭で未だに分からない。
「霧が凄すぎて、敵の動きも見えないし。」
「そこは、上手く気配を察知していこう。」
「……です、ね。」
気配がどうとか。
そんな話は、ミレイにはよく分からなかった。
「これだけの規模の戦いだから、誰かが防衛の指揮を取ってるはずだけど。」
「みんな、街の外で戦ってるとか?」
「いや、せっかく防壁があるんだから、そんな自殺行為はしないよ。多分、壁の上から外の敵を叩いてるんだろうけど。」
あまりにも濃い霧のせいで、敵と味方の把握すらままならず。
そもそも、自分たち以外にも戦っている者がいるのかも定かではなかった。
「できれば、他の冒険者か誰かに事情を聞きたいけど。」
そうして、ミレイとシュラマルが悩んでいると。
甲高い鳴き声を響かせながら。
”真っ赤に燃え盛る鳥”が、ミレイ達の頭上を飛んでいく。
ミレイには、何が何だか意味が分からなかったが。
シュラマルは、その鳥に見覚えがあった。
「不死鳥? まさか。」
記憶が確かならば。
それは、”大切な友人”のものである。
「あれを追いかけよう。」
「あっ、はい。」
事態の把握を求めて。
ミレイ達は燃え盛る鳥の後を追った。
ピエタの街の中心部。
レンガ造りの大きな建物の前に、数人の人々が武器を携え。
霧の中より迫る化け物たちと戦っていた。
その中でも、特に目立つ紅一点。
金髪猫耳の陰陽師、”ユリカ”は。
手に持った御札に魔力を送り込む。
「――滅ッ!!」
御札より、鋭い電撃が放たれ。
一撃で、化け物を感電死させた。
他の人々も、剣や斧で化け物を迎撃する。
そんな彼らの頭上を、燃え盛る鳥が通り過ぎていき。
それに釣られるように、街にいた他の化け物たちが、彼らの元へと誘導されていく。
「いいぞ、姉ちゃん。そのまま敵を呼び寄せてくれ!」
「わかりました。」
燃え盛る鳥は、ユリカによって操られており。
その目立つ姿を使って、霧の中の化け物たちを引き寄せていた。
迫りくる化け物たちを、再び相手取ろうとする戦士たちであったが。
その化け物たちの首が、”ものの見事に吹き飛ばされ”。
呆気にとられる。
「え?」
同様に、ユリカも呆然としていると。
突如として。彼女の目の前に、忍者シュラマルが出現する。
「ユリカちゃん!」
シュラマルは、ユリカの名を呼ぶと。
そのままの勢いで彼女に抱きついた。
「シュラマル!?」
驚くユリカだが。
「良かった。無事だったんだね。」
対するシュラマルは、再会の喜びから涙すら滲ませていた。
無論、ユリカも再会は嬉しかったが。
何よりも、”この場所”に彼女がやって来た事に驚きを隠せない。
「どうやって街に入ってきたの? 門は全部封鎖されてるし、外は魔獣に囲まれてるのに。」
「あぁ。”彼女”の手を借りたんだよ。」
その巨体で、地面を揺らし。
死した化け物を咥えながら、フェンリルが彼女たちの元へとやって来る。
無論、その背中には主であるミレイが乗っている。
「あれ、ミレイちゃん!?」
見覚えのある魔獣と、その背中に乗った人物に。
ユリカは驚く。
「ユリカさん!? すっごい、奇遇ですね。」
「うん! まさかまた会えるなんて、わたしも感激だよ。」
僅か、数日ぶりではあるものの。
ミレイとユリカは、その再会を喜んだ。
「怪我はもう大丈夫なの?」
「怪我? あぁ、もうすっかりです。」
イリスにデコピンされた額に触れる。
「わたしだけ挨拶できなかったので。また会えて良かったぁ。」
「わたしもだよぉ。」
会話に、花を咲かせる2人であったが。
その事情を知らないシュラマルは、1人置いてけぼりにされていた。
「……えっと。君たちって、知り合いか何かなの?」
「うん! わたしが浜辺に打ち上げられてて。助けてくれたのが、何を隠そうミレイちゃん達なんだよ。」
「うっそ!?」
身近にいた、思わぬ恩人に。シュラマルはとてつもない衝撃を受ける。
「えへへ。まぁ、そのうちの1人ってだけですけど。」
ミレイは満更でもなかった。
「キララちゃんと、ソルティアちゃんは?」
「……えっと。今、ちょっとはぐれちゃって。何とか情報を探そうと、この街に来たんだけど。」
「大量の化け物で、それどころじゃなかったから。とりあえず戦おうってね。」
シュラマルが、己の武器である短刀を指先で回す。
「それで、街の防衛はどんな感じなの? まさか、ここに居るのが全員ってわけじゃないよね?」
ユリカの他にも、冒険者らしき人々が数人居たが。
街を守るには、あまりにも心もとない人数であった。
「自分が説明しよう。」
シュラマルの疑問に、冒険者の1人が答える。
「街には、これでも数百人の冒険者が居た。近くに出来た、”新しいダンジョン”を攻略するためにな。だが、その大半がダンジョンに向かい、街が手薄になった時。”奴ら”は、突如やって来た。」
「……なるほど、タイミングが悪かったんだね。主力の冒険者抜きじゃ、流石にあの規模の敵には太刀打ちできないし。じゃあ、他の冒険者達が戻るまで、街を守れば良いの?」
「……いや。それも、おそらく”無意味”だろう。」
「なんで?」
シュラマルの疑問に対し。
周りの冒険者だけでなく、ユリカですら表情を曇らせる。
「あの魔獣の大群は、”そのダンジョンから来たんだって”。」
「……え?」
ユリカの口から出た言葉に。
一瞬、ミレイの頭は混乱する。
主力の冒険者達は、全員ダンジョンの攻略に向かっている。
”にもかかわらず”、ダンジョンから魔獣が溢れ出し。今現在、街を襲っているという。
それはすなわち。ダンジョン攻略に向かっていた冒険者達が、”全滅”したという事を意味する。
「あれだけの敵が居たんだ。きっと、ひとたまりもなかったはずだ。」
仲間の冒険者たちに起きた不幸に。
彼らは無念を口にする。
”数千体”は居るであろう、ダンジョンから来た魔獣達。
その数は、この世界の常識から考えても、”明らかな異常事態”であった。
Sランク冒険者の中でも。
特に殲滅力に優れるイリス等でなければ、対処すらできない程度には。
「それで、街に残った戦力は? 君たちの他にも居るよね。」
「それはもちろん。ギルドマスターを含め、魔法使いや弓使いは、防壁の上へ向かった。登ってくる敵を迎え撃つ為にな。」
「まぁ、敵の殲滅が難しい以上、そうやって時間を稼ぐしかないのか。」
それでも、敵の全てを阻むことはできず。
彼らのように、壁を越えてきた敵に対処する必要もあった。
とどのつまり、ピエタは絶体絶命である。
「とりあえず、状況は把握できたね。」
「はい。」
色々と、ミレイも話を聞いていたが。
とにかく、街がヤバいということだけは理解できた。
「僕は、壁を越えてきた敵に対処しようと思うけど。ミレイちゃんはどうする?」
「……そう、ですね。」
自分がどうするべきか、ミレイは考える。
せめて、”RYNO”さえ使えれば、あの化け物たちをどうにかしようと思えたのだが。
今使える手持ちのカードでは、とても対抗できるとは思えなかった。
だが、それでも。
各々の武器を持ち、街を守ろうとする他の冒険者達を見て。
自分も紛れなく、その1人であることを思い出す。
(――今のわたしに、出来ることを。)
街を覆う防壁を見ながら。
ミレイは、その拳を強く握りしめた。
◆
防壁の上。
そこには、幾人もの魔法使いや弓使いが集い。街に侵入しようとする魔獣達を阻んでいた。
強固であり、それでいて高くそびえ立つ防壁だが。魔獣達はそれを越えるべく、壁を這い上がり登ってくる。
幸いにも、魔獣達に空を飛ぶ術は無いため。這い上がってくる個体を撃ち落とすだけで良いのだが。
敵の数は限りなく。登り来る全ての魔獣を阻むことは出来ない。
そして、彼らの持つ攻撃手段には、明確な限界が存在していた。
「キリがねぇ!」
矢の数は着実に減っていき。
魔力も無限に溢れるわけではない。
魔獣達を殲滅するどころか。
その侵攻を阻む事すら、圧倒的にリソースが足りていなかった。
「不味い、突破されたぞッ!!」
人員の隙間を突かれ。
10体程度の魔獣が一斉に壁を突破し、街中へと向かっていく。
だが、しかし。
「――”エクスプロージョン”。」
真下から放たれた魔法が直撃し。
魔獣達は、まとめて”爆散”した。
そして、その爆炎をかき分けるように。
巨大な狼の魔獣と、それに乗った少女が防壁の上へと到達した。
「よいっしょ。」
ミレイがフェンリルの背中から降り。
その身体を、ぽんぽんと撫でる。
「わたしは大丈夫だから、他の人達を守って。壁を越えてきた奴を倒すの。」
「ワフ。」
主の命令に従い、フェンリルは壁の上を駆けて行った。
「さて、と。」
自分一人になり、気合を入れ直すミレイであったが。
突如現れた、見知らぬ少女の存在に。
他の冒険者達は反応に困っていた。
なにせ、見た目10歳程度の少女である。
この地獄にやって来るには、あまりにも不釣り合いであった。
だが、
「……お主、冒険者か?」
漆黒のローブを身に纏った、魔法使いらしき小さな老人が、ミレイに話しかける。
その佇まいから、この場にいる冒険者の中でも高い地位にある事が窺える。
「はい。まだランクは低いですけど、戦闘経験はあります。」
「あぁ。それは見れば分かる。」
先ほど別れた、フェンリルの実力や。
化け物を討滅した爆発の魔法。
それが、この場において貴重な戦力となりうる事は、老人にも分かっていた。
だがすでに、それを手放しで喜べるような状況ではなかった。
「加勢は嬉しいが。正直な話、さっさと逃げたほうが賢明かもしれんぞ? 見ろ、あの大群を。」
老人は、防壁の外を指し示す。
防壁の上から見える風景、街の外に広がる現実は、まさにこの世の地獄のようだった。
大地を蠢く存在は、その全てが魔獣であり。
街全体が囲まれている。
かつて、これほどまでに大量の魔獣が、人類に牙を向けたことがあったのか。
そう思わざるを得ないほどに、圧巻の光景であった。
「空を飛んだりせんのが、唯一の救いだが。それでも、ゴキブリみたいに這ってきよる。」
老人は指先に魔力を込め。
それを弾丸のように加速させ、下から登ってくる魔獣達を狙い撃つ。
ピンポイントに無駄なく、できるだけ効率よく殺すための魔法だが。
それでも着実に魔力は消耗していく。
何より、今現在も。街への侵入を完全に防げているわけではない。
これは、勝つための戦いではなく。
街の死を遠ざけるための、延命行為に他ならなかった。
「魔力が尽き。じきに、我らは”全滅”する。そうすれば、魔獣達は絶え間なく街へと侵入し、残る冒険者達も殺されるだろう。」
それ故に、老人はミレイの参戦を歓迎しない。
「あの狼の魔獣に乗って、この街へと入ってきたな? ならば大切な者を連れ、同じように去ると良い。お主1人が加わったところで、どのみち滅びは避けられん。将来有望な子供が、無駄死にするだけだ。」
この戦いに勝てるとは、始めから思っていないのだから。
しかし、ミレイも。
似たような絶望は、すでに経験していた。
「――いいえ!! わたしは街を守るために、ここまで来たんです。”ギルドに所属する冒険者として”。」
今の自分に出来ること。
それを胸に秘めながら、ミレイは魔導書を開く。
ほとんどのカードが機能を失い、使い物にならなくなっていたが。
それでも、使える力はゼロではない。
(”RYNO”があれば、敵の数を一気に減らせるけど。今武器として使えるのは、3つ星の”エクスプロージョン”だけ。”聖女殺し”も使えないし、”蠱惑の魔眼”は戦闘向けじゃない。)
魔導書のページをめくって、使えるカードを探す。
黄金の輝きを持つ、4つ星のカードは。もう1枚存在していた。
「――”フォトンギア・イカロス”。」
召喚した覚えのないカードだが。
今この状況において、それをとやかく言う余裕は無かった。
「よっし。」
魔導書に念じて、黄金のカードを起動する。
すると、機械のパーツがミレイの背中部分から形成され。それが徐々に、一対の翼の形へと変わっていく。
そのテクノロジーの名は、誰も知らず。
それでも確かな”力”として、ミレイの背中に巨大な機械の翼として展開される。
その小さな体には不釣り合いなほどに、大きな翼が。
「――おお!」
驚く周囲の様子は気にせず。
ただ空を飛ぶため、ミレイは意識を集中させる。
「ふぅ。」
脳から翼へと、命令を送り。
それに従って、翼がゆっくりと動き始める。
パタパタと、鳥が羽ばたくように。
「――くっ。」
空を飛ぶために、必死に命令を送り。
その、”羽ばたくスピード”を上げていくものの。
(……飛べるよね?)
一向に、浮力が発生する兆しはない。
(頼む頼む頼む、お願いだから飛んでよ。)
必死に祈るように、機械の翼へと懇願し。
それが通じたのか。
翼部分から、淡い光の粒子が発生する。
すると、その粒子の影響か。
ミレイの身体が、重力に逆らって浮かび始めた。
「お、おおー!」
流れに任せるように、羽をはためかせる。
「変なエネルギーで飛んでるのかな。」
何となく、使い方を理解したのか。
壁から離れて、自由に空を飛んでいく。
その右手には、”エクスプロージョン”の能力を宿し。
地上へと、狙いを定めた。
「この翼があれば。きっと、”あのドラゴン”とだって戦える。」
新たなる力、新たなる翼を持って。
ピエタの街を守るために。
ミレイは飛翔した。




