理不尽な”IF”
もしも、地球ではなくて、この世界で生まれてきたら。
もしも、魔法が上手く使えていたら。
もしも、年相応に身体が成長して、女性らしくなっていたら。
そんな、もしも。”理想を具現化”したかのように。
ミレイはその姿を変えた。
だがしかし。その力、その見た目こそ、彼女の理想だとしても。
本質であるミレイの心は。まるで代償であるかのように、その性質を変えていた。
「――”ゴミクズ共”が、揃いも揃って。」
普段の様子からは、絶対に出ないような言葉が、彼女の口から発せられる。
その瞳は、自分以外の全てを見下すかのようだった。
「ミレイちゃん。」
そんな彼女の元へと、キララが向かっていく。
だが、ミレイは軽く視線を送ると。
たった、それだけの動作で。
”見えない力”によって、キララが吹き飛ばされる。
「――なっ。一体、何が。」
その一瞬の出来事を、間近で見て。
ソルティアには、何が起こったのかを理解できなかった。
「それ以上わたしに近寄るな、この”ド変態”め。」
キララを派手に吹き飛ばしておきながら。
ミレイはその身を案じるどころか、蔑みの視線を送っていた。
「――あ、はは。何だか、すっごく懐かしいような。」
逆さまにひっくり返りながらも、キララは何とか無事であった。
「彼女、魔法は使えないはずでは?」
「うん。そのはず、なんだけど。」
キララはゆっくりと起き上がる。
「今のミレイちゃんは、ちょっと”特別”だから。」
「……ちょっと、どころでは無さそうですが。」
変貌したミレイの様子を、ソルティアが見つめていると。
「――おい。お前もだぞ、”筋肉”。」
ソルティアの方を見ながら、ミレイが言葉を発する。
「まさか、わたしの事ですか?」
「お前以外に誰がいる?」
「えぇ……」
普段とは、あまりにも違い過ぎるミレイの言動に。
ソルティアはどう反応したら良いのか分からなかった。
「まぁ良い。そこで黙って見ていろ。」
ソルティア達への興味を失くすと。ミレイは、上空へと視線を向ける。
遙か空の彼方では、アマルガムとブラックヘッドの戦いが行われており。
アマルガムの船体に、ブラックヘッドが組み付いていた。
状況から察するに、イリスとアマルガムは劣勢のようである。
「……ドラゴン風情が。随分と調子に乗っているな。」
ミレイの怒りの矛先は、黒き竜に対して向けられ。
その手のひらの上に、カードの入った魔導書を浮かべる。
「さて、これなら届くか?」
1枚のカードを選ぶと、それを具現化し。
ミレイの手に、”魔導式スナイパーライフル”が握られる。
そしてそれを構えると。
遙か上空の、黒き竜を、狙いに定めた。
確実に撃ち落とすために、膨大な魔力を銃に込め。
引き金を引くも。
過剰な魔力供給が原因か。
ライフルの銃身が、その力に耐えきれずに爆発してしまう。
「――チッ、ゴミクズめ。」
爆発への驚きは無く。
ただ単に、彼女はライフルへの悪態をついた。
別の攻撃手段は無いものかと。
再びミレイは魔導書に目を通すも。
「使えんカードばかりだな。」
3つ星以下のカードを、戦いに役立つとは考えていなかった。
「……どうしたものか。」
どうすれば、黒き竜に攻撃を当てられるか。悩むミレイであったが。
ふと、何かを思いつき。
状況に置いてけぼりな、エドワードへと視線を向ける。
悪しき企みを思いついたのか。
その口元を、愉快そうに歪ませるも。
不自然に、頬がピクリと動き。
「――ッ、いや。」
その考えを改めた。
仕方がないと、ミレイは黒のカードを取り出すと。
その力を起動し、新たなるカードの召喚を行う。
狙った力、求めた力が手に入るとは限らないものの。今日という運命に願いを込めて。
そして、光の輪の中から。
黄金に輝く、”4つ星のカード”が出現する。
そのカードを手にして、内容に目を通すと。
ミレイは静かにほくそ笑む。
「ふっ、今日はツイているな。奴を”餌”にする手間が省けた。」
新しく手に入ったカードを起動する。
すると、カードは光の粒子へと変わり。ミレイの背中付近へと集い。
機械で構築された、”一対の翼”のようなものへと姿を変える。
「――これで届く。」
機械の翼からは、淡い光の粒子が発生し。
それを背に持つミレイは、まるで天使のようにも見えた。
そのまま、ゆっくりと浮かび上がり。空へと向かおうとするミレイであったが。
またしても、頬が不自然にぴくつき。
「チッ。」
何かに苛立つように、エドワードへと顔を向ける。
「おい、ロリコン。」
「……なんだ。」
その呼び方には、非情に引っかかるものがあったが。エドワードには、追求する余力がなかった。
「一応、最後に聞くが。”アレ”は殺して良いんだな?」
ミレイの問いかけに。
エドワードは、ぐっと拳を握り締め。
「――ああ。」
文字通りの、”最後の決断”を下す。
「……わかった。」
ほんの僅かに、瞳に感情を滲ませて。
黒き竜を滅するために、ミレイは上空へと飛び立っていった。
◇
アマルガムの船体に組み付きながら。
黒き竜が咆哮を上げる。
アマルガムはその性能上、ゼロ距離への攻撃手段を殆ど持っておらず。
組み付かれた時点で、ほぼ劣勢は覆らない。
だが、それを黙って見ているほど、カードの所有者は怠け者ではなく。
「――勝手に乗んなっ、オラァッ!!」
船外へと出たイリスが。その拳を持って、黒き竜に殴り掛かる。
だがしかし。
敵は、あまりにも強大であり。
腕の一振りで、逆に吹き飛ばされてしまう。
「チッ。」
かなりの痛打であったが。
その程度で、イリスは戦意を失ったりはしない。
立ち上がり、黒き竜を睨みつけるも。
「あぁ、クッソ。」
自らも”強者”であるからこそ、分かってしまう現実があった。
どうひっくり返っても、絶対に敵わない。
”究極の生命体”。
そんな概念すら、脳裏に浮かんでくる。
「……ここが、オレの墓場か。」
黒煙を出しながら、アマルガムもその機能を失っていく。
震える足で、何とか立ち上がり。
イリスは、自らの死滅を覚悟した。
だが、その運命を、挫く者が現れる。
凄まじい勢いで飛来した”何か”が。
黒き竜を吹き飛ばし、船体から引き剥がす。
「――なっ!?」
それを成した存在は。
機械の翼と、真っ白な髪をなびかせ。
ひどく冷たい視線で、イリスの顔を見つめていた。
「……何だ、お前。」
白い髪に、赤い瞳。それに服装など。
ミレイに酷似した容姿ではあるものの。
しっかりと大人の姿をした彼女に、イリスは戸惑いを隠せない。
そして、身に纏う”圧倒的な魔力”にも。
「――”赤髪”。奴は”わたしが殺す”。お前はすっこんでいろ。」
そう、言い放って。
ミレイは、自らが吹き飛ばした黒き竜の元へと飛んでいく。
その、あまりにも唐突な出来事に。
イリスは、ただ立ち尽くした。
強烈な打撃を受け、吹き飛ばされながら。
ブラックヘッドは、生まれて初めての”痛み”に困惑する。
かつての世界では、絶対的な破壊者として君臨し。この世界に飛ばされてからも、障壁内では敵無し。
”この世界の水準”で考えても。
黒き竜は、”最強”の名を冠するに相応しい力を有していた。
だが、そんな黒き竜に。
もう一撃、強烈な打撃。華奢な女の拳が放たれる。
なんてことのない拳だが。そこには、空間が歪むほどの魔力が込められており。
黒き竜の顔面にめり込み、無惨にも歪ませた。
どんな生き物でも、2度も打撃を受ければ理解する。
機械の翼を生やし。不敵に笑う目の前の女が、自らの敵と成り得る存在であると。
黒き竜は、その力を収束させ。
全てを焼き尽くす、”黒き爆炎”を吐き出した。
RYNOの力を吸収し。
それを更に昇華させた、地獄の業火に等しき力だが。
ミレイが手をかざすと。
そこに、強固な魔力障壁が展開され。
黒き竜の放った黒炎を、完全に遮断する。
黒炎の放射が止まると。
ミレイは、障壁に用いた魔力を解体し。
それを右の拳へと纏わせた。
「――落ちろ!」
渾身の拳を、黒き竜の脳天へとぶち当て。
凄まじい衝撃と共に。
黒き竜は、地上へと吹き飛ばされる。
勢いそのままに、地上に衝突し。
激しい衝撃と、土埃が周囲に舞った。
だがその中でも、黒き竜は未だに健在で。
ゆっくりと起き上がりながら、遙か上空の敵を見ると。
口元へと、魔力を収束させ。
モノリスの障壁をも打ち破った、”漆黒のビーム”を解き放つ。
上空を舞うミレイは、それを軽々と回避し。
黒き竜も、再び上空へと飛翔した。
上空で行われている、黒き竜と白髪の女の戦いに。
アマルガムの船体に立つイリスは、ただ見つめることしか出来なかった。
「……なんだ、あの出鱈目な力は。」
アマルガムでも、まるで相手にならなかった黒き竜。
そして、その黒き竜を。
”拳と蹴りのみ”で圧倒する、白髪の女。
この世界最上位の戦力に数えられる、Sランク冒険者。
その中でも、イリスは更に上位に位置付けられる存在であったが。
それでもなお。
あの戦いには、何一つ介入する余地が無い。
それほどまでに、格の違う。
全く異なる世界の、”頂上決戦”であった。
漆黒のビームと、拳がぶつかり。
拳の威力に、ビームが粉々に散らされる。
機械の翼によって生み出される機動力は、黒き竜の比ではなく。
それに加えて、理不尽なまでに強力な打撃によって、一方的に嬲られる。
それは決して、”対等な戦い”などではなかった。
絶望と破滅の化身たる黒き竜は。
それ以上の”理不尽”によって、圧倒される。
だが、圧倒する側であるミレイの表情も、それほど晴れやかではなかった。
「……決定打に欠けるな。」
ミレイの力は圧倒的で。
黒き竜は一方的に生傷が増えていく。
それでもやはり、拳と蹴りという原始的な暴力では、命を絶つのに効率が悪かった。
「聖女殺しを使うか? ……いや、違うな。」
黒き竜を見ながら、というよりも。
その身体に刻まれた、”赤い線”を見ながら。
ミレイは、敵の殺し方を思いついた。
翼を広げ、急加速すると。
ミレイは黒き竜の眼前へと接近し。
その頭を、右手でガッチリと掴む。
「”返してもらうぞ”、わたしの力を。」
すると。
黒き竜の身体から、赤い線が消えていき。
それがミレイの右腕へと移っていく。
そして、完全に吸収すると。
再びミレイの右腕に、真っ赤なガントレット、”RYNO”が構築される。
大きくなった彼女に対応してか。
その姿は、以前よりも若干攻撃的になっていた。
『――オオッ!? 何だこりゃ。何が起こってやがる。』
再構築されたRYNOには、状況がまるで理解できていなかった。
だが、それにわざわざ説明してあげるほど、”今の所有者”は優しくはない。
「黙ってわたしに、使われろ。」
RYNOが起動し。
そこへ、凄まじい量の魔力が凝縮される。
それは、今までのミレイが放ってきた攻撃の比ではなく。
『アァァッ!? ヤッ、ヤベェッ!?』
その性能限界を、遥かに超えた魔力を込められて。RYNOが悲鳴を上げる。
それを気にも留めず。
ミレイは、発射体勢へと移行する。
その狙いは、黒き竜の顔面だが。
力を無理やり引き抜かれた衝撃で、黒き竜は状況を理解する事すら出来ていなかった。
「……ブラックヘッド、だったか? 元の世界では、さぞ恐れられた存在らしいが。所詮は、”井の中の蛙”だったな。」
ガントレットに、"ヒビ"が入りながらも。
強大な炎の竜が形成される。
「――これで、”ゲームオーバー”だ。」
凄まじい爆炎が、ガントレットより解き放たれ。
黒き竜は、それを正面から浴びた。
あまりにも強大で。
あまりにも理不尽で。
圧倒的な火力に、抗うことすら出来ず。
その超破壊的なエネルギーによって。
世界に滅びをもたらす者、ブラックヘッドは。
無惨にも、”爆散”した。
「――フッフッフッ。アッハッハッハッ!!」
勝利の余韻。
殺戮の快感に、ミレイは酔いしれる。
かつて、エドワードの世界を破滅寸前まで追い詰めた、最強のネオ・モンスターであったが。
数多ある並行世界の中では。
その最強の存在ですら、”淘汰”の対象へと成り得る。
――より強い、”巨悪”によって。
全ての因縁に、終止符が打たれ。
アーマーを身に纏った男は、静かに涙を流した。
◆
遙か上空での決着は、地上のキララ達にも見えていた。
「……凄まじいですね、大きくなった彼女は。」
色々と、複雑な気持ちではあったが。
脅威が取り除かれたことに、ソルティアは安堵の声を漏らす。
「でも、ここからが問題かも。」
「どういう意味ですか?」
キララが危惧する問題とやらを、ソルティアは知らない。
「明確な敵がいたから、そっちに意識が集中してたけど。それが無くなって、”自由”になったら。」
キララは、不安げに空を見上げる。
「――何をするのか、ホントに分かんない。」
”今のミレイ”が、どういう理屈によって存在し、行動しているのか。
それを説明できる者など、この世に居ないのだから。
凄まじい爆炎を放ち。
ミレイはブラックヘッドを葬った。
だが、力の放出機構にかかった負担は凄まじく。
右腕に装着されたガントレット、RYNOは。
音もなく、塵へと化した。
「脆いな。」
それに対し、ミレイは何とも思わない。
カードである以上、いずれまた使えるようになるのだから。
ミレイが自らの右手を見つめていると。
そんな彼女の元へと、イリスのアマルガムが接近してくる。
ブラックヘッドとの戦いで損傷を受けたものの、運行には問題がない様子だった。
「――おい! お前、まさかミレイか?」
船体に乗ったイリスが、ミレイに話しかける。
「……それ以外の何に見える?」
対するミレイの視線は、ひどく冷え切っていた。
「いや、まぁ。ほぼ別人っつーか。やたらと”デカく”なったな。」
その力には驚いたものの。
正体がミレイであると知り、イリスは安心感から笑う。
だが、その”笑い”が。
ミレイの地雷を踏み抜いた。
「――何を笑っている。」
咄嗟に放たれた、彼女の攻撃衝動が。
空間を震わせる。
「そう言えば、お前には借りがあったな。あの害獣よりも、よほどに腹が立つ。」
明確な敵対意識を持って。
ミレイがアマルガムに降り立つ。
その右手には、”聖女殺し”が具現化されていた。
「お、おい。なにを。」
力を発動するミレイに、イリスは動揺する。
しかしミレイには、対話の意志など微塵も存在しなかった。
「……ご自慢の船らしいが。」
聖女殺しに、黒い刃が形成される。
今までとは”桁違いの力”、”桁違いの悪意”を具現化した、巨大な刃が。
「こういうのは、非常に壊したくなる。」
ミレイは、自己崩壊寸前の聖女殺しを振るい。
その斬撃によって。
空中戦艦アマルガムを、”真っ二つ”に切断した。
「――なっ!?」
もはやイリスには、意味が分からなかった。
ミレイの持つ聖女殺しが、限界を超えた運用によって砕け散る。
だが、RYNO同様に、特に気に留めた様子はなかった。
つまらなそうな瞳で、ミレイはイリスの顔を見つめる。
状況を理解できずに、戸惑う顔を。
「”いい表情”になった。」
イリスの反応に満足したのか。
ミレイは愉快げに笑う。
そして翼を広げると。
一瞬で、イリスの眼前へと移動する。
その右手は、いわゆる”デコピン”の形になっており。
指先には、とてつもない魔力が込められていた。
「――”合格だ”。」
それこそが、彼女の怒りの理由。
いつぞやの仕返しとばかりに。
ミレイは、イリスの額にデコピンを食らわせた。
ある意味で、それは彼女にとっての渾身の一撃であり。
”隕石並みの衝撃”によって、イリスは地上へと吹き飛ばされる。
凄まじい勢いで、地上に叩きつけられ。
当然のように、イリスの意識は沈んだ。
それと、時を同じくして。
真っ二つに両断されたアマルガムが、燃えながら地上へと落ちていく。
その惨状を見下ろしながら。
彼女は愉快げに、口元を歪ませていた。
悪魔のように。
魔王のように。
それは、彼女の望む”理想”とは、正反対に位置する力。
理不尽な、”もしも”の姿であった。




